最終話 「ええ。わたくしも、とーっても楽しいですわ!」
すこしだけ、その後の話をしようかな……。
星衣羅お姉様と葉湖お姉様のふたりが女王クレオパトラに立ち向かったあの戦いは、夜の九時頃まで続いた。九時になると、お姉様たちはまだ小学生なので眠くなってしまい、クレオパトラは仕方なく戦いを中断。「また、高め合いましょう」との言葉を最後に、ビルとビルを飛び移り、夜の闇へと消えていった。イズミは追跡したけど、まかれてしまったみたい。でも、クレオパトラはもう悪いことをしなさそうにも見えたし、大丈夫だと思う。
お姉様たちは女神の力を返還したけれど、「本気を出せばまた女神になれるような気がする」と言っていた。わたしとしては、また女神なお姉様たちを見てみたい。あの姿は、とってもきれいだったから……。
アンチ・カワイイカラテ使いにさせられていた美女や美少女たちは、洗脳を解かれて、いまはリハビリを受けながら普通の生活に戻っているみたいだった。
そうそう、ホテル・パラダイスアアルの地下最下層にいたアンチ・カワイイ・クリーチャーだけど、浄化されて消えてしまったようだった。星衣羅お姉様と葉湖お姉様がSinカワイイ細胞のエフェクトを地球中に降らせたのが効いたんだろうと思う。よかった。
Sinカワイイ細胞を手に入れた人類が、今後どこまで可愛くなってしまうのかは、想像がつかない。もしかしたら、そんなには変わらないのかもしれない。ただ、お姉様たちふたりの女神のおかげで、救われた人は必ずいると思う。
わたしも、いつかはお姉様たちみたいに、いっぱい可愛くなりたいな。
え、わたしが誰かって?
……ふふ。
わたしのことは気にしないで。これは、星衣羅お姉様と、葉湖お姉様の物語なんだから……。
◇◇◇
「きりーつ」
「れー」
「さよーならあー」
小学校の放課後がやってきた。
これから先は、多くの四年生にとって、今日が終わるまで遊び放題である。
千条院星衣羅にとっても、浮き立つような時間だ。
教科書類をランドセルに入れ終えて、ふぅと息をつく。その後で、給食袋も忘れずに金具に通した。それから背後を振り返る。
虹ヶ峰葉湖がひょっとこのような変顔をして立っていた。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
「……さ、帰りましょう、葉湖」
「反応が薄すぎるよね!?」
「どうして変顔してましたの……」
「星衣羅の笑顔が見たいから、さ……」
葉湖がおかっぱの青髪をファサっとした。キザであった。星衣羅は微妙にイラッとした。
「星衣羅の笑顔が見たいから、さ……」
「二回言わなくていいですわよ!? もう……葉湖ったら、最近浮かれすぎなんじゃありませんの?」
「だって~、星衣羅とまた同じ学校に来られて、同じクラスになれたんだも~ん」
「まあ、確かにそれはわたくしもうれしい……」
「でしょ~? うへへ~」
腕に抱きついてくる葉湖。星衣羅は顔を赤らめて「ちょ、ちょっと、ランドセルがしょえませんわ!」と抗議する。
このように、葉湖はあれから星衣羅への愛情のリミッターが外れっぱなしになっていた。星衣羅も嬉しいことは嬉しいのだが、さすがに人目が気になる。周りでクラスメイトたちが「知ってる。あれ、百合っていうんだろ?」「ふたりでキスしたってマジ?」「マジらしい」「きゃー! キスなんてさすが星衣羅様、オトナだわー! きゃー!」「結婚! 結婚!」とささやいた。ささやいたと述べたが星衣羅にはほとんど聞こえていたので、彼女は赤面しながら勢いよくランドセルを背負い、この場から逃れるべく葉湖の手首を掴んでずんずんと教室を出ていく。
下駄箱を出て、ふたり並んで帰り道を歩き始める。
「もうっ。葉湖、ちょっとべたべたしすぎなのではありません?」
「あはは、ごめんごめん。それはそれとして星衣羅、今の強引な連れ出し方、あれすき。またやって」
「反省の色がなーい!」
むー! と親友をぽかぽか叩く星衣羅と、声を立てて笑う葉湖。
星衣羅はその、数々の呪いや苦しみから解放された横顔を見ていると、叩きはするものの何も言えなくなってしまう。むしろつられて笑顔になり、毒気を抜かれてしまうのであった。
「星衣羅! ぼく、いま、すっごい楽しいよ!」
放課後とはいえ、まだ空は明るい。青空に飛行機雲が走っているのを、ふたりでなんとなく見上げた。あの日、打ち上げたカワイイの祈りは、空を衝いて世界を覆った。夢のような奇跡の夜を想う。何かを変えることができたことが自分の中で強さになった。前へ進みたいなと思った。
星衣羅も笑った。
「ええ。わたくしも、とーっても楽しいですわ!」
「は? ぼくの方が十倍楽しいんだけど……」
「なんでそこで張り合いますの!? じゃ、じゃあわたくしはその百倍楽しいです!」
「ぼくは東京ドーム千個分の楽しさだからぼくの勝ち~」
「ぜんっぜんイメージできませんわ!?」
やいのやいのとやっていたが、ふと、星衣羅は道の先に少女がいることに気づく。
会ったことのある少女であった。
黒を基調にした派手なのか地味なのかわからない服は、ゴシック&ロリータのファッション。パニエでふくらんだスカートと、ブーツと、フリルパラソルが特徴的だ。
アリス・ブラック・ロイエルメイエは、飲み物の自動販売機の前で、何やら泣きそうになっていた。
「アリスさん?」
「あれ、アリスちゃんじゃん。どうしたの?」
「……!」
ふたりに気づいたアリスは、元から目には涙が溜まってはいたのだが、遂にといった様子でだばだばと滂沱の涙をあふれさせた。ふたりは大慌て。星衣羅はしゃがんでアリスと目線を合わせ、シルクのハンカチで拭いてやる。葉湖はひょっとこの変顔をした。アリスは全然笑わなかった。
アリスの嗚咽が落ち着くのを待ってから、星衣羅は改めて訊ねる。
「何か、悲しいことでもありましたの?」
「…………」
「あなたとわたくしは、あまりお話をする機会はありませんでしたけれど、ともに戦った仲間ですわ。困ったことがあったら言ってくださいませね」
「……おかねが……」
「ん?」
「おかねが……ないの……」
星衣羅と葉湖は顔を見合わせた。
そして、星衣羅は、パンパンと手を叩いた。
「じいや!」
「ここに」
忽然と老執事が現れた。
「わっっ! 星衣羅んちの執事さん久しぶりに見た! どこから出たの!?」
「この女の子に、好きなお飲み物を買ってあげてくださいませ」
「承知いたしました。さあ、お嬢さん。どれが欲しいのですかな?」
「ブラックコーヒー……」
「オトナですわ!?」
小さな公園のベンチ。
アリスが座ってコーヒーをちびちび飲んでいる。
かなり苦そうにしていたが、飲めないんじゃないかと指摘して泣かれても困るので、星衣羅と葉湖は黙っている。
しばらくして、アリスはベンチに缶コーヒーを置き(諦めたのだろう)、星衣羅と葉湖に向き直った。
「ありがとう……のどかわいてたから……」
「どういたしまして。困った時はお互い様ですわ」
「うん……。……ふふ」
アリスは真っ白い頬をほんのりとピンクに染めて、口元を緩ませ、視線を下に落とした。どうやらそれが、アリスの恥じらい方のようであった。
葉湖は星衣羅に耳打ちする。
「(毒舌キャラって聞いてたけど、そんなでもないじゃん)」
「(信頼している間柄にだけ毒舌なのかもしれませんわ)」
「……?」
「ああ、いや、何でもないよ。それで、アリスちゃんはどうしてこんなところにいたの? イズミさんとかと一緒じゃないの?」
「わたしは……」
アリスは視線を上げて、星衣羅と葉湖を見た。
「あなたたちふたりの……選抜に……きました……」
「選抜、ですの?」
ベンチから立ち上がったアリスが、フリルパラソルを差した。パラソルに隠れて、表情がよく見えなくなる。
「選抜。ははあ、わかったよ。イズミさんとこの組織〝キャラメル・キャンディ〟に入らないかっていうんじゃないかな?」
「なるほど、そういうことですの?」
「わたしは……こうするために、この世界にきたから……」
「……アリスさん?」
「地球上でいちばんつよいカワイイオーラの持ち主……それが、クレオパトラでした……。わたしはもともと、彼女をスカウトする予定だったの……」
話の着地点が予想できない。星衣羅と葉湖は、黙って、アリスがくるくると回すフリルパラソルを見ている。
「でも……クレオパトラよりも……カワイイ存在があらわれました……。地球の女神さまと呼応し……そのちからを、借りうけられるほどの……圧倒的な可愛さ……。わたしは……そんなあなたたちを、待っていたの……」
「アリスちゃん、わかるように言って……?」
「中央世界〝ヴァリスキア〟にて……すべての異世界からカワイイを集めた、超美神トーナメントが開催されます……。さまざまなカワイイ生命体が……頂点を目指してしのぎを削る大会に……あなたたちふたりは、出場する権利がじゅうぶんにあると……わたしは考えます……」
「アリス、さん……?」
「でも、規則だから……さいごの試験を、やらなきゃ……」
アリスは振り返る。
ついてこられていない星衣羅と葉湖を見つめ、目を細めた。
「これより……地球代表最終選抜試験を開始します……」
フリルパラソルを閉じ、ひゅんひゅんと振り回した後、がづんと地面を突く。それを契機に、アリスの全身から、正体不明のオーラが立ち昇る。
「ゴシック&ロリータ・アームズ 〈シュクル・ノワール〉
ゴスロリの令嬢が持つパラソルは、この世界に存在しないはずの、めちゃカワの武装。
「わたしと、たたかってください……」
驚きに目を見開いていたふたりの少女は……
状況を呑み込んでいくにつれて、その眼差しに鋭さを増す。
星衣羅は、唇を真一文字にきゅっと締めた。
葉湖は、にやりと不敵に口角を上げた。
静かに構える。
◇◇◇
ひとつの戦いが幕を閉じた。
しかし、可愛くありたいと望むかぎり、彼女たちのカワイイバトルは終わらない。
カワイイの深奥は、まるで宇宙のようにどこまでも広がり続け、果てがあるのかさえも不明瞭だ。
そんな中でも、はっきりしていることがひとつある。
誰もが、無限の可能性を持つカワイイ宇宙の、その始点に立っている。
「いきますわよ、葉湖!」「いくよ、星衣羅!」
カワイイエフェクトが弾け飛ぶ。
前へと進む少女の胸で、太陽の鼓動が聞こえる。
――『ロリータカラテ』完――
ロリータカラテ かぎろ @kagiro_
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます