21:放送を終えて
審査委員長の有難いご提案をバッサリと切り捨て、席に戻っていく俺達。
番組スタッフを含め、周囲は全員ドン引きである。
ただ一人、パシリの岡崎君だけは「さすがデストロイヤー、パネえっす」と妙な感心の仕方をしていた。
どうやら業界の方々は、TVに出演させてあげる事を、最大のご褒美だと勘違いしてらっしゃるらしい。
司会者や審査員の方々に何度も念押しをされたが、俺たちは丁重にお断りを重ねた。
だから、単に前世の心残りも兼ねて、記念として出ただけだってば・・・
三代目グランドチャンピオンの誕生を必死に盛り上げようと、涙ぐましく道化を演じているアシスタントのお姉さんが妙に浮いたまま、その日の番組は終わった。
TVスタッフの皆さんから少々冷たい目で見られたが、空気を読めてなかった事は自覚してる・・・と言うか、あえて読まなかったんだから当然だろう。
少しでも同情心や愛着が湧いたなら、アレは応じるのが普通だ。
ただ、俺には彼らの気持ちもよくわかるのだ。
TV局の地下通用口をくぐり、冷房の効いた室内から初夏の生暖かい大気に触れた俺達。時刻はもう、深夜もいいところだ。
俺がつい最近、活動の足として購入した日産プレ○リーのロックを解除し、各々荷台に荷物を押し込む。この車は、国産SUVの原型とも言われる意欲作で、ワンボックスの居住性とセダンの快適性を掛け合わせると言う、当時とても珍しい試みを導入していた。まだこの時代、技術の日〇は健在だったのだ。
ちなみに、免許は地方で一発試験を受けて取ってきた。
車の運転は前世以来約8年ぶりだったが、前世では大型2種まで持っていた。
田舎じゃ車は生活必需品。だから運転技術なんか、体に染みついているのだ。
***
丁度帰り支度が終わり、みんな車に乗ろうとしている所、彼らはやってきた。
そう、ポメラニアンの四人だ。
彼らは俺達と目が合うと、ツカツカとこちらに歩み寄り、四人揃って一斉に
「「「「ごめん、悪かった!」」」」
と、頭を下げてきたのだ。
いきなりの事にポカンとしてる三人をよそに、俺は
「別に怒ってないからいいよ。君らの気持ちも解るし」
と、謝罪を止めるよう促した。
「どういうことだ?」とヒロが訊いてきたので、俺は
「自分なりの推測だけど、いいか?
答え合わせも兼ねて、ポメラニアンの四人も一緒に聞いて欲しい」
と言って説明を始めた。
「まず大前提として、今日の結果は最初から決まっていた」
これに対しては、一同「やっぱりな」と言う顔をしている。
「局として、付き合いの深い芸能事務所との契約が決まっているポメラニアンを、番組の顔として利用するプロジェクトが、いくつか動き始めていると聞いている。
だから今日、ポメラニアンが負ける事は許されなかった」
「いつの間に、そんな情報を」とレイカ。
「いや、今宮先輩の伝手から偶然、情報を得ただけだ」と答えておく。
「そして重要なのは、ポメの四人は今日、勝つ気が全く無かった。そうだろ?」
俺がそう尋ねると、ポメの四人は無言で頭を縦に振った。
「だから感想を訊かれても『まさか勝つとは思わなかった』なんて言った訳だよ」
俺がそう言うと、四人は再びウンウンと頷くのであった。
「でもよ。なんでわざわざ、番組ぶち壊すような事したんだ?」
「それは・・・」と、俺が説明しようとするのを手で遮り、東山君が口を開いた。
「あいつらの、俺が育てたみたいなドヤ顔が気に食わなかったんだよ。
だから、勝たせようにも勝たせようがない方法で吠え面かかせたかった。
でも結局、もっと酷い結果になったけどな。
俺たちが負けると知っててチョイスした間に合わせの即興曲より、君たちの曲が劣ってると、全国ネットで烙印を押させる羽目になった。
・・・決して君たちを馬鹿にするつもりじゃなかったんだ」
その言葉には、東山君の後悔が滲み出ていた。
「ま、わかる人はわかるだろうから、そんなに自己嫌悪しなくていいよ」
俺は東山君に慰めの言葉をかけた。
そしてうちのメンバーに振り返り
「前にみんなには言ったろ?『ポメラニアン』は吉城寺界隈を根城に、地元で確固たる人気を誇ってる本格派バンドだって。元々実力派として評価は高かったし、限定的ではあっても一定のファンが付いてた。
あとはどう、広く認知させるかだけだったんだよ。
なのにたまたま、その手段として出演したTV局の奴らに、俺が有名にしてやったから感謝しろみたいに言われたら、そりゃあキレる」と説明を付け加えてあげた。
メディア、特に音声と映像をリアルタイムで広範囲に発信するTVメディアは、本当に凄まじい影響力を持っているのは確かだ。扱う人間によっては、恐ろしい兵器にもなり得る力がある。
ただ、様々な情報が蔓延している今では、発信するコンテンツに魅力が求められるようになった。ヒトの興味を引くネタは、メディア側にとって生命線だ。
だから放送局と出演者は対等であるべきなのに、大手芸能プロの後ろ盾がないアマチュアと言うだけで見下されまくってたら、そりゃあストレスも溜まるだろう。
「ああ、そう言うことか。確かに俺もキレるわ」
アキとレイカも納得顔で、そうだよねーと同情的だ。
「ま、この番組は、これから立て直しが大変だろうな」
「あー。だから、あの提案拒否したの」
「うん。あんな私利私欲に凝り固まった奴らを、泥船曳いて助けてやる義理無いし。おまけにこんな夜中まで、ただ何時間も待たされるのが数週間も続くかと思うと・・・
番組スタッフや審査員の人たちは、ちょっと可哀想だったけどね」
「ホント、僕達の事をそんなにも評価してくれてたのに、何と謝っていいか・・・」
リーダーの北林君が、沈痛な面持ちで頭を垂れている。
「だったら一つお願いがあるんだけど」
「「「「なに?」」」」
贖罪を望んでいたポメの四人が、一斉に食い付いた。
「今度一緒に、合同ライブやらないか?
ウチのホームでも、そっちのホームでもいいから。
アレでウチらに勝ったなんて言われるのも心外だし、今度はお互い全力を尽くして競い合ってみるのはどうだ?」
「こちらこそ、是非!」
と、喜色を浮かべる北林君。
その後は双方の連絡先を交換し合い、俺が車でみんなを送って、やっと長い一日が終わった。
***
放送日から数日。
赤阪にあるSTTテレビ第二会議室では・・・
「お前達、なんて事してくれたんだ!
あれから抗議電話が殺到して鳴り止まないんだぞ!
おまけに人気審査員まで、一斉に3人も降板を希望してきた。
どうやって責任を取るつもりなんだ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り散らすプロデューサー。
製作局長とTV本部長に挟まれて、針の筵状態である。
「はぁ・・・」と恐縮頻りの、営業担当とディレクター。
製作担当者は鼻くそをほじりながら「アホくせ・・・」と呟いた。
「キサマ!何だその態度は!」と、プロデューサーは怒りの矛先を彼に向けた。
「いや、だから前の会議で俺ら言ったでしょ?
リンクス相手じゃ必ず勝てるとは限らないって。
おまけにポメラニアンがあの調子じゃ、そりゃあ八百長だって非難されても仕方ないですよ。実際、八百長だったんだし」
「だったらキサマが製作担当者として、臨機応変にだな」
「そもそも『例えどんな事があっても勝たせろ』って言ったの、あんたでしょ?
俺達現場サイドは、さんざん難色を示してたんですぜ?
嫌々従ったせいで信用ガタ落ちの審査員なんて、ホントいい迷惑ですわ。
それを今更、俺達に責任被せられても困りますよ」
「・・・君。彼の言う事は事実なのかね?」
今まで沈黙を守っていた、TV本部長が重い口を開いた。
「いや、それは単に表現というか一般論でして・・・」
と、訳のわからない釈明を始めるプロデューサー。
深夜の怪物番組として一世を風靡した『GoToバンドヘル』は、このあと急激に求心力を失い、年末までをもって放送終了に追い込まれる事になる。
『若者が掴む夢の舞台』に『大人の事情』が色濃く見えてしまった事で、視聴者達は一気にシラけてしまったのだ。
まるで夢から覚めたかのように視聴率は低下の一途を辿り、二度と盛り上がる事無く消えていく未来が待ち受けていた。
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