少女じゃいられない夢をみる

柿尊慈

少女じゃいられない夢をみる

 いったい、漫画家に対して、どのように収益化されているのだろう。

 そんなことを考えて、大学時代ゼミの先生が言っていた言葉を思い出す。本の定価の1割が執筆者に、2割が書店、残りが出版社諸々に行きわたる。1000円の本が万引きされると、単純計算で1000円の損失が生じるが、書店がそれを取り戻すためには、同じ本を5冊売らなければならない計算になる。1000円の本を1冊売っても、200円の利益にしかならないからだ。

 漫画も、同じだろうか。マンガアプリだったらどうだろう? 無料で配布されるコインでちまちまと読み進める私は、一切お金を払っていない。ただ、掲載作品の後ろに広告が挟まっていたり、ボーナスコインを得るために広告動画の再生を促したりと、収益に繋がりそうなルートがないこともない。本の購入代金が出版社に行くのではなく、広告主が出版社にお金を払っているのだろう。

 しかし、そうであるなら。

 私自身は何もすり減らすことなく、エンターテイメントを貪っているだけ。経済を回している主体となっているわけではなく――自覚のない、社会の歯車に成り下がっているのかもしれない。

 まあ、歯車の自覚があったところで、楽しかったりするわけじゃないけどさ。

 無数の歯車のひとつである私は、今日も昼休みにぽちぽちと、朝に配布されたコインでマンガを読んでいる。朝に配布された分を朝に消費しないのは、朝は少しでも休んでいたいから。同僚たちはランチに出払っているので、この時間はマンガに集中できた。大して仲良くない同僚たちとサラダなんかつついたって、心が潤うことはない。

 紙のよさがわからないというわけではないが、紙から画面になったくらいじゃマンガのうまみは低下しないのだ。仮にそうだとしたらWEBマンガなんてものは存在しない。SNS上でイラストレーターさんが投稿するマンガだって流行している。紙と違ってゴミにならないというだけでなく、迅速かつお手軽なコンテンツ提供の形式はそれ自体強みなのだ。WEBマンガ作家から商業作家になった人だっている。読者の声が直に反映されるから、モチベーションだって上がりやすいんだろう。描いたことないから、わからないけど。

 たくさんのつまらないものがひしめき合ってるこっち側と違って、画面の向こうは、おもしろいものばかりが自由に泳いでいる。何かに似ているな。ああ、そうだ、水族館だ。ガラスのこっちはつまらなくて、観察対象はいつだって向こう側。水族館なんて、最後にいつ行ったかも覚えてないけど。

 ただひとつ問題があるとすれば、水槽の中にはあまりにも多くのマンガが泳ぎすぎていて、誰にも見向きされないものも多くなってしまう、ということだ。誰にも、というのは極端だけど、閲覧数とかいいね! の数とか、そういったものがあまり伸びない魚たち。

「面白いと、思うんだけどな……」

 誰もいないのをいいことに、ぽつりと呟く。

 無料コインで今読んでいる作品は、ユーザーのつける星の数が少なかった。減るもんじゃないので、私は読んだらマックスの10個までつけているんだけど、なのに少ないのは誰も読んでないからか、誰も評価してないからか。

 マンガは、相当な時間をかけてつくられたものだ。並々ならぬ努力と、読んでくれたらな、好きになってくれたらなという希望で構成された結晶。なのに、もし誰も見てくれなかったら。見てくれても、何も反応してくれなかったらどうだろう。

 ああ、そうか。私だ。私みたいだな。

 周りの人ほどではないけれど、そこそこオシャレに気を遣ってみたり、髪の毛だってアレンジしてみて、なのに好きになってくれる男の人はいなかった。できるだけの努力したから「努力が足りないんだ」と自分を奮い立たせるのは辛い。かといって諦めたら、あの努力はなんだったのかと、結局嫌な気分になってしまう。


「面白いですよね、それ」

 ハッとして、振り返る。誰もいないと思っていたので油断して、ぼうっとしすぎたのかもしれない。座っている私に目線を合わせるように、同僚の男性が後ろにしゃがんでいた。

「そんなに驚かなくても、いいと思うんですけど」

「……どうしたの、佐宗さそうくん」

「いや、夕田ゆうださんが珍しくぼうっとしてるなって思って、体調でも悪いのかと聞こうとしたら、あ、知ってるマンガだっていう」

 顔立ちは日本人だが、どうやらイギリス人の父を持っているらしい佐宗くんは、生来の短い金髪を左右に揺らして、どうしたのと表現する。

 バレた。

 いい歳こいて、少女マンガなんて読んでいるのがバレたのだ。これはまずい。夕田さんもう29歳ですよね、少女なんて歳じゃないっすよ、ぷぷーと笑われるのが見えている。わかってるんだ、痛々しいのは。だが、人に言われるともっと痛い。

「……このことは、内緒にしてくれる?」

「このこと?」

「だから、少女マンガを――」

「あ、図らずも弱み握っちゃった感じですか?」

 そうだよ。

 顔には出さない。奥歯を噛んで堪える。だめだ、余裕がない。30歳手前はこうもいっぱいいっぱいなのか。よりによってどうして、女性人気の高い彼に見つかってしまうのだ。これがもし少女マンガの世界だったら、「かわいいね」とか言ってくれるのに。いや、言われたいわけじゃない。それはそれで、気を遣われているようでいやだ。ああ、こいつは29歳になってまで少女マンガに夢見てるんだから、ここは少女マンガ的な対応をしてやろうという、イケメンだからこそ為せる気遣いをされても、アラサー独身彼氏なしにはダメージが大きすぎる。

 そう、ここは現実。そんなオシャレでキラキラした言葉は待ち受けていない。

「じゃあ、誰にも言わない代わりに、今晩俺んちに泊まってってください」

「はい?」

 事実は小説よりも奇なりというが、まさにその通りだ。

 現実の展開というのは、マンガのようには何の準備も予測も期待もさせてはくれず、ただ生々しいだけ。


 ――そんなわけで。

 起きたら、朝の10時である。なかなか寝かせてくれなかったというか、私から求めすぎたというか、寝るのが遅くなってしまったからだ。先ほどアプリに配布されたであろう無料コインを、すぐ使う気にはなれない。もう少し寝転がっていたかった。今日は休みだ。自宅じゃないので、あまりくつろげないが。

 当たり前だが、服は着ている。メイクは落とし忘れた。ひとり暮らしの男性の家に、女性らしい寝巻きなんてあるはずがないので、色褪せて家着に降格したのであろうTシャツを彼から借りている。普段とは違う洗剤の匂い。そして布団。

 やってしまった。

 お酒は入ってなかったので、頭が痛いというようなことはない。だがしかし、やたらと首や肩、腰が痛かった。ついでに目も。

 一応、顔くらいは洗っておこう。ベッドから起き上がって、彼の姿がないことに今更気づく。お手洗いなどにもおらず、そもそも家にいないようだった。

 顔を水で濡らすと、もったりとした感触が残り、洗う前より汚くなったような感覚に襲われる。そりゃ、メイク落としてないからな。ぬかった。

 人様の家のタオルで顔を擦ってメイクまみれにするのは気が引けるので、顔を濡らしたまま薄目で歩き、ティッシュペーパーで水分を吸収する。メイク落としなんて、あるわけないよな。いっそ強く擦って無理矢理落としてしまおうか。

 ぽろんと、電子音が響く。枕元のスマートフォン。時間を見たときには気にしなかったが、通知がいくつか来ていた。メッセージを開く。

 夜の3時12分。

「夕田さん寝ちゃったので、俺は外にいますね。カギかけてますので、申し訳ないんですが俺が帰るまで家にいてください。朝になったら戻ります」

 で、ついさっき。

「気づいたんですけど、メイク落としとか必要ですかね? 普段使ってるものがあれば、どっかの通販サイトとかのリンクください!」

 随分と、できた男だな。さぞモテるだろうに。

 いったいなぜ、彼は私なんかを家に招いたのだろうか。


「さあ、好きにしてください」

 さて、何があったのかネタバラシ。

 仕事が終わり、佐宗くんの自宅に招かれたものの、しばらく外で待たされて、2分後くらいに呼ばれて入ったら、これである。

「……えっと、何をどう、好きにすれば?」

「だから、続き。好きなだけ読んじゃってください!」

 やたらと整理整頓された部屋を、ゴロゴロと転がるマンガの単行本が汚していた。背の低いテーブルの上に、いくらかまとめてマンガが置いてある。おそらく、待っている間に探し出してくれたのだろう。ここしばらく、私がアプリで読んでいたものだ。

 29歳独身彼氏なしのこじらせたOLは、弱みを握られて同僚の男の子と不可抗力のワンナイトラブ、なんてことを考えていたのだが――待ち受けていたのは、少女マンガだった。

「マンガアプリだと、続き読ませろよ、早く! みたいなことになりません?」

「まあ、思ってたけれども……」

「で、夕田さんがさっき読んでたところ、第1部のクライマックス直前って感じで、ああ、絶対うずうずしてるだろうなって思ったんで」

 私を自宅に呼んで、最終巻まで読ませてくれるってわけか。

 突然「会社の人の家に泊まるから」というメッセージが送られてきて、行き遅れの娘がついに! なんて喜んでいたであろう母の顔が目に浮かぶ。申し訳ない、母上。私は純粋に、マンガを読みに来ただけのようだ。

 まあ、読み終えたあとにどうなるかまではわからないけど。それもいいかななんて思ってしまうのは、マンガの読みすぎだろうか。

 躊躇する私を気遣ってか、彼はどっかりと座布団に座って、あぐらをかく。

「今夜は、帰しませんよ。……っていうかたぶん、読み終わる頃には日付替わってます」

 彼の予告通り、アプリでお預けを喰らっていた私は、最終巻までの20冊ほどを読み切っては読み返すということを、午前3時くらいまで繰り返していた。

 ちなみに、夜の9時に配布されたコインは、まさか佐宗くんの家で読んだ話のために使うわけにもいかず、気になっていた他のマンガの2話と3話に化けましたとさ。

 ああ、求めすぎたとか腰が痛いとかは、全部マンガ読破のことです。


「……おはようございまーす?」

 起こすまいと、恐る恐るドアを開ける佐宗くんが見えて、私は膝をついて頭を下げる。

「この度は、大変なご迷惑をおかけしたと言いますか……」

「いやいや、俺が好きでやったことですし」

「家主をないがしろにして、ベッドまで占領していたようで……」

「あ、完全に寝落ちしてたんで、運ぶためにだっこしちゃいました。こちらこそすみません」

 そういって佐宗くんは、お姫様抱っこのジェスチャーをした。寝ている間に私は、人生初のお姫様抱っこを体験したようである。

 紳士過ぎて、調子が狂うな。

 俺様系が流行ってるのか、肉食な男の子ばかりマンガで見てきたので、純粋無垢のさわやか君は対処法がわからない。まあ、そもそもリアルな男性全般、対処法はわからないけれども。

「さて、どうでした?」

「え、何が?」

 気まずい沈黙を破る言葉が疑問系だったので、つい聞き返してしまう。

「読破してみて、感想とか」

「ああ、うん。おもしろかったよ」

「……それだけですか?」

 それだけですか、とは。これ以上、どんなことを言えばいいというのか。

「どこがおもしろかったとか、お気に入りの巻はどれだとか、好きなキャラクターは誰だとか」

 佐宗くんが、助け舟を出してくれる。なるほど、わかった。わかったけど、答えられない。

「……それ聞いて、楽しいの?」

 ついトゲのある言い方になってしまって、ハッと顔をあげる。招かれた側とはいえ、客人らしからぬ図々しさを発揮したあとで、この反応はまずい。

 佐宗くんはきょとんとしていたが、しばらくしてくくっと笑い始める。

「例えば連載中のマンガがあったとして、今週のアレ読んだ? みたいな会話、苦手じゃないですか?」

「あ……。ええ、そうかも」

 少女と呼べる時代から少女マンガ等は読んでいたが、今も昔も、それについて誰かと話をすることが苦手だった。先ほど、佐宗くんの問いに答えられなかったように。おかげで、趣味を分かち合う友人はロクにおらず――というか、私が分かち合う必要性を感じていないのだが――本当に薄っぺらい人間関係だけで生きてきたように思う。

「見ているものがおもしろい、それが大事なんだから、別に誰かと話をして確かめたりする必要なんかないじゃん。そんな風に考えちゃう、みたいな?」

 嬉しそうに頬杖をついて、妙にとろけた目で佐宗くんが尋ねる。

 こくりと頷くと、彼は目を瞑って、寝言のように呟いた。

「俺と、似たようなものですね」


 背も高くさわやかで、下心などを感じさせない振る舞いも相まって、佐宗くんは高校時代から、さぞ女の子たちにモテたそうだ。それこそ、少女マンガに出てくる学園の王子様のように。

「好意を持ってもらえるのは、ありがたいことだとは考えていましたし、よほど相手に悪評がない限りは、誰とでも交際していました」

「それは……それだけ数々の女の子を振ってきた、ということ?」

 佐宗くんは首を振る。

「逆です。俺が、振られてきたんですよ」

「それは意外ね。実は束縛体質で、かなり嫌がられたとかそういうこと?」

「俺がそういうタイプに見えますか?」

 質問に対して、質問で返される。まあ、見えないよね。

 そもそも、がっつく感じがなくてモテてたわけだし、おそらくそれが彼の本質だから、何かにこだわるというようなことがないのだろう。そうでなければ、告白されたら誰とでも付き合ってみるなんて発想にはならない。よくも悪くも、執着やこだわりがないのだ。

「例えば、デートで水族館に行ったとしましょう」

 たまたま昨日水族館のことを考えていたので、心を読んできたのかと疑ってしまった。しかし彼の瞳は閉じられたままで、まるで過去に意識を飛ばしているようだ。私の心なんか読んじゃいない。

「俺は魚とかアザラシとか、そういうのばっか観ちゃうんですよね。だって水族館に来たんだから。でも女の子としては、もっと自分のことを見てほしいのにとか、デートなんだから水槽ばっか観てないでお話しようよ、みたいな」

 たしかに、「水族館に来た」佐宗くんからすれば、いい迷惑ではある。それがデートだろうとなかろうと、水族館に来たら彼の興味は水族館になっているからだ。とはいえ、その女の子たちの気持ちも、わからないこともない。女の子は、佐宗くんに会いに来たのだから。魚なんか二の次なのである。問題は、佐宗くんの優先順位がそれと逆転していること。

「告白されたときは、ちゃんと相手のことを見てるわけです。それは、目の前にその娘がいるから。で、俺は目の前に水槽があったら、水槽を観るわけです。俺としては、同じ対応なんですよ。自分の前にあるものをただ見てる。だから別に、ペンギンさんかわいいね! なんてわざわざ話す必要性をあまり感じられなかった。言われなくたって、ペンギンはかわいいんですから」

 どうやら女の子は、かわいいと言われると本当にかわいくなるらしいが、たしかにペンギンはそれの逆だった。最初からかわいい。言われないとかわいくならないわけじゃない。私はあまり、ペンギンをかわいいと感じたことはないけど。

 面白いものは、最初から面白い。わざわざ感想を共有する必要なんてない。たしかに、私と佐宗くんの考えは似てないこともなかった。彼はモテて、私はモテないという、大きな違いはあるけれど……。

「夕田さん、スマホでマンガ読むとき、画面の同じとこを何回か連続でタップすることありません?」

 水族館の話から急に私の話になって、聞き専に徹していた私は背筋を伸ばす。

「ああ。たぶん、読んだあとにいいねみたいのを押してるやつじゃないかな。ひとつにつき10回までつけられるんだけど……」

 実際のところはわからないが、つければつけるほどマンガ家さんにお金が行くと信じて、私は必ずいいねを押している。

 佐宗くんが続けた。

「タップに合わせて頭を左右に倒すクセがあるの、知ってます?」

「……誰に?」

「だから、夕田さんに」

 えっ。なに、それは。


「普段寡黙でむすっとしてることの多い夕田さんが、ある時間だけ首を揺らして楽しそうにしていると、ある日気づきました。まあ、楽しそうってのは推測で、実際は無表情のままなんで、結構シュールだったんですけど」

 自覚のない謎の仕草を暴露されて恥ずかしがっているのを気にもせず、佐宗くんは話を続けた。

「実はここ、妹が学生時代に使っていたもので、大家さんに都合をつけてもらってそのまま俺が住んでるんです。もう大人だから少女マンガなんて読まない。けど引っ越し先に持って行くのも面倒くさい。そうだお兄ちゃん、そのまま本棚もらっといてよ。そう妹に言われて、俺はこの本棚と部屋を引き継ぎました」

 首振り指摘の矢に未だ苦しめられているところに、途中の妹さんの言葉が突き刺さる。泣き面に蜂どころではない。

「処分するのも面倒だから読んでみたんですけど、意外と面白くて。ちょうど、夕田さんの趣味に気づいた頃ですかね、読み終わったのは。勇気を出してってほどでもないですけど、これを機に仲良くなれればって思って、昨日ついに、声をかけました」

「……私と仲良くなっても、何もいいことないよ」

 私が顔を反らすと、佐宗くんはテーブルに前のめりになって、距離をつめる。

「夕田さん」

「……はい」

「今まで水槽の向こうにしか興味なかった俺が、水槽を見てるあなたのことが気になって仕方なかったんです。昨晩だって――黙々と読み進めるあなたを見て、ひどく愛おしく感じてしまった」

 愛おしく?

 聴き慣れないフレーズに、目を見開いて顔色を窺ってしまう。真っ直ぐに視線が突き刺さる。彼は本気らしい。

 なんとまあ、変なことがあるものだ。

 バレないよう、こっそりと職場でマンガを読んでいた私。しかし妙なクセを発揮したため、楽しんでいる様子だけが、佐宗くんには筒抜けだった。

 これまでのモテ生活の中で、女の子の「楽しんでいる姿」を見てこなかった佐宗くん。彼が初めて見た「楽しんでいる姿」は――29歳独身の、未だに少女マンガなんか読んでいる、こじらせ気味のOLのもの。

「彼氏になってもいいですか?」

 にこりとして、彼が言う。気のせいなんだろうけど、急に部屋が甘い匂いで満たされた気がした。

 何だよ、その聞き方は。彼女になってくれますか、じゃないのか、普通。画面の向こうの「好きです、付き合ってください」に慣れすぎた私には、彼の言葉は新鮮だった。

 こんな機会は滅多にない――というか、今後の人生で一度も起きそうにないのだが、素直にオーケーを出す度胸はない。

「……明日、休みでしょ?」

「はい」

「そこで、デートしてみて……それから決める」

「ふふっ」

 恥ずかしさでおかしくなりそうなので、目を瞑って情報を遮断する。嫌な顔をされていないだろうかと不安になるが、彼の顔を見れる自信がない。

「……夕田さん」

「何よ」

「頭、動いてます」

 止まれ! 喜ぶな!

 目を瞑ったまま、両側から顔を手で押さえる。

「ああ、それなら。行ってみたいところがあるんですけど」

 両の頬を圧迫する手は、彼の手にどかされた。そのまま、手はテーブルの上に置かれる。握った手をひんやりと感じるのは、私が緊張で熱くなり過ぎているからだろう。

「……どこ行きたいの?」

 恐る恐る、上目遣いで私が聞くと、佐宗くんは笑って答えた。

「水族館です」

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少女じゃいられない夢をみる 柿尊慈 @kaki_sonji

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