22:新たなる日常①

週が明けると、俺達は全国的な有名人になっていた。

・・・ホントTVって怖い。


「「「「「成田君、おはよう!」」」」」

「ねえねえ、あの人・・・」

「え!うそ~!」

「あの、ファンです!サインください!」


大学では講義の邪魔になってるらしく、教授になんか睨まれた。

顔つなぎやスカウトはあらかた済ませたし、ここはもう潮時かも知れないな。

このままじゃ気の休まる暇もないので、用事だけ済ませてさっさと本社へと。


「顧問、おはようございます!TV観ましたよ、感動しました!」


なんかビルですれ違う、全ての社員から見られてる気がする。

作業の進捗状況を聞きに行っても、女子社員なんかが浮ついちゃって仕事になりゃしない。


そんな中、唯一の癒やしが俺に猛スピードでタックルをかましてきた。

「おいた~ん!」

俺の腰にヒシッとしがみつく、この可愛い生き物は『成田ツバサ』ちゃん。

今年三歳になった、俺の姪っ子だ。


「あら?ミノル君。久しぶりね」

いつの間にかスミレさんが、俺の背後にいた。


「はい。やっと一息つけたんで、仕事片付けに来ました」


「だからさっきから、事務所の中が騒がしかったのね。

私も番組見たわよ。・・・負けて残念だった?」


「いえ、アレは番組の都合なので全然。

逆に対戦相手が責任感じちゃって、あとで謝りに来ましたよ」


「そうなの?いい子達ね」


「ところで、兄ちゃ・・・いや、副社長はどちらに?」


「何だかいっぱい資料抱えて、第三会議室に向かってたわよ?」


「あ、ちょっと遅かったか。俺もそっちに向かいますね。

ツバサ、おいちゃん今からちょっと仕事だから、あとでまた遊ぼうね?」

夏休み直前は新作ラッシュが控えているので、今週はかなり忙しいのだ。


「うん。わかったー」と言いながら、スミレさんの足に移住するコアラっ娘。

満面の笑顔で手を振るツバサちゃんに見送られながら、俺は会議室に向かった。


***


それから3時間。やっと仕事も一段落付いたので、そのまま地下にある拠点へと。

拠点の受付を通りがかったところ、受付でグッズ販売をお願いしてる係員さんから

「ミノルさん、委託で店頭に並べてるCDなんですが・・・」と、相談があった。

あ、別に係員さんと『いい仲』な訳では無いぞ?

芸名をそのまま『ミノル』にしてるので、そっち方面の付き合いがある人たちには

『ミノルさん』と呼ばれてるだけだ。


「何かありましたか?」


「朝早くから人がいっぱい並んでて、あっと言う間に店頭在庫が売り切れました」


「・・・確か、先週末にはまだ600枚位あるって言ってましたよね?」


「はい。それがもう、受付を開けてから30分も保たずに」


「じゃあ、追加発注が必要ですね」


「それと・・・

受付宛にCDの通信販売は無いのかって問い合わせが凄くて、業務に支障が・・・」


「わかりました。

早急に何とかしますので、近日中に販売体制を整えると返答して下さい」


アジトに入ると、俺以上に疲れた顔をした三人が、ソファーにもたれてゾンビみたいになっていた。ヤマ大では、俺に輪をかけて大変なことになっていたらしい。


「今日の数時間だけで、私の同級生だって親しげに寄ってくる子が50人ぐらい増えたわ。そもそもウチの学校は同級生400人位いるのに、イチイチみんな覚えてなんかないわよ。誰よあんたって言えれば、どれだけ気が楽か・・・」


「ウン。見たこともないヒトからアキチャ~ンって寄り付かれると、ブキミだヨ」


「ヒロはどうだった?」


「ウザいから講義サボって二人の護衛してた」


「・・・ちょっと、今宮先輩と要相談だな」


***


「それでは、これからよろしくお願いします」


「「「お願いします!」」」


「『玄音』へようこそ。

あなたたちが来るのを、ずっと待ってたわ」

と、柔和そうな笑みを浮かべる中年婦人。かすかに今宮先輩の面影がある。

彼女がこの度『玄音』の新社長に就任した、笹山桔梗女史だ。

・・・もっとぶっちゃけると、あの竹中某の、一時とは言え母だった人物だ。


自己紹介を聞いて、俺達が思わず身構えてしまうと

「そんなに警戒しなくてもいいわ。

確かに一時は、あなたたちを恨んだ事もありました。

でもね?今になってみれば、あのどうしようもない袋小路から抜け出す切っ掛けをくれた、あなたたちには感謝しているのよ?

本当にありがとう」

と言って、優雅に頭を下げるのであった。


あの番組が放送されて以来、多くの芸能事務所からのオファーや、メディアからの出演依頼も一気に増えた。そして大学生活を、今後どう送るかの対策も必要だ。

これを個人で処理するにも、とても捌き切れないと言う事で、俺達は今宮先輩をパイプ役として、正式に芸能事務所『玄音』と契約を交わし、名実共にメジャーデビューを果たす事になった。


玄音は今年に入って、鷹松姉妹の所属する『ノースウインド』ほか二社を吸収し、経営陣を一新した上での再起動となった。今では日本で三指に入る、大手芸能事務所となっている。


ただし、俺達の場合はあくまで所属契約であり、芸能事務所のスケジュールに従って社畜のように働く形ではない。事務所側には、様々な事務手続きやスケジュールの調整をお願いし、マージンを分配する間柄なのだ。


まずは正式に『玄音』レーベルで、ジャケットを一新し再レコーディングした、ファーストアルバムの再制作に取り掛かった。

そしてメディアへの出演などに関しては、事務所のフィルターを通して取捨選択をしてもらった。あくまで活動の中心は音楽なので、いわゆるアイドルやタレント的な活動は全てお断りしている。

俺たちは鷹松姉妹のように、命を削る勢いでメディア進出を図る気はないのだ。


CDは話題に尾鰭が付いて、羽が生えたように売れた。

もしかしたら今年のレコード大賞に届くかも知れないとのことだ。


俺たちにとって、プロ活動最初となる大きな仕事は、ポメとの合同ライブである。

最初は俺たちが拠点にしてるスタジオか、ポメのメンバーが拠点にしてるライブハウスでのライブだったはずが、あれよあれよという間に話が大きくなり、10000人収容規模の箱物コンサートになってしまった。

コンサートの開催予定は、年末に決定した。

今年のカウントダウンライブは、日本で行うことになりそうだ。

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