1033話 ありふれた悪
珍しい面会要請だ。
バルダッサーレ兄さんとフォブス・ペルサキス両名とは……。
ゼウクシスではなくフォブスがでてきたのはバルダッサーレ兄さんが来るからだ。
面子や格の問題はいろいろと面倒臭い。
そうなると両国間の揉め事か?
ま……会えば分かるだろう。
陣幕に入ってきたふたりは、やや疲れた顔をしている。
「おふたりともお疲れのようですね。
それで私に話とは?」
フォブスがバルダッサーレ兄さんに目配せする。
譲ったというより、俺との対話を任せるつもりなのだろう。
バルダッサーレ兄さんが小さく肩をすくめる。
「ああ。
念のためペルサキス卿に確認したが……。
シケリア王国側でも同様の問題が発生しているらしい」
フォブスは黙ってうなずく。
両国間の領地は隣接せずに緩衝地帯として教会領を置いたはずだ。
となると境目争いではないだろう。
想像出来ないぞ。
「それで問題とは?
私に解決出来るとは限りませんよ」
バルダッサーレ兄さんがニヤニヤと笑いだす。
非常に嫌な予感がする。
「大丈夫だ。
大元帥にしか解決出来ない」
強調しやがって……。
とはいえ聞くしかない。
「伺いましょう」
「元アラン王国民が待遇にゴネている。
どうも、アルカディア時代に偽使徒が掲げた『自由と平等』を自分たちに保証しろとな。
聞こえはいいが要するに自分たちを特別待遇しろってやつだ。
領土は荒れていて、元の農地は死んでいる。
開墾とかやることは山積みなのだがな。
元々肉体労働は、数が多いであろう元王国民に課す予定だった。
ところが『それは不公平だ』とゴネだしたのさ。
ペルサキス卿のところも同じだ」
バルダッサーレ兄さんがフォブスを一瞥する。
フォブスは渋い顔でうなずいた。
事情は分かったが……。
「それが私とどう関係するのですか?
領主たちの内政には干渉するな、と決められているのですよ。
私から干渉としたこともないでしょう」
バルダッサーレ兄さんが苦笑する。
「話は最後まで聞け。
『ラヴェンナでも、市民の自由と平等を最重要視していると聞いた。
自分たちの要求をラヴェンナ卿は、正当なものとして判断してくれる』
と……まあお前を大義名分に掲げているのさ」
思わず額に手を当ててしまう。
苦笑を通り越してため息しかでない。
「思い込むのは勝手ですが……。
『自由と平等は最も尊い』と言ったのは使徒であって私ではありません。
勝手に、私の言動を
そもそも、自由と平等を、至高の価値とするのは、私の手に余りますからね。
何度旧アラン王国民がゴネても、私の回答は変わりません。
『つべこべ言わず領主に従え』と言ってやってください。
他領民の我が儘を私が保証する義理はありませんからね」
バルダッサーレ兄さんの目が、わずかに鋭くなった。
「驚いたな。
最重要視していないのか?」
他領より重視していることはたしかだ。
だが、それが絶対などと思っていない。
思わずため息が漏れる。
そんなに自由が欲しければ戦って勝ち取れ。
そうすればそれがどれだけ貴重なものであり、我が儘の大義名分になりえないことを悟るだろう。
自由のために血を流したヤツに限るが。
「私がラヴェンナで認めているのは、他者の自由を奪わないなら自由にしてよい。
そして結果の責任は自分で背負え……です。
これはラヴェンナの価値観であり、他領民に押しつける類いの価値観ではありませんからね」
バルダッサーレ兄さんが笑いだす。
「分かった。
では旧アラン王国民の、我が儘は無視するとしよう」
「そうしてください。
それにしても……、自由がどうこう言う前に、集団として自立するのが先でしょう。
おふたりも大変ですね。
このような馬鹿馬鹿しい苦情をあげられて」
フォブスが啞然とした顔をする。
俺の返答があまりに意外だったようだ。
嫌味でも言われると思ったのか。
すぐ真顔に戻る。
「ま……まあな。
なんにせよ、大元帥サマがそう言ってくれたので大助かりだ。
ところで……」
聞きたいことは分かる。
確信しているが教えるわけにはいかない。
だが……手ぶらで帰すのもよくないだろうな。
現場の士気を維持するのに苦慮しているようだ。
「討伐指令は来ていませんよ。
ああ……そうだ兄上。
アミルカレ兄上の式は略式だそうですが……。
祝いの品はどうしましょうか?」
バルダッサーレ兄さんが、唇の端を歪める。
この質問は事前にしていたからだ。
俺の意図に気が付いたらしい。
「ん? 祝辞だけでいいだろう。
祝いの品は、正式な披露宴のときでいい」
フォブスが、怪訝な顔をする。
「内々のことを他国の人間に教えていいのか?」
当然そうなる。
これで、俺の言いたいことは伝わるだろう。
略式になった理由も当然察する。
言質を与えずに真意を伝えなければならない。
貴族とは、なんとも面倒なものだ。
「問題ありません。
もうディミトゥラ王女には伝わっていますから」
フォブスは、不敵な笑みを浮かべる。
これで聞きたいことの回答にはなったはずだ。
「……なるほど。
いろいろ承知した。
相手をするには胃の痛い総司令官だが……仕事は実にやりやすい。
信じ難いことに兵站の心配がないからな。
おかげでゼウクシスは、新領主の我が儘対応に専念出来るくらいだ。
目を血走らせて大元帥に感謝していたよ。
おっと……今のは失言だ。
体が鈍っているからな。
運動でもしておくか」
どうやらいろいろ苦労していそうだ。
今度、心温まる激励の言葉でもかけてやろう。
「どうぞご自由に」
ふたりは、来たときよりすこし元気になって退出していった。
士気の維持はなんとかしてくれるだろう。
◆◇◆◇◆
モルガンが、怪訝な顔をしながら、俺の前にやって来た。
「少々意外でした。
ラヴェンナ卿が、個人の自由と平等を絶対視していないとは。
薄々気付いてはいましたが……明言されるとは驚きです」
モルガンですら、俺が最重要視している……と疑っていたのか。
それだけラヴェンナが、自由な空気に満ちているからだろう。
「自由はいざ知らず……。
平等に関しては、ラヴェンナ統治の要点にしていますよ」
「機会の平等ですな。
ラヴェンナ卿は、結果の平等を嫌っていますからね。
ただ、平等が要点とは初耳です」
俺が単純に捻くれているからだが……。
ラヴェンナ平定前に、平等の概念を考えた。
化外の民と蔑視されるラヴェンナ市民だが、統治そのものを否定していない。
否定しているなら部族すら成立しないからだ。
そこで彼らが納得出来て、持続性のある条件として平等を使うことにした。
「機会の平等も含まれますが……。
私の重視する平等は本質的なものですよ」
「世間一般で使われている平等とは違う意味ですか?」
「大きく違いませんが、化粧を削り落とした平等ですね。
人は本能的に、自由と平等を求めます。
ストレスを強く感じるのは不平等……理不尽とも言いますが、それを押しつけられたときではありませんか?」
モルガンは無個性に肩をすくめる。
無個性だがどこか楽しげだ。
「理不尽はたしかに、大きなストレスを感じますな。
それは不平等からくると。
なかなか面白い着眼点です」
「人は平等に共通の理を尊重する……理想ではありますがね。
理の形は時代によって変わりますが、集団的暗黙の了解である理を正しいとする本能は変わらないでしょう。
だから罪悪感も自分が理を破った……つまり、不平等な行為に手を染めたことからくるものかと。
極限状態でも維持される秩序は、集団の持つ理の原型だと思います」
モルガンは妙に感心した顔でうなずいた。
「極限状態でも、なんらかの秩序は限界まで維持される……と聞きます。
それが理であると」
「生き延びるために、仲間の肉を食った者が、後ろめたさを持ちながら生き続ける。
聞いたことがあると思います。
生きる為に仕方のないことでも、理を破ったことへの忌避感は強い。
理を破った不平等が自分を
理屈でなら、自責の念や忌避感は少ないでしょう。
ところが……それはとてつもなく大きい。
人食いを忌まわしく感じるのは、この社会における理ではありませんか?
肉親殺しも同様にね。
どれだけの事情があって同情したとしても……隣に住まれて平気でしょうかね。
本来は気にしなくていいのに、気になってしまう。
これは本能的な反応だと思います。
と、まあ……ここまで言ってなんですが……。
すべて私の仮説にすぎません。
こじつけと言われても仕方ありませんね」
『仮説を元に統治しているいい加減な支配者だ』と非難されれば反論しようがない。
幸い結果がすべてなので非難されることも少ないが……。
俺としては、この仮説に議論を挑んでくれる人が欲しい。
募集しても誰も議論を挑んでくれないが。
「人の心など誰も証明は出来ないでしょう。
個別の事例を元に反論出来ても、その事例が例外かもしれませんしね。
この話はよしましょう。
論理学の話になって、何日かかっても終わりそうにありませんから。
それにしても……ラヴェンナ卿は統治に本能を考慮されるのですな」
「本能を無視した統治は、力の統治か洗脳的統治となり、早晩長く続きませんからね。
しかも、発展はせず時代に取り残されます。
稀に生まれる天才的独裁者によってしか救われません」
「たしかに……。
そのような天才的独裁者など、奇跡のような存在ですな。
発展を視野に入れつつ安定を目指すと。
それで、本能的な自由と平等とは?」
「自由はそのままです。
好き勝手に出来ること。
ここで大事なのは平等のほうでしてね。
定義すれば……、自分の働きに見合った成果が得られること。
仲間内で成果を融通しあうことはありますが……。
あくまで自発的です。
積極消極の差はありますけどね」
モルガンは、唇の端を歪める。
「実際は、働きより過大な成果を望むでしょう」
それは第三者の観点でしかない。
ここで問題となるのは本人がどう考えるか……だ。
基本……人は自分に甘い。
例外もいるがごく少数だ。
「それは第三者の視点です。
誰が、頭の中に第三者を飼っているのですか?
純粋なる正当な評価とは……主観と願望のクリームで固められたケーキにすぎません。
普通の人は成長するにつれて、このケーキは甘すぎる……と自覚させられる。
他人の評価によってね。
正当な評価は、誰しもが食べられる程度の味変を強いられるでしょう。
結果として、それなりの客観性を持つに至るわけです」
モルガンが珍しく困惑顔になる。
「客観性ではなく……自己評価で正当さを求める。
それが甘すぎるケーキですか。
まったくラヴェンナ卿の冗談は笑えない。
つまり甘すぎるケーキだけ食べて肥満になった異常者……とでも言いたいのでしょう。
たしかに異常者は醜悪ですが……。
流石の私でも笑えませんよ」
冗談を言ったつもりはないのだが……。
「どれだけ、理不尽な優遇を求めても……本人は正当な要求だ、と思うのです。
しかもそれは、普通と
むしろ普通に近づくことは、理不尽を強いられている……とすら思うでしょう」
「それほど歪んでいたら社会で生きていけないのでは?」
排除されるのは、よほど本能のまま生きている場合だろう。
多数派は敬遠されながらも社会に紛れ込む。
「運次第……ですね。
甘やかしてくれる親族が力を持っていれば……歪んだまま健やかに成長出来るでしょう。
もしくは上位者にのみ従順な可能性もあります。
この可能性が一番高い。
この場合、ある種の論理によって耐性が強くなります」
「偉い者が理不尽を押しつけるのは正しいと?
たしかに……よくある事例ですがね」
「そうです。
しかも歪んだ者は理不尽への耐性が強い。
理不尽とは思わないのですから。
むしろ正当化すらされる。
偉くなれば、なにをしても許されるのだ……とね。
もしくは、理不尽な環境に身を置きすぎて適応してしまう事例があります。
適応した場合、平等の論理が歪んだ者と同質になる。
偉くなってから異常さが知れ渡る人は、何方かの事例でしょうね」
モルガンは珍しく大きなため息をつく。
かなり辟易しているようだ。
「まったく……私でも胃もたれする内容を、嬉々として話される。
困ったものです。
しかも内容が妙に具体的だ。
まるで見てきたかのように話される。
これでは、長老の経験談を聞かされている気分になります」
久々に老人扱いされたな。
もう風化したかと思ったが……。
まあいい。
「スカラ家は大きな家ですからね。
黙って観察すれば類例は腐るほど見つかりますよ。
たしかに胃もたれするかもしれませんが……。
なぜそうなったのかに興味があったのです」
モルガンは芝居がかった仕草で頭をふった。
「私の想像力の
失礼ながらラヴェンナ卿は規格外の奇人変人です。
幼い頃から人間観察に留まらず、その根源にまで興味がおありだとは」
「そこまで仮説を立てなければ表面しか知ったことにはならないでしょう?
将来的にも役立つと思いましたからね。
趣味と実益を兼ねたわけです」
「後付けの理由ですな。
それでは、世に多く潜む……なんと定義したものでしょうかな。
小物というのも違う気がしますし……幼児とも違う。
獣にしては小賢しすぎ……適当な造語などありませんかな?」
いきなり言われてもなぁ……。
思わず頭をかいてしまう。
「純自己中心主義でいいのでは。
実例としてはロマン王がわりと近いと思います。
平等の定義が、幼い頃の純粋なまま残っているのですから。
いわば、自我が生きた化石のようなものです。
普通は、他者との関わりによって進化しますからね。
そうなれば、生まれたままの純粋な姿ではいられません」
「使徒が言及していた生きた化石ですか。
絵でしか見たことはありませんが……異様な姿でしたな。
実在すれば……ですが」
純自己中心主義は、お気に召さなかったらしい。
スルーされた。
相変わらず失礼なヤツだ。
「そうですね。
ただ、異様な精神を持った人は残念ながら実在します。
当然ルルーシュ殿も見たことがあるでしょう。
理不尽への耐性が強い人は人一倍上昇志向が強い。
偉くなって、いい思いをしたいからです。
自分は耐えてきたから今度は自分の番だ……とね」
「理不尽な環境は、理不尽が伝統となる事例ですな。
この場合、組織としての結束は、固くなる利点がありますから……。
絶えることはないでしょう。
まさにラヴェンナ卿の
私には理解し難い世界ですがね」
モルガンのような男には耐え難いだろうな。
俺も同類だが。
「それが楽な組織維持法だからですよ。
忠誠はなにも考えなくていい。
そして仲間意識も高まる。
ある意味、人々の欲求に適応した組織形態ですよ。
ただし、自我を捨てられないと苦痛ですが」
「自我を捨てられないと、自己の平等観にそぐわないから……ですな?」
「その通りです。
話がずれてしまいました。
人は自由の侵害より平等を踏みにじられるほうが苦痛に感じるものです。
最悪の不平等より最悪の不自由を選択する。
逆にどれだけ自由を担保しても、不平等を感じさせると社会は荒廃します。
だから平等の基準を可能な限り明示しつつ、普遍的なものにするべきでしょうね」
モルガンの目が鋭くなった。
「普遍を追求したところ、根源的な平等に辿り着いたわけですか」
「ご名答。
まあ……不思議だったのですよ。
どう考えても、理不尽を強いている人が、自分の正しさを強く認識していることがね。
暇なときにいろいろ考えた結果ですが……。
他人にとって理不尽でも……押しつける当人にすれば平等だと考えている。
理不尽を是正しようとすると? 信じられないくらい強く反発します。
これは本能的な平等を侵害されたと感じるから……と思いました。
つまり他者と自分を同じ平等基準に置いていない。
私にすれば奇妙な平等ですが……。
その人たちは二重基準の平等でも平気なのでしょう」
「なるほど。
強い反発の理由は本能を刺激するからと。
少々考えすぎのような気もしますがね。
気に入らないものに対しての反発とも言えませんか?
理性的に考えて怒る輩など滅多にいないでしょう」
「かもしれません。
これが正しいというつもりは毛頭ありません。
あくまで私の仮説だと思ってください。
『感情的な反発でも、その根源になにがあるのか』まで考えてしまうのは私の悪い癖ですよ。
ルルーシュ殿も、異論があれば是非私にぶつけて欲しいものです。
そうすれば仮説にしても、もうすこし磨きがかかるでしょうから」
モルガンは珍しく渋い顔をして頭をふる。
どうも嫌らしい。
「無茶を
普通は、ありふれた理不尽の理由をここまで掘り下げて考えません。
私は、事象の浅瀬を効率よく泳いでいるだけです」
「まあ……気が向いたらで。
私にとっては、ありふれた理不尽ではなく……ありふれた悪に感じただけです。
悪と感じたからこそ向き合ってみたくなったのですよ」
モルガンが意味深な笑みを浮かべる。
いかにもなにか含みのある笑顔だ。
「ラヴェンナ卿はラヴェンナ市民が反骨心旺盛と
私にはラヴェンナ卿が1番、反骨心の塊に思えますよ。
体制側の人間が最も反骨心の塊なのはなんとも……」
「否定はしませんよ」
モルガンは満足気にうなずく。
俺が否定したら、嫌味でもいうつもりだったな……。
「自覚がおありのようで大変結構。
ところで、この平等の理念をどうラヴェンナ統治に組み込んだのでしょうか?」
「あくまで平等を求める心は誰にでもあるのです。
それはラヴェンナ市民も同じでしょう」
「ラヴェンナ市民は、使徒教徒の社会から化外の民と蔑視されていましたな。
つまり使徒教徒の平等には
正しい認識だ。
そして大事なのはラヴェンナ市民も平等自体は否定していない。
むしろ飢えてすらいた。
「そうです。
ラヴェンナ市民の言い分にも理はあるでしょう。
とくに忠誠心を軸にした組織形態で、正当な報酬を求めることは、卑しい行為と取られます。
だからこそ、忠誠心に甘える者が多いのもまた事実。
本来であれば、忠誠心を求めるかわりに、手厚い保護を加えるべきなのですが……。
それをせず、口先だけの奇麗事で他人を酷使するか使い捨てる。
ルルーシュ殿もそれは散々見てきたでしょう?」
モルガンが声を立てずに笑う。
珍しく感情がこもっている。
嘲笑と自嘲が半々……といったところか。
モルガンも使い捨てられそうになった立場だしな。
この
「たしかに、仲間意識や忠誠……やり甲斐など。
あらゆる言葉で誤魔化しつつ、人を格安で働かせようとしますな。
もしくはタダで。
これで使う側も格安で働くなら、ある種平等でしょうが」
「それはないでしょうね。
タダで働かせたがるのは、自己の利益を増すためです。
自分まで損をするなら無意味でしょう。
契約などでの縛りがないので、雇用主の良心頼みという面が強いですね。
道徳や公徳心のような良心の縛りが弱まったとき、ありふれた悪が広がるだけでしょう」
モルガンはフンと鼻を鳴らす。
とくに反論する材料が見当たらなかったらしい。
「恐らくそうでしょうな。
良心や善意を巧みに悪用するほど利益は大きいものです。
かくして、真面目な者が後始末をさせられる。
まったく……人の世は喜劇に満ちています。
それで……ラヴェンナ市民にどう基本理念を提示したのですか?」
モルガンは誤解されやすいが、極めて真面目なタイプだ。
不真面目なら、俺の顧問など務まるはずもないが。
「最初は明言しませんでしたが……。
ただシンプルに、働きに見合った報酬が得られる平等を提示しました。
人には向き不向きがあるので配慮は必要でしたね。
これらを契約という形で、目に見える形での合意にしました。
もし……働きに見合う報酬が得られないなら? それは平等と呼べません。
そして人は本能的に、この不平等を嫌いますからね。
ですが……結果だけを注視しては社会が荒廃します。
なので、経過も考慮することにしました」
「平等に扱うからこそ、個人の働きに応じた結果が
面白い視点です。
結果が不公正に
5働いたら5の成果。
10働いたら10の成果。
それを他人が盗むのは許さない。
他人の功績を盗んで、自分の評価にする輩は泥棒と同じだ。
逆に言えば、自分の働きが直接成果になる。
共同作業ではそうもいかないが……。
まとめ役の働きは、当然成果として見なすようにしている。
まだまだ発展途上であるが。
「そうです。
社会的組織においては、最も苦労したものが最も評価されるべきでしょう?」
「だから、出世するほど苦労するわけですな。
ふと思ったのですが……。
ラヴェンナにおいて詐欺が、殺人の次に重罪とされるのは、この平等の理念によるものですか?」
これは驚いた。
よく気付いたな。
この理念があるから、余所から非難されても譲るわけにはいかなかった。
根源の整合性を無視するとすべてが個別事例になる。
かくして、不平等な法が跋扈してしまう。
「よく分かりましたね。
ただし、どう考えても有り得ない餌に食いついたなら、被害者救済の割合は下がります。
流石に『銅貨1枚で金貨1枚が手に入る』かのような詐欺に引っかかる人を助けるのは可笑しいでしょう?
被害者救済の予算には限りがあるのです。
「そうですな。
そこまで馬鹿でなくとも、補償が約束されれば……警戒心はなくなります。
金が幾らあっても足りません。
それにしても、ラヴェンナ卿の平等を伺ってから、様々な社会制度がそれに則っていることに驚きました。
かくも平等の理念とは幅広いものであると。
世に跋扈する中抜きにもラヴェンナ卿は大変厳しい。
相応の働きを求めるわけですからな」
「そうですね。
必要な中間業者は認めます。
ただ……行動と結果の間に入り込んで中抜きをする寄生虫のほうが多い。
なにせ儲かりますから」
モルガンは皮肉な笑みを浮かべて肩をすくめる。
「たしかに……。
使徒教徒は、身内の集合体故に、身内との間に入って中抜きをする寄生虫が生息しやすいわけですか」
「そうですね。
本来は、異なる集団の間に入って利害調整をする役割です。
それで円滑に機能する。
ところが……真面目にそのようなことをするより、仕事をせず中抜きに励んだほうが得です。
しかも身内以外は人扱いしない性向がそれを助長させる。
これも不平等に感じる一因ですね」
「ラヴェンナのように組織が明確、かつ契約が軸では、そう簡単に中抜きは出来ません。
ラヴェンナ卿は、社会労力の無駄を徹底的に嫌う御方ですな。
おかげで特定の寄生虫からは激しく憎悪されるわけですが。
これも彼らの平等を侵害したからと」
「だと思いますよ。
馬鹿馬鹿しいとは思いませんか?
元来なくて困らない仕事など、社会の無駄に他なりません。
不必要なことに、金と労力を費やすのは趣味だけでいいと思っていますから」
「趣味の重要性は常々
「人は平等を欲すると同時に、平等から解放された自由を求めます。
平等と矛盾する自由の平和的解決方法が趣味だと思いますね。
人である以上趣味を否定したり、下手に規制するのは愚行でしょう。
他人に迷惑をかけない限りね。
そして趣味は多様化し、拡大していきます。
ですから趣味に関わる仕事は必要でしょう」
「言葉は悪いですが……頭の可笑しい趣味でもラヴェンナ卿は否定されませんな」
モルガンに言わせれば、ラヴェンナで乱立する趣味は意味不明らしい。
だから正統的な文学や演劇、歌唱などを広めようと熱心に活動している。
おかげでラヴェンナ内のモルガンの評判は、胡散臭い寝返り者から、胡散臭い優雅な趣味人に変わっていた。
「他人に強要しないなら、誰がなにを好もうと構わないでしょう。
そこに商機を見いだすのも」
「ラヴェンナ卿は、ある一線を超えない限り呆れるほどに寛容ですな。
平等についてはよく分かりました。
それで自由に関しては根源的意味に立ち返らなかったのですか?
これも本能的欲求だと
当然考えたが……。
これを最優先とするには、人の理性や自制心が不足している。
考えれば考えるほど、自由には危険が潜むことに気付かされた。
それとなにか覚えていたような気もするが……。
忘れた。
前世絡みだと思うが。
それでも……ゼロから、創造主世界の破滅について聞けたからな。
自由の果てに破滅した世界のことを。
これで記憶の欠落はかなり埋まった。
「自由に枷をかけないと未来で、大きな問題を起こしますから。
なにより尊いなど、
モルガンの目が細まる。
これは聞かないと気が済まない……と言わんばかりだ。
「これは興味深い。
是非お伺いしたく」
いいけどさ。
ひとつ問題が……。
「構わない……と言いたいところですが……。
話しすぎるとキアラが厄介ですからね。
出来れば戻ってからにしたいところです」
モルガンが満面の笑みを浮かべる。
「それは心配無用。
伺った言葉は整理してキアラさまにお渡ししていますから」
これは意外だ。
「ルルーシュ殿もキアラには気を使いますか?」
モルガンは声を立てて笑いだす。
居眠りをしていたヤンが目を覚ますほどに。
「違います。
キアラさまは私を嫌っておいでです。
その相手に、ラヴェンナ卿の言葉を教わるのです。
なかなかの快感ですよ。
当然謝辞を述べられますが……。
隠しきれない内心の苦虫をかみつぶした顔。
これこそ最高の愉悦です」
絶対俺が八つ当たりをされる未来が待っている。
思わずため息が漏れた。
「はあ……やりすぎないように」
転生したけどチート能力を使わないで生きてみる 大邦 将人 @Jester68k
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