閑話 ラッセルの決意
瞳に決意が宿ったことを、薄々とだが感じていた。自分の言葉が彼女に力を与えたのならそれは本望だ。しかしそれと同時に、少し寂しくもなった。
彼女…シェイラが俺のパーティーにやってきた時、正直なところ気持ち的には複雑だった。俺らのパーティーは6人編成で、ボウソード3人、シードラム2人、ハルメルト1人だ。大半のパーティーがこの人数で、減ることはあってもこれ以上増えることは無いと思っていた。
しかも、やってきたのは腕も足も細い女の子。当然反対したくもなった。俺が冒険者になった時だって相当苦労したのに、こんなやつに冒険者なんて務まるはずもない。
その後シュバルタは彼女に言ったのだ。「元の世界には戻れない」と。それは事実だった。俺だって、何度も元の世界に戻りたいと思った。でもそれは無理だった。"向こう"からこちら側へ来る扉は定期的に開く、が、こちらから帰る扉が開くことは無いと何度も言われていた。
冒険者として生きていく中でも何度も絶望を味わった。どうせ元に戻れないならこんな事をやっている意味はあるのかと。日々の戦いが段々と惰性になっていた。最初は強くなりたかったはずなのに。
しかしシェイラは笑顔で言った。それでも冒険者になると。何を考えてそういったのかは分からなかった。でも、シェイラが俺を見て笑った瞬間、感じたんだ。
「こいつは本物だ」と。
だからこそ自らシェイラのことに口を出した。シェイラがこれから冒険者として過ごす中で、できる限りのサポートをしたいと思った。彼女が何を考えているかは分からない、何故ここまで俺自身が手助けしようなんて思ったのかも分からない。でも彼女が努力できる場を壊したくなかった。
彼女はまだ無知で、無力で、誰かに守られなければこの世界で生きることさえままならない。それならば自分が守ろう。彼女が独り立ちするまで。いつか、俺達のパーティーを離れるその時まで、と。
シェイラを鏡の館に送り出した時、妙な虚無感に襲われたのは俺の心の中だけに秘めておく話だ。自分でも何故か分からなかった、でも、シェイラがいつかこんな風に出ていってしまう、その時のことを無意識に考えてしまっていたんだと思う。だからシェイラが戻ってきた時、心の中で凄くほっとした。当たり前のことだが、それが何故かとても嬉しかった。
シェイラが光属性だったと言った時、大袈裟に驚く自分と、冷静に考える自分がいた。結局の考えとしては、随分と危険な属性を持ち帰ってきたな、という感じだった。リザベルは能力が高いが故に求める人も多い。光属性であればリザベルになれる可能性が高い。それならば強くなる前に引き抜いて自分の元で育てよう、そう考える人が少なくないことは容易に想像できた。
そして恐れていた事態はすぐ起きた。
竦んだシェイラを見て、こいつは何があっても守らなきゃいけないと思った。強く見えてもこいつはまだ何も知らなくて、この世界では力もない存在なんだから。その一心で道を塞いできた奴らを蹴散らした。まだ自分の能力について話す前だったからシェイラを驚かせるんじゃないかとの不安もあったが、それよりも彼女の安全が優先だった。何をしてでも守る、そう思っていた。…目の前で泣かれるまでは。
奴らがいなくなった後シェイラが泣き出し、俺は正直、とても焦った。それはきっとシェイラにも伝わっていたと思う。今まで目の前で女子が泣いているところに遭遇したことがなかったんだ。パーティーにはアストリアとリストエールがいるが、あいつらは強い。俺とは比べ物にならないくらい。
シェイラが来るまで、パーティーの中で1番弱いのは俺だった。この世界の人としても冒険者としても新参者で、力もまだ弱い。誰かに守られることはあっても、誰かを守ることはなかった。だからつい、自分が誰かを守るという状況に喜びを感じて突っ走ってしまったのだろう、後先考えずに…。
俺は小さくため息をついた。…悪い癖だ。今も隣に彼女はいるというのに、こんな風に自分の世界に入ってしまう。頭を痛めながらふとシェイラに視線を向けると、シェイラも同じように俺を見ていた。
「…?」
「あ、いや、なんでも…」
唐突に目が合ったことに慌てると、シェイラはくすくすと笑った。何も勘づかれなかったようでほっとする。すると彼女は、好奇心でいっぱいの目で俺を見てきた。
「ねぇ、ラッセルの職業ってどんなものなの?」
「俺の…?」
「うん!さっき私を…守ってくれた時のラッセルの力凄かったから…」
恐らく無意識だろうが、ほんの少し頬を染めてそう言うシェイラにどきりとする。
「あぁ、そっか。えっと、俺の職業はボウソード。火の属性が多いんだ。それから、さっき使った力は『ルワリエーレ』って言って、要するに爆発魔法って感じだな。基本的にはなんつーか、遠距離攻撃の人が使う魔法だから、ちょっとやりすぎちまったんだが。あれは普段、シュバルタの得意範囲だな。」
「得意範囲とかあるんだ…」
「得意とする魔法の系統っていえばいいんじゃねぇかな。俺は主に剣とか、近距離で戦うことが多いから、さっきみたいな魔法を主とした戦い方はあんまり得意じゃねぇんだ。まぁでもさっきは魔法の方が脅せるかなと思って。」
「凄いなぁ…」
目をきらきらさせるシェイラの姿は正に好奇心の塊だった。俺はつい調子に乗って説明を続ける。
「そんで、うちのパーティーはボウソード3人、シードラム2人、ハルメルト1人。お前がこれからリザベルになれば、リザベルも1人。こうなったらもう怖いものなしと言われるパーティーになれる。」
「え、そうなの?」
「あぁ。リザベルは基本的にボウソードとシードラムの補佐になる。この役職の力を強大させたりする魔法が使えるのは基本的にリザベルだけなんだ。そんで時にはハルメルトの代わりに癒しを使ったりもする。つまり簡単に言って完璧ってことだ。」
お前はすげえんだよ。シェイラを見つめて、そう心の中で呟く。間違っても口には出さないように、こっそりと。
目を輝かせて俺の話を聞くシェイラの様子は、過去の俺を思い起こさせた。この世界に来たばかりの頃。まだ俺が、ただ強くなることを目標としていた頃。あの頃は、強い人の話を聞くことが好きだった。自分が如何にそれを吸収して、自分のものにするのか、どうやって自分の能力に活かしていくのか。それを考えることが好きだった。日々戦い続けるうちに俺が段々とサボってきたことを、目の前でシェイラが、俺の話を聞いて始めようとしている。
無意識のうちに顔が笑っていた。いつまで俺は、彼女を守る立場でいられるんだろう。
「凄い…私も強くなりたいな。ラッセルに守ってもらわなくても、自分で戦えるくらい…」
それは俺の願いでもある。でも、それとは裏腹に、シェイラを守っていたいと思う気持ちも強い。矛盾していく感情。
「そうだな…」
未来に思いを馳せている様子をふと見つめる。身長差は15センチ程度だろうか、自分より少し低い位置から俺を見上げるシェイラ。俺は彼女を見つめて、小声で呟いた。
「…ありがとう。」
「え?なにが?」
俺に、また頑張ろうという気持ちを与えてくれて。守りたいと思わせてくれる存在になってくれて。
そんなことを言われたらシェイラは不本意かもしれない。だから、俺は声に出す代わりににやりと笑って、シェイラの手を取った。
「なんでもないっつーの!早く帰るぞ!」
「えぇ!?待って待って!」
少し後ろからぱたぱたと走ってくる足音を聞きながら、俺は誓った。
…もうここに来たことを後悔なんてしない。いつまでもこいつに尊敬して貰えるような存在でいられるように努力する、と。
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