1-⑤
1―⑤
事の起こり―とシャリオン他、情報部の騎士たちがそう考えている事件―は先月の半ば。
エン公国自体が北国であるとはいえ、9月にしてはひどく冷え込む夜の事。
監視塔や、市街地警邏の一部の騎士達を除く、公都の民から公王オルム1世、公太子にして、次期公王ビーン、その飼い犬のハルクまでもが深い眠りに入り、公都が寝静まっていた午前1刻と半時。
公都でも珍しい、というか、新公王になるビーンの御触れで、深夜の営業が禁止されているにも関わらず密かに営業している違法な酒屋でその密談は行われていた。
「ほんとか?それは?」
「ああ、間違いない。妹が騎士団本部で聞いた話だからな」
「しかし、そんな…」
「いくら新王が無能だからと言って、そんな愚策を?王国の現状をどう思っているというのだ?信じられん」
「疑問符が多いな」
「そりゃそうだろう。だいたい、お前の妹がなんでそんな重要機密を手に入れることが出来る?」
「参謀本部の誰かと寝たとか?」
「…妹はそんなやつじゃない」
「分かるものか」
「まあ聞け。参謀本部長は誰だ?」
「馬鹿にしているのか?マムダス翁その人だろ?ここ20年変わらないはずだ」
「まったく、権力者連中は権力にしがみ付くものよ」
「その話はいい。続きを」
「マムダス様は公国大元帥にして参謀本部長。騎士団総団長でもある。あのお方のおかげでこの国は小国といえども他の公国に一目置かれている」
「そうだな。それが?」
「我々一般の騎士にも尊敬、というか崇拝者は多いし、一癖どころか二癖も三癖もある各騎士団長連中やら小うるさい文官方にもにらみがきく」
「ああ。実際、叩き上げだからな。公王や新公王よりもあのお方を慕う騎士たちは多い。むしろほとんどそうだろ?」
「新公王?おれはまだ認めんぞ」
「いいから」
「ところがそんなマムダス様だが、唯一欠点がある」
「なんだ?犬好きなところか?」
「今度口を挟んだら出て行ってもらう。場合によっては二度と朝日がみられんぞ」
「…わっ、悪かった。剣を置いてくれ」
「ふん。マムダス様の欠点は、声が大きすぎることさ」
「どういう?」
「妹が、ジュリアが参謀本部にお茶を補充しに行ったとき、マムダス様の大声を聞いたらしい」
「なんて?」
「新公王の指示で、騎士団の改廃と…」
「…」
「騎士の大幅な」
「!」
「削減」
「なっ!じゃあ俺たちは一体!」
「まだ続きがある」
「…皆、聞こう」
「削減した騎士の内半数を平民にし、」
「なんだと!」
「そうざわつくな。話が聞こえん!」
「半数を北の帝国との戦いに派遣するらしい」
「北の帝国と戦うだと?!」
「なぜ今?」
「自殺行為じゃないか?!」
「死ねということか?!」
「そういうことだろうよ」
「お前!よく冷静でいられるな?!」
「冷静?この手の震えを見ろ!これが冷静な騎士の手か?!ああん?!」
「おい、よせ。よせよ。仲間割れしている場合か」
「すまん。しかし、お前は冷静だな」
「ああ、冷静だとも。公太子の無能で今までどれだけの怒りに耐えて来たか。今更驚かん。ただ…」
「ただ?」
「覚悟を決めただけだ」
「いよいよな」
「ああ」
「このままじゃ俺たち、何のために生まれて、何のために騎士になったか分からん」
「確かに。この不満は我々の国だけに留まらず、全公国に渦巻いているはずだ。神の御使いの8神だかなんだか知らんが、神話の時代から連なる名家と嘯いて国政を好き放題しやがって」
「だいたい67年前の大戦自体、あいつら公家のエゴじゃないか。神の御使いの順列を決めるべきだとかバカげた理由で、一体何人の騎士が死んだと思う?20万人だぞ?20万人。それがのうのうと手打ちした挙句、何の痛みもないまま絶対君主として君臨し続けた上に、血族で権力を継承し、我々に厳しい暮らしを強いる」
「そうだ。今のままでは国民に夢も希望もない。年々暮らしはひどくなっていくばかり。騎士団の担い手も減り始め、人口も減り、生産力も落ちている」
「いいのさ、やつらは。末代がいつまでかは知らないが、今後何代続いても好き放題やって食っていく財力があるからな」
「ひどい話だ」
「ああ。ほんとに」
「やらねばならんな」
「ああ、ほんとに」
「いつにする?」
「状況が整い次第、すぐに」
「おい、状況は?」
「しゃべっていいのか?」
「ああ。無駄口は叩くなよ」
「ああ、分かってる。状況だが、まず警護騎士団の団長、アクツは駄目だ。あいつの興味は趣味の庭いじり以外、ない。平穏しか望んでいないよ。もうすぐ定年だしな。それに、ある意味当然だが、公国第一騎士団も。第一騎士団長は公太子の弟だからな」
「無能なくせに。公都防衛騎士団は?」
「今話す。防衛騎士団も無理だろう。団長のベルヘルについていろいろ調べたが、がちがちの王統派だ。北の帝国への遠征も、やつの進言だといううわさもある。一度会ったことがあるが、鼻もちならんキザ野郎だ」
「おいおい。じゃあどうする?同志を集めたって200にはならんぞ?そんなんで公都制圧、公王制の廃止なんて無理だろう?」
「まあ待て、他の騎士団がある」
「他って…公都に駐留する騎士団以外なんて動かせないだろう?よしんば動かしたところで絶対成功なんてしない!すぐにばれてお仕舞だ!」
「東西南北の4騎士団ならな」
「それ以外…中央騎士団?無理だろう?あそこの団長はそれこそがちがちの王統派、粛清のカートその人じゃないか!」
「その粛清がやりすぎだってことで、更迭されるらしい」
「ほんとか?いつ?次の団長は?」
「今月末には。年明けすぐに新公王就任の発表がある。実際に公王の座に就くのは来年の年末らしいが。その前に、少しは俺たちや民草の不満を解消したい、そんなところだろう」
「ふん。そんなんで騙されるかよ。それで、次の団長は?」
「中央騎士団のマスター騎士、セルティック」
「あの悪名高いセルティックか?!」
「おまえ知ってるのか?」
「ああ、知ってるも何も。北方騎士団時代の上官だからな」
「どんなやつだ?」
「一言でいうのは難しいが…」
「言ってみろ」
「それじゃあ、下種野郎、だな」
「それ、一言か?」
「うるさい。黙れ」
「いや、もっとなんというか具体的にだな…」
「いや、下種、なんだよ。あらゆる意味で」
「まさか、マスタークラスの騎士で、中央騎士団副団長だぞ?公都周辺に睨みを利かす、タリオンの城を預かる人間が下種って。さすがに公国の人事もそこまで腐ってはいないだろう?」
「ほんとに腐っていないと言い切れるか?」
「いや…それは」
「確かに。現状を考えるとそうも言いきれんな」
「しかし…もう少し詳しく人となりを聞かせてくれ。単なる下種なら知り合いにも大勢いるが、それでも騎士団副長はもちろん、マスターナイトになれるとも思えない連中だぞ?」
「そうだな」
「ああ。まあ、北方騎士団時代に見聞きした話だ。直接見たことも被害にあったことも、本人と飲んで語ったこともないからあくまで噂だが、まず女癖が悪いらしい」
「悪い?」
「いや、最悪らしい。少しでも気に入った女を見るとあの手この手、ひいては力づくでモノにするらしい」
「ひどいな」
「ああ。実際、妹や姉、姪、自分の妻まで毒牙にかかったという人間も知っている。北方の酒場で自棄酒してたやつに直接聞いたことがある。そいつは結婚したばかりの幼馴染を寝取られたらしい」
「ひどいな。それで?」
「そいつの奥さんは翌日帰って来たらしいが…」
「それで話を聞いた、と」
「いや…死体になって帰って来たらしい。なんでも、手籠めにされたか後かされる寸前に城内中庭に身投げしたとか」
「ひどすぎる」
「それは手籠めの後かな?先かな?」
「馬鹿かおまえは?」
「なんでだ?」
「論点が違う」
「気にならんのか?」
「気にならんね。どちらにしても吐き気がする話だ」
「しかし、副団長、なんだろう?」
「ましてやマスターナイト」
「そうだな。剣技だけならともかく、マスターナイトともなるとその人間性も問われるはずだ。単に公国の階級だけならともかく、ナイトの序列の決定には総公主騎士団評議会が関わっているんだぞ?」
「分からんよ。マスターを取ってから性格が悪くなっちまったのかもしれないし、評議会院だって人間の集まりだからな。よくいるだろ?なんでこんな奴が自分より上級騎士になってるんだ、ってやつ」
「いるいる。Ⅹ位とかⅩⅡ位とかクラスの連中でも鼻持ちならんやつは沢山いるな」
「まあ詳細は分からんがね。更に言うと、さっきの階級の話だが、やつはあらゆる手段で上り詰めたらしい」
「あらゆる手段?そんなのあるのか?」
「聞きたいか?」
「聞きたいね。後学のためにも」
「おまえに役に立つかどうかは疑問だがね。あるゆる手段っていうのは、買収、ゆすり、脅し、それに略奪、だな」
「買収は分かるが、他が分からん」
「つまり、人の弱みを握るってことだろ?」
「そうだな。あと、略奪は、人の手柄を盗んで自分の物にするってことだな」
「ひどい」
「おまえはさっきからそればっかりだな」
「すまん。他に言葉が思いつかん。しかし、そんなやつに頼っていいのか?他にいないのか?」
「現状思いつかん。それに…」
「それに?」
「そんなやつだから、頼るのではなく、心置きなく利用出来るんじゃないか?更にいうと、そんなやつだったら、上手いこと交渉すれば我々の側に寝返らせることが出来るんじゃないか?」
「一理ある、な」
「しかし、それでは我々の正義が!」
「落ち着けよ。そもそも正義で飯が食える訳でも、公王制を覆えせる訳でもない。そんなんだったらもう世の中変わっている」
「そうだな」
「よし、セルティックに会いに行こう。誰が行く?」
「オレが」
「俺も行こう」
「よし。いいか、一応あれこれ理由を付けて2,3日は誤魔化せるが、基本的に戻れるのは反乱が成功してからだぞ。覚悟はいいか?」
「ああ。オレは天蓋孤独の身だ」
「俺には妹がいるんだよなぁ」
「辞めるか?」
「いや。やるよ。妹に挨拶だけするけど」
「急げよ。もう待ったなしだ」
「ああ」
「あと、妹にはなにも言うなよ。任務の一環だ、とだけ言え」
「…大丈夫。しゃべらないよ」
「頼むぞ」
「じゃあ後で」
「今夜立つのか?!」
「当たり前だ。やるなら早い方がいい」
「…分かった。一度家に帰って準備してくる」
「よし。一刻後に正門前な」
「こんな夜中に出れるか?」
「あと半刻後から二刻後までは城門警備はシンパ騎士のジャーンの勤務時間だ。なんとかなる。急げ」
「…わかったよ」
こうして深夜の居酒屋での密談は終了した。
この場での密談は、酒屋の名前を取って「プーロンの叛乱会議」と呼ばれている。
そして、お察しの通り、叛乱話は密使に発った二人の騎士の内の一人、カズンの妹、ジュリアの恋人である騎士バールによって翌日の内に警護騎士団に知られるところとなり、叛乱を企てた者の内、公都内にいた78人が拘束され、収監されることとなった。
しかし、これは事の始まりにしか過ぎず、早馬が各地の騎士団や領主に放たれたのは、この密談が引き起こした叛乱ゆえ、である。
警護騎士団は密使に発った二人の騎士を追ったが、ついには追いきれなかったのである。
それには、警護騎士団長アクツの事なかれ主義から来る優柔不断と、密談に参加した騎士たちの命がけの嘘、警護騎士団内の足の引っ張り合い、他の騎士団への面子などが原因とされている。
騎士達は拷問にさらされてなお、密使が中央騎士団へ行ったことをしゃべらず、四方八方の騎士団領へ向かったとか、ヘイブン教皇領へ向かった、隣国のジェーラ・パドヴァへ向かった、果ては総公主の住むブリストンへ向かったと、てんでバラバラに嘘をついたのである。
情報に踊らされてアクツ団長は方々へ小隊を派遣。
それぞれの小隊は功を焦ってあらぬ方へ走り出し、ついには連絡も十分に取れなくなった。
更に遠方へ向かった騎士達は、最初は国境までに捕らえられると高を括っていたものの、次第にこのままだと国境を越えるんじゃないかと思い始め、そのことに臆し始めた。
そうして無駄に一週間がたったが、日数が経てば経つほど無能のそしりを受けることに不安を覚え始め、ますます警護騎士団内に重い空気が立ち込め、更に状況は悪化した。
そして、つい2日前。
週間から2週間が経って、ようやく警護騎士団団長アクツ司令が、大元帥マムダスの執務室の扉を叩き、初めて情報が公に知られることとなった。
マムダスはさすがの公国大元帥。
アクツにドカンと大声で叱責を食らわせた後すぐに情報収集、騎士狩りに専門性の高い公国第一騎士団付きの情報騎士団を招集し、密使の所在を突き止めるべく、命を発した。
命令一下、情報騎士団長モル・ビーム―別名絶対零度のモル―は騎士達を直接拷問、ではなく、騎士達の家族を呼び出し、騎士達の目の前で拷問するという荒業に出た。
家族が呼び出されてから食前酒を飲む程度の時間の後、騎士達はよだれと鼻水だらけの口から、涙ながらに密使の行き場所をげろった―情報騎士用語―らしい。
すぐに情報騎士団から中央騎士団の主城タリオンへ早馬が飛んだが、その二人が戻ることは永遠になかった。
公都から早馬が出た一週間後、公都の北20,000馬蹄(1馬蹄は1.5m)、中央騎士団の常駐するタリオンの城至近にある見張り塔から発せられた赤い狼煙が公都へ届いた。
赤い狼煙は凶事である。
それを見たマムダスは、第一級警戒警報を発令。
発令から間をおかず、情報騎士団は東西南北の騎士団へ早馬を飛ばし、近隣の見張り塔、砦へも騎士が派遣された。
シャリオンは仲間二人と共に北方騎士団への使者として、情報騎士団だけが知る裏ルートを使ってブルーフォレスト城を目指した。
途中、公都の北、タイタンマウンテンから、公道を公都へと向かうヒグマの旗印に緑の軍装の軍隊を眼下に見た。
ヒグマの紋章は、言うまでもなくエン公国の紋章。
そして緑は中央騎士団の騎士団カラー。
その数、およそ3万から4万。
中央騎士団及び、その支配下の諸騎士団の総数に近い。
中央騎士団が公都に向かって大軍を動かす理由など、目下存在しない。
つまり、本格的な叛乱が、始まったのである。
(始まりについては諸説あるが、一般的な始まりは、「プーロン叛乱会議」とされている)
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