チャントはなくても

 今年は春が来なかった。


 J1に続いてJ2が開幕。そして、いよいよ鹿児島ユナイテッドが闘うJ3も始まると思っていた矢先、開幕の延期が決まった。


 コロナのせいだ。


 コロナは今も現在進行形で、生活にさまざまな影響を与えている。

 でも、思えば春先が一番息苦しかった気がする。

 先が見えない中、さまざまな場面で感じるストレス。

 スポーツだけでなくさまざまな娯楽すら制限されていた。

 息をつくことすら難しかった。


 だから、6月下旬になってようやくJ3が開幕した時は本当に嬉しかった。


 初めは無観客で、徐々に観客が入れるようになる。

 真夏でもマスクを着けないといけないのは息苦しかった。

 けれど、白波スタジアムのスタンドからサッカーを見ている間は閉塞感を忘れることができた。


 シーズンが進むにつれ、徐々に入場制限も緩和されて、手拍子も解禁された。

 ただ鹿児島ユナイテッドは苦しいシーズンを送った。

 ホームなのに、劣勢の時こそ必要なはずのチャントの声が響かない。響かせることができない。

 スタンドのサポーターのため息をかき消すものがなかったことを寂しく感じていた。


 そうして迎えた12月13日。

 シーズンは残り2試合。勝たなければ上位チームの試合結果に関係なく昇格の可能性がなくなるという状況だった。

 この日も鹿児島ユナイテッドは苦しい試合展開を強いられた。

 先制されたあとに追いついたのは良かった。

 でも、その後立て続けに失点。

 後半11分の時点で1-4とされ、スタジアムには重苦しい雰囲気が漂っていた。

 チャンスを迎えても手拍子は控えめで、いつものようにため息ばかりが聞こえていた。


 ただ、選手たちは諦めていなかった。

 交代で入った選手を含め、闘う姿勢を貫いた。

 2点を返し、3-4とする。

 そして、後半39分。つい先日、今季限りでの契約満了が発表された川森選手が同点弾を決めた。


 そこからだった。

 スタンドのどこかから自然発生的に始まった手拍子がスタジアム中に広がった。

 チャンスでもピンチでも鳴りやまない。

 声は出せないけど、チャントはないけど、それでもスタジアムを埋めたサポーターが一体になったと感じた。


 そして、後半44分。

 ついに鹿児島ユナイテッドは勝ち越す。

 決めたのは、チーム在籍最長の水本選手。

 当然、スタンドの盛り上がりは最高潮に達する。

 ゴールが決まった瞬間。サポーターは総立ちとなって手を叩いた。


 チャントはなくても、ひとつになれた、と感じた。


 手拍子が鳴りやまないまま試合は終了。最終的なスコアは6-4だった。

 結局、この日、2位の長野が引き分けたため鹿児島ユナイテッドのJ2昇格はなくなった。


 そういう意味では、残念なシーズンだった。

 でもこの日、白波スタジアムで味わった一体感は、鹿児島ユナイテッドの価値をあらためて示してくれた。

 

 サッカーで1-4から逆転するなんてことは、そうあることではない。

 諦めてしまってもおかしくない。

 けれど、鹿児島ユナイテッドの選手たちはそれをやってのけた。

 諦めない姿勢に胸を打たれた。

 

 本稿執筆時点で、コロナを取り巻く状況がどうなるのかは、いまだ見通せない。

 ワクチン接種はイギリスで始まったけれど、日本で開始するめどは示されていない。始まったとしても、すぐにすべてが元通りというわけにはいかないだろう。


 だから、先を考えればやっぱり息苦しさは残るけれど、今は耐えるしかない。

 それは決して不可能なことではない。


 チャントの響かない白波スタジアムのスタンドで、そんなことを考えさせられた。

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エッセイという名の何か 秋野トウゴ @AQUINO-Togo

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