ー第三章ーアンチ・ゾンビ・スタローン、始動

 適当なところから服を拝借しスタローンに着せ、ようやく一同は一息つく。

 休息を取れたことで頭が冴え、いろいろな疑問が浮かんでくる。

「えっと……本当に、スタローン?」

 だが全員の疑問はこの一つに収束する。

「俺は対ゾンビ用スタローンアンチ・ゾンビ・スタローンVER7.2。アンドロイドだ。30年後の未来からゾンビパニックを収束させるためにやってきた」

「なんでスタローンなんだ? ゾンビハンター系にすればよかったのに。『ゾンビランド』の『ウディ・ハレルソン』とか『ウォーキング・デッド』の『ノーマン・リーダス』とか『ゾンビ・ハンター』の『ドルフ・ラングレン』とか」

「待って。ゾンビ・ハンターって何? どんな映画なの?」

「ゾンビ・ハンターってのは邦題で、もとは『DON‘T KILL IT』って言うんだ。悪霊が人にとり憑いて次々と人を殺していくんだけど、とり憑かれた人を殺すと、殺した人に悪霊が乗り移るって感じの映画。ドルフは悪霊ゾンビって言ってた」

「……それ、ほんとにゾンビなの?」

「ゾンビは走るし銃は撃つしナイフも使う。バイクも車も乗る。全然ゾンビっぽくないし、翻訳家のセンスを疑うって」

「そうね……って話がずれたわね……えっと、あなたの見た目がスタローンっぽいのは何でってことね」

製作者マスターの趣味だ」

「未来からやってきたアンドロイド……『ターミネーター』がモチーフ? でもターミネーターにスタローンは出てないし……」

「いや、スタローンはターミネーターだ。たぶん製作者の好きな映画は『ラスト・アクション・ヒーロー』だな」

「どういうこと?」

 説明しようとした康介に割り込むようにアーモンドが話し出す。

 彼女の瞳は水を得た魚のようにらんらんと輝いていた。

「ラスト・アクション・ヒーローは映画の中からシュワルツェネッガーが現れるという映画ですわ。シュワルツェネッガーがいる映画の中の世界ではターミネーター役がスタローンになっているんですのよ!」

「ま、詳しくは見ればわかるけどな。笑いあり涙ありのいつものシュワ映画だ」

 ふーん、と話を聞くマリナをよそに、康介はスタローンアンドロイドに興味津々だ。

「未来からやってきたんだったら未来のことも教えてもらえるよな?」

「あんたたちの未来は教えることができない。余計な未来を知ればこの先の未来がこんがらがる可能性が高い。俺がやってきた未来よりももっとひどいことになることもありえる」

「いや、そんなこと知りたいんじゃないって」

 じゃあ何を、と目で促すアンドロイドに康介は嬉々として答える。

「俺が知りたいのは映画のことだよ! 『スター・ウォーズ』って結局何作品出るんだ? つか完結するの? 『アベンジャーズ』はサノスをどうやって倒すんだ? あ、ちょっと待った、やっぱ今のなし。これは劇場で見たい。そう、『アベンジャーズ』に『X―MEN』とかが出るっていうけど、やっぱり面白い? あとこっちで実写化する『君の名は。』とか『ソードアート・オンライン』はやっぱりこける?」

「ずいぶん直近な未来のことですわね……」

 アンドロイドは静かに目を閉じて、一言だけ言った。

「知らない」

「え? 知らないってどういうことだよ。あ、もしかして映画知識はインプットされていないとか?」

「ハリウッドは今日、この日をもって爆撃されて無くなる。それを皮切りに全世界にゾンビウイルスが蔓延。映画なんて撮ってる暇もない」

「マジかよ……」

 康介は頭を抱える。

 もちろん彼が心を痛めたのは、世界にゾンビが溢れることではなく、映画が撮られないこと。

「じゃあ、どうしたらハリウッドは助かって、映画が見れるんだ?」

「ハリウッドにいるアーノルド・シュワルツェネッガーを助ける。それが俺がここに送られてきた最重要任務でもある」

「アーノルド・シュワルツェネッガーを?」

 そこに食いついてきたアーモンド。

 スタローンアンドロイドはさらに答える。

「アーノルド・シュワルツェネッガーの血がワクチンに必要なんだ。そもそもこのパニックの原因はウイルスに含まれたDNAの暴走が原因だ」

「DNAの暴走?」

「このウイルスはもともと人間の潜在能力を引き出すために作られた。アスリートやアーティストなど優秀な人間のDNAを用い、能力を拡張する計画が極秘裏に行われていた。だが実際はDNAが暴走し寄生した人間の脳を乗っ取ろうとしたんだ」

「……つまり俺たちが倒したゾンビは、俳優のDNAを使ったウイルスに寄生されたってことか?」

「そうだ。ただ、寄生するにも適性がある。適性がない人間は脳の一部が破壊されゾンビへと変わる。もし寄生に成功すると脳の機能が拡張され超能力にも似た力を使うことができる。ただしゾンビ同様自我はないがな」

「エアロスミスゾンビが隕石を呼び寄せてるのは」

「サイコキネシスだ」

「ゾンビが俳優の顔に似ているのは?」

「それもサイコキネシスだ」

「サイコキネシス便利すぎだろ……」

 あまりにも突飛なことに、康介は開いた口が塞がらない。

 だが信じられないということはなかった。何せ目の前で本当に起こっていることなのだから。

 体に付いた傷も、浴びた血も、すべて本当でまぎれもない事実だ。

「そのために俺の体には武器が仕込まれている。武器の他にジャミングも可能だ」

「じゃあゾンビが映画のキャラみたいになったのって?」

 今度はマリナが質問する。

「寄生したといっても肉体は元の宿主のものだ。その肉体が力を発揮するには明確なイメージを与えてやる必要がある」

「つまり自分が酔拳のジャッキーだ、とかダイ・ハードのブルース・ウィリスだとか思いこむことで力を使えるってことなの?」

「そう言うことだ。明確なイメージは強い力を発揮する条件だからな」

 ふ~ん、と彼女はうなずいた。

 マリナの疑問が解決したことで、今度はまた康介が疑問を投げる。

「で、なんでシュワちゃんなんだよ? 今の話とシュワちゃんがつながらないんだけど」

「アーノルド・シュワルツェネッガーはどんなウイルスにも侵されない、それでいてウイルスなど体に不必要なものは何であろうと撃退できる最強の血液を持っていることが最近の調査で分かった。シュワルツェネッガーのあの強靭な肉体は最強の血液によるものとの見方もある。もしこの血液があれば体内に入ったゾンビウイルスを駆逐することが可能となるわけだ」

 ただし、と付け加える。

「ウイルスは感染してから3時間程度で完全に脳を破壊する。人によっては感染して1時間でアウト、という時もあるが、そうなるとワクチンを投与したところで助かる道はない」

「なるほどな……」

 うんうんとうなずく康介だが、実は話の半分ほどしか理解できていない。

 ただ確実にわかっているのは、シュワルツェネッガーを助ける、ということ。

「一ついいかしら? シュワルツェネッガーの血液を求めて未来からやってきたってことは、未来ではシュワルツェネッガーは……」

「残念だが、その通りだ。数時間後の爆撃によって、死ぬ」


 シュワルツェネッガーを助けなければいけない。自分の大好きな俳優が死んでしまうのはつらい。その一心で康介はゾンビを押しのけハリウッドを駈けた。

 ……のだが。

「なんだよぉ……結局こいつが全部ゾンビ倒しちゃってるじゃん……」

 ふくれ面の康介。それはそうだろう。

 襲い掛かってきたゾンビは、スタローンの右腕に搭載されたレールガンによってことごとく片づけられたのだから。

 今まで戦ってきた道中が嘘みたいにスムーズに進み、康介は苛立っていた。

「俺が活躍するはずだったのに……ターミネーターでももっとジョン・コナー活躍するぞ」

 主人公は自分のはずなのに、そんな思いがあふれ、彼は一人、仲間たちから距離を置き歩く。

 数歩先で楽しそうに騒ぐ彼らをじっと眺めながら。

「私思ったんだけど、この人? に名前つけてあげない? ずっとアンドロイドとかこいつ、とかじゃかわいそうだし、かといってスタローンっていうのも違うじゃない?」

「だな。じゃあ何て名前にする? ターミネーター?」

「直球過ぎじゃない?」

「ナッツがいいですわ」

「ナッツ……いいわね、アーモンド。でもどうしてナッツ?」

「こいつがアーモンドだからだろ。ま、俺はいいと思うけどな。7(セブン)は日本語で7(なな)だし、7(なな)と2(ツー)でナッツって意味にもできるし」

 なんて楽しそうな会話。

 皆緊張の糸が緩み切り、完全に日常モードだ。

「……うざい」

 そうつぶやく康介。

 もちろんそんな言葉、マリナたちに届くわけもなく彼女らは何も知らずに会話に花を咲かせている。

「え!? アーモンド、ジャッキー知らないの? そんなのもったいないよ! 人生150年分くらい損してる!」

「シュワルツェネッガー以外興味ありませんわ。逆にアーノルド・シュワルツェネッガーの魅力がわからないマリナこそ人生300年分くらい損してません?」

「確かにシュワルツェネッガーもいいわよ。強いし面白いし。でもジャッキーも強くて面白いのよ」

「あ~。俺もジャッキーってあんまり見たことないんだよなぁ。『ポリス・ストーリー』しか見たことないかも。そういやシュワルツェネッガーとジャッキー、どっちが強いんだ?」

「難しい質問ね……シュワルツェネッガーは鍛えた筋肉で戦うパワー系、たいしてジャッキーはカンフーなんかを使うスキル系。一発のパワーはシュワルツェネッガーが上ね。けど手数やスピードを考えるとジャッキーに理があるわ。う~ん……ジャッキーとサモハン、ジャッキーとジェット・リーとかなら考えたことあるんだけど……」

「ふむ……」

「とにかくジャッキーの強さは見てもらわないとわかんないかも。おすすめは何といっても『プロジェクトA』ね。ジャッキーの身を削るスタントは見ものよ。『ラッシュアワー』とか『シャンハイ・ヌーン』、その続編の『シャンハイ・ナイト』もおすすめね。どれもジャッキーが中国人以外とコンビを組んで事件を追うって話なんだけど、二人が別々のスタイルの技でうまくコンビネーションを決めて戦うのは見てて爽快よ。これが終わったらブルーレイ貸してあげるから見て」

 そんな緊張感のない会話の間にスタローンアンドロイド、命名ナッツがゾンビを10体も吹き飛ばしていた。

「やっぱりすごいね、ナッツって。あなたがいればもう安心よ」

「だな。俺ももう死なずに済む。案外このパニックもあっけなく終わったりしてな」

「そんなの……俺は嫌だ!」

 康介はこらえきれずに叫んだ。

 手に盛ったショットガンを力強く握り、ばっと駆け出した。

 目標は目の前に群がるゾンビたち。

「俺は主人公なんだ! 俺が、活躍するんだ!」

 彼は怨みを込めて引き金を引く。

 弾けるゾンビの頭。

 だが一頭倒れたところで、奴らの戦力は変わらない。

 むしろ音に引き寄せられるように康介に向かい襲い掛かってきたのだ。

「くそ! くそ! 主人公(おれ)の前で死ねよ! 何回も! 死んでくれよ!」

 撃つ。撃つ。撃つ。

 だがゾンビの勢いは止まない。

 もう康介の目前までゾンビが迫ってきている。

「ナッツ! コースケを助けてあげて!」

「……射線に入る。あれじゃ邪魔だ。巻き込んじまう」

「コースケ! どいて! じゃないと死んじゃう!」

「主人公(おれ)は死ぬもんかよ!」

「あぁもう!」

 あと一歩。康介の喉元まで迫ったゾンビの頭が弾け、地に落ちた。

 康介の弾丸ではなく、マリナの弾丸で。

「はぁはぁ……馬鹿なの!? そんなことして! 死なない? そんなわけないでしょ!?」

「死なない! 俺は主人公だから!」

「何よ……私が助けてあげなくちゃ死んでたくせに……そんなの、主人公でも何でもない! お願いだからもう主人公面するのやめてよ!」

「なんだよ……それ……」

「コースケ、そうやって自分が主人公だって言ってるけど、そんなに主人公になりたいならもっと頑張らなくちゃ。ねぇ、最近オーディション受けたのいつよ? 主人公になりたいなら、こんなところじゃなくてちゃんと舞台の上でなりなよ!」

「なれなかったからこんなところでやってるんだろうが!」

 康介の怒声が響く。だがマリナは物怖じしない。

 それどころか語気をさらに荒げて康介に迫る。

「それって逃げてるだけじゃない! なれなかったんじゃなくて、諦めたんでしょ? どこかで自分はダメだって思ったから! 勝手に限界を知った気になったから!」

「お前に何がわかるんだよ!」

「わからないよ! 悔しさも、辛さも、私はコースケじゃないから! たぶん私が思ってるより辛いと思う。けどね、だからって諦めるほど、あなたの夢は脆いの!?」

「……あぁくそ! 俺は! 俺は……! 主人公なんだ!」

 康介はそう叫び走る。

 マリナから逃げるように、ただただ、走る。

 だが彼女は追いかけない。

 夢からも、彼女自身からも逃げた康介を追いかけるほど、優しくないから。

「お、おい……こういうのって、まずいんじゃないか? 俺、結構ゾンビ映画見てるからこれと同じ展開、知ってるぞ。喧嘩別れした奴ってたいてい死ぬ」

 ボブが顔を青くして言う。だが彼女は顔を伏せる。

「……死ねばいいじゃない。あんなヘタレ」

 ぼそり、顔を伏せたままマリナはつぶやいた。

「お前、それ本気か? 今のあいつ、頭に血が上ってるし、放っておくと」

「いいわよ……どうせ死んでもさ、主人公っぽいって思いながら死ぬだろうし……」

「……なんでこう俺の周りって素直じゃない奴ばっかり……」

 ボブはため息をついて康介の後を追いかける。

「俺はコースケを追いかける。マリナたちはそのままタイショーのところに。コースケ連れて向かうから」

「通信機ですわ。持って行くといいですの、ボブ。ジェイソンともつながりますわ」

 アーモンドから通信機を受け取ったボブは康介の後を追う。

「……ほんとは嫌なんだよなぁ……追いかけた奴ってたいてい死ぬし……」

 小さくそうつぶやいて。


「私、言いすぎちゃったかな?」

 取り残されたマリナは二人に尋ねる。

 しかしナッツは首を横に振った。

「俺はアンドロイドだ。すまないが人の感情はわからない」

「アーモンドは?」

「言いすぎじゃないとわたくしは思いますわ」

 そのアーモンドの言葉は、いつものそれよりも重みを感じた。

「思ったことをぶちまけるのは、悪いことじゃありませんの。むしろ言いたいことを言えるのはすごいことですわ」

「そうかな……?」

「わたくしは言えずに後悔したことがありますの」

 アーモンドは遠い目で言葉を紡ぐ。

「わたくしが通っていた学校、俗にいうお嬢様学校なのですけれど、そこではいじめがありましたの。女同士の陰湿ないじめでしたわ。けれどわたくしは見て見ぬふり。自分に危害が加わらなかったからですわ」

「そんなの誰でもだよ……同じ環境なら私もきっと……」

「けれどある日、わたくしの友達がいじめの標的になりましたの。彼女はいつもつらそうにしてましたわ。けれどわたくしは周りの目を気にして、彼女に言葉をかけることも、周りの大人に助けを求めることができませんでしたの」

 だから、と彼女は悔しげに語る。

「彼女は自殺してしまいましたの……いつもわたくしに助けを求めていたのに、わたくしはそれを知らんぷりして、黙っていて……酷いですわよね」

「それは、しょうがないよ……言えば自分が被害にあうかもしれないって思ったんだよね」

「みんなそう言いますわね……わたくしははっきり、酷い、と言ってくれた方がすっきりしますのに」

「……」

「とにかく、わたくしは一度言えずに後悔しましたの。だからそれからは、全部思ったことを言おうと決めましたの。たとえ自分が傷ついても、誰かが助かるなら真実を言おうと、誓いましたの」

 それだけ言うとアーモンドは黙ってしまう。

 マリナは思う。

 彼女の言葉は、真実だ。

 本当の重みがある。

 だからこそ彼女はこうも思った。

 自分が正直に思いをぶちまけたことは正解なのだと。

 今まで言わずに、こんなときじゃないと言えなかったけれど、それでも言えなかったよりましだ。

「コースケ……お願いだから、帰ってきて……」

 彼女はただそれだけを、神に願うのだった。


「おい、コースケ!」

 市街地の細い路地、そこでうつむき佇んでいた康介をボブは見つけた。

 運動神経の悪いボブは途中から康介に追いつけず、肩で息をしながらようやく足を止めた。

 マリナたちと離れて10分くらい後のことだ。

 彼女たちとの距離はずいぶん開いてしまっている。

「……なんだ、ボブか」

 康介はちらりとボブのほうを見ると、そっぽを向いてしまう。

 その瞳は空っぽの虚空を映すだけ。

 ボブはそれを一瞬しか見ていないが、ぞわり、と背筋が凍る感覚を覚えた。

「……コースケ」

「放っておいてくれよ、俺のことなんて。俺なんていても邪魔だろう?」

「そんなことない、俺の大事な友達だ……空気読まず映画の話するときはちょっとうざいけど」

「ほらみろ」

 言って康介はボブから逃げるように距離を取ろうとする。

 が、ボブは一足早く康介より動き、彼の前に立ちふさがった。

「そのおかげで俺は助かってるんだよ!」

「……は?」

「なんていうのかな……お前はこんな時でもさ、映画の話ばっかりして正直うざいなぁって思ったりもしたんだけど、その軽口がいつもみたいで安心するっていうか、変わらないものもあるんだなぁって」

「……なんだよ、それ」

「いつも通りのお前がいるから助かってるってこと。たぶんマリナも同じ気持ちだと思う」

 マリナの名が出て、康介は苦虫を噛み潰すかの表情で顔をそむけた。

「マリナも同じ気持ちで、変わってほしくないからお前のことを気にかけてるんだと思う。お前がいなくなれば日常が変わってしまう、戻れなくなるって思ってるからこそお前を助けたくなる」

 ボブの言葉で康介は考える。

 彼女が自分に何を求めていたのかを。

 だが考えても彼女が自分に吐いた言葉を許せるわけがなかった。

「でも、あいつは俺が主人公じゃないって……」

「あ~……その事か。それは俺でもフォローできないかも」

 ボブは苦笑いを浮かべて頭を掻いた。

「あれはマリナの方が正論だし」

「なっ……」

 フォローを求めていた康介は絶句する。

 だが彼も心の奥底ではわかっていた。

 わかっていたからこそ、正論であるからこそ、否定した。

 自分を守るためにマリナを否定して、夢から逃げていただけ。

「俺も思ってたんだよ、コースケ。あいつの言う通り、お前は逃げていただけ。ずっとお前、オーディション避けてただろ?」

「それは……」

 康介は話すかどうか迷い、一呼吸置いた。

 だが自分を追いかけてくれた友のために、彼は胸の内を吐露する。

「俺は、昔から映画俳優に憧れてた。映画の中で輝く彼らは俺にとってはフィクションだとしても、現実以上に輝いて見えたんだ。俺も彼らみたいに映画に出たいと思ってこっちに来た。けど日本人の、しかもまだ学生の俺が戦えるほどハリウッドは甘くなかった」

 過去のことを思い出し、卑下するように自嘲的な笑みを浮かべた。

「俺は何度も何度も落ちた。落ちるたびに自分が否定されているような気がして、悔しかった。自分が嫌いになった。だから俺は自分を守るために、何か言い訳して逃げていたんだ」

 そうして康介は笑んだ。今度は憑き物が落ちたような、穏やかな表情で。

「こういう状況をずっと妄想してた俺なら、ここなら活躍できるって、ここなら自分を否定されないって思って張り切って、自分に酔ってたんだと思う……」

「でもそれって、みんな一緒だろ?」

「え……?」

 ボブの言葉に康介は固まった。何を言っているのかわからない、とでもいう風に。

「みんな自分が傷つくのは怖い。オーディションに落ちたら否定されてる気になるのもわかる。俺だってオーディションに落ちて消えたいって思ったときある」

 でも、とボブは言葉を続ける。

「それでも立ち向かわなくちゃいけない。立ち向かわなくちゃ勝てないんだよ。お前もわかってるだろう?」

「……そんなこと、わかってる」

 康介は静かに、だが力強く拳を握る。

 ぎゅっと握った手に爪が食い込み、血が滲みそうだ。

「でも俺だって」

 と、言葉を紡ごうとした康介をボブが遮った。

「マリナはさ、頑張ってるお前のことが好きだったんだよ。でもお前は最近逃げてばかりであいつの思うようなお前じゃなかった。たぶん、その怒りも混ざってるだろうさ」

「……」

 康介は思い出す、マリナとの出会いを。

 初めて会ったのはオーディション会場で。

 はじめはお互い何も話さなかった。

 だが何度もオーディションを重ねるうちに、たぶん日本人が珍しかったのだろう、マリナが話しかけてくれるようになっていた。

 次第に意気投合していき、今の関係となった。

 だが康介を見る今の彼女の瞳は昔と違う。どこか冷めたよう。

 あの時のマリナはキラキラとした瞳で、憧れの存在でも見るかのように康介を見ていたのだ。

「コースケ。もう一回、戦おうぜ。このパニックを生き残ってさ」

 康介は考えて、深くうなずいた。

 もう一度、今度こそ、と強い意志を込めて。


 康介とボブが歩き続けて約10分。道中ゾンビが襲ってくることもなく、案外あっさりと目的地にたどり着いた。

「……なんか懐かしいな」

「ここでスシ食べたのが随分前のことみたいだ。タイショー、生きてるかな……?」

 寿司屋はりうっどどりぃむ、看板にも店の窓にも血がべったりと張り付き、かつての賑わいもなりを潜め、どこか暗い空気を醸し出している。

 康介はこの惨状を見て、再び伯父の身を心配する。

 今まで彼が伯父のことを忘れていた、とかそういうことではない。

 あの伯父が、サムライのごとく刀を振り回すあの人がやられるわけがないと心のどこかで信じていたのだ。

「生きててほしい……世話してくれたおじさんと戦うなんて、さすがに厳しいぜ……」

 だが今この現状を見て康介の身に不安が襲い来る。

 それを紛らわせるように拳を強く握り、店の中へと一歩踏み出した。

 店内は電気がついておらず薄暗い。窓から差し込む光だけが頼りだ。

 この薄暗さで、通いなれた店の空間が全く違った場所のように思えてくる。

「……この店、こんなに広かったか?」

 湧き上がる恐ろしさを紛らわせるように康介はボブに話しかける。

 が、怖がりのボブはすでに負けてしまったようで、がくがくと足を震わせ康介の声すら聞こえていないよう。

「……ったく」

 とため息を吐いた康介。

 だが次の瞬間だった。

 暗闇の中、何かが横切るのを視線がとらえ、咄嗟に身構える。

「ボブ……何かいる……」

 康介は銃を構え、じりじりと窓の光の下へ。

「ボブ、背中任せるぞ」

「……任されたくないんだけどなぁ。死んでも俺、責任取れないぞ。恨むなよ」

「その時は二人まとめて死んでるって……」

 康介はボブと背中合わせになり、闇の中に銃口を向ける。

 自らがいる太陽の光の中は温かで、彼らが感じる冷たい汗を知らないとでもいう風に、きらりと照らす。

「……そこだ!」

 一瞬感じた気配。

 康介はそこに向かって発砲する。

 ばしゅりっ! 黒の中で音がした。

 それは壁やカウンターといった無機物に当たる音ではない。何か肉のようなものに当たった音だ。

「……やったか?」

「ぐるぁぁぁぁぁ!!!」

 暗闇から獣にも似たうめき声をあげ飛び出してくるゾンビは、片方の腕が吹き飛んでいた。

 仕留めたと思っていた康介はびくり、と肩を震わせ銃身がぶれてしまう。

 そのまま引き金を引いたせいで、弾丸はあらぬ方向へ。

 2発しか装填できないこの銃では迎撃までに時間がかかる。

 終わった、康介は思った。

「……おらっ!」

 だが、震え交じりの怒声とともに響く銃声。頭をぶち抜かれ、のけぞるように倒れたゾンビ。

 ボブの銃弾がゾンビを撃ち抜いたのだ。

「ボブ! お前、やればできるじゃん!」

「……まじビビった……ほんと、心臓止まるくらい」

 ふぅ、と一息つくボブ。

 足も手も震えていたが、やり遂げた表情を浮かべ康介に笑んで見せた。

「……って俺、タイショー撃っちゃったかも?」

「そうじゃないと願いたいけどな……」

 康介たちは倒れたゾンビのもとへ。

 だが、暗闇の中でまた気配を感じ、足を止めた。

「もしかして、まだいっぱいいる?」

「かもしれないな」

 康介は銃弾を装填しなおし、また闇の中へ銃口を向けた。

 じっと耳を凝らし気配を探る。

 今度は一体だけではない、複数のゾンビの気配がする。

「……ボブ、気合入れていけよ。ビビると負けだ」

「わかってるけど……難しいかなぁ」

「お前ウィル・スミスだろ?」

「……こんな時だけそう言うのやめてくれない?」

「とにかくだ……来るぞ!」

 暗闇からゾンビが襲い掛かってくる。

 その数4体。

 この中に特殊なゾンビはいないが、数が集まれば危険なことに変わりはない。

 康介もボブも必死に応戦する。

 が、この闇の中だ。うまく頭を潰すことができない。

 動きを牽制するのがやっとだ。

「くそ……これ、どこまで持つか……」

 彼らは焦る。このままではやられてしまうのは時間の問題だ。

 焦るあまり康介はリロード途中、銃弾を落としてしまった。

 しまった、そう言う間もなく、至近距離に迫るゾンビの一撃が康介に振り降ろされる。

「康介!」

 彼の耳に響く懐かしいと思える怒声。

 死の間際、走馬灯だろうかと思ったが、どうやら現実のようだ。

 それは、彼の体にのしかかるように崩れたゾンビの先から送られてきたもの。

 そのゾンビの頭には包丁がキレイに突き刺さっていた。

「……おじさん?」

「康介! 奥だ!」

 店の奥から懐中電灯片手に飛び出してきたのは康介の伯父、タカシだ。

 彼は包丁を投げつけながらゾンビの動きを牽制し、康介たちの道を作る。

「タイショー、生きててよかったな」

「……あぁ」

 自分の大切な人が生きている、康介は改めてそのありがたさを知った。

 伯父が生きているからこそ日常に戻れる。

 もしかしたらマリナも、自分にそのような感情を抱いていたのかもしれない、と彼は思うのだった。


「う~ん! うまい! やっぱりスシはマグロだよなぁ」

「ドクペが体に染み渡るな!」

「お前ら、もっと落ち着いて食え」

「いや、でも腹減ってて……ゲホゲホっ!」

 このパニックが始まってから何も口にしていなかった二人。

 今までせわしなく事が起こっていたので、空腹を感じる暇すらなかったが、タカシが出した寿司を食べた瞬間、忘れていた食欲が沸き起こってきた。

 まるでゾンビが人を食らうような勢いで、次々とスシを腹に収めていく。

「そんなに食われちゃ他の奴の分もなくなっちまう……って今はいいか。お前たちが生きていた、その祝いだと思えば」

 タカシはちらり、と後ろを見た。

 そこには15人ほどの人がおり、それぞれ談笑したりしていた。

 康介もボブもその人たちに見覚えがある。

 この店の常連客だ。タカシが助け、ここでこうして守っているのだろう。

「ごちそうさま。ありがとう、おじさん」

 もっと食べたい、という気持ちを抑え、手を合わせる康介。

 ボブも康介に倣い手を合わせた。

「……康介。マリナちゃんはどうした?」

 タカシは言っていいかどうか考えた後、口を開いた。

 その表情は店の前でタカシの生死を疑っていた時の康介に似ている。

「その事で来たんだ、おじさん。ムラマサを貸してくれないかな?」

 康介はここまでの道のりのことをタカシに話した。

 タカシはそれを黙って聞くだけ。

 もちろん疑うことはしない。

 それは彼がゾンビを目の当たりにしているからではなく、自分の息子のようにかわいがってきた康介が嘘を吐くわけがないという信頼だ。

「そうか……シュワルツェネッガーを助けてパニックに終止符を打つ。道中でウルヴァリンゾンビが現れるかもしれないからムラマサを持ちマリナちゃんたちと合流する、と」

「そうなんだ。俺、日本じゃ剣道習ってたし銃よりも使いやすいんだ。ウルヴァリンだけじゃなくて他のゾンビも相手にできると思う」

「康介。悪いことは言わない。行くな」

「なっ!?」

 康介は絶句する。タカシならわかってもらえる、そう思っていたのに裏切られた気分だ。

「康介。お前を自分の子供同然に世話して可愛がってきた。そんなお前が生きていてくれたのが嬉しかった。こんなこと言う柄じゃないが、お前を失いたくない。これ以上危ない橋を渡ってほしくない」

「おじさん……」

 康介は思った。大切な人を失いたくないのは誰もが同じこと。

 人間の奥底に刷り込まれた本能ではないか、と。

 だがここで、はい、そうですか、と言える康介ではない。

 康介も失いたくない大切な人がいるのだから。

「俺は、それでも行きたい。行ってマリナを助けたい。いいや、違うな。マリナに、ごめんって言いたい。それでこれから頑張るって、ちゃんと伝えたい。俺を信じて応援してくれていたマリナを、がっかりさせたくないし、何も言えないで離ればなれになるなんてたまらないんだ」

「康介……」

 タカシはじっと康介の目を見た。

 康介も負けじとその瞳を見つめ返す。

 お互い、失いたくないものがある。守りたいものがある。

 純粋な意思を込めた澄んだ瞳同士が交わりあい、先にタカシがその目をそらした。

「わかった。康介、お前の守りたいものを、守ってこい」

 タカシは奥から刀を持ってきて康介に手渡した。

 初めて持つそれはずっしりと重く、だが手にフィットするような心地よい重さだ。

「これをお前に託す。だが覚えておけよ。『大いなる力には、大いなる責任が伴う』」

「『スパイダーマン』かよ」

 ふっと笑う康介。だがタカシは真剣そのもので、康介はじっと彼の顔を見た。

「武器は時に自分が強くなったと錯覚させる。だがその力に飲まれ好き勝手に振り回せばやがて取り返しのつかないことが起こる。お前は理性をもってそれを使え」

「……おじさん……俺、それ味わったよ」

 康介自身、銃を持ち自分が主人公だと錯覚し、自分勝手に動き、失った。

 だからこそ今度は失わないように立ち回るしかない。

 康介はタカシに誓う、必ずマリナを助けてまた三人でスシを食べに来る、と。

「なぁ、康介。一つ頼みたいことがあるんだが……もしジャックマンゾンビが『グレイテスト・ショーマン』みたいに踊ったら録画しておいてくれないか」

「は……?」

「俺の中ではヒュー・ジャックマンはグレイテスト・ショーマンなんだよ。歌って踊れるイケてるおじさん、憧れるな」

「……そういやおじさん、ミュージカル映画好きだったな」

 この店でかかるBGMも大抵ミュージカル映画の音楽だ。

 その影響で、康介のスマホにも何曲か気に入ったミュージカル映画の曲が入っている。

 もちろんグレイテスト・ショーマンの曲も入っている。

「う~ん……どうなるかわからないけど、とりあえず覚えてたら録画するよ」

 そう言って康介たちは店を出た。

 またここに戻ってくる、タカシにそう言い残して。


「で、勢いのまま出てきちまったけど、これからどうするんだ?」

「マリナたちとはこの店で落ち合わせるはずだった」

「ならまだスシ食べてりゃよかった……かっこつけた手前戻るのもなぁ……」

 康介はポリポリと頭を掻いた。

 じっとマリナたちを待つなんて、今の康介にはできない。

 どこかそわそわとぎこちない動きがついつい出てしまう。

『あー、聞こえるかな?』

「あ、ジェイソンだ」

 アーモンドに渡された通信機にボブは答えた。

『緊急事態だ。アーモンドたちがゾンビに襲われてる』

「ゾンビに!? あれ? でもナッツがいれば大丈夫なんじゃ……」

『また来たんだよ、ヒュー・ジャックマンが!』

 康介はボブから通信機を奪い取り叫ぶ。

「どこだ!?」

『ここから南東の位置だ。アーモンドが発煙筒を焚いてくれてる。それを目印に向かってほしい』

 わかった、と応答して康介はあたりを見渡す。

 もくもくと黒い煙が一筋、天に向かって伸びている。

 あの下でマリナたちが戦っているのかと思うと、いてもたってもいられなくなった。

 康介は全速力で走る。ボブも息切れを起こしながらもなんとかそれについていった。

 そこから5分程度、ようやく康介は現場にたどり着く。

「マリナ! 無事か!?」

「コースケ!? ……ぐっ!」

 マリナはヒュー・ジャックマンゾンビと対峙していた。

 しかし劣勢。ウルヴァリンの素早い動きに翻弄され攻撃できないでいた。

 ナッツのレールガンも当たりはするが、回復能力によりすぐに無意味となる。

「コースケ、アーモンドが!」

 ボブが指さした先。そこにはもう一体、なぜかサングラスをかけ、黒のロングコートのゾンビと戦うアーモンドが。

 彼女は両手にマシンガンを持ち、無茶苦茶に撃ちまくっている。

 銃弾の雨あられ。普通ならハチの巣になるところだが、そのゾンビには通用しなかった。

 何せそいつは銃弾をすべて、無駄にアクロバティックな動きで避けたのだから。

 その避ける瞬間、康介の目にはそれがやけにスローに見えた。

「ねぇ、コースケ! こいつは誰ですの!?」

「サングラスと黒コート、スローモーションっぽく避けるのなんて一人しかいない……『マトリックス』のネロを演じた『キアヌ・リーブス』だ! すげぇ、本物のバレットタイムの時の動き! 生で見れるなんて思わなかったぜ!」

「バレットタイム?」

「あんまり映画を知らなくてもわかるだろ? 被写体はスローモーションなのにカメラワークが高速で移動する映像、あの有名なのけぞって銃弾避けるシーン。あの演出がバレットタイム。それを取り入れたウォシャウスキー兄弟、いや、今は姉妹か、は天才だって!」

「は? 兄弟? 姉妹?」

「あの監督、兄弟そろって性転換して有名なんだよ。思ったより美人だからググって」

「ってコースケ! そんなこと言ってる暇ないって!」

「いや、アーモンドに注目しろって言ったのはお前だろ」

 ボブに突っ込みを入れつつ、こんなことをしてる場合ではない、と改めて思う。

 映画の話は後だ。

 今は目の前の強敵を倒すのみ。

「ボブはキアヌ・リーブスを。俺はヒュー・ジャックマンを相手にする」

 康介はムラマサを鞘から取り出した。

 日の光で照らされた刀身は冷たく輝き、怪しい光を放っている。

 まるで獲物を狙う鷹の瞳のような輝きだ。

「ムラマサ。もしこれが本物なら回復能力も無駄だろう……!」

 康介はジャックマンゾンビに駆け寄る。

 刃の届く距離、彼はぐっと足に力を入れて踏み込み、全体重を乗せて刃を振り下ろした。

 彼の手に刃越しに届く、ぐにゅっとした感触。

 その直後に冷めた血液が拭き出し、康介の手を汚した。

「うぐぅぅぅぅ!!!」

 ジャックマンゾンビが呻く。胸に斜めに入った傷跡。

 それが癒えない。

 康介はこれが本物のムラマサであると確信した。

「やるじゃんコースケ!」

「まだ油断するな、マリナ……一撃しか入れてないし、浅い。あいつ、攻撃の前に避けてた」

 康介の言う通り、刃は通ったもののまだ浅い。

 それにゾンビは頭を飛ばさない限り倒せない。いくら体を斬ろうが意味ないのだ。

「ここからは斬り合いだ……」

 今の一撃でキレたのだろう、ジャックマンゾンビは康介に標的を定めた。

 ジェットエンジンのような脚力で踏み込んだジャックマンゾンビ。

あっという間に康介と距離を詰め、鋭い爪が襲いかかった。

だが康介はそれを刃で防御する。

じりじりと刃の間で火花が散り、接戦の激しさを物語っている。

「くそっ……! パワーが、でかい!」

 あとは単純に力と力のぶつかり合いだ。

 しかし力比べとなると康介は圧倒的に不利になる。

 相手はウルヴァリン、しかもゾンビということで痛覚がない。

筋肉の損傷を無視してパワーを出すことも可能だろう。

そうなれば康介に手出しはできない。

「体にいくらダメージを与えても無駄だし……どうすりゃいいんだ!」

 康介はジャックマンゾンビと距離を取り、考える。

「私がサポートするから頑張って!」

「いや、それでもあいつを倒せるかわかんねぇ……」

 マリナやナッツのサポートがあってもとどめを刺せるかわからない。

 少し打ち合っただけだが、ムラマサを持ったところで力の差が埋まらないことが分かったせいだ。

「何か……ジャックマンの弱点……」

 その時康介の頭にふとタカシとの会話が蘇った。

「ジャックマンがグレイテスト・ショーマンみたいに踊る……」

「コースケ、グレイテスト・ショーマンがどうしたの?」

「ほら、あの映画の主演ってヒュー・ジャックマンだろ? もしあいつが映画みたいに踊ったらどうなるかなって」

「でもあいつ、ウルヴァリンでしょ?」

「今はな。たしかナッツが力のイメージは自分が映画のキャラクターだと思い込むことで発揮するって言ってたよな? もしあいつが自分がグレイテスト・ショーマンで演じたバーナムだって思い込めば……」

「でもそれってコースケの憶測でしょ? それにどうやって思い込ませるのよ」

 康介はポケットをまさぐりスマホを取り出した。

「この中にグレイテスト・ショーマンのサントラが入ってる。それをあいつに聞かせるんだ」

「無茶よ! もし失敗したら死んじゃうんだよ!? 主人公だから死なないって言うつもり!?」

 マリナの叫びに康介はふるふると横に首を振った。

「いや、主人公はもうやめた。でも俺には目標ができた、守りたいものもできた。だからそのために勝たなくちゃいけないんだ」

「目標って、守りたいものって、何よ……」

「俺はこのパニックを生き延びて、また映画のオーディションを受ける。今度は本気で、主役を取るつもりだ。守りたいものは、お前だ、マリナ。俺は逃げている俺を気付かせてくれたお前を、大事な日常にいるお前を失いたくないって思った」

「……何よ、それ」

 と、口では悪態をつくものの、マリナの頬は赤く染まっていた。

「マリナがいなくちゃ生き残っても意味ないって思えてきたんだ。だから、絶対守る。もちろん、お前が大事にしてくれてる俺のことも。だから死ぬわけにはいかない」

「自分で大事にしてくれてる俺ってよく言えるよね……」

 はぁ、とため息交じりにそう言うマリナだが、その言葉は彼女の恥ずかしさからくるもの。

 本心では嬉しがっていたが、康介は気付かない。

「わかった。頑張って、コースケ。もし何かあったら絶対逃げてよね。その時は私が全力でサポートするから」

「あぁ……」

 スマホにイヤフォンをセットし、康介は駆けだした。

 ジャックマンに近づき、大ぶりの横薙ぎで動きを牽制、即座に懐に潜り込む。

 そしてイヤフォンを装着させ、大音量でサントラを流した。

「……どうだ!」

 ジャックマンゾンビの動きが止まる。

 康介はゴクリ、と唾をのみ次の動きを待った。

 数秒間の沈黙の後、ジャックマンゾンビは康介の手からスマホを奪い取った。

「ダメ! コースケ、逃げて!」

「いや、待て! これは……」

 ジャックマンゾンビは奪ったスマホをポケットにしまいこみ、なんと踊り出したのだ。

 曲に聞き入り踊る姿はまさに隙だらけ。

「成功だ! キャラのイメージは上書きできる!」

 康介は嬉々とした声を上げ、すかさずムラマサを横に薙いだ。

 イヤフォンコードとともにゾンビの首が吹き飛び、体は地面に崩れ落ちる。

 ころころと地面を転がったゾンビの顔は、どこか幸せそうだった。


「あいつらジャックマンゾンビ倒したのか……でもこっちは……」

 キアヌ・リーブスゾンビと対峙するボブとアーモンド。

 だが銃弾をすべて避けられなす術がない。

「素手ですのね……」

 ぽつりと言ったアーモンドをボブが制止する。

「お前は映画見てないからわかんないだろうけど、ネロはカンフーも使う。なかなか強いから素手じゃ無理だと思う」

「またカンフーですの?」

「銃も駄目。素手も駄目。ならコースケの真似して相手のイメージを上書きするしかないな」

「キアヌ・リーブスは他に何に出ているんですの?」

 ボブは考える。

「『ジョン・ウィック』。いや、あれは強すぎる。『地球が静止する日』の呪文で止まるか? いや、止まるのってあのおっきいやつだよな。つか呪文覚えてねぇ。あとは……『アホリックス』か? いや、あれはそっくりさんだし」

「ボブ……?」

「あとは……逃げるしかないな! うん! 戦うべきじゃない!」

「そうはいきませんわ」

 アーモンドはそう言うと背負ったマシンガンを二丁、ボブに手渡した。

 ボブは疑問を浮かべながらそれを受け取る。

「えっと……これ、どうする気?」

「避けるなら、避けられないくらい撃てばいいですわ。一人でダメなら、二人で撃ちますの」

「……ですよねぇ。あ、一つ言っておきたいんだけどさ、銃はゾンビを倒すためじゃなくて自分を守るものだって」

「えぇ。こいつを倒さなくちゃ逆にわたくしたちが殺されてしまいますのよ? ですからこれは守るための戦いですわ」

 アーモンドも二丁、マシンガンを持ち銃口をゾンビに向けた。

「いきますわよ」

「あのさ……俺、マシンガンとか撃ったことないんだけど……」

「引き金を引くだけですわ。あとはしっかり握って手放さないこと。サルでもできますわよ」

「……他には?」

「なにもないですわ」

「あぁもう! なんで俺がこんなことしなくちゃいけないんだよぉ!」

 ボブはやりきれない怒りのまま引き金を引いた。

 手に走るものすごい衝撃。握っているのもやっとだ。

 しかしものすごい勢いで飛び出す弾丸を見ていると、彼の今までの鬱憤が一緒に飛んでいくような気がした。

「くそ! 俺こんな柄じゃないのに! ほんとは参謀とかそういうのしたかったぜ!」

 めちゃくちゃに撃ちまくるボブは、次第にそれが楽しくなってきた。

 アーモンドもボブに倣い、引き金を引き銃弾の嵐を浴びせる。

 もはや相手が避けていようがいまいが関係ない。

「なにこれ! めっちゃ気持ちいい! めっちゃスカッとする! やっぱ参謀よりこっちの方がいいかも!」

「普段控えめなくせに、こういう時になるとなんだかかっこよく見えますわね……」

「なんか言ったか? 銃弾の音でうまく聞こえない?」

「なんでもありませんわ! それより、ボブ、ジャンプしましたわ」

 キアヌ・リーブスゾンビは映画で見せたようなビルを飛び越えんばかりの大ジャンプで猛攻を避ける。

「着地したところを狙いますわよ!」

「おう! ……あ、弾切れだ」

 めちゃくちゃに撃ちまくっていたせいだ、ボブのマシンガンの弾倉はすでに空。

「なら……わたくしが、仕留めますわ!」

 ゾンビが降りてくる。

 そのタイミングを見計らいアーモンドは着地点へ向かう。

 まるでヒーローのような着地ポーズを決めたキアヌ・リーブスゾンビ。

 だがその眉間には、一足早く着地点へ着いたアーモンドが、ショットガンの銃口を向けていた。

「……終わりですわ」

 至近距離で散弾が爆裂する。

 ゾンビの頭は粉々に砕け散り、体はその場に崩れ落ちた。

 アーモンドは仕事をやり遂げた、とでもいう風に頬に飛び散った肉片を払い捨てた。

「倒せた、のか……はぁ……」

 大きく息を吐いたボブに康介とマリナが近づく。

「お疲れ、ボブ」

「ボブってばやればできるじゃない」

「わたくしも印象が変わりましたわ。ただのヘタレじゃありませんのね」

「はは……ありがと。てか二人とも、仲直りできたんだな」

 康介は恥ずかしそうにポリポリ、と頭を掻き、まぁな、とだけつぶやいた。

「さて、ムラマサもゲットしたし、あとはシュワちゃんを助けに行くだけか」

「そう言えばコースケ、おじさんは元気にしてた?」

「ん? 元気だったぞ。店を避難場所にしてて常連の客も無事だった」

「……その中にお母さんとお父さん居たかな?」

 康介は店にいた人の顔を思い浮かべ、首を横に振る。

「そっか……」

「どうしたんだ急に?」

「今までいろいろあったし、自分のことばっかり考えてたんだけど……コースケがムラマサ持って帰ってきたの見るとやっぱりお母さんたちのこと心配になって……」

 マリナはうつむいてしまう。

 康介は彼女の頭をポン、と叩き大丈夫、と言ってみせた。

 もちろん根拠はない。彼女を励ますためのウソかもしれない。

 けれど、しょんぼりとしたマリナを見ていたくない、と康介は思ってしまったのだ。

「大丈夫。必ず会える。ほら、お父さんってマリナと狩りしてたんだろ? ならゾンビ倒してお母さんを守ってるかもだろ?」

「うん、そうだね、たぶん大丈夫だよね」

 マリナもそれが根拠がない言葉だとわかっている。

 だがそれでも嬉しかった。

 今まで自分のことしか考えていなかった康介が、人のことを心配できるようになったことを。


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