1-③

1―③

 司令棟は城の中の城。重々しさと頑強な雰囲気は、城壁部と遜色ない。さらに司令棟の敷地内には司令塔があり、城塞司令官の居室がある。ロンドはてっきりそこに連れていかれるのかと思ったが、グレイは司令棟の中庭に出ると、中央にある司令塔には行かず、中庭を横切った先にある小さな池のほとり、大きな楓の樹の下にある東屋へ向かった。

「団長」

 グレイが話しかけた人物は東屋の作り出す日陰の下、ベンチに座って本を読んでいた。

「ロンド。団長に説明を」

 グレイに言われてロンドは慌てて、狼煙ではなく早馬が来たこと、早馬に乗っている兵士の紋章のこと、を自分の見解を交えて説明する。

 エン公国鋭鋒騎士団―通称北方騎士団―騎士団長にして、ブルーフォレスト城城塞司令官、ついでに騎士ランクマスター21の称号を持つアルミス・ギオはテーブルの上に両肘を着き、組み合わせた手で口元を隠したまま、聞いているのか聞いていないのか良く分からない。

 ロンドは城の最高職位であるアルミスを何度か見たことはあるし、すれ違ったことも―多分何度も―ある。それでも、まじまじと対面したのは初めてだった。

 噂では、ロンドのいくつか年下。

 監視塔のチーフが書く業務日誌にこの時の描写がある。

 ロンドは筆まめな男ではなく―ロンドの記名が見られる5年間を見る限り―業務日誌には天気の事しか書いていなかったが、この日の業務日誌には、珍しく細かい描写が残されている。

 「城塞司令官は40になったかならないかのはずだが、間近で見ると、それより若い方に年齢不詳に見えた。髪は茶色がかった黒。無雑作に額にかかる髪は豊かで―羨ましい―副団長のように綺麗に梳いてはいない。鋭鋒騎士団将校用の赤襟と青い袖口の黒シャツのボタンをふたつ外してだらしなく着こなしているが、シャツの色合いのせいか、東屋の日陰のせいか、はたまた当人の顔立ちやら目つきのせいか極めて落ち着いて知的な感じがした。物腰柔らかで、威圧的な感じは一切しないのに、妙な迫力があった。一言でいうと、良く分からない人、だ。それだけに、なんとなく、敵にはしたくない、と思った。いろいろな意味で」

※(文末の「いろいろな意味」の部分に関しては、歴史家の間でも、それこそいろいろな解釈がある)

 ロンドは汗をカキカキ説明したが、だんだん自分が矮小に思えてきて必要以上に見解を入れるのを止めた。

 その瞬間、すっと風が感じられるようになり、汗が引くのが分かった。

 話終え、ロンドが無言で所在なく佇んでいると、アルミスは、ご苦労様と言って頷き、少し笑った。

 ロンドはこの年下の団長のことが急に好きになった。

 グレイに促されてその場を離れる時、生まれて初めて気持ちを込めて敬礼した。

 持ち場に戻るときの足取りは、なんだか浮足立っているのが自分でも分かった。



 

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