2-②

2―②

「閣下」

「なんだ。しばらく来るなと言っただろう」

 中央騎士団3人の副団長の内、筆頭と自負しているガイは一瞬渋面を作りかけて慌ててかき消した。

 そういうのは良くない。

 例え、自分の上司が、野戦場に似つかわしいとは言えない天蓋付きのベットの上で、火事も気にかけず煙草―だかなんだか分からないひどい匂いのするモノ―を吸っていて、傍らに二人の女子―一人は泣きじゃくり、一人は放心している―が、肥大した支配欲に蹂躙された直後の現場に足を踏み入れてしまったとしても。

 ましてや、その上司が、我欲と自己愛、執着と粘質で9割がた構成されていれば猶更。

 その点においては己が見込みに120%の自信があるガイは、こんなことなんでもない、ただの風景、あるいは私には都合の悪いことはなにも見えない能力がある、の半分ぐらいの素振りを装うことに成功した。

 実際、顔見知りでもなんでもない人間がどうなろうと関係ない。

 自分の妹や恋人だったら腹が立つのだろうか、と考えて、それでもまあ関係ないな、と思った。

 居ないから分からないが。

 ガイの大切なものは「自分の身」と「金」である。

 あからさまに公言はしていないが、自分ではしっかり認識していて、ある意味ぶれない。

 こんな性格で、良かった、と心から思っている。

 余計なことに心を痛める心配がないし、そうでなくてはこんな上司と一緒には居られない。

「お忙しいところを申し訳ございません」

 ガイが言うと、セルティックは大声で笑いながら言った。

「わはははは。もう忙しくはねえな」

 一見豪快だが、演技である。ガイはそう認識している。

「そうですか。どちらにしろ申し訳ありません。今後の流れについてご相談に参りました」

「今後?」

「そうです」

 めんどくさそうに眉をしかめ、ベットから跳ね起きる。

 半裸のままガイに近づいて来て、咥えていた妙な匂いのする煙草状のものを差し出した。

 渋面を作りそうになったが、口角を上げて作り笑いに変え、手を振って断った。

 セルティックはきょとん、とした顔をしたが、まあいいや、という風に肩をすくめると、どっかりとベットの傍らの豪奢な椅子に腰かけた。

 手にした物を投げつけたり押し付けたりしないところを見ると、期限は悪くはなさそうだ。

 光沢のない茶色の髪。

 どんよりとして、無邪気さのかけらもない、が奥底に不気味な光をたたえる目。

 中肉中背だが、肩の辺りはがっしりしていて、妙な迫力がある。

 出来れば積極的に関わりたくない相手、と思わせる何かがある。

 目線を外した先、天蓋付きベッドの横には大きな姿見があった。

 姿見に映る自分の姿を見る。

 美男子である、と自負しているし、多くの女子もそう言う。

 綺麗に漉かれた銀色の髪。

 色白で、目は細身。

 筆先で書かれたような眉が、繊細で奥ゆかしい性格を具現化している。

 髪の色と同色の鎧上下は神話に出てくる天の騎士そのもの。

 今に見てろ、と心の中で強く念じると、現実と向き合う決心がついた。

 有難いことに、現実と向き合った時には、神経に触る鳴き声ですすり泣く女はもうおらず、呆けた顔で宙を見ている女子が一人増えているだけだった。

 つまり、そういうことだ。

 誰に言うともなく、そう思うと用事を済ますべく、声を発する。

「本日もまた、交渉は決裂しました。フランケルトを囲んで3日目ですが、今後如何様になさいますか?あまり長引くと、他の騎士団に逆包囲される可能性がございますが」

 ガイとしては最大限言葉には気を使ったつもりだが、あまり効果はなかった。

 セルティックの眉が不快にひそめられる。

 まずったらしい。

 セルティックは咥えていた煙草―状のモノ―を手近にいた全裸の女に投げつけた。

 女は素早い動きでよけると、枕で叩いて慌てて火を消す。

 タフなことだ。

 感心してる場合ではない。

 目の前に怒声が飛んできた。

 今度はガイが避ける番だった。

「おいガイ」

 セルティックは区切らずに名前を呼んだ。

 あまりいい兆候とは言えない。

「はい」

 返事は最小限にするのが一番である。

 長い言い訳は癇に障る可能性があるし、沈黙は最悪だ。

「おまえは馬鹿か?それとも俺を馬鹿にしているのか?」

 出た。最悪の上司が使う、永久欠番の二択である。

 この場合、どちらに転んでもいけない。

 飛びつきがちなのは前者だが―とういうか、後者は死を意味する。例え本音はそうでも、だ―そうすると、自分が無能だと認めることになり、罵倒されたうえ、副団長を解任される恐れがある。これまでの苦労を思うと、それは真っ平ごめんだ。そこで、第三の選択肢、自分は無能ではないが、あなたの方が優秀です、方式を採用することにした。得意技である。

「いえ。どちらでもございませんが、私個人の判断より、閣下の認識が優れているのは周知の通り。閣下の見識を伺いたくお尋ねしました」

 放心していた二人の女はもういない。

 居るのは、さっきまで救いを求めるような目で見ていたくせに、いまでは侮蔑としか言いようのない目で見ている2匹の雌だけ。いい。それでいい。俺もお前らをそう思っている。服を着ている分こっちがマシだがね。

 ふうん、とセルティックは小ばかにしたように鼻を鳴らした。

「そうか。ならいい。それでお前の質問だが」

「ええ」

「あと1週間このままだ」

「と、言いますと?」

「あと1週間このまま。2度言わすな馬鹿野郎。このまま近隣から略奪を続けろ。いい女を集めろ。日替わり、いや、昼夜替わりだな」

 ははははは、と狂ったように笑う。

 思っても、言ってはいけない、どころか、顔に出してもいけない。

「しかし閣下、そろそろ各騎士団に動きが出る頃かと」

「出ない」

「?」

「しょうがねぇなぁ」

 もったいぶったように言うと、椅子にのけぞり、チラチラと視線を送ってくる。

 乗りたくはないが、乗らずになにも進むわけでもない。

 そういう意味では、こんな些末も含めて、最早乗ってしまっているのだ。

「是非お聞かせください」

 心持哀願するように、ほんの少し―プライドが傷つかない程度に―憐れな感じを混ぜてお願いする。

「おおよ。まあ、お前も副団長だからな。知らなきゃ不味いよな」

 そう。そんなことは分かってる。

「ええ。是非」

「他の騎士団の内、脅威になるのはどこだ?」

「公都以外の騎士団でですか?」

 無言。

「し、失礼致しました。当然でした。そうなりますと、東西南北の騎士団かと」

 無言でわざとらしく睨みつけてくる。

「はい。すいません。あれです。戦力的には北方騎士団を除く、三つの騎士団になります」

 歯を剝き出しにして、声を発てずに笑った。

 嫌だ。たまらなく。

「正解だが、不正解、でもある」

「と、申しますと?」

「北方騎士団は雑魚だ。戦力的にも騎士団長もな。だが動かないとも言えない」

 ガイはセルティックとアルミスの浅からぬ因縁を思い出したが、黙っていた。今日はもう、基本的に自己の意見は言わない日にした。相槌だけ打つ。

「東方騎士団領は動けない」

 相槌。

「元々騎士家の集合体だから、意見がまとまるのも動き出すのもエライ時間がかかる。53家の内、10家は俺のシンパにしてあるしな」

 買収工作。汚いが、有効ではある。相槌相槌。

「南方騎士団も動けない」

「なぜです?」

 相槌相槌、たまに合いの手。

「南の公国、パドヴァに不穏な気配有り、という噂を流してある…」

 どうやって、と聞きかけて黙った。この人は、自分でベラベラしゃべる人だ。

「南方のぼんくら騎士団長に女を抱かせて寝物語で聞かせるように、第三部隊を使った」

「死神隊を?」

「悪いか?」

「いえ」

 そう。死神隊。あいつらがなぜこの男に忠誠を誓うのか分からないが、あいつらの存在は恐ろしい。夜、寝られなくなる。

「それは…さすがと言いますか…」

「まあな。そんなことはどうでもいいんだよ。あと、西はな…」

 そう。そうである。最大の脅威は西方騎士団。

 騎士団長のコルノスとセルティックは犬猿の仲である。因縁、とかではなく、犬猿。そして、武闘派で通るコルノス麾下の騎士は、猛者ぞろい。単なる殴り合いでは、恐らく、いや、絶対勝てない。負ける。

「あいつは俺を嫌っているし、俺もあいつをぶち殺したいが、そうはならない」

 相槌相槌相槌。

「なぜなら、あいつは野心家だからな。正義感の塊じゃあない。公太子にやつが不満を持っているのは知っているしな。これに乗じて策を練るだろうよ。例えば、俺に手を汚させておいて、その後に喧嘩売ってくるとかな」

 なるほど。それはあり得る。

「まあ、そうなっても負ける訳がない。あいつは部下に人望がないからな」

 さすがに黙って、一回だけ頷くのが精いっぱいだった。

「ですと、北方騎士団だけ警戒すればいいのですね?」

 まあ、寡兵ですが、付け加える。

「甘い」

「はっ?」

「甘いんだよこの低能が!」

「申し訳…」

「まあいい。今すべては思い通りだからな。機嫌がいい。とりあえず5,000出す」

「5,000、ですか?」

 その辺は察しなくてはならない。頭をフル回転させる。処世術、ほど大切なものは存在しないのだ。自分の保身のためには。

「5,000すべて騎兵で構成してよろしいでしょうか?」

「おっ、分かってきたな!低能から無能に格上げだな」

「ありがとうございます。それで、誰を派遣しますか?」

 話を察して先に言う。これが話したくない相手とどうしても話す場合、話を早く終わらせるコツだ。

「お前行くか?」

 少し考える。ノー。ノーだ。

「ボクスを出しましょう。やつが適任です。地理、攻撃力、執念ともに申し分ありません」

「そうだな、お前じゃ負けるかもしれんしな」

「は、いえ、そういうわけでは」

「もういい。あとはやっとけ。北方のあの分別めいた辛気臭いクソ野郎をぶちのめして泥まみれにして連れてくるようにボクスに言っとけ!」

「はっ。かしこまりました。団長、いえ、それでは本日、閣下は?」

「おれか?俺はな」

 そう言って、女に戻った二人を好色な目で嘗め回すように見ると舌なめずりする。

 女は再び絶望するような表情をしたが、もう救いを求めるような目で見てくることはなかった。

 そう。それでいい。

 ガイは形ばかりの敬礼に見えないように敬礼し、踵を返すと天幕の外に出た。

 一瞬、ほんの一瞬だけ悩むと前方に唾を吐き出し、歩き出した。



 

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