第4話 決意

「宜しい。ではまず、この世界について詳しく説明をしよう…」


そう言ってシュバルタは軽く目を閉じた。


「この国の名はレーベル王国。周りの都市を含めて考えても有数の巨大都市だ。この国には大きく分けて3種類の人間がいる。1つは王族や、王の傍系を含む貴族達。2つ目は、街で暮らしている一般市民や、農民。そして3つ目が、私達のような冒険者だ。」


閉じられていた瞳がゆっくりと開き、私の目をじっと見つめた。私の感じていること、全てを探りとるように。


「この国に『転移』という形で紛れ込んだ者が一般市民として過ごすことは非常に難しい。親が元から居ない子供を引き取ってくれる人は非常に少ない上、ある程度育ってしまっていると、自分の家族とすることに抵抗がある人も多い。また、引き取られたとしても、本当の子供より扱いが酷くなることは否めない。奴隷のように使われたり、売春婦にさせられたり、という話も後を絶たない程だ。」


思いもよらぬ言葉に少し目を見張った。予想外に扱いが酷い。同じとまでは行かなくても、自分が引き取ると決めた子供をそんなふうに扱えるとは。


「だからこそ、私達のような者は冒険者となる。冒険者であれば出身を聞かれることもなければ、親の権力で扱いが変わることもない。実力があればそれ相応の対応をしてもらえるし、お金を稼ぐことも、自力で生活することも可能となる。…戦うのが日常になる故、それなりの力は必要だが。」


隣にいたリストエールもいつの間にかきつく目を閉じている。ここまでの話だけでも、若い女性が冒険者として生活することが簡単でないのは容易に想像できる。リストエールとアストリアの力量は分からないが、2人も最初は苦労したのではないだろうか。


「大変そうに思うかもしれないが、女性の冒険者はそこまで少なくない。親に捨てられた子であったり、単純に冒険者に憧れた人だったり、経歴は様々だが、シェイラのように異世界からやってきた者もいる。」


その時、シュバルタから私に向けられていた視線がゆっくりと逸らされた。そして何かを心に押し込めるような動作をした後に、再び私に向き直る。


「だがしかし、冒険者は、常に命の危険と隣り合わせだ。いつ死ぬか分からない、そんな状況で日々を送ることになる。それでも…。」


シュバルタは何かを振り払うように大きく首を振ってから、一気に言った。


「それでもシェイラは、冒険者としてこの世界で過ごす覚悟があるかね?」


正直なところ、選ぶ余地のない質問だと思った。誰かの奴隷として一生言いなりになって働くか、自分の命は危なくてもやりたいことをやって生きるか、と聞かれているようなものだからだ。


「冒険者として過ごすことを選ぶのであれば、私達はシェイラ、君を歓迎する。君が一人前の冒険者となれるよう、精一杯手助けをするつもりだ。」


そんなことは、言われる前から分かっていた。シュバルタが私に声を掛けてくれた時から、きっと彼はそのつもりだった。そして、私が冒険者となると言うことも、きっと全て想定内なのだろう。後は私が覚悟を決めるだけだ。


「まだ悩む時間はある。すぐに決断する必要は無い、が…答えが決まったら教えてほしい。」


シュバルタのグレイの瞳が私をじっと見つめた。悩む時間なんて、実際にはほとんどないのだろう。最後の言葉に関しては全て詭弁でもおかしくはない。…そんなことはどうでもいいか。私は軽く首を振って思考を飛ばしてから、笑顔を浮かべた。


「私は冒険者になります。」


周りがひゅっと息を飲むのを感じた。シュバルタは目の奥を覗き込むように私を見つめてくる。


「…本気かね?」


「はい。だって私に選択肢なんてないでしょう?」


私がにこりと笑うと、シュバルタが虚をつかれたように目を見張った。


「誰かの言いなりになって生活するくらいなら、自らの力で進む方を選びます。それが例え困難な道でも。…私はいつか、元の世界に戻りたいんです。その為の努力は惜しみません。」


目を閉じると、元いた世界の風景がまざまざと思い浮かぶ。高校に合格し、これからだというところで転移してしまったのだ。悔いもある。やり残したことなど数え切れない程だ。しかし、私のその言葉を聞くと、シュバルタはきつく唇を噛み締めていた。


「シェイラ…君には辛い事実かもしれないが。この世界に転移してきた者が、元の世界に戻れたことは一切ない。」


一瞬、目の前が真っ暗になった。…戻れ、ない?


「私も前リーダーも、転移によってここに来た。当然、戻る方法は探したよ。あらゆる所で情報を集め、試せることは試してみたんだ。でもそれは叶わなかった。リーダーは冒険の途中で息を引き取り、私も戻れないまま十数年が過ぎた。…ここはそういう場所なんだよ。1度入ったら出られない仕組みなんだ。」


少し離れたところに立っているラッセルが、私からすっと目を背けた。彼も同じことをシュバルタから聞かされたのだろう。ここで生きていくしかないということを。


「…ここからは、戻れない。」


小さな声でそう呟くと、何故か逆に、この世界で過ごすという意思が強くなったのを感じた。理由は簡単だ。


『まだ誰も見つけていないだけで、戻る方法は存在するかもしれない』


そう思ったら、挫けてなんていられなかった。私が戻る方法を見つければいい。目の前はまだ暗くない。絶望なんてしたところで何も変わらないなら、前を向いて進めばいい。


元からのポジティブな考え方が幸いした。にこりと笑顔を浮かべる。


「分かりました、大丈夫です。それでも私は冒険者になります。」


私がそう言うと、シュバルタよりも先にラッセルが視界の端で目を見開いた。なんで、と言いたい様子が伝わってくる。私はラッセルに向けてにこり、と笑ってみせた。


「詳しい話を聞かせてもらえますか?」


ごくり、と唾を飲んだシュバルタが、しばらくの間を置いて、ゆっくりと頷いた。


「では、冒険者の役職について説明しよう。」


「…それよりも、シェイラの属性を確認してきた方がいいんじゃねぇか?」


そう口を挟んできたのはラッセルだった。


「自分以外の役職については後回しでもいいんじゃね?このパーティーはほぼ全ての役が揃ってる。自分の役を決めてから詳しい話をした方が効率はいい気がするけど。」


偉そうに足を組んで座る彼にそう言われ、シュバルタは苦笑いした。


「…それもそうだな。ラッセル、お前シェイラを連れて鏡の館に行ってきてくれるか?」


「俺かよ!?」


「悪いな、オリバーとクラヴィスが帰ってくるまで俺はここを離れられないんだ。」


「…仕方ねぇな…。おい、シェイラ、行くぞ。」


「あっ、はい!」


渋々という様子を見せつつもさっさと歩き出すラッセル。駆け足でついて行くと、彼は途中でぴたりと歩みをとめた。


「なぁ、シェイラ。」


「はい、何でしょう?」


「敬語使わなくていい。どうせ対して年齢も変わらないからな。」


そう言ってそっぽを向いた後、ラッセルは小さな声で言った。


「…冒険者は、簡単な仕事じゃねぇからな?」


一言一言を噛み締めるように呟くラッセル。私はその横顔を無言で見つめた。


「正直、色んな面で女子には負担が大きい…と思う。俺は!お前が、決めたなら表立って反対はしねぇけど、苦労するのはシェイラだからな…」


不器用ながらもそんなふうに言葉を紡いでくれるラッセルに少し頬が緩む。


「心配ありがとう。大変かもしれないけど、頑張るよ。」


「…あぁ。」


ぷいとそっぽを向く様子に、くすくすと笑いを零す。ふと顔をあげると、ラッセルが私の顔をじっと見つめていた。


「…ん?」


「…何でもない。ここが、鏡の館だ。」


少し頬を赤く染めたラッセルが目の前を指さす。そこにあったのは、巨大なお城のような建物だった。

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