講義 2日目 騎士団相撃

「貴様と剣を交える日が来るとはな」

「そうか?俺は最初からこの日のために剣を振っていたんだがね」

 オペラ「誇りと狙い 第3幕 思うか学ぶか」より



2-①

 エン公国は大きく五つの地区に分類されている。最大地区は公都フラルケルトを中心とし、中央騎士団領を含むフラルケルト地方、「北の城」ブルーフォレストを中心とするいわゆる北方と呼ばれるアヴォン地方、東方の海岸沿いに広がる騎士団諸侯53家からなる東方騎士団領、南の要、タンカンファルク要塞を中心とするサリラン地方、西の国境で、隣国ザッハクローフ公国とを隔てているキワイ山脈の連なる、ビオザー城を中心としたウルディア地方の五つである。

 北方騎士団―正しくは北の城に駐留する鋭鋒騎士団―は、公都から早馬が来てから翌々日の10月10日に、その主城、ブルーフォレストを出立した。

 エン公国の八大騎士団の中核部隊の内、北の鋭鋒、南の蒼風、東の月光、西の斬撃、中央の修羅の地方5騎士団は、その特性上、騎馬隊が主構成である。

 各騎士団によって、構成比率に違いがあるが、最も騎馬の構成比率が高い中央騎士団で総数の72%。一番低い西方騎士団でも42%ほどが騎兵で、鋭鋒騎士団は中央に次ぐ64%の構成比率である。

(ちなみに公都防衛騎士団のみ、要塞守備の性格が強く、騎馬の構成比率は27%に過ぎない)

 これは、遠征に向かう際、あるいは有事があった際の、隣国との距離が主たる理由で、8つの公国の中でも、北東に位置し、西と南以外を海に囲まれているエン公国ゆえである。

 南方と西方は、隣国との衝突に備え、防御特性の強い部隊によって構成されており、敵―過去の名残では、敵―の侵略を防いでいる間に、中央、北方、東方から援軍が馬に乗り参上する、という戦略防衛計画にのっとった仕組みだ。

 公国の中で、最強の騎馬部隊は中央騎士団の所有する神速槍騎兵だと言われている。

 公国全土から集めた駿馬、全騎士団から騎士ランクⅤ以上の騎士を集めた最強部隊、だった、のは今は昔。

 異名は現在も残っているが、先の大戦の終結から58年経ち、今は裕福な騎士家の3代目4代目が主流を占める、荒くれ、というよりは素行の悪さが目立つ厄介な騎兵隊、というのがもっぱらの噂である。

 「あの神速」の「あの」の部分は、かつては畏敬の念で語られていたが、失笑とともに語られるのが、昨今の風潮、リアルなところ。

 では、実力で最強なのはどの騎士団の騎馬隊なのか。

 東方騎士団領の斬撃抜刀騎兵?

 いやいや、南方の五月雨弓騎兵?

 はたまた独特の馬術を持つ、西方の幻影投擲騎兵?

 どれも違う、と鋭鋒騎士団と北の民は考える。

 人も馬も、北国の過酷な環境で鍛え上げられた、不動威徳騎兵こそが、紛れもなく最強最精兵である、と。

 各騎兵部隊には、それぞれ、得意とし、主力でもある武具の名称が付いているが、鋭鋒騎士団のそれにはない。

 「騎士」こそが武具そのもの、なのだ。

 どんな立地、どんな状況、どんな敵でも彼らはひるまない。

 騒ぎ立てもしない。

 黙々とあらゆる困難に挑む、それが鋭鋒騎士団の騎士団方針「不動威徳」である。

 ブルーフォレストを出立し、公都フラルケルトを目指した鋭鋒騎士団の総数は3,200と伝えられている。

 そのうち騎兵は3,000。

 略全部隊である。

 しかし、広く知られている様に、エン公国事変において、戦場における不動威徳騎兵の騎兵としての活躍はないに等しい。

 アルミス騎士団長が出立時点でどこまでなにを考えていたのか、その人となりの一端が垣間見える興味深い事実である。

(余談だが、アルミス本人の思考を示す文章はほとんど存在しない。メモや走り書きは見つかっているが、ほとんどが戦術レベルにおける情報に過ぎず、その思考思索は、ロンドの残した報告書や、礎の24将が残した文字情報から推測するしかない。その中でも、バックナイトの残した「鋭鋒騎士団時代」―タイトルに独創性はないが、史料としては価値が高い―イルケの残した「アルミス団長」―題名にアルミスの名前が入っていることからも分かる通り、崇拝者イルケのあだなで知られる彼女の主観が強いが、彼女ならではの情感溢れる文章は臨場感が感じられる―アイリを主人公にした小説「黒い刻印」―著 パルマ・キングは創作部分も多岐に渡るが、取材はしっかりしていて、大きな流れに祖語はない―成り損ねた男、カミュの書いた「終焉」―カミュらしい二面性が見て取れる、これはこれで複雑だが真実に近い―などは参考になるので読んでみて欲しい)

 とにもかくにも、鋭鋒騎士団は西南に歩―蹄―を進めた。

 一方その頃、この時ばかりは神速の名に恥じないスピードで公都へ迫った中央騎士団は、フラルケルトの北1,500馬蹄に陣を張り、開城しなければ攻めるぞ攻めるぞと威圧するように騎兵を展開させ、フランケルトに重圧をかけていた。

 公都側としては、有事の際の常とう手段として籠城し、四方の騎士団が援軍に駆け付けるのを待つ、当然と言えば当然の姿勢で籠城を選択。

 お互いに軍使を送り、交渉はしていたものの、当たり前に嚙み合わず、交渉自体は平行線だった。

 叛乱軍―中央騎士団側―は当初、公王の引退、公太子の廃嫡、フランケルトの無血開城、現騎士団本部の役職者の総辞職、騎士団による国政の執行に切り替えることなどを要求したが、公王オルム1世はこれを拒否。逆に無条件の武装解除と降伏、騎士達の称号の剥奪、叛乱罪による司令官クラスの即時収監を突き付けた。

 平行線である。

 それでもお互いに損害を出したくないという点では、共通していて、武力衝突に突入することはしばらくなさそうだった。

 もちろん、双方思惑はある。

 叛乱軍側としては、基本的に消費するだけで、生産性のない公都への流通を止めることで、干上がらせる、つまり兵糧攻めにして音を上げるのを待つつもりで有り、公都側としては、早馬の知らせを受けた騎士団が四方から押し寄せ、叛乱分子どもを駆逐、殲滅するのを待つつもりであった。

 どちらが早いのか、衆目の集まるところであったが、これは公都側に分がある様に見えた。

 しかし、中央騎士団長セルティックには十分な勝算があった。


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