第3話 武漢封鎖

 中国共産党本部では、事態の把握と収拾に苦慮していた。何しろ、前代未聞の数の患者たちが、武漢のあらゆる病院に押し寄せているのだ。これが、たとえば広州とか西安のできごとであれば、もう少し冷静に対処できたかもしれない。よりによって武漢とは。しかも発症者の多くが海鮮市場近隣の者となっているようだが、その海鮮市場のすぐ近くに、最先端の細菌兵器研究所があることは、共産党幹部ならば知らないものはいない。患者たちの多くが咳や高熱を発症しているということを聞いて、細菌研究所からの漏洩以外の原因を考える者はいなかった。

 北京からは医療チームが派遣された。そのチャーター機の荷物室には、大量の医薬品や医療器具とともに、防護服やフェイスシールドなども積み込まれた。同時に都市封鎖の準備が開始された。情報を聞きつけた共産党幹部の家族は、密かに武漢を脱出した。しかし、このことがパニックを増幅させる原因となったことは言うまでもない。中国各地での感染者拡大につながったのだ。もちろん武漢の感染者数は他と比較にならない状況となった。まずは、武漢では戒厳令が出され、市民が食料品買い出し以外の目的で外出することは禁止された。

 工業都市武漢では、経済活動が完全に停止。さらに中国をサプライチェーンに組み込んでいた多くの外国企業も操業を停止した。そして、あいついで外国企業の社員たちが自国に引き上げて行った。公共交通もマヒし、空港が閉鎖されてからは、各国のチャーター便だけが頻繁に武漢に飛来した。ここ数年で近代都市として生まれ変わり、繁栄をきわめようとしていた武漢の街は、ひっそりとして誰もいなくなった。かくして、アメリカの目論見は大成功を収めた。ように見えた。

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