告白予行練習 HoneyWorks・香坂茉里


『飼い主は誰?』



 朝、いつもより早めに目を覚ました愛蔵あいぞうは、ねこのクロをかかえながら階段をおりる。

 いつもならそのまま洗面所に向かうところだが、玄関げんかんでスニーカーのひもを結んでいる兄に気づいて「あれ」と足を止めた。


(こんな早く、出かけんのか……?)


 たいてい、家を出るのは愛蔵のほうが早い。

 兄のけんはギリギリまで寝ていることが多いのに、今日はもう制服に着替えていて、これから出かけるようだ。しかも横には大きめのボストンバッグがおかれている。

 愛蔵は「えっ!」と、思わず声をあげた。


「ちょっ、どこに行くんだよ!!」


 動揺どうようしてきくと、立ち上がった兄が「ん?」と振り返る。


(どうせ、またどっかまり込んで……っ!!)


 兄がフラフラと家を出て帰ってこないのは、中学の頃からだ。


「こいつ、どうするんだよ!」


 怒鳴どなるように言いながら、両手で持ったクロをズイッと突きつける。

 クロは目をまん丸くして、キョトンとしていた。 


「自分が拾ってきたんだろ。それを放っておいて……無責任すぎんだよ。どっかに行くなら、こいつも連れていけよ!! それができないなら、最初から連れて帰ってくんな!!」


 一気にまくしたてて、思いっきり兄のことをにらみつける。


「…………修学旅行、だけど?」


 そう返ってきて、愛蔵は数秒の沈黙ちんもく後に「……へ?」と、間の抜けた声をもらした。


「修学旅行」


 兄はそう言って、ボストンバッグをかたにかける。

愛蔵はクロを両手で持ったまま、数秒かたまっていた。そのひたいからタラーと汗がれてくる。


「…………しゅ、修学旅行…………なら……仕方ないけど…………っ」


 動揺をごまかすように声を小さくして、視線をそらした。

 その頭をポンッとたたかれて、「なんだよ!」と思わず後ろにげる。


「だっさいキーホルダー、買ってきてやろうか?」

「いらねーよっ!」


 顔をしかめながら、兄の手をパシッと払いのける。


「じゃ、クロの面倒、よろしく~~」


 ヒラヒラと手をふりながら、兄は楽しそうに口もとをゆるめて家を出る。

 バタンとドアが閉まると、「なんだよ……」と拍子ひょうし抜けしたように呟いた。


まぎらわしいんだよ……)


 クロをむねに抱きながら、ため息まじりにリビングに向かう。

 その途中、ハッとしてドアのほうを振り返った。


「って、俺も明日から泊まりの仕事なのに――っ!!」

  

***


 翌日よくじつ、旅行用のバッグとクロを入れたキャリーバッグを手に空港に向かうと、先に到着とうちゃくしていた勇次郎ゆうじろうとマネージャーが待っていた。 


「遅いっ! 時間厳守げんしゅっていつも言ってるでしょーが」


 うでを組んだマネージャーが、顔を見るなりお説教をしてくる。


「タクシー乗ったんだけど、道路が渋滞じゅうたいしてて……すみません」

「なんで、ネコとか連れてきてんの?」


 キャリーバッグの中で「ミャーッ」と愛想あいそよく鳴いているクロを見て、勇次郎が顔をしかめた。


「しょうがないだろ! 急にあいつが修学旅行とか行くから……っ!」

「ペットホテルに預けてくればよかったんじゃないの? 普通そうするよね?」


 勇次郎に『なに考えてんの』というように呆れた顔で言われて、ムッとする。


「時間なかったんだ!」 

「仕事にネコ同伴どうはんとか、聞いたことないし。それプロとしてどーなの?」

「うっせーよ。ちゃんと面倒見るし、仕事の邪魔じゃまにならないように気をつけるって!」


 言い合いをしている二人を、マネージャーが「いいから、急いで!」とかす。


あずけるところはあっちでさがすから。この便乗れなかったら、ラジオの収録しゅうろくに間に合わないんだからね~~!!」


 マネージャーの後に続いて、勇次郎と愛蔵もバッグを手にバタバタと走り出した。


***

 

 ラジオ出演の後は、テレビに出演するためにテレビ局に移動する。

 ひかえ室で待ちながら、愛蔵は今日歌う曲をヘッドフォンでいていた。

 その後ろでは、マネージャーがテレビ局のスタッフの人と話をしている。


(修学旅行って……どこ行ってんだろ……まぁ……どうでもいいけど)


 ぼんやり考えながら、ふととなりのソファーを見る。

 勇次郎がひまそうに片手で頬杖ほおづえをつきながら、テーブルに座っているクロの前で猫用の煮干にぼしをチラつかせていた。

 愛蔵は「はぁ~」とため息を吐いて、ヘッドフォンを首までずらす。


「お前さ……なんで人んちのネコで遊んでんだよ。勝手にバッグから出すな」

「出たそーにしてたから」


 勇次郎がちらつかせる煮干しを、クロは立ち上がって両手でつかまえようとしている。

 すっかり夢中になっているのか、目がキラキラかがやいていて楽しそうだ。

 それを見るとおこる気も失せる。


「いいけどさ……プロがどーとかえらそうに言ってなかった? 俺、聞いた気がするんだけど……空耳? 幻聴げんちょう?」

「このネコ、団子丸?」

「なんだよ、その団子丸って。人んちのネコに、勝手な名前つけんな」

(クロって名前もテキトーだけどな)


 愛蔵は名前をつけた飼いぬしの顔を思い出す。


「丸すぎ。運動不足じゃないの?」

「それくらいがかわいいから、いいんだよ」


 愛蔵はヘッドフォンを頭に戻しながら、釈然しゃくぜんとしないように顔をしかめた。


(クロの飼い主は俺じゃないのに……なんで、面倒みさせられてんだ?)



 やっぱり、あの人が無責任なところは少しも変わらない――。


*** 

 

 観光客でにぎわう土産物店みやげものてんに立ち寄った柴崎しばさき健は、幸大こうだいと一緒に店内を見てまわっていた。

 虎太朗こたろうおさななじみのひなと一緒に、家族に買うお菓子を離れた場所で選んでいるようだ。

 その姿をチラッと見てから、「邪魔じゃますんのも悪いよな」とつぶやいてみをもらす。


「幸大ー、お前さー、なんか買う?」

「家族にお菓子かしくらいだけど」


 キーホルダー売り場の前で、健は「おっ」と足を止めた。

 つられたように、幸大も立ち止まる。


「キーホルダー?」

「なぁ、これ、すっげーダサくない!?」


 手に取ったキーホルダーを幸大に見せてきいた。


「え……うん、まあ、ほどほどにダサいよね」

「だっろ! これにするわ~」


 指に引っかけたキーホルダーをまわしながら、健は会計カウンターに向かう。

 それを見ていた幸大のそばに、買い物を済ませた虎太朗がやってきた。


「シバケン、なに買ってんだー?」

「ダサいキーホルダー」

「えっ、女子にやんのか? た、高見沢たかみざわとか……?」


 怪訝けげんそうな顔をする虎太朗を見てから、幸大は会計している健に視線を移す。

 健は紙袋を受け取ると、ニヤーッといつになく楽しそうに笑っていた。


「それはいくらなんでもないと思う」

「だよなー……」


 虎太朗は「じゃあ、だれにやるんだ?」と、首をひねっていた。



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HoneyWorksプロデュース

アイドルユニットLIP×LIPがついに小説化!


角川ビーンズ文庫

『告白予行練習 ノンファンタジー』

原案:HoneyWorks

著者:香坂こうさか茉里まり イラスト:ヤマコ、島陰しまかげ涙亜るいあ

監修:バーチャルジャニーズプロジェクト


【あらすじ】

田舎から上京したばかりの高校1年生、涼海ひより。

たまたま同じクラスになった愛蔵と勇次郎が、実は大人気アイドルであることを知り……?

LIP×LIPの大人気楽曲「ノンファンタジー」がついに待望の小説化!



角川ビーンズ文庫

『告白予行練習 ヒロイン育成計画』

原案:HoneyWorks

著者:香坂こうさか茉里まり イラスト:ヤマコ、島陰しまかげ涙亜るいあ

監修:バーチャルジャニーズプロジェクト


【あらすじ】

LIP×LIPのマネージャー見習いとして日々頑張っているひより。

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