第7話 謎の情報屋

「…それじゃあ、シェイラはリザベルになるということかい?」


「はい。そうしようと思っています。この世界で生きられるくらい、強くなりたい。」


私がそう言ってシュバルタと目を合わせる。するとシュバルタは少し視線をうろつかせた後、こめかみに指先を当てた。


「…いいかい、シェイラ。リザベルは強いが、それと引き換えに他の職業と比べて圧倒的に危険も多くなる。女性である君では、強くなる前に他の敵にやられるか、引き抜きなどに遭う恐れもある。今ならまだ、決断も変えられるだろう。属性は光だけではなかったんだろう?…そっちにしてみることも考えた方が…。」


一瞬にして、私の決意が流されていく。リザベルになって、強くなって、いつか元の世界に戻るために頑張ろうと決めたのに。パーティーの足を引っ張らないように努力しようと思ったのに。これじゃ、何も始まる前から終わってしまう。


そう思って少し俯く。どうにかリザベルになれないだろうか。でも私は引き取られた身、言いなりになるしかないというのか。そう思った時、部屋の端っこから凛とした声が響いた。


「そいつが強くなるまで俺が守る。それじゃダメなのか?」


思いもよらぬ言葉。私達が話をしている間、ずっと壁によりかかって目を閉じていたラッセルが、挑戦的な目でシュバルタを見つめていた。


「…」


シュバルタが真意を探るようにラッセルに視線を向ける。ラッセルは相変わらず鋭い眼光のまま、シュバルタを見返した。


「俺じゃ力不足だって言いたいのかもしれねえけどさ、俺だってもう、こいつ1人守るくらいできるんだよ。このパーティーに来たばかりの時の俺とはもう違う。誰かに守られるんじゃなくて、誰かを守ることも出来るくらい強くなる、それが俺の目標だった。シュバルタなら知ってるだろ?シェイラ1人守れなくて冒険者が務まるかっての。」


ツンとした横顔、でもそこには強い意志が込められているのが分かった。「俺が守る」その言葉を紡ぐまでに一体、どれ程の時間がかかったのだろう。簡単に言えるセリフでは無いはずだ。私よりずっと、この世界の大変さを知っている人のはずだから。


シュバルタが少し顔を顰め、ラッセルに向き直る。またきっと注意なり、否定する言葉を紡ごうとしているのだろう。私がその前に口を開こうとした時、私よりも少し早く、楽しそうな声が響いた。


「わたしは良いと思うわよ?」


「リストエール…」


ラッセルが驚いたように彼女を見つめる。立ち上がったリストエールは少し意味深な笑みを浮かべ、シュバルタの方へと歩いていった。


「今までラッセルがこんな風に自分のしたいことをはっきり言ったことなんてなかったでしょう?それなのに今、自分から、シェイラを守ると言ったのよ。それだけの決意があるということなんでしょうし…。何より、シェイラとラッセルは凄く相性が良さそうだしね。」


ウィンク混じりにそんな軽口を叩くリストエールに、私は少し間を置いて笑ってみせた。ラッセルも少し不愉快そうに顔を顰めているが、それでもほっとしているのは伝わってくる。


「ってことでシュバルタ?暫くシェイラの訓練はラッセルに任せたらいかが?」


「…反対だ。ラッセルにはまだ護衛しながら戦うだけの実力は…」


「やってみなきゃわかんねーだろ!?」


「シェイラに何かあってからじゃ遅いから言っているんだ!」


目の前で相変わらずな言い争いを始めた二人を苦笑いしながらリストエールが見つめている。私も同じようにラッセルを見つめた。暫くすると、苛立ったようにラッセルが私の方に歩いてくる。


「シェイラ、行くぞ」


「え、行くってどこに?」


まだシュバルタの怒りは冷め切っていないようだが、良いのだろうか。少し首を傾げると、ラッセルが視界の端に捉えたシュバルタを軽く睨みながら私の手を取った。


「いいから!」


「ちょ、ちょっと!?」


引かれるままに洞窟から走り出る。メンバーの顔が見えなくなる寸前に振り返ると、リストエールがぱちりとウィンクをしたのが見えた。その様子に少し安心し、私はラッセルに引かれるままに走る。


「ラ、ラッセル、どこまで行くの?」


流石に全力疾走がキツくなって来た頃、掴まれたままのラッセルの手を軽く引いてそう問う。するとラッセルは慌てた様に私の手を離して立ち止まった。心做しか頬が赤く…なっている気も…する。


そんなことをぼんやりと考えながらラッセルを見ていると、暫く俯いていた彼がぱっと顔を上げた。


「…もしかしたら、お前を危険な目に合わせるかもしれない。でも、今だけでもいい、俺を信じてくれねぇかな?」


「…え?」


予想もしなかった言葉。目を瞬かせて見返すと、ラッセルの方が何故か驚いた様な表情で私を見ていた。


「ええと、私はラッセルを信じてるよ…?」


戸惑いつつも自分の思いを紡ぐと、ラッセルの瞳が更に丸くなった。


「ラッセルは私を守るって言い切ってくれたし、その決意は本物なんだろうなって伝わってたもん。嘘とか、軽い気持ちじゃ言えないと思うの。この世界の大変さは私よりよっぽどよく知ってくれてるはずだし、それでも私を守るって言ってくれたんだから…」


そんなの疑えないよ、と付け加えて笑ってみせる。辛そうなラッセルなんて見たくない。自分を守ると言ってくれる唯一の人間を信じなくて、逆に何を信じればいいと言うのだろう。


「…」


しかし私の予想とは裏腹に、ラッセルがぽかんとしたまま黙ってしまった。対応に困りつつ少し首を傾げてみせる。


「…そっか。じゃあ俺は…シェイラを守ってやれるんだな…」


暫く無言で私を見つめていたラッセルは、何を考えたのかふにゃっと微笑み、そう言った。私はこくりと頷いてみせる。


「じゃあ、冒険者として生きるために必要不可欠なところに今日は連れてくから。簡単に言うと、仕事を貰うところ。」


そう言って、ラッセルはいつもの様に私に手を差し出した。…そう、いつもの様に。ラッセルは人と手を繋ぐのが習慣になっているのだろうか、年齢は私と変わらないほどに見えるのに、妙に手を繋がれる回数が多い気がする。小さい子扱いされている、とも言えるのかもしれないけれど。

私が一瞬戸惑ったのが伝わったのか、ラッセルが慌てたように手を引っ込める。


「あっ…ごめん、俺…つい。」


「ううん、大丈夫。」


くす、と笑ってラッセルの隣に立つ。私より少し背の高い彼に視線を向け、口を開く。


「行こう?」


「あぁ。実はその建物自体はすぐそこなんだ。」


ラッセルの指差す先には、「冒険者ギルド」と書かれた看板が立っていた。


「うわ、凄い…」


そこは多くの人々がひしめき合い、叫び声や罵声、あらゆる歓声などで騒がしい場所だった。がっしりした身体の男性から、小さな子供まで、沢山の人が出入りしている。


「俺はもう登録してるけど、シェイラはまだだからな。」


そう言ってスタスタと建物に近付いていくラッセルを慌てて追いかけると、ラッセルがあ、と何かに気付いたように立ち止まった。


「ん?どうしたの?」


「あ、いや…。ちょっと知り合いがそこにいて…」


微妙な表情を浮かべて立ち尽くす様子から、会いたくない人なのだろうかと首を傾げる。すると。


「おう!ラッセル!」


「おう…」


こう言ってはなんだが、無駄に元気のいい男の子が1人、少し離れたところからラッセルにキラキラとした笑みを向けていた。ラッセルはやはり曖昧な表情で、少し警戒するような目を向けている。


「おい、そんな警戒すんなって!俺とお前の仲だろ?」


「お前とそこまで親しくなった記憶はない」


「つれないな~、せっかく情報持ってきてやったってのに!」


むっとしたように手をヒラヒラとさせ、その男子がラッセルに近寄る。そしてふと私に目をとめて、不思議そうに首を傾げた。


「あんたは?前までいなかったよな?」


「あ、えっと…」


どう説明すべきか迷っていると、ラッセルがぐいと腕を強く引いて私を背中の後ろに隠すように立った。


「俺たちのパーティーの新入り。お前に紹介するようなやつじゃない、こいつのことを知りたいなら情報料を払うんだな。安くはしねえけど。」


痛い程強く握られる腕を呆然と眺める。理由は分からないが、ラッセルの警戒心がいつにも増して強い。


「ははっ、そうか。じゃあ今日はお前らのパーティーの存続に関わる情報なんだけど。買うか?」


相手の男子は何か面白そうに笑いながら手を出した。…言葉に重さを感じさせないよう。後ろに立つ私にも、ラッセルが明らかに緊張したのが分かった。少しの静寂の後、ラッセルはふぅと息を吐き出した。


「…内容を先に聞かせろ」


「おーけーおーけー。この紙に書いてある、読んだらすぐ捨ててくれよ。今回のは割と極秘なんだ、俺もこれでも、この情報を流す相手は選んでるんだぜ?」


にやりと笑う表情から伝わる狂気。この人はまともじゃない、そう思ってラッセルの服の裾をぎゅっと握りしめる。…怖い。そう思ったのが伝わったのか、男子はラッセルを避ける様に後ろに回って、私の顔を覗き込んできた。


「…!?」


「警戒すんなよ、あんた、名前は?俺はレンガル。所謂情報屋をやってる。ラッセルは新規の客だからまだ俺を信用してないみてえだけど、俺の目に狂いは無い、こいつを騙すようなことはしない。あんたも冒険者になるなら、情報網の一つや二つ、持っといた方が楽だぜ?」


どうだ、俺と組まないか。そう言われたような気がした。ぴくりと身体を震わせると、ラッセルの怒り気味の声が降ってくる。


「おい、俺が見てない隙にこいつに言い寄るなよ、今こいつは俺の庇護下にいる、許可は俺が出す、いいか?」


「おっと、それは残念。じゃあ名前だけでも…」


「それも俺が許可しないからな?」


目の前でピリピリとした空気を出し始める2人を見て少し慌ててしまう。こうなったのは私のせい?いや、でも、ラッセルが許可するとかしないとか言ってるわけで…。


うぅ、と考え込むと、呆れた様にラッセルが私の頭に手を置いた。


「とりあえず。…この情報には正当な対価を払う。大切な情報だった、嘘だったとしても警戒するに越したことはないだろうしな。」


ぴらり、と紙を指先でつまみ、ラッセルが少し表情を緩めて小声で何かを呟く。すると指先にあったはずの紙はさらさらと灰になって飛んでいった。


「…対価はこんくらいでいいか?」


そしてラッセルが腰の布袋から取り出したのはキラキラと輝く銀貨だった。レンガルがそれをじっと見つめた後、頷いて受け取る。初めて見るこの世界のお金に目を瞬いていると、レンガルがそんな私をちらりと見てから、あぁ、と呟いた。


「あんた、金みんの初めてって顔してんな。これ、要るか?」


「え、え?」


指先で摘まれた銀貨を、私の方にひょい、と差し出すレンガル。


「この世界で生きるなら金は必須だぜ?…ラッセル、あんたも、自分の払った金が庇護下に贈られた所で文句は言わないだろ?」


「なんでお前がそこまでするかは別として、俺としてはむしろ歓迎するところだな。2人合わせてプラマイゼロ、情報だけ手に入る。」


「そう言うと思ったぜ。…なぁあんた、俺はこれを貸しとかにするつもりはない、この世界でやっていくなら受け取れよ。」


最初とは違い、少し柔らかい笑みを浮かべて私に近付くレンガル。私がそっとラッセルを見上げると、彼は少し嫌そうに、でもこくりと頷いた。


「ありがとう、ございます…」


初めて手に入れた小さな銀貨。光に翳すときらきらと輝いて、少しひんやりとしていた。そんな私を見て、レンガルが満足そうに微笑む。


「んじゃ、俺は行くから。あ、あとラッセル。」


「ん?」


すれ違いざま、レンガルがラッセルの耳元で何かを囁く。言葉までは聞き取れないが、ラッセルが少し顔を顰めたのが分かった。


「…お前に言われなくてもそうするっての…」


レンガルがだいぶ離れて行ったあと、ラッセルが小声でそう呟いた。



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異世界で希少魔法師になりました! 雅楽代 彩 @aya_utashiro

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