ー第一章幕間ー
「アーモンド、少しの間護衛頼むよ」
『……了解ですわ』
アーモンドとの通信を終え、ジェイソンは一息つく。
どっかりと椅子に座り、手近に置いたコーヒーを一口すすった。
「ぬるい……」
微妙な温度のコーヒーを喉奥に無理やり流し込み、ジェイソンはぐっと伸びをした。
ここはアメリカ某所。軍事基地、を模したジェイソンの秘密基地だ。
いくつものパソコン、大型モニター、小型の精密機器、まるで映画のセットのよう。
ここで彼はドローンを通し、ハリウッドの動向を探っている。
「お疲れか、ジェイソン」
「……いえ、大丈夫です、マイクセンパイ」
ジェイソンのもとにコーヒーのマグを二つ手に持ちやってきたのは、マイク・リッチ。ジェイソンの上官であり、例の脅迫状を信じる数少ない一人。
マイクはジェイソンにコーヒーを手渡した。
「大丈夫と言いながら顔色悪いぞ」
「……まぁ、こんな惨状見せられたら誰でもこうなりますよ」
ジェイソンは今日のためにハリウッドにドローンを配備し、友人のザックとアーモンドに武装させ、信じてくれる上官を探し出した。
そこで起こるだろう悲劇をある程度は予想していたが、現実はあまりにもかけ離れていて、まるで映画のようだった。
「まさかゾンビパニックが起こるなんて、想像もできませんでしたよ」
「お前が仕組んだドッキリだと信じたいんだけどな」
「残念ながらドッキリじゃありませんよ……」
ジェイソンは今まで見た光景を思い出し、苦虫を噛み潰したようにそう言った。
ハリウッドでゾンビが発生してから1時間ほどが経過したが、もうそこは元の栄華極まる映画の街ではなかった。
生きる死者が跋扈し、あたり一面血の海だ。
残った生者もゾンビに食い殺されるか、自ら死を選ぶか。
必死に生きようとする者も、ヒステリックを起こした生者のせいであっけなく死んでいく。
そんな光景を見ることしかできないジェイソンの胸の奥はひりひりと痛んでいる。
だが見ることしかできないことで、彼の心もそれだけで済んでいるのもまた事実。
彼の正義感溢れる心は、現地ではきっと潰れてしまうだろう。
「そういえば生存者、見つかったみたいだな。お前のドローンのおかげだな」
「いえ、センパイが航空部隊に声をかけてくれたおかげで助けに行けるんですよ」
上官のコネで動かした航空部隊がそろそろハリウッドに到着するだろう、そう思ったジェイソンはヘリのパイロットに通信を入れる。
「そっちは大丈夫ですか?」
『もうすぐハリウッドに到着する。しかしハリウッドでゾンビ騒ぎとは……これって本当に現実ですかね?』
「撮影だと思いたいのはボクもセンパイも同じですよ」
ははは、と笑うパイロットの声が一瞬で絶句に変わった。
『……あ、あいつは……』
「ど、どうした!? 何があった!?」
マイクが無線に割り込み話しかけるが、パイロットは悲痛交じりの叫びしか上げない。
『か、怪物! 怪物がハリウッドに! うわぁぁぁぁ!!』
ノイズ交じりの叫び声が聞こえたと思うと、通信機はぷっつりと音を発しなくなった。
必死にジェイソンは呼びかけるが応答がない。
「……どうなったんだ?」
「わからないです……ただ、最後に怪物、と聞こえました」
『……聞こえますか?』
パイロットの声が無線から響くと、ジェイソンは食いつくように呼びかけに応じた。
「どうしたんですか!? 何が起こったんですか!?」
『怪獣です……まるでハリウッドを守るかのように現れて……撃墜されました……全機……』
「……っ!」
ジェイソンは悔しげに拳をテーブルに叩きつけた。
彼はある程度予想していた。このゾンビパニックはハリウッドでしか起こっていない、故にハリウッドから感染するルートがないのではないか、と。
「な、なぁ……さっきの怪獣って、どういうことだ?」
マイクがそう尋ねると、パイロットが震え声で答えた。
『怪獣は、怪獣です……見てもらえば、わかりますから……』
ジェイソンのもとにテレビ電話が入る。急いで彼はそれを取ると、スマホ画面はハリウッド上空を映していた。
『見えますか?』
「あぁ、見えるぞ」
『あれ、です……』
次に映されたのは、まぎれもなく怪獣だった。
黒い体に、女性を彷彿とさせる細い四肢、少し平たい顔つき。
昔の特撮ヒーローの敵のような見た目だ。
だがところどころ、ゾンビのように腐っている。
「なんだ、あれ……ゴジラ、か?」
「センパイ……とりあえず怪獣全部ゴジラって言うのやめましょうよ」
「いやいや、とりあえずで言ってないって」
「じゃあ、
ジェイソンがスマホで画像を見せる。
「金色のゴジラ」
「じゃあ
「ごつごつしたゴジラ」
「じゃあ
「角の生えたゴジラ」
「センパイ、やっぱ適当に言ってますね!」
楽しくなったのかジェイソンはさらに画像をマイクに見せる。
「じゃあ
「どっちもウルトラマンだろ」
『……あの~……そっちで盛り上がってるところ悪いんですけど……』
と、パイロットの言葉で2人ともパッと現実に向き直る。
『あの怪獣……なんか猿みたいですね。頭掻いてますよ』
言われてジェイソンも気が付く。
怪獣がその細長い腕で頭をポリポリと掻いていたのだ。
その姿はパイロットの言うように猿に似ている。
「この仕草……どこかで見たことあるぞ……写真、送ってもらっていいですか?」
『あ、あぁ』
パイロットから送られてきた写真をすばやく保存して、グーグルで検索をかける。
「何してるんだ?」
「グーグルの画像検索ですよ。最近は画像からそれに似た画像を探すことができるんです」
「へぇ……便利になったなぁ。で、結果はどうなんだ?」
ジェイソンはやっぱり、とつぶやいてスマホの画面をマイクに見せた。
「これです。『アン・ハサウェイ』主演の映画『シンクロナイズド・モンスター』。そこで出てくる怪獣に似てるんですよ」
「……まぁ確かにそっくりだが……たまたまじゃないか?」
「じゃあ猿みたいに頭を掻く仕草もたまたま似ていたってことですか?」
「どういうことだ?」
「この映画はアン・ハサウェイが怪獣を操るって内容なんですけど、怪獣を自分が操っていると気づくのは彼女のこの癖のせいなんですよ。他にこんなことしてる怪獣なんて見たことありません」
「……でもそれが何だっていうんだ?」
「わかりません……ただ、生存者の証言にブルース・ウィリスに似たゾンビが見つかったとありました……」
「でもブルース・ウィリスは避難したんだろう? アン・ハサウェイも避難しているはずだ」
「えぇ……もしかするとこのゾンビパニック、映画のように一筋縄ではいかないかもしれません」
ジェイソンはコーヒーを一口すすり、ゾンビ蔓延るハリウッドを画面越しに睨みつけた。
このゾンビパニックには何か裏がある。
パニックを予告した人物、何かが違うゾンビ、怪獣、彼の中でそれらの単語が渦巻いては消えていく。
「やはり黒幕がいる……」
そうつぶやいた彼だが、結局モニター越しでは事件を推理するなどできるはずもなかった。
と、その時だった。
マイクのスマホがけたたましく鳴る。
「はい。あ、すいません。今別件の対処中でして……えぇ……えぇ……は? ハリウッドに、隕石!?」
「……隕石?」
「わかりました……こちらにも機材がありますので確認してみます」
スマホの電源を切ったマイクは、どうにもやりきれない表情でジェイソンを見た。
「隕石がハリウッドに落ちるらしい。しかもあと半日もしないうちにだ」
「は!? 今度は隕石!? NASAは何していた!?」
「よくわからないが、急に軌道が変わって地球に落ちてくるらしいんだ。ちなみに落下地点の座標はここだ」
マイクがコンソールを操作して落下予想の場所を映し出した。
「おい、なんだ、ここは……ライブ会場じゃないんだぞ……」
ジェイソンはその光景を見て、思わず手に持ったカップを落としてしまった。
地面にコーヒーがぶちまけられ、血のようにじんわりと広がっていく。
「ゾンビのライブ会場……」
そこに映っていたのは、5人組バンドのゾンビが演奏し、観客のゾンビが熱狂している光景だった。
コメディよりのゾンビゲームでは時折見る光景だが、実際にこうしてゾンビがライブをしているとなるとかなりシュールである。
しかもゾンビのくせに演奏はうまいし声も出ている。
「なんでこんなところに落ちるんだ? たまたまハリウッドってだけか?」
「いいえ、センパイ。この曲、よく聞いてください……あとボーカルのゾンビの口のでかさ、わかりませんか?」
「聞いたことあるぞ……えっと、『エアロスミス』の『WALK THIS WAY』だったか? じゃああのボーカルは『スティーヴン・タイラー』?」
「えぇ、おそらく……で、なぜ隕石かというと、もうお分かりですよね?」
「『アルマゲドン』」
「その通りです。アルマゲドンにはエアロスミスの『I DON‘T WANNA MISS A THING』が使われています」
「でもそれは映画の」
「さっきの怪獣と言いブルース・ウィリスと言い映画に関連したものが多すぎます! もしかするとこのゾンビパニックは映画をモチーフにして起こっているんじゃないですか?」
「……仮にそうだとしても、どうすればいいんだ?」
「現地にいるアーモンドとザックにエアロスミスゾンビを倒してもらうしかないでしょう。そうすれば解決するかもしれません」
そう言うとジェイソンはさっそくアーモンドに無線を通した。
『すまない。状況が変わった。迎えにはいけない。ヘリが墜落した。それともう一つ最悪のニュースだ。ハリウッドに隕石が迫っている。その元凶を叩いてほしい』
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