ーエピローグー映画が終わった世界

「わちょぉ!」

「わたぁ!」

 甲高い声が狭いスタジオ内に響きこだました。

 真っ白な道着を身にまとったアン・ハサウェイ似の彼女、マリナ。

 彼女が見せる本場さながらのカンフーが、もう片方の相手へと炸裂した。

 相手の方はズタボロの衣装を身にまとう、ゾンビのように顔色が悪い男。というかゾンビだ。

 ゾンビは攻撃を食らいひるむも、すぐに体勢を立て直し、拳を前に構えた。

 その構えはまるでジークンドーの達人、ブルース・リーのよう。

 ブルース・リー似のゾンビの猛攻がマリナを襲うが、彼女はそれをムエタイの関節技で返り討ちにした。

「私に勝とうなんて100年早いわ!」

「はい、カットカット!」

 と、叫んだのは日本人の男、康介だ。

「なぁ、ボブ。さっきのところどう思う?」

 自分のことを呼ばれたカメラを持った黒人の男、ボブはすぐに康介のもとへ。

「いやぁ……ちょっとまだ勢いが足りないと思うな」

「だよなぁ。ほら、ゾンビ君! もっと気合い入れて! 仮にもブルース・リーだよ!? もっとさぁこうバッとやってガシッといってドギャって感じでさ! 次のカット、よろしく頼むよ!」

 あの事件から1年が経過した。

 ナッツが残したワクチンのデータのおかげで、ゾンビパニックは終息した。

 ハリウッドにはパニックの爪跡が残るが、着実に元の観光地へと戻っている。

 康介もボブもゾンビ化から戻り、元の生活を送っている。

 だがすべての人がゾンビから戻ったわけではなく、手遅れだった人もいる。

 軍は遺族への損害賠償や、犯行予告があったのに行動しなかった不手際に追われ大忙し。

 しかしジェイソンの見事な采配のおかげで解決の道へ進み、軍に復帰したザックのおかげで今は正しい道へ進んでいる。

「はい、アクション!」

 康介たちは見てわかるが今、映画を作っている。

 ここはかつてロバートが自分のスタジオとして使っていた場所だ。

 そこに隠されていたゾンビウイルスを使い、アーモンドが資金繰りをし、康介がメガホンを取る夢の対戦映画の制作の真っ最中だ。

 彼は初め面白半分で監督を任されたのだが、思った以上に楽しかった。

 話を作ることやカットや演技を考えること、どうすれば見ている人が面白いものを作れるかが彼には性に合っていたようだ。

 そのおかげか現在、夢の対決シリーズは『シュワルツェネッガー対スタローン』『ジャッキー・チェン対ブルース・リー対時々サモハン』と続き、現在はオリジナルストーリー『マリナのカンフースター100人抜き』を撮影中だ。

 もちろん映画俳優への道は諦めていないが、現在は監督業に本腰を入れている。

 逃げているわけではない。しっかりとオーディションを受けながら、監督をやっている。

「あちょー!」

 マリナも自身の好きなカンフーができて幸せそうだし、今まで以上に楽しそうに映画に取り組む康介の姿を見れて満足そうだ。

「いいよいいよ、そのカット……もっともっとちょうだい」

 ボブはカメラマンとしての楽しさを見出していた。

 初めは嫌々やっていたが、自分の撮った映像が銀幕で流れた瞬間、嬉しさのあまり叫んだくらいだ。

「はい、カット! そろそろゾンビ君もきついし、ワクチン打ってあげて」

「あら、今日の撮影はここまでですの? せっかく差し入れを持ってきたのに」

「お、アーモンドか。差し入れとは有り難い。今日の打ち上げに食わせてもらうよ」

「打ち上げって、またわたくし持ちで、ですの?」

「は、ハハハ……俳優になって稼いできっと返すから、その時まで待って……」

 こうして彼らの日常は続く。

 たとえ映画のような刺激がなくとも、彼らの映画のような人生はまだ終わらない――。


「……ふぅ。やっと日本だな」

 康介は久々に日本に降り立った。

 長い飛行機の旅で凝り固まった体をボキボキと鳴らす。

「なんだろこの空気感。やっぱ懐かしいな」

 彼はハリウッドでの活躍を両親に報告するため、久々に帰国したのだ。

 空港で日本の空気を肌で味わいながら歩いていると、前方が何やら騒がしい。

 騒ぎのもとへ近づくにつれ、自分が進む道とは逆へ慌てて走る人間が多くなる。

「な、なんだあいつ!?」

「人が、人が食べられてた!」

「殺される!」

「誰か警察!」

「死にたくない!」

「……これって」

 この空気に康介は覚えがあった。

 1年前に嫌というほど味わった、パニックの空気だ。

「うがぁぁぁぁ!!!」

「やっぱりゾンビか……」

 康介はため息を吐いた。

 死ぬほどの思いをしたせいか、たかがゾンビ、しかもノーマルでは驚かなくなっていた。

 だが、彼の余裕も次の瞬間消えてなくなることに。

『コマネチ! コマネチ!』

『バカヤローコノヤロー! バカヤローコノヤロー!』

 と、騒ぎながらやってくるゾンビの群れ、その数50を超える、に顔が青ざめていくのを感じた。

 だがそれは恐怖ではない。

「たけし50人って……」

 あのたけしが50人もいれば、しかもあの持ちネタをやっているとすれば恐怖を通り越してドン引きだ。

 えぇ、とドン引きしている間に逃げ遅れた康介のもとにたけしゾンビの一体が襲い掛かった。

『今日は皆さんに、ちょっと殺し合いをしてもらいます』

 『バトル・ロワイアル』のセリフに沸く前にやばいと直感する。

 そんな康介の頬ギリギリに、何か熱い光線のようなものが走った。

 彼にはそれに見覚えがあった。

 思い切り振り返ると、そこにはあの時共に戦ったナッツが、全裸でレールガンを撃っているところだった。

「へ、変態が変態を撃った!?」

「何よこれ……ドッキリ……?」

 周りの人間が騒ぐのをよそに、ナッツは一体ずつ確実にゾンビを仕留めていった。

「コースケ、帰ってきたぞ」

「ど、どうして……」

「それは、『ハリウッド・オブ・ザ・デッド・イン・ジャパン』が撮影されようとしているからだ」

「マジかよ……つかタイトル、ハリウッドか日本、どっちかにしろって」

 康介はため息を吐く。

 だが、にやり、と口角を吊り上げた。

 まだまだ、彼の映画は続くのだ――。

「ったく……サノヴァビッチだっての!」


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