第7話 桜は姿を変えても美しく

 それから何度も季節が変わった。


 僕は散歩がてら四季折々の花を楽しんだ。その散歩は1人のこともあれば、2人になることもある。春川だ。あれから春川は人が変わったように――とはならなかった。相も変わらず、10代らしからぬしっとりとした雰囲気を漂わせつつ、そしてやはり服装も流行りに流されたりせず、やはりシンプルなコーディネートで、僕の隣を歩くのだ。


「先生、もうすっかり葉桜ですね」

「そうだな」

「私、満開の桜も好きですけど、葉桜も好きです」

「そうだな。良いよな」


 僕の隣を歩く春川は、僕の手を離れ高校生になっていて、ますます紫陽しはるに似てきている。と同時に、何となく、何となくではあるが、口元が僕に似てきたような気がしてならない。いや、気のせいだ。気のせいに決まっている。


「お父さん、再婚するんです」

「そうなのか。ええと、大丈夫か、春川」

「大丈夫ですよ。私、もう子どもじゃないですから。あっ、いや、子どもですけど」

「わかるよ。高校生は子どもだけど、子どもじゃないもんな」

「そうです。私は、自分を大切に出来る人間ですから、大丈夫です。もったいないですもんね」

「そうだ。もったいない」


 もったいない、の感情は、対象を大切に思えばこそ沸き上がってくるものだ。


「だけどもし、大丈夫じゃなさそうになったら、その時は先生、助けてくれますか?」

「もちろん。だって僕はいつまでも君の――」


 先生だから、と結んで、葉桜を見上げた。

 桃色の花はもうほとんどなく、青々とした葉が爽やかな風に揺れている。

 

 そうだ。

 それで良いんだ。


 それを口実に、愛する人との娘かもしれない春川――いや、桜子をいつまでも見守っていられるのだから。


 いつか僕は、桜子にその『可能性』を打ち明ける日が来るだろうか。そうしたら、僕達の関係は『教師』と『教え子』から、『父かもしれない男』と『娘かもしれない女』になるだろう。桜は葉桜になっても別の美しさがあるが、果たして僕達はどうだろうか。


 桜は花を落とし、その美しさを変えていく。

 だけど僕は――、


 願わくば、何も捨てず、何も変わらないままでいたいと思った。


 ずるい男だ、僕は。

 だけど。

 そう。


 捨てるなんて、もったいないじゃないか。

 

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葉桜の君に 宇部 松清 @NiKaNa_DaDa

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