第2話 海鮮市場
「ミスター李(リー)、思ったより大きいな、ちょっと目立ち過ぎるんじゃないかね?もっと小さいものかと思ったが・・・。」
「イイデスカ タナカ サン。シハン ノ ドローン ハ モノ ツムコト ソウテイ シテマセン。」
「たった100グラムでもか?」
「100グラム、トテモ オモイ ネ。イロイロ タメシタケッカ、コレガ サイショウ。バッテリー チイサイ ニ カエテ、ヤット コントロル デキル ネ」
「それは手間をかけたな。しかしながら、さすが元エンジニアだ。」
「イマモ デスヨ。 タイショク シタガ マダ ウデ ハ オトロエテ ナイ。」
「おっと、これは失敬。」
「ヒコウ ジュンビ カンリョウ。ソレデハ、ブツ ヲ イタダキマショウ。」
「これだ。一応注意してくれ。」
田中功は銀色のカメラバックのような金属ケースから、液体が入った小さなボトルを慎重に取り出した。このケースは、アメリカの工作員から受け取ったものだが、さすがに目立ちすぎるため、観光客を装って側面にNIKONとプリントしてみたが、今どきこんなカメラバックを持っている奴も少ない。これではかえって目立つな、と今更ながら思ったが、幸いこの河原には他に人はいなかった。
「ボトル ココニ セット スル。コノ マグネットデ キャップ ヲ ツルス。コッチノ コントローラ ノ シャッターボタン デ デンキキレテ ボトルキャップ トレテ ビン カタムク」
「なるほど。競争でミサイルを設計していた時代に比べると、格段に経済的だな現代の戦争は。こんなもので核弾頭並の威力があるとは・・・。そして、これが発射ボタンというわけか。」
「チョット、サワラナイデ! オトスト タイヘンッ」
「なに、大丈夫だよ。万が一ここでボトルが割れたって、俺たち二人が感染するだけの話じゃないか。」
「マダ、シニタクナイ ネ。 ワタシハ。」
「だから言っただろう。致死力は極端に弱めてある。我々のような健康な人間が感染したとしても、熱と咳が多少続くだけだ。もっとも、感染力は強めてあるのだが・・・。今仮に我々がここで感染したとしても、2週間誰にも会わなければそれでおしまい。大使館の病棟で缶詰になってればよいだけの話だ。」
「アア、2シュウカン センプク キカン ダト イッテイタナ。」
「症状が出るまでが約2週間だ。ただ潜伏期間でも他人に感染していくのがこのウィルスの特徴なのさ。パニックを起こすにはもっとも賢明な選択だ。アメリカさんも、よくこんな計画を思いついたもんだ。」
「コノ ケイカク ウマク アタル カネ?」
「それは君の腕にかかっていると言える。もっとも失敗は許されないわけだが。」
「コントロール ハ ダイジョウブ。モット カゼ ツヨイ ヒ クンレン シタ。ナンドモ シケン ヒコウ セイコウ。イチバ マデ サンカイ トンデ シュミレート シタ。」
「ミスター李、君の腕を疑ってはいないさ。それではまもなく予定時刻だ。最終点検を頼む。俺は本部に連絡を入れて承認を得る。」
田中はポケットから中国製のスマホを取り出して本部に短いメールを打った。
「Huamei、アブナイヨ。キョウサントウ トウチョウ シテル」
「分かってるさ。だから重要事項は暗号で通信している。こうやって中国製品を使うことが、逆に怪しまれないんだよ。」
田中の携帯の振動音がかすかに響いた。画面には暗号文が届いているようだ。
「にいたかやまのぼれ」
中国育ちの李には何のことやらさっぱり分からなかった。確かにこれなら怪しまれない。
「ゴーサインが下りた。始めるぞっ。」
李が手元のレバーを操作すると、ドローンの回転翼が乾いた音を立てて回った。そしてそのままフワリと空中に舞い上がった。機体はあっと言う間に高度を増して行った。冬の午後の暗い曇り空だから、ある程度高く上がってしまえば下からはほとんど見えない。李はディスプレイに視線を移して、慎重にドローンを移動させていく。田中が横から覗きこむと、自分たちが立っている河原がディスプレイ上に白く見えている。映像は真下を映しているようだ。乾いた音が徐々に遠ざかると、ディスプレイには河の水面らしきものが青黒く見えてきた。約1分ほどで、その水面は対岸の草地に変わった。ドローンは順調に飛行を続け、武漢市の町外れにかかったようだ。幹線道路には小さく自動車らしきものが見える。両側にはトタン屋根だろうか、緑や青のくすんだ屋根が連なっている。
「マモナク カイセン イチバ デス。ドコデ ヤリマスカ」
「もう少し高度を下げられるか?」
田中はスマートフォンに表示させたマップとドローンの映像を見比べた。なるほど、この道の右手、川沿いに並んでいるのが海鮮市場の建物だ。李がドローンの高度を落としたためたくさんの人が歩いているのも見える。
「もう少し右へ行ってくれ。」
李が指示どおりにドローンを移動させる。市場の中央に広場のような開けた場所が見える。買い物客らしき人影が多数映っている。田中は左腕を掲げて時刻を確認すると李に声をかけた。
「風はどうだ?」
「ホトンド ナイネ、 キョウハ。」
「3時31分、ほぼ予定どおりか。よし、今だっ、やれっ。」
李が赤い小さなボタンを押すと、大勢の買い物客が移っていたディスプレイ画面が一瞬揺らいだ。だが、その後特に変わったことは起きなかった。
「ゆっくり離脱しろ、目立たないようにな。さっきの川の中央に落とすんだ。」
「リョーカイ。」
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