一華後宮料理帖 三川みり


『当たりは誰?』


※このお話は理美りみ食学しきがく博士はかせ朱西しゅせいの助手になったばかりの頃のお話です。



「困りました」


 理美がつぶやくと、隣にいた皇帝付きの勅任ちょくにん武官ぶかんである秦丈鉄しんじょうてつも難しい顔でうなずく。


「確かに参ったな」


 卓子たくしはさんで向かい合っていた二人の視線は、卓子の真ん中に置かれた皿へそそがれている。皿の上には胡麻団子ごまだんごが四つ。一口で食べられる上品さだ。


「どれが朱西が作ったものか、本当に見分けがつかないのか、あんた。俺は当たりを引くのは勘弁かんべんだぜ」


 おおかみのように精悍せいかんな顔立ちに、情けない表情を浮かべる丈鉄。問われた理美は内心で「わたしもです」と答えながら、胡麻団子に顔を近づけて必死に違いを探そうとするが、外見はどれも同じ。


「わかりません」


 かたを落とす。

 目の前にある胡麻団子は、理美がお茶請ちゃうけに作った物。あんをもちもちの皮に包み、胡麻をまぶしてげたこうばしいお菓子かしだ。――本来ならば。

 理美と丈鉄が向かい合っているのは、食学堂しきがくどうの中。八角形の建物はかつて礼部れいぶの書庫として利用されていたが、現在は食学博士の研究の場だ。

 堂のあるじである食学博士・しゅう朱西の姿は見えない。彼は今、崑国こんこく五代皇帝・龍祥飛りゅうしょうひの元へ行っている。「みなでお茶を楽しみましょうと、陛下を食学堂にお連れしますね」と、にこにこして出て行ったのだ。彼は確実に祥飛をここに連れてくる。そして理美も丈鉄も、祥飛と朱西と一緒に卓子に着き、胡麻団子をお茶請けにお茶を楽しむことになる。


(うわぁ。どうしよう)


 胡麻団子を目の前にした自分を想像し、血の気が引く。


(胡麻団子に手を出さない、なんてことは許されないわよね、きっと。手を出さなきゃ不自然だし)


 和国わこくから崑国皇帝へのみつぎ物としてやってきて、早数カ月。理美は後宮で宝林ほうりんくらいを与えられていた。本来ならば後宮から出ることは簡単に許されないのだが、わけあって今は、外朝がいちょうで朱西の助手の役目をおおせつかっている。

 今日も朝から食学堂へやってきた理美は、朱西にわれ、彼と一緒に厨房ちゅうぼうで胡麻団子を作ったのだ。

 近頃、雨続きで建物の外へ出るのもままならない日が続く。

 外出できない日が続くと、若き崑国皇帝陛下へいか気鬱きうつのようだ。それを察した朱西が、「人の気分を明るくする効能がある、食学的なおやつ」を祥飛に食べさせたいと考えたようなのだ。

 食学的おやつとは、朱西が研究している「体や精神に良い食べ物」ということ。これが大問題だった。体や精神には良いのだろうが、朱西が考案する食べ物は大概たいがい、味が効能の犠牲ぎせいになっている。

 祥飛のために嬉々ききとして食学的な胡麻団子を作る朱西のかたわらで、理美は普通の胡麻団子を作った。気のどくだが、祥飛には朱西作の食学的な胡麻団子を食してもらい、理美や朱西、丈鉄など、側近たちは普通の胡麻団子をお茶請けにしようと思ったのだ。

 食学的な胡麻団子は、見た目こそ普通。その中身がおそろしい。朱西が作っていた胡麻団子の中身を横目に見ていたが、青ざめるような物ばかりだった。

 しかし胡麻団子を揚げているときに、うっかり祥飛用の食学的胡麻団子と普通の胡麻団子が混ざってしまったのだ。

 四つのうち、三つは美味おいしい胡麻団子。一つが――がたくない当たり。

 どうしようかとおろおろしていると、丈鉄がやってきたのだ。美味うまそうだなと手を出そうとするので、かくかくしかじかと説明すると、彼も顔色を変えた。長年一緒にいる丈鉄も、朱西の作る食学的な食べ物の味を何度も体験しているらしい。

 かくして、二人で胡麻団子を見つめて途方とほうれる羽目はめになっていた。


「どうする、理美」

「陛下に陛下用の胡麻団子を差し上げられなくても、また作れば良いだけなんですが」

「陛下が食わなきゃ、陛下用の胡麻団子が残るだろうが。それをだれが食うんだよ。俺は絶対にいやだ」

「わたしもです」

「いっそ、陛下が来る前に全部割っちまって、中身を確認するか。それで激臭げきしゅう胡麻団子があれば、それを陛下の皿へ」

「自分の胡麻団子にだけ激臭がただよっていたら、陛下も嫌がりませんか? いくら食学的でも」

「確かにな。へたしたら、俺たちに食えと言い出すかも」

「ご変態へんたいの陛下がお好きな、お拷問ごうもんというやつですか」

「あんた、その変な言葉づかい、陛下の前でするなよ」


 表現が不味まずかったらしい。崑語こんごに不慣れな理美は、相手をうやまう言葉を使うのが苦手だ。

 気をつけますと返事するのと同時に、とびらが開く。ふり返ると、背の高い朱西を従えた、崑国五代皇帝・龍祥飛がそこにいた。くらく雨に沈んだ屋外おくがいを背景にしていても、彼自身が仄明ほのあかるい光をまとっているかのような、はっと目を容貌ようぼうの美しさ。その綺麗きれいな顔に不機嫌ふきげんさを貼り付けている。それとは対照的に、彼の背後にいる朱西は温和な笑顔だ。


「相変わらず、暗くて、湿しめっぽくて、ほこりっぽい場所だ。こんな場所で茶を飲む奴の気が知れん」


 にくまれ口にも、朱西は笑顔だ。


「そんな場所におでくださったことを感謝します、陛下。でも場所を変えるだけでも、少しは気分が違うでしょう」

「おまえがしつこく、来い来いと言うからだ。美味い胡麻団子を用意したと」


 理美は硬直こうちょくした。


(美味い胡麻団子!? そもそも朱西様の胡麻団子は、絶対に不味いのに!)


 もし朱西の胡麻団子が祥飛に当たってしまったら、理美たちは不味い物を食べなくて助かる。しかし激マズ胡麻団子を口にした祥飛は、怒り狂うのではないか。それくらいならば祥飛が普通の胡麻団子を食べて、理美か丈鉄か朱西が、当たりを引くほうがましなのではないか。

 青ざめながらそんなことを考えている間にも、うながされた祥飛は席に着く。

 朱西がいそいそと茶をれ、


「ほら、二人も座って」


 とにこやかに、丈鉄と理美にも席に着くように促す。

 理美と丈鉄は目顔で確認し合う。覚悟かくごを決めるしかないだろう、と。

 もう、なるようにしかならない。自分が激マズ胡麻団子で苦しむか、祥飛が怒り狂うか。

 全員が席に着くと、朱西がにこやかに言う。


「さあ、理美。陛下に胡麻団子を取り分けて差し上げて」

「はい」


 引きつった笑顔を返しながら、当てずっぽうに一つ、胡麻団子をとって皿にせ、祥飛の前に置く。それから朱西と丈鉄、自分にも取り分けた。

 祥飛がむっつりして茶をすすると、朱西は胡麻団子を口にする。


「胡麻団子は香りが良いですね。餡もほどよい甘さで」


 朱西の言葉に、理美は緊張した。丈鉄も自分の皿をにらみつける。


(朱西様はハズレね。だったら、残りは三分の一の確率かくりつ


 祥飛が胡麻団子に手を伸ばした。理美と丈鉄が同時にそれを注視する。祥飛は一口で胡麻団子を食べた。眉間みけんしわを寄せたまま、だまって食べ終えて茶をすする。激しい反応はない。


「あの、陛下? 美味しいですか?」

「まあまあの味わいだ」


 理美と丈鉄は顔を見合わせた。


(わたしか、丈鉄様。どちらかが当たりだ)


 丈鉄がするどい視線を理美にくれながら、胡麻団子を手に取る。促されるように理美も、胡麻団子に手を伸ばす。二人視線を合わせた。どちらが当たりか? うらみっこなし。

 その緊張きんちょうした二人の様子に、朱西が首をかしげる。


「どうしたんですか、二人とも。決死の覚悟に見えますが」

「いえ、別に。ね、丈鉄様」

「そうだな。別に、な。理美」


 答えてから、理美と丈鉄は同時に呼吸を合わせて胡麻団子を口に入れた。


(甘い! 美味しい! やった、ハズレ!)


 思わずこぶしを突きあげそうになって丈鉄のほうに目をやると、彼は、右手の拳をあげた勝利の姿勢をとっていた。


(あ、あれ?)


 目が合うと、丈鉄も不思議ふしぎそうな顔をした。


(二人ともハズレ? え、じゃあ、当たりは)


 理美も丈鉄もハズレ。朱西も餡が甘いと言っていたから、きっと激臭胡麻団子ではないはず。ということは。


(陛下が当たり!?)


 目を白黒させる理美と、拳を突きあげた丈鉄を見て、祥飛は口元をゆるめる。


「おかしな奴らだ。どうした。きょときょとしたり、手を上げたり」


 朱西もいぶかしげだ。


「どうしました、二人とも」


 胡麻団子を飲み込んだ理美は、祥飛の顔をのぞき込む。


「あの、陛下。胡麻団子は本当に美味しかったですか?」

「言っただろう。まあまあだ」

「甘かったですか?」

「甘くはなかった」


 それを聞いた丈鉄が目を見開く。


(間違いない。陛下が当たりだったんだ。でも、怒ってない? 朱西様の胡麻団子が美味しいとは思えないのに)


 制作過程かていを隣で見ていた理美には、あれがまともな味わいではないとよくわかっていた。涙が出るほどの激臭がする餡を包んだ胡麻団子など、どんな奇跡きせきが起こったとしても美味しくはならないだろう。

 なのに祥飛は怒らない。


(朱西様の不味い食学的料理を普段ふだん食べているから、不味さに慣れている?)


 それもあるかもしれない。


「もう一杯、茶が欲しい。朱西」

「はい。次は別の茶を準備しましょうか」


 祥飛の要求に、朱西は笑顔で応じた。丈鉄が卓子に頬杖ほおづえをつき、祥飛を見る。


「なんだが楽しそうですねぇ、陛下。胡麻団子がまあまあだったわりには」

「こんな埃っぽい場所で茶を飲むのが、それほど楽しいわけないだろう」


 そう答えた祥飛だったが、照れくさそうに丈鉄から視線をらしたのは気のせいか。


(ああ、そうか)


 祥飛の反応で、理美は理解した。


(陛下は、嬉しいんだ)


 気鬱な祥飛の気分を変えようと、朱西が自分の仕事場に彼を連れてきてくれたこと。そこに丈鉄や理美がいて、一緒にお茶を飲めること。それらが嬉しくて、妙な味の胡麻団子を食べさせられても文句もんくを言う気にならなかったのだろう。こうやって一緒にいることが、楽しいから。


(不味いのに、それを我慢がまんされてるなんて)


 祥飛はいつも傲慢ごうまん態度たいどだ。さらには人がひるむほどの美貌。そんな若き皇帝が、臣下しんかとお茶を楽しむのを嬉しがっている。その照れた態度が、年相応の少年らしくて可愛かわいい。


「陛下」


 優しく呼ぶと、不機嫌そうにこちらを見る。


「なんだ」

「わたしは、お茶をご一緒できて楽しいです」


 祥飛の頬がかすかにまる。


「余は楽しくない」

「でも、わたしは楽しいです。ゆっくりお茶を飲んでください」

「余は楽しくないが、おまえがそう望むなら。ゆっくりしてやらないこともない」

「はい。お願いします」


 答えると、祥飛は「しかたない」と呟いたが、口元が緩む。

 朱西と丈鉄は、ちらっとたがいの視線をわして微笑ほほえんだ。

 外はまだ、雨。

 空気は湿って空は暗い。

 しかし食学堂の中は、ほんのりとあたたかく、やわらかな空気が満ちていた。

 長雨もいつか終わる。雨が止んだら外へ出て、どこか気持ちの良い、見晴らしの良い場所でお茶を楽しもう。

 もちろん、素直すなおじゃない若き皇帝と一緒に。 



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【あらすじ】

『おいしい』――その一言を聞くために。 食を愛する皇女の後宮奮闘記!


貢ぎ物として大帝国・崑国へ後宮入りした皇女・理美。

他国の姫という理由で後宮の妃嬪ひひんたちから嫌がらせを受けるが、持ち前の明るさと料理の腕前で切り抜けていく。

しかし突然、皇帝不敬罪でらえられてしまい!?


※くわしくはコチラから!

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