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1―④
早馬に乗っていた騎士はギース・シャリオンと名乗った。
公国第一騎士団、情報部付きで騎士ランクは下Ⅲ位。
不眠不休で来たのだろう。
ただでさえ疲れ、やつれている様に見えたが、城に入ってからの5重のチェック―通行札の確認、身分証の確認、所属長に関する質問、エン公国公歌を歌わせる、騎士団長謁見用の合言葉の確認―でさらに追い打ちを食らったような顔をしている。
二人いる北方騎士団副団長のもう一人、城塞防衛担当のフリント・クラウド―騎士ランクⅩⅣ位―は死にかけのアライグマのようだと思い、また、実際に口にして言った。
「おい、若いの。おまえさん、こう、なんか死にかけのアライグマみたいじゃが大丈夫かい?」
シャリオンは不機嫌なのか具合が悪いのか、不機嫌なのを具合の悪さで誤魔化しているのか何とも言えない渋面を作ると、瞬きをして聞いていることだけは伝えた。
「老。クラウド老は死んでいるアライグマを見たことがあるのですか?」
別名、黒のアイリ。アイリ・ロビンウッド。黒い死神とも恐れられる女性騎士で騎士ランクはⅦ位。アイリは名前に由来する黒髪をサアッと掻き揚げると揶揄するような口調でクラウドに話しかけた。
「おおう。見たことあるとも。死んでる、ではなく、死にかけ、じゃがな」
「どっちにしても失礼ですよ。シャリオンさん、疲れてるのに」
城塞内司令棟内司令塔内戦術士官会議室。
公都から早馬来る、の報を受けて、早馬の到着前にすでに7人の騎士団幹部が顔を揃えていた。
司令塔7階にあるこの部屋には、中央の幅広の細長いテーブルに、明り取り用の窓枠から秋の午後の穏やかで郷愁を誘う日差しと風が入ってきていた。
窓枠に切り取られた天高い空は、「秋の空」と銘打たれた1枚の絵画のよう。
青9割の背景に一片の雲が、ゆっくりと右から左に流れていく様は、人生の永遠と刹那を感じさせた。
入り口から一番遠くの正面にアルミス。アルミスから見てテーブル左手にグレイ、右手にクラウドの二人の副団長。グレイの右隣、入り口方向には騎士団部隊統括のジム・サーキュレーター。その正面―クラウドの左隣―にはアイリ。ジムの横にはジルバが座り、その正面―アイリの左―にはペシェ・シャルロット。アルミスと対峙するように着席したシャリオンの後ろ、扉横にジルバが立ったまま腕組みして壁に寄りかかっている。
(※後に「礎の24将」と言われる騎士達の内、4人までは揃っていた。)
北方騎士団の本拠地、「北の城ブルーフォレスト」に駐留する鋭鋒騎士団5千人を指揮する7人の騎士。城塞内において、錚々たる面子である。
もちろん―お茶は出ていたが―この部屋に集まった理由は秋の午後の穏やかさを語り合うためではない。
内輪のおちゃらけた会話を続ける二人に困ったような視線を向けると、城塞司令官にして騎士団長のアルミスは、軽く右手を挙げた。
グレイが察したようにクラウドとアイリの会話に割って入る。
「二人とも。団長が迷惑がっている。それに、シャリオン殿も早目に休ませたい。少しお静かに」
「はーい」
二つ名と同様、真っ黒な上下のアイリはつまらなそうに頭の上で手を組むと、椅子によりかかる。
クラウド老は見事な顎髭を上から下に漉いて、承諾の意を示した。
「それで、シャリオン殿。公都第一騎士団の貴殿が早馬で来るとは何事ですか?公国第一騎士団は公国のエリート騎士団。ましてや情報部付きとあってはいわゆる密使。尋常ではない報告のようだが」
グレイがシャリオンに問う。
シャリオンは小さく頷き、胸当てについている小さな隠しポケットから紙片を取り出すと、両手で掲げるように差し出した。
「エン公国騎士団大元帥、マムダス様からアルミス団長に直接お渡しするように言われ、持ってまいりました」
一番近くに居たジルバが受け取ると、アルミスに渡しに行った。
受け取ったアルミスは、紙片を開くと目を通し始める。
ぱっと見、薄手の書簡はそれなりの枚数があり、全部読むには時間がかかりそうだった。
グレイは視線をアルミスからシャリオンに移すと言った。
「シャリオン殿。我々も知ってもいい情報かな?」
「もちろん。でなければすでに人払いをお願いしている」
「では」
咳払いをひとつ。
「団長が読んでいる間、事の詳細をお話願いたい。団長、よろしいですか?」
目だけ動かしていたアルミスが、こくん、と頷いた。
応じてシャリオンも頷く。
「拙い話しぶりかもしれないが、確かにその方が話は早い」
「大丈夫、お茶はあるし、お菓子も持ってこようか?」
アイリが言う。
食欲がないので、と断ってシャリオンは公都フランケルトで起こった反乱劇について語り始めた。
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