承(雨野担当)

 酷くシリアスな話の導入であったがここからはまるで人が変わったかのように話させていただこう。あっという間に一ヶ月が過ぎた。

 いや、過ぎてしまった。

 1週間後にやって来る『この世界の意思に僕を転生させるために放ったくそったれの刺客達』、長いので『刺客』と略させてもらうが、こいつらを切り抜け一ヶ月が過ぎたということは即ち状況が変わったと言えるだろう。

 どう変わったのだろうか?

 ここで思い出して欲しいのが、これは異世界転生ものの小咄であるということだ。そうなると僕が長淵さんとの出会いによって心を入れ替え毎日をハッピーに有意義に過ごし多くの友人淑女達に囲まれ学力優秀将来有望運動神経抜群全知全能完全無敵唯一絶対神となったことで『近年まれに見る多さで一般的すぎる一般人生活をばっちり送ることが可能なレベル』の『物語性』を獲得、世界はこんなに素晴らしい一般人である僕を転生させる計画を白紙に戻したところで僕はハーレムの中で幸せに暮らしました、めでたしめでたし完結。きっとこのように変わったに違いない。

 もちろんそんな事は無いのだが。


 ここまでは全て僕の妄想である。そんなことを考えていると転生するのも悪く無いように思えてきてしまう。が、ヘタれていることにかけては絶対的かつ相対的な自信がある僕にとって一回死ねというのは一回死ぬくらいの覚悟が必要である。もちろんそんなものの持ち合わせなど無い。それに加えて隣を歩いている長淵さんを失望させる事はしたくないものである。ヘタれていても僕は美少女の味方であり現代に生きるジェントルマンである。死ぬ最後に見るものが長淵さんの僕を見下す冷たい目線だなんてそんなのは御免であり、いやちょっと、どちらかといえば結構そういうのもいいかもしれないが、何にせよ死んでしまってはそこで試合終了である。蔑んだ目で見られたところからの展開がない物語なんてぼくは御免である。

 自問自答を繰り返しながら僕は生死の狭間を無限反復横飛びするかのように彷徨い続け、なんとか一ヶ月生き延びていた。


 ちなみにここで選手宣誓の如く堂々と宣言しておこう。僕は未だ何の『物語性』も獲得できていない。パラメーターのように出てきているわけではないが実感できる。このなんの取り柄もない本人が言うのだから間違いない。一ヶ月が経過したが、僕はどこにもいないレベルで『どこにでもいそうな人間』のままだった。


 少し悲しくなってきたので話を変えよう。今、僕と長淵さんはなるべく人気のない場所へと移動していた。

 如何わしいことを目論んでいる訳ではない。いや、少し目論んでいるかもしれない。吊り橋効果、みたいな何かで仲良くなれないだろうか、なんて考えるのは200回目くらいであり、いつも通り長淵さんの白い太ももを凝視しながら巡らせる思考は決して外部に漏れ出させるわけにはいかないのであった。

 いや、これではいけない。と思い直す。こっちはたった一つの命がかかっているのだ。

 最初に長淵さんに助けられてから僕たちは3人の刺客を倒している。刺客は何故かわからないが綺麗に1週間おきにやって来るのだ。世界の意志とやらも詳細な設定を考えるのが面倒になったのかもしれない。シフト制になっているのかもしれない。そんなことを考えるのは4回目くらいであり、いつも通り長淵さんの胸の膨らみを凝視しながら考えた。いや、これではいけない。


 そんなこんなで今日は5人目の相手である。周りに与える被害を最小限とするために僕たちはもはや見慣れた『抗争があった場所』へとやって来た。僕は勝手に『爆心地』と呼んでいる。

 爆心地は今日も静かである。願わくばこのまま静かであっていただきたいものだ。今日一日は静寂の中で長淵さんを凝視している貴重な時間であっていただきたい。

「この前の怪我は大丈夫?」

 長淵さんが途中の喫茶店でテイクアウトしてきた黒胡麻ちくわ入り宇治抹茶フラペチーノダブルホイップオレンジピールトッピンググランデノンファットをおいしそうに飲みながら聞いた。謎の飲み物と食べ物の中間体である何かはもう崩壊寸前の中世の城の如く歪な形をしている。カロリー的にノンファットにした意味はあったのかと僕は訝しんだ。あとなんだちくわって。なんで練り物入れた。

「大丈夫。大した怪我じゃ無かったからね」

 頼れる男である僕は堂々と答えた。もちろん嘘である。折れた肋骨はそんな簡単に治らない。今でも息をするたびに痛い。咳なんてしたらもう最後、七転八倒の苦しみである。

「ごめんなさい。只人君があんなに運動神経悪かったなんて思わなかったの」

 黒胡麻ちくわ入り宇治抹茶フラペチーノダブルホイップオレンジピールトッピンググランデノンファットのミルクの脂肪と一緒に優しさも取り除かれてしまったらしい。僕はひどく落ち込んだ。

「ごめん…でも前に使ってた長淵さんの『能力』さ、ちょっと何が起こるのか予想しづらくて」

「私も『能力』はあんまり使わないの。異世界転生者じゃなくてただの刺客なら肉弾戦でなんとかなることが多いし。先週のは…ちょっと危なかったパターンなの」

 長淵さんの様な『守人』は世界から特別な能力を与えられる、らしい。簡単に言うとチートである。異世界転生者が持てるものにイメージが近い。異世界転生者が嫌いな雰囲気を出しながら自分はチートを持つダブルスタンダード。長淵さんが美少女でなければ許されない行為であろう。もし人間よりもどっちかというとチンパンジーに近いのではないか?と思われるクラスメートがそんなダブルスタンダードを貫いていたら読者諸君はきっと矛盾だなんだと叩くだろう。誰だってそうする。僕だって叩くだろう。

 さて長淵さんの持つエクセレント厨二能力は『手中(ハンドインハンド)』と言うらしい。厨二病全開だ。片腕が地獄の業火に焼かれていたり、眼帯を外すと暗黒龍との契約により何かを解放することができそうだ。もしかして戦闘時に取り出すその槍もそういうカラミティなんとかとか名前が付いてたりするのだろうか?そういう話をしたところ長淵さんは無言のまま持っていた槍を撫で始めたので僕はこの話を即座に中断した。怖い。笑顔が怖い。

 話が逸れた。説明を続けよう。このスーパー厨二能力『手中』は『過程をすっ飛ばして結果を手に入れる』という能力である。例をあげよう。煙草を吸うとする。いや、実際に吸うわけではない。まだ僕たちは健全で多感で青春を謳歌する高校生である。例だ。煙草を吸う時には火をつけるだろう。この動作を『起点』とする。そして実際に吸う行為。煙を吐き出す行為。これが『過程』だ。最後に煙草は吸殻となり、喫煙者の体内にはニコチンやタールが取り込まれる。これが『結果』である。アルティメット厨二能力『手中』はこの過程をすっ飛ばすことが可能である。要するに煙草に火をつけた瞬間に発動すれば、手には吸殻だけが残り、喫煙者の肺がニコチンとタールによって汚染される。三分クッキングの最後に出てくる、『こちらが完成した料理になります』というやつだ。言ってしまえば究極の時短である。時短を目指すくせに動作の一つ一つを横文字の長い単語にして喜ぶ意識高い系がこぞって欲しがるだろう。

 非常にわかりづらい能力だと思う。というか僕も正直ちゃんとわかっていない。先週なんて長淵さんがそんなエクストラオーディナリー厨二能力を所持していることすら知らなかったのだから適切に動けなかったのは僕の責任だけではないだろう。結果が僕の肋骨の骨折である。脳内に鮮やかに先週の記憶が蘇る。


 前回の『刺客』はスナイパーだった。漫画に出てくるようなごついライフルを持ち、遠距離から僕の頭吹き飛ばそうと狙う。初撃を槍で弾いた長淵さんは弾が飛んできた方を即座に判断、僕にあの腐れスナイパーのケツを蹴り上げろと適切な指示を出し、そのまま驚異の動体視力で槍で銃弾を弾きながら少しずつ、だが確実に前進していく。僕はまじかよ、と呟きながらすっ転び、いや物陰に隠れ、恐る恐る、いや慎重に回り込んでいった。背後に回り込んだ僕に注意を向けた瞬間、長淵さんの槍が脳天にお見舞いされるというシンプルイズベストな作戦である。考え直してみればこれ僕が囮なのではないか?

 あと20m、15m、10m。これなら楽勝だ、と油断したところであっという間に捕まった。羽交い締めにされる。テンプレのような無様な捕まり方である。僕はぐええ、なんて声を出しながら長淵さんを見ていた。

「女ァ!その武器を捨てないとこいつがどうなっても知らねえぞ!」

 と、テンプレの悪役が吐くようなテンプレのセリフを吐いたところで長淵さんは何かを投擲した、ように見えた。

 その瞬間僕の耳元を何かが通り抜け、スナイパーの体が仰け反って吹っ飛んだ。エンターテイメント厨二能力『手中』の発動である。長淵さんが投げつけた石ころが『飛んでいく過程』をすっ飛ばして『スナイパーに当たる』という結果が得られたの、と後から長淵さんが話してくれた。それと同時に僕の意識は暗転し、気づいたらそこは病院であった。

 病院に行った理由?それは『吹っ飛ばされたスナイパーが持っていたライフルが僕の頭に直撃、そのまま爆心地の崩れた建物から転がり落ちる』という過程を吹っ飛ばし、僕の肋骨が折れる結果まで得られてしまったからである。

「ごめんなさい、鈍臭い只人君でもそれくらいは何とかよけてくれると思ったの」

 長淵さんは後に語った。悪気はなさそうに言うのがかえって辛い。

 このように、このプラクティカル厨二能力『手中』は長淵さんが想像できる未来をほぼ確定させられることが可能であるが、想像できないことまで確定してしまう…というわけであり、長淵さんはこの特殊能力を極力使わないようにしているようだった。

「ごめんなさい、あんなにあっさりと間抜けに捕まるなんて思っていなかったの」

 僕は今日も長淵さんの毒舌と肋骨の痛みと闘いながら戦闘大勢に突入する。




「来ないね」

 すっかり僕を殺しにくる人達のことを少し遅れてくる電車かバスの様に扱ってしまうようになった。いつもは学校が終わって爆心地に着いたらテンポ良く襲ってきてくれていたのだが。その不埒な輩を長淵さんと、いや長淵さんが華麗に倒して僕達は帰路に着く。多忙で繁忙で凡庸な高校生である僕はやるべきことがたくさんある。殺しに来るならさっさと来て欲しいものである。

「そう言う時はね、今週はどんな手で襲ってくるのか、なんてシミュレーションして待つの」

 黒胡麻ちくわ入り宇治抹茶フラペチーノダブルホイップオレンジピールトッピンググランデノンファットを飲み干し、いや食べ尽くし、カップを地面に置いて長淵さんは凛と立った。ひらひらと風に揺れる制服と無機質な槍が変に似合っている。全く無関係の配役につかされた僕が映画のポスターだと言われれば僕は信じただろう。

「でもあれだね、襲ってくる人達はさ、異世界転生した人じゃないから特殊能力みたいの使ってこないし気が楽っていうか」

 銃火器を使ってくる先週の刺客を除けば、今までの刺客は全員単純脳筋肉弾戦タイプの敵であった。

「異世界転生者は基本的に別の世界のルールに縛られて生きているの。だから只人君を殺して転生させるというこの世界の意志には影響されないの」

 異世界転生者をどうにかするという長淵さんとの約束。未だ最初の赤ん坊以降出会っていない。話が変にシリアス風味になるし、重たい描写は苦手なので正直出会いたくない。

「ただ、前も言った通り存在しているだけでその世界のエネルギーを吸い、転生前の世界へと送る存在なの。それが続くとこの世界が消滅する。世界規模の生存競争みたいなもの。そういう意味では只人君にとっても害、なの」

「影響ってどれくらいあるものなの?この前の赤ん坊みたいのなら影響は小さかったり?」

「それはその人…前世の『世界観』の無さに比例するの。前世で誰の認識にも残らないほど薄っぺらい人生を送っていた軽薄な人間なら、転生先への影響は大きくなるの」

「つまり、僕みたいな?」

 軽薄な人間なりの自虐だ。

「只人君は、私に認識されてるの。ずっと前から。だから大丈夫なの。これからも」

 そこまで言って長淵さんは向かって左方向に鋭い視線を向けた。

「来たの」

 ぶん、という鈍い音を立て長淵さんの槍が旋回した。僕の足元に何かがぽとりと落ちる。

 矢だ。矢が飛んできたのだ。

「なんか先週の銃よりスケールがダウンしてない?」

 こういうバトルものの作品にインフレは必須である。今日は大砲かミサイルでも持ってこられるものかと思っていた。

「油断しないで、何か、妙」

 長淵さんが表情を変えずに言った。

「妙、とは?」

 僕は矢が飛んできた方から視線を切らずに聞く。聞かなきゃよかった、という言葉が飛んでこないことを願う。


「間違いないの。敵は、4人いるの」


 聞かなきゃよかった。本当に。じゃあどれから片付けようか、と歴戦の傭兵のようなことを長淵さんに聞きかけた瞬間だった。


 崩れかけた建物の奥に刺客がちらりと見え。


 こちらにボーガンを構え。

 

 矢がこちらに打ち出される。


 と同時にそいつは消炭となって消えた。

 

ーーーーーーーーーーーーーーーーー


 雷が落ちてきたのだ、と理解するまで十秒くらいかかった。それくらい唐突な天変地異である。うっかり自分が異世界転生し天候を操ることができるチートやろうになったのかと困惑した。

「何?今の」

 この場で唯一頼れる有識者である長淵さんに視線を向ける。怯えた顔をしている長淵さん。ああ、こうしてみると普通の女の子だな、かわいいな、と思うと同時に長淵さんが怯えると言うことは僕も怯え倒す必要があるのではないかと逡巡する。

「このレベルの力は…異世界転生者…?」

「その通り!!!普通の人間にこんな芸当できるわけないじゃないか!!!」

「でもなんでここに?」

「この愚鈍さ…これが再誕前の存在か…」

「こんなやつ、さっさとやっちゃいましょう」

 登場人物が一気に増えた。

 僕達2人の周りを、スタリッシュに宙に浮いている男3人組が取り込んでいた。金髪が1人、赤髪が1人、銀髪が1人。金髪の周りにはあからさまに触ってはいけない赤色のオーラみたいのが出ているし、赤髪の周りにはそこらへんの石ころがふわふわ浮いて集まっている。きっとこの世の住人では無い。銀髪の周りには何も起きていない。地味な見た目だしきっと陽キャサークルの群れに間違って入ったまま出るにも出られず紛れることしかできない隠れ陰キャといったとこだろう。もう設定の大洪水だ。世界侵食作用の出血大サービスだ。今の今まで僕らが保っていた常識が滅茶苦茶な音を立てて崩れていくのを感じた。

「…どなたでしょうか?」

 僕の口から出たのは相互理解を図る第一歩である質問である。金髪がこの質問に拍手で返した。

「おめでとう只人君、『刺客』も無事倒せたし異世界への転生も防げたというわけだ…」

 何者だか聞いているのだがこいつの前世は人外だったのだろうか。

「只人君、気をつけるの。そいつらは異世界転生者、この世界の敵の可能性が高い…すごく危険な存在なの」

 長淵さんが槍を構え直す。

 と同時に槍は赤髪の手中にあり、くしゃくしゃと歪な知恵の輪のような物質になって足元に転がった。長淵さんの怯え度がさらに増した。怯える美少女を守るのがジェントルマンの使命ではあるが可能であればできるだけ限界まで何とか守っていただきたい。じりじりと長淵さんの後ろに回り込む。

「その守人に一体どこまで教わったのかな、只人君」

 金髪の質問。質問を質問で返さないでいただきたい。

「どこまで、とは?」

「ん?只人君が異世界転生を望まれる何の存在価値も無い人間だとか、私たちのような異世界転生者がやばいこととか、それを狩るためにそこの守人が戦っているだとか、かな」

「それなら…教わりました」

 これ以上無い屈辱感である。なぜ宙に浮いてる不審者に存在を否定されなくてはいけないのだ。

「なら話は早い。私たちはそこの小娘が属する『守人』から君を守りにきたのさ」

 これ以上無いような笑みを金髪が見せた。

「今こそ明かそう!私の名前は『異 世界』ッ!」

「我は『新 世界』!」

「あっ…俺は『銀 世界』…!」

「私達は…!」


「「「『世界』の転生者だッ!!」」」


ーーーーーーーーーーーーーーーーー



「そうこれは広大な『世界観(ナラティブ)』への飽くなき探究と反抗…我等はその闘争の哀れなる敗北者…」

 新世界と名乗る赤髪が唐突に喋り出すが理解は遥か彼方に置き去られたままである。わからない。厨二を感じる漢字が非常に多い。

「そんな…失われた世界ということなの…?そんな事象が…?」

 長淵さんは理解できるらしい。さすが生粋の厨二エンターテイナーである。もう左手の包帯を解いてこいつらを一網打尽にしてやってほしいところである。

「大いなる流れの編纂により消失した我等の世界、世界観、世界線、そして全ての存在…生存競争と類似したこれら全ては」

 ここで新世界がぼくを睨んだ。

「異世界転生者によって、引き起こされたのだ」

 視線の強さからなんとなく僕は憎まれていることを理解した。新世界はどうやら自分の得意分野になると無限に喋りだすめんどくさいオタクのようである。下手に刺激するとどう爆発するかわからないのがオタクの面倒なところである。

「全然わからないんで質問いいですか?」

 恥を忍んで聞いてみた。

「いいとも!なんでも聞きたまえ!」

 いいのかよ。

「その、『異 世界』とかっていうのは…名前ですか?異が苗字?世界が名前?」

「そうだ!わかりやすく説明しよう!私達は生存競争によって消滅した世界なのだ!」

 ノリノリで説明してくれる異世界。

 『異世界』が転生したものがこの『異 世界』という人間、いや人間なのか甚だ怪しいところではあるが、この人型キャラクターなのだろうか。とすると銀世界だけなんかスケール小さくないだろうか?

「しかし私達『世界』はただ消えることを良しとしなかったッ!私達『世界』はここに転生し、いまここに存在しているッ!!」

 異 世界の親切な説明。

「そして完全なる復活は今貴様を贄とした連鎖の終焉により達成される」

 新 世界のわかりにくい説明。

「説明しよう!私達3人は今!只人君!君を利用して復活しようというのだ」

 異世界の親切な説明。

「…僕利用されるらしいんだけど」

 長淵さんに救いを求める。

 そして唐突に取られる世界三連星のトライアングルフォーメーション。

「新世界!銀世界!異世界転生候補者に『ご都合ビーム』をかけるぞ!」

「逃げて!只人君!」

 今が滅茶苦茶な状況であることすら理解できないのにこの運動神経皆無の僕がビームなんて避けられるとお思いなのだろうか。


「「「『ご都合!ビーーーーーーームッ!!!!!!』」」」


 もちろん不可能である。

 トライアングルフォーメーションから繰り出された『ご都合ビーム』は華麗に無慈悲に正確にぼくの脳天を貫いた。そこら一面が緋色に染まり、R18の風景が広がらなかった。

 何も起こらない。

 だが三連星はやたらと満足そうな顔でこちらを見る。その余裕は酷く嫌な予感を感じさせた。

「これで私たちのやることは終わったッ…さよならだ」

「終焉と崩壊の時を座して待つがいい…」

「…そんな感じっす」

 そう言い残して高笑いと共に三連星はどこかへと消えた。



ーーーーーーーーーーーーーーーーー





「…なんだったんだろう、あれ」

 間違いなく長淵さんも理解していないだろうが一応聞いてみる。

「わからないの…『世界』の転生者…あんなの初めてなの」

「でも、『刺客』は倒してくれたんだからいい人なんじゃないかな?」

 僕は爆心地の隅に転がった消炭を見て言う。先週よりスケールダウンした『刺客』には気の毒ではあるが、これで今週の僕の命は保証されたわけである。長淵さんを凝視していても矢やら鉄砲が飛んでくることはないのだ。僕は自分の家の方角を見る振りをして長淵さんを視界に入れた。


 同時に、町が十キロメートル四方程消滅した。


 隕石が落ちてきた、とかじゃなく、単純に消滅した。何も、無い。さっきまであるはずだった建物が、地面が、空が、すっぽりと抜けている。

「世界…が…?」

 長淵さんがスマホで何かをチェックし出した。

「信じられない…すごい勢いでエネルギーが流れ出しているの…こんな量…前世で凄まじい『世界観』の無い人間が転生してきたとしか…」

 そこまで言って、はっと気づいたような表情をした。

「まさか…いや、きっとそう…あなたの存在が書き換えられているの…?」

 僕の存在が?

「あなたの存在が、別の世界のものになっているの。たぶん、さっきの『ご都合ビーム』によって。つまり、只人君は『この世界に転生してきた人』になってるの」

 今度は僕の家があった方向と反対側の世界が消滅した。あっちには学校があったな、なんて呑気なことを考えるが、心が痛まない。

 そうだ、僕は『世界観』が無い軽薄な人間なのだ。友人も、知り合いも居ない。心が痛むはずもない。

「落ち着いて聞いて欲しいの、只人君」

 僕は落ち着いていますが。落ち着いていないのは、世界と、長淵さんじゃないですか。

「あなたがこの世界にいるだけでこの世界はエネルギーを失っていくの。そしてそのエネルギーはあの三連星に送られて、新しい世界を作るために使われる。この世界は…このままだときっと滅ぶの」

 滅茶苦茶に嫌な予感がした。だから精一杯の心の準備をした。

 だから?と聞く前に答えがわかった気がした。

「只人圭…あなたは、この世界から消えなくちゃいけない」


 打ち切り小説の適当な結末みたいだな、と思った。

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転生できるけど死ぬのが死ぬほど嫌なのでクラスメイトとなんとかしてみる(仮) 雨野 @mtpnisdead

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