ー第四章ーエンドロールまであとどのくらい

『もうすぐ避難場所のシェルターだよ。頑張って』

「ジェイソン。爆撃まであとどのくらい余裕があるんだ?」

『ざっと見積もって2時間と30分程度。それまでに絶対君たちを助ける部隊を送る。約束する』

「シュワちゃん見つけても全員爆撃でお陀仏、なんてこと嫌だからな」

 康介たちの長い旅路ももうすぐ終わりを迎えようとしていた。

 あとはナッツの言う通りシュワルツェネッガーを助け、血液をちょうだいしワクチンを作る。

 これでこんなこととはおさらばだ。

「コースケ、ここまでいろいろあったね……」

「あぁ。いろんな俳優に会ったな……でも……もっと好きな俳優に会いたかった!」

「今から行く避難場所に本物がいっぱいいるでしょ?」

「それもそうか」

「それにわたくし自慢のお兄さまがいますわ!」

「アーモンドの兄貴か……お前と似てわがままだったら嫌だな」

「わたくし、わがままですの?」

「まぁ……かなり」

 なんて話しながら進む。

 康介はもう無茶な戦いはしなかった。

 戦いのすべてはナッツが片づけ、完全にイージーモード。

「ほんとナッツがいれば楽だよな。さすが未来の技術だ」

「静かに。ゾンビの反応、多数だ……10……20……いや、30以上」

「……そんなに?」

 今まで楽にゾンビを倒していたナッツの顔色が曇る。

 アンドロイドなのにそんな顔をするのか、と康介は思いながらも銃を握った。

 ナッツも焦るほどのゾンビの群れ、もしかするとヤバイ俳優なのかもしれない。

 康介はじっと前を睨みつけてゾンビの襲来を待った。

 やがて足音が聞こえてきた。

 ただの足音ではない。軍隊のように統制のとれたかっちりとした足音だ。

「あ、あれは……」

 やがて見えたゾンビの群れの姿に康介は目を見開いた。

 全員が真っ白な甲冑のようなものを身にまとい、手には近未来的な銃を持っている。

 しかし甲冑もところどころ腐り、臓物が見えていることから奴らがゾンビだとわかる。

 あの姿は映画をあまり知らなくても見たことのあるビジュアルだ。

「『スター・ウォーズ』だ!」

「ねぇ、私ゾンビものってあんまり詳しくないんだけどさ、ゾンビって銃使うの?」

「……スター・ウォーズだし使ってもいいんじゃない?」

「答えになってないよ……」

「つかこれ、やばいんじゃないか?」

 ボブの声が震える。

 康介も彼らを目の前に足が震えているのが分かる。

 相手は銃を持っている。

今まで接近戦しかしてこなかった康介たち。彼らに銃撃戦の心得などあるわけがない。

「アーモンド、確か元軍人だったよな? 銃撃戦の心得は?」

「弾に当たらないと思えば、案外うまくいきますわ。あとは気合いですわね」

「精神論じゃねぇか……」

 なんて言っている間にも敵の数は増え、気づけば前方を塞ぐように立っていた。

 手に持つ銃が、康介たちに向けられる。

「なぁ、ナッツ。これ、どうにかならない?」

「さすがにこれをいっぺんに倒すのは無理だ。コースケ、覚悟を決めろ」

 ナッツの言葉で諦めたのか、康介は銃口をゾンビの群れへ向けた。

 それに倣うように、皆銃を奴らへ向ける。

 互いが互いに銃口を向け合う緊迫した時間。

 びりびりと空気が震えるのを康介は肌で感じていた。

 引き金にかけた指が緊張で震える。

 どうにかなってしまいそうな空白の時間。

 それを引き裂くように、ゾンビの群れの背後から足音が聞こえた。

 と、同時にゾンビは銃口を空に向け、びしっと整列し始めた。

「どうしたんだ、あいつら?」

 と、不思議がる康介の疑問もすぐに解決される。

 兵隊ゾンビの背後から現れたのは、これまた見覚えのある黒い甲冑だった。

 ♪だんだんだーんだんだだーんだんだだーん♪という専用BGMが流れれば、いくら映画を知らないアーモンドでも、あっ、と言うほどだ。

「やっぱり来るのか……『ダースベイダー』!」

「専用BGM付きって……これもサイコキネシスか?」

「あ、もしもし。え!? お母さん!? 電波混線してたんだ。うん、うん」

 と、マリナがスマホで電話を始めた瞬間BGMが止まった。

「スマホの着信音かよ……ったく、新喜劇じゃねぇんだから」

「新喜劇?」

 疑問を浮かべるボブに割り込むように答えたのは通信越しのジェイソンだった。

『『吉本新喜劇』だね。関西弁を勉強するときに見たよ。日本の、特に関西圏で人気の義理人情お笑い劇のこと。関西人は毎週土曜日のお昼にそれを見ることが義務付けられていて、幼いころからその英才教育によってスーパー関西人になることができるんだよ』

「なんか盛りすぎだけどあながち間違いじゃない気が……つかスーパー関西人ってなんだよ?」

『道頓堀で阪神のユニフォーム着て昼間から酒飲んでるおっさんやら、商店街でヒョウ柄の服着て自転車走らせてるおばさんのことだよ。コースケは日本人だからてっきり知ってるものだと』

「まぁ確かに大阪行くとそんな人多いけど、それをスーパー関西人って呼ぶのか?」

「ジェイソン。無駄話はそこまでですわ。コースケも気を引き締めますの。マリナ、いつまで電話してますの? 敵は目の前ですのよ」

 アーモンドの言葉で康介ははっと現実を見た。

 今は関西の話で盛り上がっている暇はないのだ。

「うん、うん。私もコースケもボブも無事だから。うん、わかった。お母さんたちも気をつけてね。はい、ばいば~い……っと、お母さんたちの無事もわかったし、なおさら死ねなくなっちゃった!」

「そうだな。あとこの戦い終わったら着信音変えろよ。紛らわしいから」

「じゃあ次は『プロジェクトA』の『東方的威風』にするわ」

「それってどんなの?」

「軍歌みたいでかっこいいのよ。♪ちゃんちゃんちゃっちゃちゃーん、ドンフォンデファイフォン♪みたいな」

「聞いたことあるようなないような……」

 アーモンドに睨まれているのを感じた康介は銃を構えて前を見る。

 ダースベイダーゾンビは兵隊ゾンビの前に立ち、ライトセーバーを構えていた。

「いくぞ、みんな……」

 康介は全員を見渡し、戦闘態勢なのを確認する。

 そして一歩踏み出そうとして、止まった。

「待て。無益な戦いはやめたまえ」

 背後から聞こえた、老いた厳格な、それでいて穏やかさを孕む声によって。

「……あ、あなたは……!」

 康介は振り返って言葉を失った。

 背後に立っていたのは、眼鏡をかけた白髪の老人。

 しかしその顔は、映画好きにとっては間違えようもない有名な顔だ。

「『スティーブン・スピルバーグ』監督!?」

「あぁ、そうだとも。まぁ、ゾンビだがね」

 スピルバーグゾンビは笑いながらそう言い、ダースベイダーゾンビのもとへ向かった。

「キミたちはもう行きたまえ。こんな若い子たちに大勢でかかるのはかわいそうだろう」

 スピルバーグゾンビの一言で、ダースベイダーたちは踵を返し撤退し始めた。

「え……? ほんとに帰っちゃうの?」

「ダースベイダーも俳優だし、監督の指示には従っちゃうんじゃないか?」

「……そういうものなの?」

「……そういうもんだろ?」

 と、困惑している康介らにスピルバーグゾンビは笑顔を向けた。

「心配することはないさ。キミたちに危害を加えるつもりはない。話しながら歩こうじゃないか」

「は、はい……」

 康介たちは断ることもできず、スピルバーグゾンビについて歩き始めた。


「すげぇな、ゾンビが監督に従ってる」

「あんなに襲ってきてたのに。って最近のゾンビって喋るの?」

「……監督なんだし、いいんじゃない?」

 スピルバーグゾンビが前に立ち、歩くだけで他のゾンビは全く襲ってこなくなった。

 今までのことがまるで嘘のような穏やかさだ。

「気をつけろ。相手はあくまでゾンビだ」

「わかってるよ、ナッツ。けど、今は何もしてこない。それに相手は監督だ。俳優よりは強くないだろう」

「……油断は禁物だぞ」

 ナッツの言葉にうなずきながら、康介はスピルバーグに話しかける。

「で、何が目的なんだ? あんなタイミングで現れて、思惑があるんだろ?」

 康介の言葉でゾンビは笑う。それは彼の言葉を嘲笑う笑いではなく、正解だ、と言わんばかりの笑いだ。

「いやぁ。私はキミのような勘のいい子供、好きだよ。だからストレートに言おう。ズバリ、キミたちもゾンビになりたまえ」

 しかもどや顔だ、ゾンビのくせに。

「お前、それどや顔で言ってるけど絶対お断りだからな」

「え? どうしてだい? ゾンビになればやりたい放題殺したい放題。自分の好き勝手に生きられるのに」

「いや、好き勝手生きるって言っても、ゾンビもう死んでるじゃん」

「ははは、これは一本取られた」

「つかそもそも死ぬのもお断りだって」

 康介は銃口をスピルバーグゾンビに向けるが、相手は全く物怖じしていない。

 むしろ楽しそうにこちらを見ている始末だ。

「死ぬのは嫌か。良い! それでこそ人間だ」

「……お前、何が言いたいんだ?」

「何ってそれはね……」

 スピルバーグゾンビはパチン、と指を鳴らした。

 するとどこに隠れていたのか、ぞろぞろとゾンビの群れが現れたのだ。

「断ったから強行突破か……」

「違うよ。もともとキミたちをゾンビにする気はない。これはシナリオの一部だ」

「シナリオ……?」

「常に危険と隣り合わせだと観客も疲れるだろう? だから私がいったん休憩をはさんだんだ」

「観客? お前、何言って」

「演者は知らなくてもいいことだ」

 スピルバーグゾンビは康介らに興味を無くしたようにそっぽを向いた。

 それと同時にゾンビが襲い掛かってくる。

 咄嗟のことで康介は対処できない。

「コースケ!」

 固まった康介を突き飛ばしたのはボブだ。

 康介のピンチに、震える足に必死に鞭打ち、思い切り彼を突き飛ばしたのだ。

 ボブは康介をかばい、ゾンビに噛まれたのだ。

「ボブ!?」

「ははっ……やらかしちまった……」

 ボブの首筋から血が噴き出す。

 彼は手で傷口を押さえるが、血はどくどくと零れ落ち収まることはない。

「どうしてだよ、ボブ! お前死にたくないってずっと言ってただろ!?」

「死にたくないが……友達が死ぬのはもっと嫌だ」

 ボブの目線が揺らいでいくのが分かる。彼の意識はすでに朦朧で、今にも消えてしまいそうだ。

「ボブ! 死ぬな!」

「……ゾンビに、なるだけだ……その時は……ワクチンで……治してくれ……」

「ボブ! しっかりしろ!」

「コースケ……絶対に……夢……叶えろ……」

 ボブはそのままぐったりと意識を失った。

 次第に彼の体から熱が失われていく。

 魂が抜け落ちたボブの体をそっと地面に横たわらせ、康介はスピルバーグゾンビを睨みつけた。

「てめぇは絶対に許さない! 殺す!」

「私を殺すとは物騒だ」

 スピルバーグゾンビはにったりとした笑みを浮かべて余裕そうだ。

 康介はムラマサを抜き、切りかかる。

「そう簡単に殺されてはたまらない」

 スピルバーグゾンビの前に立ちふさがる2体のゾンビ。

 『マイノリティ・リポート』の『トム・クルーズ』と『インディ・ジョーンズ』の『ハリソン・フォード』のゾンビだろう。

 だが康介はそれに歓喜することなく、あっという間にそれを切り伏せた。

 今の康介には映画のことよりも、ボブの死による怒りがすべてを占めていた。

「ボブの仇だ! 死にさらせ!」

 あと少しでスピルバーグに刃が届く。

 だがそこで、背後に感じた殺気に咄嗟に振り返り、刃を構えた。

「そう怒るな。もっと劇的な場面を用意したんだ。楽しんでほしい」

「……ボブ」

 背後にいたのは、ボブがゾンビと化した姿だった。

 かつて彼だった者の目はくすみ、康介のことをただの獲物としかとらえていない。

 ボブの首元に刃を突き付けるが、康介はあと一歩踏み出すことができなかった。

 たとえゾンビだとしても、親友を傷つけることなんて、彼にはできるはずなかったのだ。

「変わり果てた親友。キミは果たしてどうするのか。観客もその決断を心待ちにしているよ」

「……クソ!」

 ボブにはすでに自我がなく、康介の命を狙う。

 このまま刃を引けば自分が死ぬ、康介はもちろんそれはわかっていた。

 もし自分が死ねばボブの死が無駄になる。それもわかっている。

 ジレンマに陥った康介は思考することを投げだしそうになった。

「コースケ! 何か方法があるはずよ! 絶対にボブを助ける方法が!」

 マリナの言葉で康介はもう一度考える。この状況を打開する策を。

(もしボブを無視してスピルバーグを斬ることができれば……でもボブから目を離せばたぶん俺は死ぬ。捨て身の策は誰も得しないのはもうわかってる。でもボブを斬ることはできない。ワクチンとなるシュワルツェネッガーがいるのはもうすぐそこなんだ。ならどうする……)

 悩む康介の脳内には今までのゾンビとの戦いが浮かんでは消えていく。

 これまでの戦いに何かヒントはないか、康介は隅々まで記憶をたどり、ようやく一つの糸口を見つけ出した。

「そうだ……スピルバーグが初めからヒントをくれてたんだ……ゾンビの攻略法を……」

「私が攻略法を教えた?」

「あぁ……ゾンビは監督に従う法則がある。ならボブも指示を与えれば動くんじゃないか?」

「監督は私一人だ。キミに従うはずがない」

 そう、康介はもちろんスピルバーグの言うことを理解していた。

 けれどそれでも、康介は最後の一つに賭けてみることにした。

 ボブならわかってくれる。

 そう信じて。

「コースケ!? 何やってるの!?」

 信じているからこそ、康介は刃を下ろした。

 もちろんボブゾンビがその隙を見逃すはずもなく、目と鼻の先まで迫る。

「ボブ……俺は今から、監督だ……最高のゾンビ映画を、撮るぞ」

 けれども康介は退くことなく、まっすぐボブの瞳を見つめ、そう言った。

「ボブ。お前も俳優になりたかっただろ? だから一緒にやろうぜ。俺が監督でお前が演者の映画。ゾンビ映画好きの俺たちが撮ればきっと最高の映画になるぜ。だからボブ、俺を見ろ!」

 康介はボブゾンビの頭を両手でつかむと、自身の頭を思い切り彼にぶつけた。

 ゴツン、と嫌な音が響き渡る。

 くらくらと康介の頭が揺れるが、瞳だけはしっかりとボブを見つめていた。

「……」

 長い沈黙が続く。ボブゾンビは康介を見たまま動かない。

 だが康介はボブの微弱な動きをとらえていた。

 ボブの瞳が次第に色を取り戻し、康介を見ていたのだ。

 それは敵ではなく、親友としての瞳だった。

「ボブ、お帰り」

「……ほんとにやっちゃった。やっぱりコースケってすごいかも……」

「まさか……監督は私一人だ! ほかの誰も私に及ばない! 私だけが監督と呼ばれるにふさわしい!」

 驚くスピルバーグゾンビの言葉に、康介はため息を吐いた。

「あんたはもうスピルバーグじゃない。きっとスピルバーグはそんなこと、言わない。これ以上俺の尊敬する監督を汚さないでくれ」

「私は……スティーブン・スピルバーグだ!」

「違う。ただのゾンビだよ。ボブ、一緒に行くぞ」

 ボブゾンビは康介の言葉にうなずき、スピルバーグゾンビへ飛びかかった。

 人間としてのリミッターが外れたボブは、ものすごい力でスピルバーグを地面にねじ伏せた。

「やめろ! 監督命令だ! 今すぐ私を解放しろ!」

「監督気取りのあんたの言葉じゃもう普通のゾンビにすら届かない。この先もな」

「お前にスピルバーグが殺せるのか!? 好きなんだろう!?」

「残念だけど、俺が一番好きなのは『マイケル・ベイ』だ」

 康介はそのままスピルバーグゾンビの首をはねた。

 怒りではなく、憐れみを孕んだ刃で。

 トップを失ったことで回りのゾンビどもは統率力を失い、あっという間にアーモンドとナッツに駆逐された。

「終わったな、ボブ」

「ちょっと……コースケ……」

 ふぅ、と一息ついた康介のもとにマリナがやってきて、その頬をひっぱたいた。

「何やってるのよ!? また死にかけて! どれだけ私に心配かければすむのよ!」

「……ごめん。でも今回は確信があったんだ」

「確信?」

「あぁ。ナッツがウイルスは完全に脳を支配するまで数時間いると言っていた。まだボブの意識は生きていると思ったから俺はボブに指示を出したんだよ」

「それでも見てる方にとっては不安なの!」

「ごめん……」

 康介はマリナに頭を下げる。

 そんな康介のもとにアーモンドもナッツもやってきた。

「コースケ。さっきのはよくなかったですわ」

「アーモンドもそう言うのか……」

「違いますわよ。こいつは何か知っていましたわ、明らかに。ヒントを殺すなんて、ありえませんわ」

「確かに観客が、とか言ってたよね」

「……ごめん」

 うなだれる康介だが、誰もきつくは責めない。

 もし生かしていればこちらがピンチになる可能性が高いのは、この場にいる全員わかっていたからだ。

「観客が、ってどういう意味だろうな?」

「普通に考えたらこれを見てる人がいるってことだよね?」

「まさかテレビ中継か? ありえない」

「可能性よ」

「いや、それはないな」

 と、ナッツが首を横に振った。

「俺は電波をハッキングできるよう作られている。だが、これを中継している電波は見当たらない」

「ならなんだろうね……」

 全員が悩んだところで答えなんて見つからないのは、これまでのことでわかっていた。

「とりあえず、進むか。ナッツ、目的地まであとどのくらいだ」

「あと2キロもない。だが爆撃まで残り1時間30分だ」

「どっちもすぐだな。急ごう。ボブも、行くぞ」

 こうして一同は進み始めようとした。

 だが、あたりに漂う空気が一変したのを察し、足を止めた。

「……この気配、なんだ?」

「何かわからないけど……背筋がゾクゾクってする」

「……ゾンビですわ」

 アーモンドがポツリ言うと、今までとは比べ物にならないくらいのゾンビが現れた。

 数で言えば100、いや、200を超えていると思われる。

「ナッツ、これだけの数相手にできるか?」

「エネルギー残量30%……かなり厳しい」

「エネルギーの補充は?」

「俺のエネルギーはこの時代には存在しない。開発者の考慮だ。俺のテクノロジーはこの時代には行き過ぎたもの。だから悪用されないために今日を戦い抜く分のエネルギーしか積んでいない」

「……まじかよ」

 康介はもう一人の頼みの綱であるアーモンドに目を向けた。

 だがアーモンドは黙って首を横に振るだけ。

 康介はすぐにそれが銃弾が少ない合図だとわかる。

「俺も無いんだけどなぁ……マリナも無いよな?」

 こくり、頷くマリナ。

 あともう少しのところでゾンビに囲まれるとはなんとも情けなく、もどかしい気持ちなのだろうか。

 康介の心はピリピリとひりつき、今にも叫び出してしまいそうになる。

「くそっ……! なんてタイミングなんだよ!」

 叫ぶ代わりに悪態をつき、ぎゅっと握った拳を自分の足に叩きつけた。

 ジン、とした痛みがどうしようもない現実をたたきつけているようだ。

「なんてタイミング? いいや、これはベストタイミングだよ。ラスボスと戦うには絶好のポイントじゃないか。さぁ、最後の盛り上がりを見せてくれ」

 そんな声がゾンビの群れの中から聞こえた。

「誰だ!?」

 康介の言葉にこたえるように、足音が聞こえる。

 足音がするあたりからゾンビの群れが二つに分かれ、道を作っているかのようだ。

 そうしてできた道をゆっくりと歩いてくる男に、康介は見覚えがあった。

「あんたは……ロバート・グレイス」

 ロバート・グレイス。昨日康介を映画撮影に誘った男だ。

 彼はキューブリックのような口元に蓄えた髭をさすりながら歩いている。

 人を見定めるような目つきで康介たちを嘗め回すように見て、目元を細めて笑う。

「そう。私はロバート。君たちが倒すべき、ラスボスだよ」

「あんたが、ラスボス……?」

 康介の投げかけた疑問に、彼は小ばかにするような笑みを浮かべ答えた。

「君はまだ気づかなかったのかい? 初めの撮影現場で私の名前を出した時、違和感を覚えるべきだった。じゃああれは誰だったのか、なぜ自分をここに呼んだのか、とね」

「……確かに言われてみれば、あれが始まりだったかもしれない」

 もしロバートに呼ばれていなければ、自分は今日もスシ屋で働いていた。

 俳優になりたい、なんて夢を、努力をしないでどや顔で語っていただろう。

「君だけじゃない。そこにいる女の子もゾンビの彼も、ゴスロリの君も、すべて私が呼んだんだ」

「わたくしも、ですの?」

 今度はアーモンドが疑問をぶつけた。

 ロバートは今度はため息とともに、あきれ顔を浮かべる。

 本当に表情がころころと変わる。まるでダイスを転がしているようだ。

「君のお友達のところに犯行予告を送ったのは私だ。自由に動ける君が来ると見越してね」

「わたくしは、まんまと動かされていたわけですわね……」

「君たちは私の書いた台本通りに動いてくれた。ただ、唯一そこのアンドロイドだけが私の台本を無視した。三日前に現れ、私に壊されていたというのに。また現れた」

 今度は忌まわしげにナッツを睨んだロバート。

「おい、それってどういうことだよ? 三日前ってなんだ?」

 しかし次の瞬間にはまた楽し気に顔をゆがめた。

「しかしそんなことはもうどうでもいい。何せ今から君たちは私の台本通り死んでもらうからだ」

「待てよ……さっきから台本だのなんだの、わけがわからねぇよ。つかお前、俺だましただろ」

「そうよ。何が映画に出れるよ? 映画も何もなかったじゃない!」

 ロバートは口元に三日月を浮かべ、両手を広げた。そのさまはまさに映画の悪役さながらだ。

「映画ならとっくに出演してるだろう? このパニックこそ、私がゾンビの力を手に入れ書いた映画だ! 君たちは私のシナリオ通りに動く演者なのだよ!」

「これが映画、だと?」

「そう。君たちの戦いは最初から撮影させてもらった。さっきのゾンビは自分がそれを仕組んだ監督だと思い込んでいたが、私が正真正銘、本物の監督だよ。ノンフィクションゾンビ映画『ハリウッド・オブ・ザ・デッド』のね!」

「ハリウッド・オブ・ザ・デッド……」

 康介はそのB級感丸出しのタイトルに突っ込むことよりも、今までのことがすべて映画のために行われていたと知り、怒りが込み上げていた。

 自分はマリオネットのようにロバートに操られていたと知り、憤っていたのだ。

「ちょっと待ってよ。さっき、ゾンビの力を手に入れてって言った?」

「君はいいところに気が付いたね。そう、始まりは私がゾンビの力に目覚めた時だ。政府が開発したウイルスを奪った組織があった。彼らは私に監督としての才を開花させる薬があるとだましウイルスを注入した。だが私はそのウイルスを注入する途中で逃げ出した。もちろん殺されてしまったよ。でもね、私は生き返った。体はゾンビで、意識は私のまま、ハーフゾンビと言うのかな」

「ハーフゾンビ……」

 マリナは自分の目の前にいる存在を疑った。

 ゾンビと言いながら、全くゾンビのような外見ではない。

 どこからどう見ても人間なのが、ハーフゾンビの特徴なのかもしれない。

「私はどうにかして組織に復讐したいと願った。頭の中でシナリオを描くと、なんとその通りに事が運び組織は壊滅、ウイルスは私のもとに。私は確信した、この力とウイルスがあれば最高の映画が出来上がると!」

「じゃあこれまでのことはあなたのシナリオってこと?」

「私は大筋しか書いていないから、細かい部分は君たちのアドリブに任せた。やはりリアルはいいな、何が起こるかわからない! 君たちがゾンビに勝ち一喜一憂し、ケンカし、仲直りし、友を失い、泣き、笑い、苦しみ、もがき……最高だ! これで私もレッドカーペットを歩ける! いや、アカデミー賞を受賞できる! 君たちのおかげだよ! もし私が受賞すれば君たちも壇上に呼ぼう! ゾンビとしてだがね!」

「黙れ!」

 康介はついに叫んだ。喉がはち切れんばかりに。自身の怒りが沸点に達したのだ。

「お前のせいで俺たちはどれだけ傷つき苦しんだか……なのにお前はそれをただ映画のための小道具扱い……ふざけるな!」

「怒りはわかる。だが、君はそれで成長できたんじゃないか? また、夢を追いたいんだろう?」

「……あんたじゃなくても、いつかマリナに気付かされた。俺の夢もマリナの思いも、あんたの自己満足で踏みにじるんじゃねぇ!」

 康介は思い切り踏み込んでロバートに切りかかった。

「残念だよ。ゾンビだとしても、君に主演男優賞を取ってもらいたかった」

 ロバートが手を前にやると、あたりのゾンビが一斉に康介たちに襲い掛かった。

 その数では無理に突破してロバートを倒すことができない。

 康介は仕方なく辺りのゾンビを倒すことに。

「なにこの動き!? 酔拳!? 蛇拳!? コースケ! こいつら、全部俳優ゾンビだよ!」

 マリナの言葉通り、この場にいるのはすべて特殊能力を持つゾンビたち。

 今まで戦ったことのある俳優も群れの中にいるのを康介たちは見つけた。

「またウルヴァリンか……」

「こんなのもたないよ……」

 まさに絶体絶命。生身の康介たちでは打つ手がなかった。

「……」

 だが、彼は別だった。

 すでに死んでいる、ボブだ。

 ボブは康介の前に立つと、命令しろとばかりの瞳を彼に向けた。

 普段臆病な彼が、死してなお仲間を守るために戦おうとしているのだ。

「ボブ、いいのか?」

 ボブはゾンビだというのに理解しているのか、ゆっくりと、力強くうなずいた。

「……分かった。ここはピンチだ。方法を選んでる暇もない。さっさと決めて、あいつの首獲るぞ」

「私の首を獲ると……それはこの軍勢をどうにかしてから言ってみればどうだ? さらに追加だ。『ウォーボーイズ』、出番だ」

 響く爆音。それが車のエンジン音たちだと気づくには、さほどの時間も必要ない。

 エンジン音に交じりギターや太鼓の音も響く。

 それにより康介たちは今からやってくる奴らの想像がついた。

「ウォーボーイズって『マッドマックス』よね?」

『Ⅴ8! Ⅴ8!』

「ありゃどう見てもマッドマックスだな……作中と同じだと自爆してくる厄介な奴らだ」

 車の群れに乗り込むのは白塗りのゾンビ。

 ゾンビどもはまるで暴走族のようにぐるぐると康介を中心に爆走している。

「相手が軍勢なら、こっちは軍勢を率いる王で迎え撃つまでだ。なぁ、ボブ」

 ボブは康介の考えを読み取ったようで、黙ってうなずいた。

「どうする気よ? もしかして、ボブに自分は俳優だって思いこませるの?」

「ご名答だ」

「でも相手は車に乗った軍勢よ? どうやって相手するの? ウォーボーイズにはマックス役の『トム・ハーディ』をぶつけるわけ?」

「違う。軍勢相手ならもっといい役がある」

 康介はにやり笑い、ボブに話しかける。

「なぁ、ボブ。前にシュワちゃんとスタローン、どっちが一番強いか話したよな。あの時俺はシュワちゃんの方が強いと答えたが、俺の中で一番強いと思う俳優がいるんだよ。それはもちろんボブも知ってる。あれだけ流行ったんだからな。『プラバース』、『バーフバリ』の主演だよ」

 ボブの瞳がギラリと輝き、体が震えだす。

 筋肉が躍動し、身にまとうオーラが変わった。

 ただのゾンビのそれではなく、インドの王としての圧倒的カリスマを持ったモノへと。

「バーフバリって言ったら、あのインド映画よね?」

「あぁ。巨大な石を持ち上げて川を渡ったり、渓谷での大ジャンプだったり、素手で何百の敵と戦ったり……インドのスケールのでかさを体現する王様の映画だ」

「……やばインド」

 ボブはバーフバリの力を得て覚醒した。

 それは康介がボブを信じたからこそできたことだ。

 死んでからも続く彼らの絆が成し遂げたことなのである。

「ボブ! お前は今からインドの王だ! 存分に戦え!」

「うぉぉぉぉぉ!!!」

 ボブが吼えた。

 まるで獣のような咆哮。

 それとともに一直線にゾンビの群れへとジャンプした。

 あっという間にゾンビの群れの中へ着地したボブは、増強した筋肉を存分に使い、手近なゾンビを掴むと、向かい来る車へ向けてそれを投げつけた。

 まるで大リーグの投球のように鋭い軌跡を描き、ゾンビが車へ激突。

 エンジン部分にゾンビがめり込み、爆発。それは連鎖するように他の車も巻き込み、あっという間に大爆発へと変えた。

 ガソリンが燃える臭いと人の焼ける臭いがあたりに充満するころには、敵の数は四分の一も減っていたのだ。

「やれ! あのゾンビを狙うんだ!」

 ロバートが慌て声でゾンビに指示を出す。

「わたくしがボブを守りますわ! あのヘタレが勇気を出したんですもの。わたくしもそろそろ本気を出しますわよ!」

 アーモンドがライフル銃を使い、ボブに近づくゾンビを倒していく。

「コースケ、マリナ。ここはわたくしに任せてくださいまし。ナッツとともに行ってください!」

「わかった! 頼むぞ、アーモンド!」

「くそ……! まだだ、まだゾンビはいる!」

 ロバートが叫ぶとまたゾンビがわき出してくる。

 新たなゾンビどもは奇声を上げながらアクロバティックな前転で現れ、康介たちを取り囲んだ。

 ゾンビたちの数は30体ほど。みなカンフーのような構えで闘気をみなぎらせている。

「ここは私が行くわ」

「でも……」

「私をなめないでくれる? これでも格闘戦なら自信があるわ。試したい技もあるし」

「試したい技?」

 マリナはにやりと笑い、ぽきぽきと手の関節を鳴らす。

「そう。古式ムエタイ。『トニー・ジャー』の『トム・ヤム・クン!』を見て勉強したのよ」

「……中国映画?」

「いいえ、タイのアクション映画。全編CGなしワイヤーなしの神技じみたトニー・ジャーのアクションが魅力的な映画よ。何回も見てムエタイ勉強したんだから」

 そう言うとマリナは足を高く上げ、宙に二発、蹴りを入れた。

 その動きはアクション映画でよく見るムエタイの動きそのもので、映画俳優のそれに引けを取らない鋭さだ。

 だがこの数が相手となると、康介は不安を覚える。

「大丈夫よ。この映画の最大の見どころはトニー・ジャーの70人抜き、しかもワンカット撮影。それに比べて30人なんて朝飯前よ。さぁ、かかってきなさい!」

 指をくいくいっと動かし挑発。

 それに乗るかのようにゾンビどもは一斉にマリナへ襲い掛かってきた。

 しかし彼女は一切焦らない。

 気を集中させ、しっかりとゾンビの動きを見据える。

「えいやぁぁぁぁ!!!」

 彼女は奇声を上げたかと思うと、向かいくるゾンビの腕を取り、捻じ曲げる。

 ゾンビの関節がバキボキと嫌な音を鳴らし、本来向いてはいけない方へと捻じ曲がる。

 だがそれだけではなかった。

 足払いでゾンビをこかすと、バランスが取れない宙で背骨へとひじを突き入れ、とどめと言わんばかりに首を捻じ曲げた。

 その一連の流れは康介が一度瞬きをする間に終わっていた。

「コースケ! ここは私が!」

 マリナは次々とゾンビを相手取り、関節を外し無力化していく。

 これほどの動き、自分がいれば邪魔してしまうだけだ。康介は彼女に背を託し、走り出した。

「まだだ……まだ、終わらない!」

 ロバートの叫びとともに康介の頬にナイフがかすめた。

 チリリとした痛みとともに、傷口がカッと熱を帯びたように感じる。

「次はナイフ投げのゾンビ集団……『エクスペンダブルズ』だな」

 次に現れたのゾンビどもは『エクスペンダブルズ』。

 『ジェイソン・ステイサム』や『ジェット・リー』といったそうそうたるメンツがそろいぶむ。

 その中には先ほど康介に攻撃を仕掛けた『シルベスター・スタローン』の姿もあった。

「俺を止めるの俺の役目だ。行け、コースケ。敵は目の前だ。未来を変えろ」

「わかったよ、ナッツ。頼んだ」

 康介は頬に垂れる血を指で拭うと、駆け出した。

 みんな戦っている。

 自分ができることは、一刻も早くロバートを叩くことだ。

 奴を叩けばすべてが終わる。

 そう確信して。

「退け! 邪魔だ!」

 康介の前に立ちふさがるゾンビを力任せに斬り伏せていく。

 もはや戦術も何もあったものじゃない。

 だがそれゆえ、鬼神のような気迫を帯びた彼の剣は、あっという間にゾンビの首と体を永遠におサラバさせたのだ。

「ロバート! あと、少しだ!」

 あとほんの10歩。

 目の前のゾンビを斬り伏せて1歩。

 下から這い上がってくるゾンビを踏みつぶして1歩。

 とびかかってくるゾンビに散弾をお見舞いして1歩。

 だが、次の1歩は無かった。

 背後から襲い掛かってきたゾンビに背中を切り裂かれ、踏み出せずに崩れ落ちる。

「うぐぁぁぁぁぁ!!!」

 背中がじくじくと痛み、血で濡れていくのが分かる。

 それだけではない。体に何か、得体の知れないものが入ってくる感覚もわかった。

「これで君も感染だ。傷口からウイルスが体に入った。もう長くない」

「俺が……感染……?」

 鼓動がどくり、どくり、と早くなっていくのが分かる。

 だがそれは感染による影響ではなく、失血によるものだ。

 彼はふらつく体に鞭打ち、立ち上がる。

「うぉらぁぁぁぁぁ!!!」

 刃を大きく構え、ロバートまでの残りの距離を一気に詰めた。

 正真正銘、最後の一撃を食らわせるため。

 しかしロバートは懐からリモコンのような何かを取り出し、にやりと笑う。

 ぞくり、と背に何か感じた康介は寸手のところで刃を止めた。

「これは爆弾のリモコンだ。どこに仕掛けているかわかるかな? そう、避難シェルターだよ。これを押せば、どかん、だ。私の腕を飛ばそうが頭を飛ばそうがスイッチは押せる。ゾンビだからね、体が飛んでも少しなら動かせるわけだよ」

「……卑怯だな」

「卑怯? 私はラスボスだよ? このくらいの準備、しておいて当然だ。それにほら、ほかの連中も見てみろ」

 言われて康介は刃を下ろし、振り返った。

「ボブ! それ以上はまずいですわ! いくらゾンビでも体が千切れてしまいますの! 元に戻れなくなりますわよ!」

「うぐぁぁぁぁ……」

 ボブは体に負荷をかけすぎて、すでに限界寸前。

 腕も足もだらりと垂れ落ち、今は鋭い牙だけで敵を倒している。

 が、それもどれだけ持つか。

 アーモンドもあれだけ持っていた銃を今は1丁しかもっていない。

 これ以上銃弾がないのか、いつもの勝気な顔に焦りの汗が浮かんでいた。

「マリナは……」

「あんた、生きてたのね……ジャッキーゾンビ……これ以上は厳しいんだけどなぁ……」

 マリナが対峙していたのは、胸元に焦げた傷跡が残るジャッキーゾンビ。

 30体ものゾンビを相手にして表情には疲労が浮かんでいる。

 肩で息をし、構えた腕もプルプルと震え、限界を超えている。

「ナッツは、どうなんだ……」

「バッテリー残量5%……活動限界だ……」

 残る相手はスタローンゾンビのみ。

 しかしエネルギーの枯渇で、すでにナッツは動けずにいた。

 ゾンビの猛攻を機械の身体で耐えるのみだ。

「どうだ? 他の奴らも満身創痍。まだ間に合う、降参しろ。楽にゾンビにしてやる」

 仲間たちは限界寸前。

 自分もすでに視界が眩み始め、頭の中がぐちゃぐちゃと渦巻き正常な思考ができない。

 康介の手から、カラリ、と刃が落ちた。

 それは無言の敗北の合図。

 彼にはもう戦意と呼べるものが残っていなかった。

「諦めたか。良い選択だ。さぁ、映画もクライマックスだ。ゾンビになれ」

『……それはどうかな?』

 と、ノイズ交じりの声が康介とロバートの鼓膜を震わせた。

 声の出どころは、ボブから奪った通信機からだ。

「……ジェイソン?」

『待たせて悪かったね。助けに来たよ』

「助けにって……どこに」

 どこにいる、そう尋ねようとした康介の声は、上空から響く爆音に遮られた。

 太陽の光がだんだん陰っていく。

 はじめ康介は雲が出てきた、と思った。

 だが違った。

 彼は上を向き、気付いたのだ。

 何か巨大なものがこの場に降り立ってきていることに。

「……ロボット?」

 それは映画で何度も見た、ロボットの登場シーンにも似ていた。

 ごうごうと音を立てる巨大な影はやがて、どしん、と音を立てて地面に降り立つ。

 その時に起きた砂塵交じりの風圧が康介まで届いた。

思わず目をかばった際に、手にしていた通信機が空に待った。

『本当に待たせて悪かった。でもここからは、ボクが相手だ』

 通信機がないのにジェイソンの声が響く。

 ジェイソンの声は巨大な何かから発せられている。

 吹きあがった砂塵が止み、康介の視界が徐々に戻る。

 そして彼の視界に映し出されたのは、二足で立つ巨大な人型ロボット。

 彼は目を見開いた。映画にも見た夢の存在が、今目の前にいることに。

「あ、あれは……『パシフィック・リム』の『ジプシー・デンジャー』!?」

「ば、バカな……ありえない……! あれはフィクションで現実じゃないはず……そもそもハリウッドを守っていたゾンビどもはどうした!?」

『アン・ハサウェイゾンビの怪獣かな? ボクとセンパイが力を合わせれば一発でしたよ。ねぇ?』

『そ、そうだな……つかこれ、酔う……! 早くしてくれ!』

「やはり完成させたのか」

 あの風圧でまとわりついていたゾンビが吹き飛んだのか、ナッツがぎしぎしと軋む足を引きずりやってきた。

「お前の差し金か……アンドロイド!」

「そう。お前は三日前に送り込んだアンドロイドを壊したと言っていた。だがあれはマスターがわざと送り込んだ俺のプロトタイプだ」

「道理で張り合いがないと思ったが……だがそれとあのロボット、何が関係ある!?」

 ロバートが怒りを見せた。

 自分の計画を台無しにしたナッツに、初めて怒りを向きだしたのだ。

「俺は本来なら三日前に死に、マスターがその残骸を拾いリペアして作られるはずだった。だがマスターは俺をこの時に飛ばし、三日前にプロトタイプを送った。三日前のマスターにプロトタイプに仕込んだあるものを渡すために」

『そう。こいつのコアと設計図だよ。ボクなら三日もあれば作れるなんて、ほんと未来のボクは人使いが荒いよ』

『それにこのことは必要になるまで黙っていろなんて、用心しすぎだろ。先輩の俺にも話さないって念の入りようさ』

『たぶんハリウッドに入れない時点で、ボクがこいつを動かすのを危惧してだろうね。未来のボクは黒幕を暴いてほしかったんだ』

「こんなもの……スクラップにしてやる! ゾンビども! かかれ!」

 今まで康介たちを相手取っていたゾンビの群れが、一斉にジプシー・デンジャーへと向かった。

 だがジプシーが一歩踏み出すだけでゾンビは下敷きになり、ほとんどが無力化される。

 残ったゾンビどもがジプシーの足に攻撃するが、鋼鉄の体には傷一つ付かない。

『ボクを倒したかったらワールド・ウォーZみたくゾンビの壁でも作ればよかったのに。ま、ハリウッドにいる人たちだけじゃ無理か』

「くそ! まだだ……まだ終わらない! こんなことで私の映画が台無しにされてたまるか! 最後に笑うのは私だ!」

 ロバートはやけくそ気味に笑うと、リモコンを天に掲げそのスイッチに指をかけた。

「まずい……!」

 それが押されてしまえば俳優たちは死に、シュワルツェネッガーの血も失われてしまう。

 未来への損害は計り知れないだろう。

 康介は最後の力を振り絞りロバートにつかみかかろうとしたが、足がうまく動かずもつれ、こけてしまう。

「これで、私の勝ちだ!」

 ぽちり、スイッチが押されたが爆発は起こらない。

 ロバートは焦った顔で何度もスイッチを押すが、やはり何も起こらない。

「どうして爆発しないんだ!?」

 何度もスイッチを押す姿は、まるで子供がおもちゃのスイッチを何度も押すように滑稽だ。

「電力2%消費。ジャミング波、照射」

「ナッツ……!」

 その原因の正体はナッツが放ったジャミング波だ。

 たった2%、だが今のナッツにとっては死力ともとれる2%が、ハリウッドの危機を救ったのだ。

「アンドロイド……貴様ぁ!」

「コースケ! 今がチャンスよ!」

「最後の一発、かましてやってくださいまし! ボブとわたくしたちの代わりに!」

「わかってる!」

 今度は康介が死力を振り絞る番だ。

 体に残ったすべてのエネルギーをこの一瞬に乗せて、爆発的に増幅させた。

 地面に転がる刃を拾い上げ、思い切り薙いだのだ。

「な、なぜだ……なぜだぁぁぁぁぁ!!!」

 断末魔の声を上げ、ロバートの首が飛んだ。

 首から吹き上がるどす黒い血が、彼の本性を現しているようだった。

「どうして……どうして私が……! 本当ならこの映画でレッドカーペットを歩いてアカデミー賞を」

 地面に転がった首がまだぶつぶつと何か言っている。

 しぶとい奴だ、康介はそう思い、ショットガンの銃口をロバートの首へ向けた。

「どうして私がこんなことに! 私は選ばれた人間で、最高の監督だ!」

「お前は最低の監督だし、こんな駄作、アカデミー賞どころか誰かを楽しませるなんて、無理だ」

「どうして!? どうしてだ!」

 涙交じりのロバートの言葉に、康介はため息をつき答えた。

「だってこれ、パクリじゃん」

「は?」

「いや、俺思ったんだけどさ、ゾンビ映画の撮影中に本物のゾンビが、って内容、『カメラを止めるな!』と同じじゃん。それに監督が出てきていろいろってのも同じ。作中のゾンビも他の映画からのパロディばっかり。オリジナルなんて一つもない。それに元ネタの知名度も高いやつばっかり。ダイ・ハードやらウルヴァリンやら、映画知らない奴でも知ってるような奴ばかりだけどさ、ゾンビ映画なんて見るのほとんどが映画マニア、しかもこんなB級臭いの見るなんてかなり偏ったマニアだぜ? そんなマニアがいまさら名作のパロディで喜ぶかよ。パロディするならもっとマニアックじゃないと」

「……」

 返す言葉もないのか、ロバートは黙ってしまう。

「俺ならもっと面白い映画にするな。たとえばシュワルツェネッガーゾンビ軍団対スタローンゾンビ軍団、両者不死身のぶつかり合い! とか」

「はは……なんだよ、それ……駄作すぎだ」

「でも、笑えるだろ? 実際に人が死んでどうこうってより、もっとバカにならないと。ま、プライドが捨てられないのはわかる。俺も捨てられなかった側だしな」

「……そうか。私も、君と同じだったのか……そうか、合点がいったよ。どうして君を映画の主役にしたいかと思ったのか。私と、似ていたからだ」

「……似てねぇよ。俺はもう変わった。いや、変われた。さっきはああ言ったけど、ちょっとはあんたのおかげかもな」

 康介の言葉に、ロバートはふっと笑った。

 そして、観念するように目を閉じる。

 殺してくれ、そんな言葉は必要なかった。

 彼は最後まで、自身のプライドを捨てないと決めたのだ。

 プライドを持ったまま、康介に殺される道を選んだのだ。

「これで、エンディングだ」

 康介は、引き金を引いた。

 パン、と乾いた音は、エンディングを迎えようとする世界への祝砲のように聞こえたのだった。


『……って! 何良い雰囲気で終わろうとしてるのかな!? まだ隕石も止まってないよ!』

「あー、確かに隕石もあったな。ジプシー使えばエアロスミスゾンビも一発撃退。隕石もどこか行くだろう」

『それが……ここに来る前にエアロスミスは撃退したんだけど……どうやら軌道が変わらないらしい』

「マジかよ……」

 ラスボスを倒してハッピーエンド、とはいかなかった。

 ラスボスが残した最大の試練を突破しなければ、真のエンディングにはたどり着けない。

 これまで幾度となく修羅場を潜り抜けてきた康介たちだが、こればかりはどうにもできなかった。

 傷だらけで満身創痍。そんな状態で宇宙に行く術もない。

「俺たちもここまで……ってジプシーの手に避難してた人と一緒に俺たちも乗せてってもらえれば」

『残念だけどさっきNASAから連絡がきた。アメリカを丸々焦土にできるほどの威力があるみたい』

「……アメリカ国民を犠牲にしてまで生き延びれるほど図太くないって……」

 康介は観念したかのように地面に寝転がった。

 今までいろいろあって気付かなかったが、空には隕石が軌跡を描きながら迫っている。

 それを見て、康介は不思議と心が軽くなった。

 死ぬときは全員一緒だから怖くない、そう思えてしまったから。

「コースケ! 諦めるの!? ここまで頑張って乗り越えたのに! 俳優になる夢はどうなるの!?」

「……確かにこれまでのことは無駄にしたくない。けど、どうすればいいんだよ」

 康介は隕石を睨みつけるが、いい考えが浮かばない。

 ブルース・ウィリスゾンビをロケットに括り付けて宇宙まで飛ばせばいい、なんて馬鹿な考えが浮かんだが時間的に無理だろう。

「そのために俺がいる」

 と言って康介の顔を覗き込んだのはナッツだった。

 ナッツは康介の腕を引っ張り、無理やり立ちあがらせた。

「俺があれを壊す。それがマスターから与えられた最後の任務だ」

「レールガンでか? さすがに宇宙は射程圏外だろ」

「違う。自爆装置でだ」

「自爆!?」

 驚く康介だが、ナッツはいたって無表情だ。

「俺はこの時代にいてはいけない。俺の体はオーバーテクノロジーだからだ。もちろん、このジプシーもだ。俺たちがいればこの技術で新たな争いが起こるかもしれない。マスターはそれを危惧して俺に自爆装置を仕込んだ」

「そんな……じゃあ初めからナッツは、死ぬために戦ってたってのか!?」

「違う。死ぬためじゃない。未来を、いや、お前たちを生かすためだ」

「生かす、ため……」

 康介はその言葉を噛みしめ、拳を握り締めた。

 ぎゅっと握ると手のひらに爪が食い込み、血がにじむ。

「ワクチンの作り方だ。これで生き延びろ。未来を、絶やさないでくれ」

 ナッツは康介の手にUSBメモリを渡し、ジプシーの方へ歩いていった。

「俺を手に乗せてくれ。あいにくそっちまで登る電力が残っていない」

 ジプシーがしゃがみ、手のひらにナッツが乗った。

「待ってくれ! ナッツ!」

「そうよ! 他の方法があるかもしれないわ!」

「そうですの! わたくしの財力を使えばどうにか」

「ほかの方法なんてないさ。機械の俺にしかできない仕事だ」

「機械なんかじゃ……ない!」

 康介はナッツに会ってから、彼を機械だなんて思ったことがなかった。

 人よりも強いし頑丈だが、いつも自分たちのことを考えながら戦ってくれた。

 自分たちを守るために、率先して前に立ち戦ってくれた大切な仲間。

 ただの機械ではない。

「その言葉だけで十分だ。俺は、幸せ者だよ」

 上げてくれ、ナッツの言葉でジプシーの手が上がる。

 ナッツは親指をぐっと上に突き上げて、最後にこう言った。

「最後の時はこう言うってマスターに習ったよ。『アイル・ビー・バック』」

「ナッツ……」

 だんだんと見えなくなるナッツの姿。

 康介が最後に見たナッツの表情は、機械にあるまじき泣き顔だった。

「ありがとう、ナッツ……絶対に、帰って来いよ……」

 ジプシーの背に搭載されたジェットが火を噴き、宙を飛んだ。

 と、その風圧でか、何か黒い塊がジプシーから転げ落ちた。

「あれって……生首……いや、あの口のでかさ……『スティーヴン・タイラー』ゾンビの頭だ!」

 ジプシーにくっついたままのタイラーゾンビの頭はまだ口を動かしている。

 しかし無害なので放っておくことに。今はゾンビよりもナッツとの感動の別れだ。

 ある程度の高さに到達したころ、ジプシーのパイロット席が射出され、パラシュートをつけたジェイソンらが降りてきた。

 あっという間にジプシーの姿は宙に飲まれ、星の輝きのように小さくなり、隕石と激突した。

「ナッツ!」

 叫ぶ康介。

「♪I DON‘T WANNA CLOSE MY EYES♪」

 タイラーゾンビの絶唱。

 皆の頬に伝う涙。

 その声は、涙は、地上に届いた隕石の爆発音と爆風により掻き消えた。

 だが、その声はきっと最後にナッツに届いただろう。

 隕石の破片が、轟々と燃えながら降りてくる。

 昼空に降る流星群は、人間よりも人間らしい機械の最後のプレゼントのようだった。

「……ナッツ」

 康介はそれを見ながら、自分の意識が遠のいていくのが分かった。

 気づけば、ばたり、と地面に崩れ落ちていた。

「コースケ!? コースケ! 返事して!」

 周りのみんなが集まってくるが、何を言っているかわからない。

 ゾンビにやられた傷口が痛む。

 あぁ、自分はゾンビになるんだ、タイムリミットだ。

 直感的にそう思った。

 暗くなる視界が最後にとらえたのは、ボロボロと涙を流すマリナの姿だった。

「はい、カット!」

 視界が途絶え黒に落ちた彼の脳内に、自分の声でその言葉が響いた時、エンドロールが流れ始めた。


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