後編

 


 だが、董子の死亡推定時刻、当の仁美は、麻布のレストランで食事をしていた。董子の夫、孝顕と二人で。


 レストランの従業員の証言や仁美が持っていたレシートによって、二人のアリバイは立証された。


 では、董子は誰に殺されたのか……。董子は岡田孝顕の妻だというだけで、仁美との接点はなかった。一緒に歩いていたとか、喫茶店で会っていたとかの話は、周りからは出てこなかった。


 では、なぜ仁美の部屋で死んでいたのか? 鍵は? どうやって仁美の部屋に侵入した? 董子の所持品からも、室内からも鍵は見つかっていない。犯人が持ち帰ったのか? それとも、第一発見者の仁美が処分したのか?


「――帰宅したのは9時ちょっと前でした。ちゃんと鍵をして出勤したはずなのに、鍵が開いてて。変だと思いながら電気をつけると、女の人がうつ伏せで倒れていて。……岡田さんの奥さんの顔を知らない私は、まさか、その人が奥さんだとは夢にも思いませんでした。――すぐに110番しました」


「うつ伏せで倒れていたのに、よく顔が分かったね?」


 事件を担当した刑事が鋭い視線を放った。


「……部屋の隅に置いてある姿見に映ったんです。――目を大きく見開いた顔が……」


「……」




 完璧なアリバイにより、仁美と孝顕は事情聴取だけで帰された。




 間もなく、容疑者が逮捕された。後輩の金城万由だった。




「――岡田さんのことが好きでした。野添先輩と付き合っているのも知ってました。けど、どうしても諦めきれなくて、二人を別れさせようと思いました。

 色々考え、思い付いたのが、岡田さんの奥さんを殺して、その犯人を先輩にする方法でした。

 あの日、先輩が外食するのを事前に知っていた私は、先輩のロッカーからマンションの鍵を盗んで合鍵を作ると、先輩になりすまして、岡田さんの奥さんに電話しました。


『私、ご主人の愛人です。――信じられないなら、今住所を言いますから、いらしてください。鍵を開けておきますから、チャイムを鳴らさないで入ってください。そしたら、ご主人と私のツーショットがご覧になれるわ』


 そう言って、一度遊びに行ったことがある先輩の部屋に合鍵で入ると、首を絞めるために持ってきたストッキングを濡らし、浴室のドアを少し開けて隠れました。

 間もなく、指定した7時にドアを開ける音がしました。浴室から出ようとした時でした。


『ムグムグ……』


 口を押さえられるような女の声がしました。

 何があったのか訳が分からず、私はただ、じっとして聞き耳を立てていました。すると、


『うっうー……』


 短いうめき声がして、やがて静かになりました。

 恐る恐る浴室から出ると、窓から入る街灯の薄明かりに、うつ伏せの女の背中が見えました。

 驚いた私は、鍵をしないで走って逃げました。ですから、犯人は私ではありません。


 万由は必死に訴えた。


 動機はあるものの、万由を真犯人とする物的証拠に欠けていた。では、犯人は他にいると言うのか……。




 もしかして、真犯人は、仁美が愛用している鏡さんに棲んでいる、本当の仁美かもしれませんね?


 あなたも、困った時は愛用の鏡さんに頼んでみましょう。もしかしたら、本当のあなたが解決してくれるかも……。




「鏡よ、鏡よ、鏡さん。真犯人は、――あなた? ふふふ……」


 仁美は、鏡に映る女に問いかけると、不気味にわらった。




   完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

ЯОЯЯΙМ(鏡) 紫 李鳥 @shiritori

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ