第4話 疑念

 武漢に派遣された医師たちは、ウィルス漏洩の可能性について事前に聞かされていた。だから患者たちに接する時は、完全防備で臨んでいた。ウィルス感染が疑われる者は、躊躇なくPCR検査を行い、陽性患者が見つかった院内では徹底的消毒作業が行われた。そしれでも、患者の数はみるみる増えて行き、病床はあっというまに満杯になった。さらにそれを補うために病院の新設工事まで始まった。しかし・・・。

 数日間診療にあたっているうちに、医師たちはあることに気づき始めた。既存のワクチンが効かず患者がどんどん増えていることから、今回の疾病が新型のウィルスによる感染症であることは間違いなかった。そして、そのウィルスは武漢の細菌研究所から漏洩した細菌兵器であると想定して厳戒体制で診療にあたっていたのだが、それにしては死者が少なすぎるのだ。いや、平常時より死者が多いことは確かなのだが、そのほとんどが高齢者、または重大な既往症を患っている者ばかり。もし事前に知らされたような細菌兵器ならば、こんなものではすまないはずだ。少なくとも、年齢に関係なく死者数は増えるはずで、そうでなければ、そもそも細菌兵器として成り立たないではないか。もしやこれは別の感染症ではないのか。

 医師たちの報告を受けて共産党本部でも情報を改めて整理した。当然のことだが、武漢の細菌研究所への立ち入り検査と当面の閉鎖が行われた。と、同時に、患者の検体を調べてウィルスの種類を特定しようとしたが、研究所の記録に完全に一致するウィルスを見つけることができなかったのだ。さらなるウィルス漏洩を防ぐため、研究所の器具や検体などは他の研究所に移送され、残ったものは全て焼却処分された。さらに、研究所の建物は、移送できない大きな機器類とともに爆破処理された。公安による海鮮市場周辺の聞き取り調査も行われ、誰がどこで最初に発症したのかを突き止めようとしていた。

 ちょうどそのころ、ちょっと不思議な情報が寄せられた。今回の感染症患者が出始めた数週間前の11月のある同じ日に、海鮮市場の上空でUFOを見たという報告が複数あったということが分かったのだ。目撃者はすべて子どもで、自分の子がそのようなものを見たと言っている、という程度のものであったため、公安もその時はまったく気にに止めなかったようだ。

 共産党本部にいて中国軍の指揮権を持つ張浩然は、この情報からある推理を得た。共産党本部は今、武漢研究所から漏れ出たウィルスとして厳戒体制を敷いて収拾にあたっているが、もしそうではないとするとどんな可能性が考えられるか。このような仮説をここ数日検討していた張浩然は、UFO目撃情報によってその仮説に一筋の光を見いだしたのだ。

 つまり・・・。武漢研究所をいくら調査しても、ウィルス漏洩の事実を示すものは何も出なかった。さらに、我々が開発していたウィルスと、患者の検体から培養されたウィルスでは、たとえその変異を想定したとしても、一致しない点が多すぎる。もちろん、コウモリなどが持つ自然界のウィルスとも違う。・・・ということは今回のウィルスが他で作られ、持ち込まれたものと考えられないか。

 そして結論に至ったのが、ドローンによるウィルスの空中散布という新たな仮説だ。実はこれについては、当の中国も、ロシアも、アメリカも、さらには北朝鮮などでも研究が進んでいる。近年小型ドローンが写真撮影用や子供のおもちゃとして市販されるようになったが、これはもともと軍事的に開発されてきた技術が一部民間に払い下げられたもので、カーナビなどと同じだ。そしてこの戦法は、極めて経済的でしかもある程度のダメージを相手側に与えることができるという点で、核攻撃に変わる次世代の有効な戦闘手段とされ、「貧者の核爆弾」とも言われているのである。張浩然は、中国軍に対して数年前から攻防の両面から予算を割き、研究と実験を進めるよう指示していたのである。彼は舌打ちして一人つぶやいた。

 「アメリカに、いっぱい食わされたかっ。」



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