ЯОЯЯΙМ(鏡)

紫 李鳥

前編

 


 一日一度は見るであろう、鏡。さて、鏡に映ったあなたの顔、自分の本当の顔だと思っているのでは?


 とんでもない。鏡に映った顔は、あなたから見た顔であって、鏡から見た本当のあなたの顔ではない。


 試しに、鏡の前で食事をしてみて。右利きのあなたが持っている箸は、左手にあるはず。――でしょう?


 要は、鏡に映った左右逆の“鏡映反転”が自分の顔だと、あなたが勝手に思い込んでいるだけなのです。


 つまり、本当のあなたの顔は、あなた自身知らないのです。知っているのは、全ての映る物さんと、あなた以外の人間だけ。


 それが証拠に、こんな経験はありませんか? 自分の写真を見て、


「うっそー! ヤーだ、変な顔」


 って、がっかりして、カメラのせいにしたり、撮り手の腕の悪さを非難したり。


 ところが実は、その写真に写った顔こそが、本当のあなたの顔なのです。


 だから、写真は、“真を写す”と書くのです。


「ヤーだ。私、写真撮られるの嫌いだもん。ちょ、ちょっと、撮らないでよっ!」


 って、撮られるのを極端に嫌がって、両手で顔を隠しながら逃げ惑うあなた?


「だって、写真撮られると、魂を抜かれるって言うじゃない」


 なんて、一昔前の迷信のせいにしてるけど、正直なところ、自分の本当の顔を見たくないだけじゃないんですか?


「私、写真写り悪いし」


 なんて、卑下ひげしたつもりの誤った言葉を吐いたあなた? 写りが悪いんじゃなくて、写真に写っているのが、本当のあなたの顔ですから。残念!




 さて、今日も、あなたの知らない本当のあなたが登場します。


「おはようございま~す」


「あ、おはよー」


「あらっ。先輩、なんか、感じ違う。お化粧変えました?」


「そう? いつもと同じだけど」


「ですかぁ? けど、なんか違う」


「……ぁ、口紅の色を変えたからよ」


「あぁ、だからだ。――あ、そうそう。先輩、一昨日の土曜、原宿に行きました?」


「えっ? 土曜は出掛けてないけど……」


「ホントですか? けど、先輩にそっくりだったぁ」


「……自分に似たのが3人いるって言うから、その一人じゃないの?」


「ですかね?……」


「……」




「あれー。お前、髪切った?」


「切ってないわよ」


「そう? なんか、感じ違うな」


「……ぁ、毛先を巻いたからよ」


「ぁぁ、それでかぁ」


「……」




「お前、今夜はなんか、スゲー激しかったなぁ」


「……そう?」


「まるで、別人みたいだった」


「……いつもと同じよぉ」


「自分では気付かないさ。俺の腕の中で、我を忘れるくらい夢中になってんだから」


「……ャだ、もう。エッチ」




 ――本当にそうでしょうか? 後輩の金城万由かねしろまゆから感じが違うと言われた時、「口紅の色を変えたからよ」と答えたけど、本当は変えてなかったのです。


 彼氏の岡田孝顕おかだたかあきから感じが違うと言われた時、「毛先を巻いたからよ」と答えたけど、実は巻いてなかったのです。


 それがどう言うことなのか。なぜ、そんな嘘をついたのか……。実は、本当に、もう一人の自分がいるような気がしたからです。


 野添仁美のぞえひとみには、同じ会社に勤める岡田孝顕という恋人がいた。だが、岡田には、董子ただこという妻がいた。つまり、孝顕の愛人だった。


 そんな時、董子の遺体が、仁美の部屋で、仁美本人によって発見された。死因は窒息死。死亡推定時刻は、午後7時前後。

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