腕無し死体の真相

無月弟(無月蒼)

2020年夏小説をコンプリートしたくて書いたお話です。 無月弟何があったと、心配しなくても大丈夫。作者はいたって正常です……たぶん。

 茹だるような暑さの七月某日。

 市内のとある大学で、殺人事件が起きた。


 被害者はその大学に通う男子学生で、発見されたのは資料室。

 どうして殺人とわかったかと言うと、遺体には……両腕がなかったのだ。


 無惨に切り取られた両腕。傷口からはおびただしい量の血が流れ、死因はそこからの大量出血。

 惨い殺し方をするやつがいたもんだ。これは相当、頭のいったやつの犯行に違いない。


 まったく世界中を騒がせたウイルスがようやく落ち着いてきて、やっと日常を取り戻してきたというのに、嫌になるぜ。

 だけど、そんな事件を解決するのが刑事である俺の仕事。

 現場を調べ、聞き込みを続け。そうしてだんだんと、真相に迫って行ったのだか……。



◇◆◇◆◇◆◇◆



「私です……私が彼を、クロロホルムで眠らせました」


 自供したのは、大学に通う女子学生。取調室で椅子に腰かけた彼女は、俯いて肩を震わせている。


「どうして殺した?」

「殺してません。私はただ眠らせて、後ほんの少し……指を頂いただけなんです!」


 ん、いったいどう言うことだ? 

 最初は訳がわからなかったがよくよく話を聞いてみると、女はとんでもない奴と言うとこがわかった。


「私、彼の指が大好きだったんです。長く綺麗な爪も、ボコッとなってる基節骨も全部! 休校が解けたあたりからその思いは強くなっていって。彼の指がほしい、そう思うようになりました。それであの日、我慢できなくなって、あんなことを……」


 な、なるほどな。なんと言うか……聞いてるだけで頭が痛くなりそうな話だ。

 指が欲しくてたまらないから、眠らせて切り落としたねえ。完全に俺の理解の範疇を越えている。


 しかし女は、さらに気になることを言った。


「私は彼を眠らせましたし、指も頂きました。けど殺してはいませんし、腕も切り落としてなんかいません。私が欲しかったのは、指ですもの!」



◇◆◇◆◇◆◇◆



 ……その後も取り調べは続いたが、思うように進展しなかった。

 ハッキリしたことと言えば彼女は自供通り、本当に眠らせて指を切り落としただけだったと言うこと。

 十本全部切っておいて『だけ』と言うのもおかしな話だが、とにかくそう言うことだ。


 しかしそれから更に捜査を進めていくうちにもう一人、怪しい女子学生が浮上した。

 区別するために、先の指を切り取った奴を第一の女子学生、今調べている彼女を第二の女子学生としておこう。

 で、その第二の女子学生が言うには……。


「はい、私がやりました」


 取調室に通された彼女は冷静で、淡々とした口調で語ってくる。


「あの日資料室に行ったら、彼が倒れているのを見つけたんです。死んでいるのか生きているのか、分かりませんでした。救急車を呼ぼうとは思ったんですけど、彼の手首を見て、つい魔が差してしまったんです」

「手首?」

「はい、実は私……前から彼の手首が好きだったんです! あの筋が! 血管が! 橈骨茎状突起が! 長袖を着ている時はたまに袖口から覗くくらいでしたけど、それだけでご飯三十杯はいけるくらい興奮していました! それが衣替えをして半袖になってからは、余すことなくその素敵な手首を見せつけてくるのですよ! もう見るたびに大興奮です!」

「そ、そうか。そんなに良いものなのか……」


 饒舌になった彼女に、若干引く。

 隣で一緒に取り調べをしていた田中刑事なんて、もっとあからさまにドン引きしていた。

 しかしそんな俺達を尻目に、彼女は更に話を続ける。


「意識の無い彼を見て、チャンスだと思ってしまいました。それからいったん資料室を出て刃物を調達して、彼の手首を切り落としたんです。指がないのは少し気になりましたけど、手首は無事なんだし、まあいいかなあって。そうして念願の手首を手にいれた私は、そのまま資料室を後にしました」

「……あー、なるほど。しかしそれじゃあ、君が切り落としたのは手首で、腕は切っていないのか?」

「腕? はい、私は手首さえ頂ければ、満足でしたから」


 そう答えた第二の女子学生の目はとても輝いていて、俺はまたしても頭を抱えたくなった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 第一の女子学生がは指を切り落とし、第二の女子学生は手首を切り落とした。しかし二人とも、腕は切り落としていないと言う。

 当然、捜査はそのまま続けられたのだが……。


「上腕二頭筋、上腕三頭筋、前腕屈筋群! 筋! 血管! あんな完璧すぎる腕を見せられたら、持ち帰られないなんて出来ますか!? いや、できようはずがありません! 去年の夏、彼の逞しくて美しい腕を初めて見た時の衝撃は忘れられませんよ。程よく日に焼けて引き締まった筋肉を備えて筋や血管の配置がが絶妙なバランスをとっていて……」


 えー、あー。いま取り調べているのは被害者と同じ大学に通う女子学生。第三の女子学生としておこう。

 取調室に通された彼女はこのように延々、被害者の腕がいかに素晴らしいかを語っているのだ。正直、もう勘弁してほしい。


「そ、それでアンタはたまたま入った資料室で手首の無い被害者を見つけた。そしててっきり死んでるものと思い、それなら腕をもらうくらい良いだろうと考えた。それでいいか?」

「はい……いつこんなチャンスが来てもいいように、腕を切り落とすことのできる刃物は、常に持ち歩いていましたから」

「そうか。それはそれは……ふざけるな!」



◇◆◇◆◇◆◇◆



 こうして、指、手首、腕を切り落とした女子学生達は逮捕され、一応事件は解決した。

 殺すつもりはなかった。指をもらいたかっただけ。死んでいると思って、手首や腕を拝借した。

 そんな信じられない理由で彼女達は行動して、結果被害者は出血多量で亡くなったと言うわけか。


 もしも被害者が途中で目が覚めていて助けを求めたら、助かっただろうに。起きずに眠っていたなんて不幸だ。

 

 いや、不幸なのは彼女達に目をつけられるような、指や腕をしていたことか?

 事件を捜査してきた者として、一つ言っても良いかな……何であんな異常なやつがゴロゴロいるんだ! ヤバすぎるだろあの大学!


 事件は解決したと言うのに真相を受け止めきれずに、頭痛薬を飲む俺。

 するとそこに部下の田中刑事が、血相を変えてやって来た。


「警部、大変です。例の大学で……」

「どうした? もう事件は解決しただろう」

「それが、今度は両足の無い女性の遺体が……」

「ーーッ! すぐに校内の足フェチを洗え! その中に必ず犯人はいる!」


 腕の次は足無し死体だと?

 ああ、もう本当に頭が痛い。皆暑さでおかしくなっているんじゃないだろうか。


 指示を出してから、気持ちを落ち着かせるためにタバコをふかす。


 ぷはー。まったく、皆どうかしてる。手や足の、どこが良いって言うんだ。

 俺には、到底理解できない。だってなあ……。


「集めるならやっぱり、首だよな」

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腕無し死体の真相 無月弟(無月蒼) @mutukitukuyomi

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