第6話 属性とその力

「…!?」


指先からじわり、と光が毀れる。目の前で花びらの一部分を染めていく光に目を奪われた。強く煌く部分の刻印がだんだんと浮かび上がって、


「これは…」


思わず小さな声で呟いてしまう。光っている刻印、これが何を表すのか。先程の説明で見せられた資料に小さく記載されていたこの刻印は…。


「シェイラ様。光が落ち着きましたら布を外させて頂きます。落ち着きましたらお声かけください。」


ハイルーンの言葉が耳に入らない程、私は動揺していた。だって、これは。


「…シェイラ様?大丈夫でしょうか?」


どれほどの時が流れていたのだろう。ふと気付くと、心配そうな表情のハイルーンに布を外されていた。


「あっ…大丈夫です、すみません…ちょっと動揺してしまって。」


花びらを掌で覆いこみ、にこりと笑う。


「ちょっと、ではなかったように見受けられましたが…」


そう言ったハイルーンから心配そうな表情は消えなかったが、暫く大丈夫です、と言い続けるとやっと少し表情を和らげてくれた。


「シェイラ様の属性は如何でしたか?」


そう問われ、私は息を飲んだ。そうだ、この人には答えなければならない。私の、属性を。

私は覚悟を決めて、ゆっくりと手を開いた。







ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー







「ラッセル、お待たせ~」


「おう。帰るか?」


「うん!」


それ以上何も言わずに彼の隣に並ぶ。ラッセルも敢えて何か聞いてくることは無い。


暫く歩いた後、ラッセルは私をじっと見つめてきた。


「…属性、なんだった。」


私も、できる限り自然に答える。動揺を見せないように。


「…光、だったよ。」


「はっ!?」


何事もないかのようにそのまま流してくれることを期待したが、さすがにそうはさせてくれなかった。これ以上ないというくらいにまで開かれた彼の瞳が真意を測るように私を見つめる。


「まじ、かよ…?」


「うん、正確には風も少しあるみたいだけど、主に光。」


あの時、煌めきの中に浮かび上がったのは光を示す刻印だった。誰よりも驚いたのは私だ。1番少ない、今はほぼ居ない、などの言葉を並べられて聞いた後、誰が自分が光属性だと信じられるだろう?


「ってことはシェイラ、リザベルになんのか…?」


目を丸くしたラッセルが息を整えつつそういう。


「うん、そうなるかな…分からないこと多すぎるけど、一応資料とか貰ってきたし…」


手に抱えた荷物たちを見下ろしてくすくすと笑う。明らかに他の人が持っていく量よりも多かったことは明白だ。


「これじゃ、私が光属性だって周りに知らしめて歩いてるようなもんだね?」


悪戯っぽくそう言ってラッセルを見る。すると、それまで普通に歩いていたラッセルが私を一瞬見てから、ぴたりと歩を止めた。


「ラッセル?どうし…」


「シェイラ!俺の後ろから動くな!」


「え、ってうぇっ!?」


ばっと私の前に立ち塞がったラッセル、その前に現れたのは、ラッセルより二回りほど体格の大きい男達だった。


「よう、そこの嬢ちゃん。」


ラッセルの背後を覗き込むようにして私と目を合わせようとしてくる男達。


「お前ら…こいつに触ったら容赦しねぇかんな…!」


「はっ、小僧の癖に生意気な口聞きやがって。…なぁ嬢ちゃん。あんた光属性なんだろ?その荷物といい、さっきまでの話といい…。俺達のパーティーに来ねぇか?どうせそっちも入ったばかり、主戦力って訳じゃないだろうしよ。普段は引き抜きなんてやらねえんだけどよ、リザベルになれる人材なら話は別なんだ。金ならいくらでも出す、どうだ?」


どうやらこれは勧誘だ、ということに気付き私は少し胸を撫で下ろした。でも私は…。


「すみません、もう入るパーティーは決めているので、それ以外のところに入るつもりはないです。」


にこりと笑ってそう言った。困っている私を助けてくれたシュバルタに、恩を仇で返すような真似はしたくない。シュバルタ達のパーティーで、助けて貰った恩を返していきたい。


…しかし、それで引き下がってくれるほど男たちも甘くはなかった。


「ちっ、そう簡単に来てはくれないか…おいお前ら!強引な手を使って構わない。こいつを連れて帰れ!」


その言葉と共に、数々のナイフが私たちに向けられる。ひ、と半分程身を引くと、「シェイラ!」とラッセルに怒鳴られた。鮮やかな黄色の髪が目の前で揺れる。


「二度は言わねぇぞ?…俺から離れんな。」


必死にがくがくと頷く。まだ死にたくない。ラッセルは少し得意そうな笑みを浮かべた。


「舐めんじゃねぇぞ!『ルワリエーレ!』」


呪文?今何を…そう思った瞬間、目の前で地面が爆発した。地面の中から何かが勢いよく弾け飛び、男達を襲う。


「ひぃっ!?」


「おいこいつ今何を!?」


「悪かったな…」


一気に形成が逆転したのか、ラッセルがにやりと余裕の笑みを浮かべて笑う。


「生憎近距離の攻撃は得意じゃなくてな…ちょっとやり過ぎたみたいだ…」


「くっそ、ボス!こいつ相手は分が悪いっす!」


「仕方ない!引き上げるぞ!」


男たちが次々と体を翻して道を戻っていく。するとラッセルはその背中に最後の爆弾を落とした。


「今度こいつに手出したらどうなるか…分かったよな?」


にやり、と細められた瞳に込められた狂気を感じ取ったのか、更にスピードを上げて逃げていく男達。その後ろ姿が見えなくなった時、私は膝から崩れ落ちた。


「シェイラ!?」


元に戻ったラッセルの声にほっとしながら顔を上げる。頬を予期せぬ水が流れ落ちていくのを感じた。


「こわ、かった…」


目から溢れ出すそれはとめどなく零れ落ちて、ラッセルが目の前で慌てているのが伝わってくる。必死に堪えても、意志とは関係なく流れ続ける涙は止められない。すると暫く慌てていたラッセルが、感情を抑えるように問うてきた。


「怖かった、って、それは、俺が…?」


「え!?ラッセルが、怖いなんてそんなわけないじゃん!ラッセルは、強くて、凄く、かっこよかった…でも、光属性ってだけであんな風に狙われると思うと、怖くて…怖くて仕方ないの…」


溜め込んだ思いを吐き出すように呟く。ラッセルはもう、凪いだ瞳で私を見つめていた。


「…確かに、光属性は珍しい。こんな風に、襲われることも、多分…今後もないとはいえない。シェイラが強くなれば強くなる程、その力を得たいと思うパーティーは出てくる筈だ。だから。」


くっと顔を上げて私の顔を覗き込むラッセル。深緑の瞳が私の目を捕らえた。


「そんなのに負けないくらい強くなれ、シェイラ。俺だって今みたいに助けてやりたい、でもこれから先、俺の力じゃ到底及ばないくらい強い奴らも沢山出てくる。その時に俺がいるかも分からないし、俺じゃ助けられないかもしれない。自分の身は自分で守れるくらいに強くなるんだ。俺も出来る限り協力する。」


…有無を言わせることなくラッセルはそう言い切った。


「そろそろ帰るぞ?」


座り込んだままの私に自然と差し出された手。私は少し悩んだ後にその手を取って立ち上がった。


……強くなる。自分の身は自分で守れるくらいに。ラッセルのセリフは深く頭に残った。いつまでもラッセルや他の仲間たちにおんぶにだっこではいけないのだろう。私はこれから始まるであろう数々の戦いに思いを馳せた。


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