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角川ビーンズ文庫

ジャマしないでよ、大神くん 再生数100万回目指して、実況中 あずまの章

隣の席の清見さん


 隣の席の清見さんは、とっても可愛い子だ。


「宇野君、おはよー」


 登校してきて、最初に声をかける相手が僕だと思うと胸が高鳴る。隣にすとんと腰を下ろした清見さんをぼーっと見つめること数秒、我に返って慌てて挨拶した。


 たぶん、世間一般的に言って僕ってキモイ。


 すぐ緊張するし、声は上ずるし、顔は赤くなるし。典型的陰キャってやつだ。

 でも清見さんはクラスじゃ明らかに上位グループに属しているというのに、僕みたいなオタクにも普通に接してくれる。可愛いだけじゃなく性格までいいなんて、そんなの二次元にしか存在しないと思っていた。


「やばっ、今日の数学あてられるんだった。……宇野君、この問題分かる?」

 隣から上目遣いに懇願こんがんされたら、否とは言えなかった。


「いっ、いいよ、ど、どの問題」

 清見さんはそれはもう嬉しそうに笑った。さっそく問題集を開きながら体を寄せてくる。ち、近い。なんか良い匂いがする。つっかえながらなんとか解き方を教えてあげると、清見さんの眉間に皺が寄った。


「ごめん、分かんない。もう一回」

 清見さんは可愛いけど、あまり成績は良くない。本人曰く、うちの高校に受かったのは奇跡らしい。僕としては、完璧じゃない彼女にますます好感度が上がった。


 三回目の説明でようやく理解できたらしい。女の子らしい丸っこい文字でノートに数式を書くと、「合ってる?」と訊いてくる。それを確認して間違いないと頷くと、彼女はキラキラした目で僕にお礼を言った。

 ああ清見さん、なんて素敵な女の子なんだ。天使か。


「宇野、めっちゃ利用されてね?」


 昼休み。

 いつものように教室で友人たちと固まって昼飯を食べていると、向かいに座った田中が言った。


「清見さんってさ、お前のこと便利屋ぐらいにしか思ってないだろ」

 他の面々を見ると、同じことを考えているようだった。

 でも意地悪で言っているんじゃなくて、僕のことを心配して言ってくれているのが分かっていたから嫌な気持ちにはならなかった。


「うん、そんな気はしてた」

「してたのかよ! ていうか、いいのか?」

「いいよ別に。問題教えるくらい」


 ときどき宿題も写させてあげてるけど、毎回じゃない。それに僕が何かしてあげたら、清見さんは必ずお礼を言ってくれる。そのとき浮かべる笑顔だけで、お釣りを渡したいくらいだ。


「たしかに清見さんはずるいところもあるけど、そういうところも、その」

 可愛いんだよ! 見た目は天使だけど、ときどき小悪魔っていうか、私可愛いでしょ? こういうの好きでしょ? って感じを隠しもしないあざとさがたまんないの!

 気を抜いたらあふれ出しそうな本音を慌てて飲み込んで、誤魔化すように弁当をかきこんだ。


「僕のことを利用するだけだったら、問題訊いてくる以外には話しかけてこないでしょ。その点、清見さんはしょっちゅう雑談に応じてくれるし。ゲームの話も普通に聞いてくれる」

 ときどきズレた発言してくるんだよな。まあそこも可愛いんだけど。


 最近はスマホを買って、使い方に悪戦苦闘していた。困るとすぐに「宇野くーん!」と呼んでくるので、僕はいつ呼ばれてもいいように休憩時間はできるだけ席を立たないようにしている。


「宇野が気にしてないなら別にいいんだけどさ」

 田中はもう気にしないと言わんばかりに食事を再開した。高校からの付き合いだけど、本当にいい奴だ。


 会話は自然とゲームやアニメの話に移っていった。周囲はこんな僕たちのことをオタク集団と呼んでいる。


 会話に興じながら視線を横にそっとずらすと、清見さんたち女子グループが楽しそうにお弁当を食べているのが見えた。

 清見さん、今日もお弁当なんだな。自分で作ってるって言ってたし、家庭科の調理実習では手際が良かった。味付けはおおざっぱだったけど。

 可愛くて家庭的って、どれだけ僕の心をくすぐるんだろう。


「宇野、宇野! おい見すぎだぞ」

「聞いちゃいねえな」


 いつの間にか動きも止まって清見さんを見つめていると、視界に余計なモノが映りこんだ。


「ヒロ子ちゃん、一緒に食べていい?」


 大神直おおがみなお

 同じクラスの、清見さんに気がある憎きイケメンだ。


 パンを片手に購買から戻ってきたのだろう、清見さんが頷くのとほぼ同時に図々しくも隣に座った。遅れて仲の良い男子二人も女子グループに合流して、楽しそうにランチを再開している。


「宇野から負のオーラがあふれだしてる」

「ほっとけ」


 大神はしょっちゅう清見さんに話しかけては食事の邪魔をしていた。くそっ、顔がいいからって何をしても許されると思っている。

 ヒロ子ちゃん、なんて下の名前で呼んじゃってるし、これだから陽キャは馴れ馴れしいんだよ。


「直君、今度観に行く映画って、なんてやつだっけ」


 ブッ!

 口の中に含んでいたから揚げを噴いてしまった。正面にいた田中にぶちあたって「汚い!」と叫び声が上がる。それよりも衝撃的な台詞に思考が固まった。


「は? 映画? 二人で? なにそれデートじゃん!」


 陽キャグループの一番うるさいやつ、植草が大声で言った。他のメンバーも色めきだって騒ぎ出すものだから、クラス中の注目を集めたことに気付いた清見さんは顔を真っ赤にさせた。


「デートじゃないし! 皆も誘うつもりだったし!」

「え!」


 大神がダメージを受けてる。ザマァ。

 もう自分の心のダメージを誤魔化すには他人の不幸しかなかった。涙目になっている大神を観察しながら弁当を平らげる。田中たちの哀れむ視線なんて痛くもかゆくもない。


「皆で映画観に行こうよ。皆で。絶対楽しいよ、皆のほうが」

 必死になって周りを巻き込もうとしている清見さんが尊い。そうだ、皆で映画に行ってしまえ。大神の野望なんて潰えてしまうがいいんだ。


 結局、六人で映画に行くことになったらしい。楽しそうな集団をしょんぼりと見つめていると、田中が映画に誘ってくれた。


***


 人気動画投稿サイト『スパイダーウェブ』にゲーム実況動画を投稿し始めたのは中学二年のときだった。

 あのころは学校が最高につまらなくて、帰ってくると部屋の中にずっと閉じこもってゲームばかりしていた。


 家にあるゲームをやりつくし、次はどれにしようとSNSで検索していると、偶然ゲーム実況動画を見つけた。最初は他人がゲームをしている動画の何が面白いのか不思議だったけど、見始めると止まらなかった。

 同じような実況動画を見つけて、食い入るように視聴した。こういうときの集中力はゲームで培ったものだ。


 学校は相変わらずつまらなかった。子どもっぽい同級生や、無駄にうるさい陽キャどもが馬鹿っぽく見えていた。自分にはもっとふさわしい世界があるんじゃないかとずっと考えていた。


 つまりは、中二病をわずらっていたのだ。


 今だから思うけど、あのころの僕はイタかった。年相応に振る舞う同級生たちこそがまともだったと今なら分かる。

 なのに僕ときたら教室の窓辺の席になると、無駄に外を見つめてため息をついたり、グループ学習でひとりあぶれると「やれやれ」なんて肩をすくめて無駄に孤高をつらぬいていた。


 イタすぎるぞ僕!


 自分は特別だと思い込んでいた時期だったからこそ、スパイダーウェブに登録してゲーム実況者になることに抵抗はなかった。ゲームにだけは自信があったし、何より自分が好きなものを皆にも知ってほしかった。クラスじゃ誰もゲームの話なんて聞いてくれないし。


 スパイダーネーム(配信者名)は『シュヴァルツリッター』。日本語に訳すと黒騎士である。


 この命名は高校生になった今では後悔している。いや、ドイツ語がなんか格好良いという感覚は今も健在なんだけど、でも! 自分に! 名づけるのは! ないだろう!


 若気の至りとはいえ、これはひどかった。スパイダーウェブでデビューした当初はいじられまくった。「シュヴァルツリッターさんチース!(笑)」とか「黒騎士よ久しいな、俺だよ俺、白騎士だよ!(笑)」という煽りがチャットにあふれかえったのだ。


 この格好良さが分からん馬鹿どもが、と思っていた当時の僕のメンタルが強すぎる。現実では弱く、ネットでは強い典型的なオタク、それが僕だった。


 いじりやアンチは多かったけど、それは時間とともに好意的なファンの群れの中へと埋もれて消えていった。

 代わりに増えていったのは女の子のファンだ。皆、口をそろえて「シュウ君カッコイイ」と褒めてくれた。


 当時、長い前髪を上げ、素顔で実況していた。こっちのほうがバレないし、何よりそうするように強く後押しをしてくれたのが、十歳年上の姉だった。


「あんた、黙ってきょろきょろしてなきゃ格好良いんだから、素顔出して実況やったほうが絶対人気出るよ」

 格好良い、格好良いのか、この顔が? 陰キャオタクなのに?


「自己評価ひっく! 顔の美しさとオタクは関係ないのよ! この私を見なさい!」

 そういう姉は僕と同じで立派なオタクだ。上場企業でバリバリ働き、稼ぎのほとんどをアニメや2.5次元の舞台に注ぎ込んでいる。

 たしかに顔は美人だけど性格がなあ、と呟いたら顔面をわしづかみにされた。顔の美しさと心の美しさは比例しないことが分かった。


 姉の指示に従って顔出しをしたおかげか、たしかにファン登録者数は増えていった。中学三年に上がるころには、有名なゲーム制作会社から声がかかるようにもなった。


 自分よりもはるかに年上の大人が、僕に丁寧に接してくれる。実況動画を褒めてくれる。画面の向こう側の知らない人たちでさえ、僕を賞賛してくれた。


 学校じゃ相変わらずぱっとしない陰キャな僕だけど、皆が知らない、きらびやかな世界がたしかに存在していた。そんな世界が、僕を救ってくれた気がする。


***


 順風満帆なスパイダー生活。そこに変化が訪れたのは、高校一年に上がったばかりのころだった。


「コラボ企画、ですか?」

「そ。有名なスパイダー二組でなんか面白いことしようって企画」

 ざっくりとした説明に戸惑う。なんかって、なんだよ。


 スパイダーウェブのスタジオの一角で、僕はスタッフの一人から新しい企画の説明を受けていた。


「シュウ君といえばゲームでしょ? ゲーム実況しつつ、もう片方のスパイダーと絡んでほしいんだよね」

「もう片方っていうのは?」

「それがねー……ロコって知ってる?」


 知ってる。

 一時期、幽霊動画で話題になったやつだ。一部オカルト掲示板では検証作業が盛んに行われて、本物寄りの結論が出ていた気がする。まあ僕は信じてないけど。


「ファンフェスにも来ていましたよね?」

「うん、来てた来てた。あのときは停電で大変だったねー」


 会場の電気設備にトラブルが生じ、観客がホールに閉じ込められたのだ。そのときスクリーンに変な動画が流れたらしいが、僕はスタッフに誘導されて会場の端っこに避難させられていたので詳細は不明だった。


「実はさ、いわくつきのゲームを自称霊能力者のロコと一緒に実況してほしいんだけど、どう?」

「どう、って」

「この企画ね、社長の肝いりっていうか、なんでもいいからロコを配信に出せって言われててさあ」

 弱みでも握られてんのかね、とスタッフは軽い調子で言った。


 正直、ロコはどうでもいい。ゲームのほうが気になった僕は、迷った末に承諾した。


***


 撮影当日、ロコとその助手、マオを名乗る二人組のスパイダーを紹介された。


 ロコとはファンフェスで一度会ったことがある。ジャージ姿に髪はふたつに縛っただけの地味な女子だ。顔出しをしている他の女性スパイダーとちがって、自分を可愛く見せようという気概きがいが一切感じられない。


 助手のマオとは初対面だった。ロコもマオも、たぶん僕と歳はそんなに変わらないだろう。

 分厚い眼鏡をかけて目元を隠したマオは、一見して地味に見える。が、僕のアンチイケメンセンサーが反応している。こいつはおそらくイケメンだ。初対面だけど、一気に好感度が下がっていった。

 


「よろしくお願いします。シュヴェ、しゅぼぁ」

「シュヴァルツリッターだよ。ちなみに彼はこの正式名称で呼ばれることを死ぬほど恥ずかしがってるから、シュウって呼ばなくちゃいけない」

「詳しいね、マオ君」

「Wikipediaに書いてあった」


 書いてあんのかよ!! 誰だ僕の黒歴史をワールドワイドな情報サイトに載せたやつは。

 ひきつる僕にはお構いなしに、ロコは馴れ馴れしく話しかけてきた。


「ちなみにいくら稼いでいるんですか」

「いきなり失礼なやつだな!」

「こっちは生活かかってるんです。ファン登録者数を増やすノウハウを教えてくれたら、無料で呪い返ししますんで」

「呪いとかあるわけねーだろ!」


 さらっとオカルト発言してきやがる。やべーやつだなと一歩引くと、ロコは意味ありげにニヤッと笑った。


「いやいや、けっこうありますよぉ。最近は、手軽にアプリで呪える時代です。JEAにそういうのが得意な子がいて、あ、JEA知ってます? 日本霊障探求協会にほんれいしょうたんきゅうきょうかいといって、国内にいる霊能力者を統括しているんです。最近は海外との交流も盛んで、うちにも研修生が来てるんですけど、いや~南米の呪術のエグイのなんの」


 聞いてもいないのに国内外のオカルト事情を話してくる。こっちの興味を引き出してノウハウを教えてもらおうという魂胆だろうが、出てくる単語が「しぼりたての牛の血」やら「干からびた猿の手」やらで不信感極まりない。


「そういうのもういいから、撮影はじめんぞ」

 オカルトなんて馬鹿々々しい。

 さっさと終わらせて家でゲームしよ。うんざりした気持ちを顔から消して、ゲーム実況者シュウを意識した。


***


 いわくつきのゲームは本物だった。

 なにが本物って、本物の幽霊の念が込められていたのだ。


「再生回数がすごいことになってますよ!」

 動画は撮影後、ほぼ編集なしでその日のうちにアップされた。配信開始直後から、シュウが出ているという口コミで人が殺到したが、チャットは混乱というか、阿鼻叫喚の様相となっていた。


『部屋のすみにいきなり男が現れたんですけど!』

『そのおじさん誰????』

『笑(笑えない)』


 動画をチェックすると確かに動画の後半から見知らぬ男性が映りこんでいた。ロコいわく、ゲームを開発したひとりらしい。

 隠しルートを見つけてもらいたい一念でゲームに宿ったらしいが、いや、そんなの、はは、まさかな。


「シュウ君が楽しんでくれてよかったって。撮影中に成仏してったよ」


 スタッフが真っ青になりながら「盛り塩をしたほうがいいか」とロコに相談していた。オカルトなんて鼻で笑っていたスタッフたちが、今や本気で幽霊の存在を信じている。


「見て、マオ君。ファン登録が増えてるよ」

「シュウ効果は高いな」

「いやいや、幽霊おじさんのお陰でしょ。つまりは私のお陰でしょ」

「幽霊なんていないから。このおじさんは、その、存在感が薄いあまりに半透明になって映ってるだけだから」

「もういい加減、その言い訳苦しくない?」


 心霊現象が起こったというのに、この二人と来たらまるで意に介していない。

 社長に至っては反響の高さに満足顔で、シュウとロコ&マオのコラボ企画第2弾を計画していた。勘弁してくれ。


「シュウ君。私たち、もう帰るけどまたよろしくね」

「誰がよろしくするか」

「まあまあそう言わずに。はいこれ、私の名刺」


 押し付けてくる名刺を渋々受け取る。

 表面には『オカルトスパイダー ロコ』。裏には『日本霊障探求協会 Japan Exorcist Association 正規会員 呪い返しはお早めに』とあった。


「うさんくさっ」

「私もそう思う。でもこの手の業界って、どんなに言葉をこねくり回してもうさんくさいに着陸するんだよね。あ、皆さんもどうぞー」


 部屋にいたスタッフに怪しげな名刺を配って回る。ほとんどが引き気味だったが、一部のスタッフは思いつめた様子で大事そうに名刺を仕舞っていた。


 目の前で粗雑に扱うのもアレだし、一応は名刺入れに入れておいた。スポンサーや業界関係者からもらった名刺が入った分厚いそれに、ロコは驚きの目を向けていた。


 そのキラキラとした眼差しが、一瞬だけ清見さんと重なった。

 幻視のようなそれに、思わずマジマジとロコを見つめてしまう。


「なに?」


 いきなり食い入るように見つめられて、ロコは瞬きを繰り返す。

 短いまつ毛、目つきの悪さ、顔の中心に散ったそばかす……清見さんとの共通点がひとつとして存在しない。

 清見さんは瞬きをすれば音がしそうなほど長いまつ毛をしているし、目もぱっちりだ。目の前の少女と清見さんを重ねてしまうなんて、ゲームのやりすぎで目が疲れたにちがいない。


「なんでもないよ。あとこれは余計なお世話かもしれないけどさ、もっと身だしなみに気を遣ったほうがいーんじゃない?」

「はぁあ?」

「ノウハウ知りたいって言ってたでしょ。そのダサイ格好やめて、もっとちゃんとした服を着たら?」


 ノウハウと聞いて、ロコはぐっと言葉に詰まっていた。そして急に不安になったのだろう、自身の姿を見下ろし、マオに意見を求めていた。


「ロコはそのままでいいよ。十分に可愛いから」

「可愛いを軽々しく使うなよ。可愛いっていうのは俺の天使のことを言うんだよ!」


 ロコとマオが二人そろって同じ顔をしていた。なんだよそのきょとんとした顔は。


「天使って、……ああ、ゲームのキャラクターのことね」

「人間だよ。あの子は見た目が可愛いだけじゃない。中身も優しくて、料理もできて、ちょっとおバカなところがたまらなく魅力的なんだ」


 頭の中では清見さんが、「宇野くーん!」と手を振っている。ツインテールなのは妄想で補完した。


「その人はいわゆる画面の向こう側にしか存在しないという」

「してるよ! 現実に! 僕の隣の席に座ってるよ!」


 僕がムキになればなるほど、ロコの不信感は高まっているようだった。なんでだよ。


「いや、そんな完璧な子、いる? 絶対ネコ被ってるよ」

「被ってねーし! 天然美少女だぞ彼女は」

「天然って……その子に会ったことないけど、たぶん騙されてるよ。宿題写させてあげたりとか、問題教えてあげたりとかしてない?」

「しっ、してるけど」

「悪女だ! 悪女だよそれ! やばいのが隣にいるな。気を付けたほうがいいよ」


 ロコが本気で僕の身を案じている。やめろ、僕は可哀想なオタクじゃない。


 清見さんは、清見さんはなあ、あんたと違って幽霊を見たら悲鳴を上げて泣いちゃうし、趣味は料理で、部屋着はジェラピケなんだ。そんな女の子なんだよ。全部、僕の妄想だけど!


「俺は彼女を信じる」


 このときの僕は知らなかった。

 ロコの正体が清見さんで、趣味は料理じゃなくて除霊で、部屋着がダルダルのシャツと短パンであることを。

 そしてマオが、いけ好かない大神だなんて知るよしもなかった。


 お互いの正体に気が付くのは、まだずっと先のこと。



***


 翌日。いつもの時間に登校して教科書を出していると、友人の田中がスマホを片手にやってきた。


「なあなあ、この動画見た? シュウとロコのコラボ企画!」

「……あー、うん」

「すげえよな。マジで幽霊出るんだもん」

「どうせCGでしょ」

「だぁっ、もう宇野って夢がねえんだから。絶対幽霊だって。SNSに幽霊の同僚だったって人が本人で間違いないって呟いてたもん」


 興奮してまくし立てる田中は、どうやらシュウの正体には気付いていないようだった。リアルじゃぼそぼそとしか喋れないけど、シュウモードになるとハキハキ喋るからな。前髪を上げるとスイッチが切り替わるのが、自分でも不思議だ。


「おはよう。何の話してるの?」

「きっ、清見さん、お、おはよう」

「……おはようございます」


 はしゃいでいた田中が急に大人しくなる。その気持ちは分かるけど、あまりの変わりように居たたまれなくなった。僕もこんな感じだったのか。


「わー! その動画、昨日配信してたやつだ」

「あ、し、知ってるんです?」

「知ってる知ってる。ていうか田中君、なんで敬語?」


 清見さんは今日も可愛かった。暑くなってきたからか、今日はポニーテールにしていた。と、尊い。ツインテールにはしないのかな、と我ながらキモイことを考えた。


「面白かったよね。私、幽霊って初めて見た」

「あ、清見さんは信じるほう? 俺も信じてるけど宇野は全然信じてな」

「僕も初めて見たよ。なんか感動しちゃったな」

 田中を肘で押しやり、清見さんに同意した。すまん田中、今だけ友情を捨てる。


「ロコってすごいよね。私、ファン登録しちゃった」

「そ、そうだね。すごいよね」


 あのうさんくさい女を褒めるのはしゃくだったが、清見さんを前にしてこき下ろすはできない。おのれロコ、ピュアな清見さんまでまんまと味方につけやがって。


「あとシュウもカッコよかった! そっちもファン登録したもん」

「ほんとに!?」


 勢いよく立ち上がった僕に、教室がしんと静まる。恥ずかしくなってそろそろと椅子に腰を下ろす。隣に座る清見さんの顔が見れなかった。田中はさっさと他人のフリをして去っていた。


「宇野君、シュウのファンだもんね。だったら嬉しいよね」


 清見さんはくすくす笑っていた。それは僕をさげすむ笑いじゃなくて、優しさに満ちあふれたものだった。気持ち悪がるどころか、僕の気持ちに寄り添ってくれている。それだけでもう胸がいっぱいになった。


「またコラボするのかな? してほしいなあ」


 清見さんとロコを一瞬でも重ねた自分を反省したい。清見さんはやっぱり清見さんだ。優しくてあったかい、僕の天使。


 次に依頼されたら絶対に断ろうと思っていたコラボ企画。清見さんのためならいくらでも引き受けようと決めた。


★カクヨムにて全編公開中★

「ジャマしないでよ、大神くん! 再生数100万回目指して、実況中」

https://kakuyomu.jp/works/1177354054885285073


「書下ろし短編つき、書籍版」

https://kakuyomu.jp/publication/entry/2018072401



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