ー第二章幕間ー

「よし、研究成功だ。これでようやく過去を変えられる」

 時は2050年。ハリウッド跡地。

 爆撃により見るも無残な焦土と化したこの場所の地下に設けられた研究基地。

 そこでホッケーマスクの白衣の男はコンソールを操作しながら、大きな息をついた。

「ドクター。本当に過去を変えることなんてできるんですか?」

 ホッケーマスクの男の隣には大人しそうなメガネの若い女性が。

 彼女は心配そうな眼差しで男を見ている。

「過去を変えることは可能だ。ただし、同じ世界の過去とは限らない。ボクたちが経験した過去ではなく、ボクたちが経験する過去が変わるのだ」

「どういうことですか?」

「確定した未来は変わらない、ということさ。言い換えれば平行世界に住むボクたちの未来が変わる」

「それじゃあ私たちは……」

 メガネの女性はうつむきがちに言葉をこぼす。

「あぁ。このまま終わりに向かうしかない。食料も尽き、最後はゾンビのエサだ」

 男はモニターで外の様子を見る。

 外にはゾンビがうじゃうじゃとわいており、生存者の面影すらない。

「ゾンビ、結局世界中で観測されましたよね。最初はハリウッドだけで、爆撃すれば感染はないはずだったのに」

「そうだな。しかしキミは当事者のように語るね」

「父から耳がタコになるくらい聞かされたので……」

「あいつがそこまで話すなら、よほど大切なことだな。それに、よほど悔いていたんだな」

「はい、最後まで、自分が助けられなかったって……」

 メガネの女性は胸元のペンダントを見てつぶやいた。

 ペンダントには写真が埋め込まれており、幼い時の彼女が筋肉質な男と戯れている姿が映っている。

「でもこいつが……タイムマシンがあればどこかの世界にいるあいつもあいつが守りたかった者も助かる。それに、ボクの心残りも消える。あの時はただの観測者にすぎなかったボクが、今度は彼らを助けるんだ」

 男はぎゅっとこぶしを握りマスクの奥の燃える瞳で女を見た。

 父親の面影を残すその顔に、今はもういない友の姿を重ね合わせる。

「必ずお前を助けてやるからな」

 そうつぶやいた彼はコンソールを操作し、最後の実行ボタンを押した。

 室内が眩い閃光に包まれ、過去を変えるためにスタローンの姿を模したアンドロイドが消えていく。

「頼むぞ。対ゾンビ用スタローンアンチ・ゾンビ・スタローン

 閃光が一気に凝縮され、アンドロイドの姿もなくなる。

 これで過去が変わる。だが確定した未来に住む彼らにはその実感すらない。

 ただただ、この場で祈るのみだ。

「いまさらなんですけど、ドクター。どうしてパニックが起こる前じゃなくて、起こった後に送り込むんですか? 起こる前に送れば未然に防ぐこともできたはずじゃ」

「そうだな。それを説明するにはまずタイムスリップについて話さなくちゃな」

 男は近くに置いていた紙に線を三本書いた。

「さっきも言ったけれど、確定した過去は変えられない。帰るのはパラレルワールドの過去だ」

 男は書いた線に1、2、3と数字を書く。

「で、この線一本一本がパラレルワールドだ。2番がボクたちのいる世界」

 きゅっと2を丸で囲うが、女性は頭にクエスチョンを浮かべている。

「なんで1じゃなくて2が私たちの世界なんですか?」

「それは今が2週目の世界だからだ」

 男が今度は消しゴムを持ち、カバーにスタローンと書く。

「こいつがアンチ・ゾンビ・スタローンの代わりだ。スタローンはまず1の世界で作られた。で、ボクたちがいる2の過去、ゾンビパニックが起こる前の時間に送られてきた」

「え? 私たちの過去に、スタローンが来てたんですか? しかもパニックが起こる前に?」

「そう。けれどボクがスタローンを見つけた時には何者かに壊されていた。もともとスタローンには武器がたくさん積んであった。それをよく思わなかった黒幕の仕業だろう。で、パニックは止められず、過去を変えるためにボクは壊れたオリジナルスタローンをもとにして、今のスタローンを作ったんだ」

 男は消しゴムを3の線の上に滑らせる。

「で、スタローンは今3の過去へ飛んだ。ゾンビパニックが起こった後の。黒幕を欺くためにパニックが起こる前にスタローンのプロトタイプを送り込んだ。あとは3の世界がどうなるか、スタローン任せだ」

「なるほど……私たちの世界は複数あって、別の世界で今スタローンが戦っている、と……って、このパニックに首謀者がいたんですか? そこに驚きです」

「なぜはじめ感染はハリウッドだけで起こったのか、パニックを起こすならニューヨークみたいな大都市のほうが混乱も大きくて効果的なはずだ。けれどそのような大都市にゾンビが発生したのはハリウッドがなくなった後。これは誰かが意図的にハリウッドを狙ったようにしか思えないんだ」

「で、その誰かって、誰なんですか?」

 期待を込めた女性の瞳を浴びる男だが、残念そうに顔をしかめる。

「それはわからない。ボクもそこまでは突き止められなかった。今生きているのか死んでいるのかすらもね」

「人類も残り1万もいないですからねぇ。生きてる人間に会う確率よりゾンビと会うほうがよっぽど高いですよ」

 女性はふと何か思いついたようで、神妙な顔つきで男に話しかける。

「けどそれじゃあ……」

「あぁ。キミが思った通り、パニックに巻き込まれた犠牲者は救われない……けれど、未来を変えるにはこの方法しかなかったんだ……」

 二人の間に微妙な空気が流れる。

 沈黙が重々しい。

 それを打ち壊そうと女性が宙に目を泳がせて話題を探る。

「そう言えば、この前13日の金曜日見たんですよ。ホッケーマスクって実はジェイソンじゃなかったんですね」

「そうなんだよ! 間違ったイメージが根付いててボクは悲しいよ。というかこんな時代になってまでそのイメージが続いてるなんて」

「ドクター、それ知ってるなら何でホッケーマスク着けてるんですか?」

「キミの父親とその妹からもらったんだよ、誕生日に。全然映画見てない奴だからさ、ジェイソンと言えばホッケーマスクってイメージがあったんだと」

 そう言って愛おしそうにマスクを撫でた。

「とにかく、ボクたちはやれるだけのことをやった。プロトタイプとともに秘密兵器も送った。あとはただ祈るだけだ」

 過去を変える、それを知る術はない。

 二人はただじっと、最後の時を待つだけだ。

 世界がすべてゾンビに埋まるその瞬間まで。


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