それでも魔女は毒を飲む

紫月音湖*竜騎士さま~コミカライズ配信中

第1話 毒の口付け

「いい加減、諦めたらどうだ?」


 青い瞳を細めて浮かべた挑発的な笑みは、相も変わらず憎らしいほどに端正だ。首を傾げた仕草に合わせて癖のない金髪がさらりと揺れ、その前髪の奥からこちらを見つめる青い瞳が甘い色を乗せて艶っぽく濡れている。


 人を惹きつける容姿である事を存分に活用し、どうすれば魅力的に映るか分かっていてやっている。

 分かっていて、私も誘われるがままに身を委ねている。


 拒みたいのか。

 ――否。


 拒まなくてはならないのだ。

 だと言うのに私の体は一向に言う事を聞かず、もう何度もこうして彼の甘い罠に堕ちている。


「まだ負けたとは決まっていないわ」


 魔女であるというなけなしのプライドを盾にして、気取られぬように虚勢を張る。それすら意に介さない彼は含みのある笑みを浮かべて、私の腰に回した腕をぐいと強引に引き寄せた。


「それで昨夜のあれか?」


「あなたを楽しませてあげたのよ」


 唇が耳朶を掠め、熱い吐息が首筋を伝う。湿った唇が肌に触れる前に手をねじ込んで拒否すれば、その手のひらごと舐められて体の芯が熱を持つ。


「ならば、もっと俺を楽しませてくれ」


 手のひら越しの青い瞳は、とうに艶めかしい熱を孕んで私をじっと見つめてくる。

 捕まれば容易に抜け出せない、甘美なる毒にも似た甘い刺激。

 もがけばもがくほどに絡まり合う蜘蛛の糸。

 糸に含まれた遅効性の毒に気が付いたときにはもう、私の体はただの「女」として蝕まれていた。


 喰らい付くように唇を塞がれ、呼吸を求めて開いたそこからするりと舌がねじ込まれる。口内を蹂躙する舌先を噛んでやろうかと思案するのは一瞬で、彼から与えられる甘い毒の余韻に私の思考はあっけなく停止してしまう。


 抗えないと分かっているのに、体裁を保つ為だけの拒否を示せば、支配欲を滲ませた瞳を向けて彼は嬉しそうに笑った。


「お前はもう俺のものだ」


 そう言って再度重ねられた唇を、今度は私が蹂躙する。

 互いの毒に侵され、互いの毒を求めて絡まり合う。


 こんなはずじゃなかったと後悔しても、もう遅い。

 失敗した召喚術によって現れた彼を見た時から、私はもう彼の持つ魅惑的な毒の匂いに囚われてしまったのだ。

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