第5話 鏡の館

「…これが…鏡の館…?」


予想を遥かに上回る大きさの建物を呆然と見上げる。元の世界で見たことのある建物など比べ物にならない。するとラッセルが首を竦めて言った。


「ここは全世界の冒険者の拠点になる場所なんだ。あちこちに支部はあるけど、それらを管轄してるのがこの館だからな。でかいだろ?」


「うん…予想以上…」


「まぁ…上の方に俺たちが行くことはまずないから大丈夫だろ。俺たちが行くのは一番下の受付、それから…上には多分行くことはないだろ。」


下から1、2、3、というように階数を数えていくラッセル。何故だか視線を向けたくなるその横顔を見ていると、ふと彼に手を引かれた。


「…行くぞ?」


「うっ、うん!」


僅かな迷いも見せず、スタスタと歩いていくラッセルに半分引きずられて歩く。がちゃり、と重いドアを開くとその中は、とても美しく幻想的な場所だった。様々な光がくるくると輝き、渦巻いている。


「受付は…」


「あっちだ。俺が先ず説明するからシェイラは聞いててくれ。」


「分かった…何から何までごめんね。」


仕方がないと分かっていても、何も出来ずに世話をしてもらってばかりの自分が少し嫌になる。落ち込み加減にそういうと、ラッセルが私を振り返って少し屈み、視線を合わせてきた。


「!?」


ひやりと冷たい手に頬を包み込まれ、私は硬直した。しかしラッセルの目はただただ真面目で。至近距離で私を見つめる瞳に目眩がするようだ。


「…迷惑とか考えんなよ?」


ひあ、え、ふ、と言葉にならない言葉を呟くと、ラッセルは慌てたように私から距離をとった。そして顔を背け、


「そ、の…シェイラを精一杯手助けするのは、シュバルタだけじゃねぇから…」


早口でそう言って、そのままスタスタと歩いていってしまう。暫く呆然とした後、私は慌てて彼を追いかけた。


「…」


「……」


ラッセルと受付の女の人が会話している。遠くからでは何を話しているか分からないが、何やらラッセルが真剣に説明していることは分かった。


「…ラッセル?」


「お、シェイラ。ここに名前書いてくれないか?」


「うん、分かった。」


渡されたペンを手に取り、サラサラと文字を書く。シェイラ…と書いたつもりだったが、そこに並んだのは見慣れない文字たちだった。しかし、それが「シェイラ」を表す文字だということだけは何故か分かる。…きっとこれがこの世界の文字なのだろう。私はそのことに関しては早々に思考を放棄して、紙をラッセルに返した。


「よし、これで…」


ラッセルが私の字を見て少し頬を緩める。


「こいつの、属性の確認をお願いします。」


「…わかりました。シェイラ様ですね。こちらの部屋へお願い致します。」


真っ暗な部屋へ行くようにと手で案内され、私は咄嗟にラッセルを振り返った。ラッセルは私と目が合うと、ちょっと目を丸くしてから頷いた。


「ここから先はお前だけの場所になる。俺が付き添えるのは…ここまでだ。待っててやるから行ってこいよ。」


「…うん、分かった!」


にこりと微笑んで暗闇の中に足を踏み入れる。私が中に消えた後、ラッセルが何を言っていたのかは、私には知る由もなかった。





「こちらへどうぞ、シェイラ様。」


促されるままに椅子に座ると、目の前に座った女性がにこりと微笑んだ。


「本日説明をさせて頂きます、ハイルーンと申します。よろしくお願いします。」


「ハイルーンさん…よろしくお願いします。」


私がぺこりと頭を下げると、ハイルーンは少し笑みを崩した。


「属性や、冒険者についての説明を致しましょうか?それとも付き添いの方などから既にお話を受けていますか?」


「詳しい話は、まだなにも。」


「分かりました。では最初から説明をさせて頂きます。既に聞いているというものに関しては途中でお声掛けくださいませ。」


ニコリと笑ったハイルーンが資料のような紙束を差し出してくる。それを受け取ると、ハイルーンが画面を点灯させた。


「まず、この世界の人々は全員、『属性』というものを持っています。全部で5種類あり、人によって違います。また、属性によって向いている職業が違うとも言われています。」


血液型のようなものかな?と思いながら頷く。


「属性は、火、風、水、土、光の5つです。冒険者はそれによって、自分の職業を決めます。」


スクリーンの画像が変わった。


「火の属性が多い人は大抵、ボウソード、所謂攻撃をメインに戦う職業を選びます。水や土の属性が多い人はシードラムという、防御メインの職業を選ぶことが多いです。風の属性が多い人はハルメルト、味方の回復などを主に行う職業に就く場合が多いです。」


そして、と言ってハイルーンがページを変えた。


「最後が光の属性が多い人はリザベルという、特殊な職業に就きます。魔法を使って他の職業の手助けをする仕事になります。しかし…光の属性自体、この世界にはほとんど存在しません。よって、リザベルは資料としては存在するものの、実際に冒険者として生活している人の中には殆ど居ないのです。」


ここまで分かりましたか?と言われ、私は少し考えた後に頷いた。ハイルーンが満足そうに頷く。


「属性の確認はここ、鏡の館で行います。今日シェイラ様が行うのも、属性の確認になります。その結果に関しては、この場で働いている人にはほぼ知られません。あくまでも属性はその人個人のものであり、他の人に知らせる対象ではないからです。私ハイルーンは、付き添いをする都合上結果を見ることになりますが、その結果について外部に漏らすことは一切禁じられております故、ご安心くださいませ。」


「…分かりました。属性がわかった後、職業の詳細等についてはどのように学べばいいのでしょうか?」


「パーティーを組まれているのであればそのメンバーの同じ職業の人から学んだり、専門の学校に通ったりすることで勉強する場合が多いです。パーティー内に同じ仕事がいない場合はここ、鏡の館の上の階で簡単ではありますが職業の詳細や資料を貰うこともできます。」


「…分かりました。ありがとうございます。」


「では、さっそく属性の確認に移っても宜しいでしょうか?」


お願いします。私がそう言って頭を下げた瞬間、上からバサりと布をかけられた。


「うえっ!?」


思わず情けない声を漏らすと、ハイルーンの抑えた笑い声が響く。


「申し訳ございません。属性の確認はとても強い光を伴いますので、こうさせて頂いております。」


「え、それ私は大丈夫なんですか?」


「本人に影響はありません。見えるのは貴方自身のものですので。しかし他人にはただの眩しい光として映ります故、ご理解くださいませ。」


そう言われている間にも、次々と周りが黒い布で囲われていく。


「では、属性の確認に入ります。こちらの中心部に、指を押し当ててください。」


渡されたのは、5枚の花弁を持つ花のような形の金属だった。くるりと裏返すと小さな刻印が見える。


「指を押し当てた際、どの刻印の部分が光るかで貴方の属性が分かります。稀に2つ以上光る場合もありますが、その場合は光の量に差がありますので、光が強い方を選んでください。」


「分かりました。…いいですか?」


「はい、どうぞ。」


私はゆっくりと深呼吸をしてから、真ん中に指を押し当てた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る