後編: 森のアカネ

 焼け落ちた館の残骸ざんがいを見下ろし、アカネは山肌に空いた穴のふちにいた。


 朝日がまぶしい。

 森の向こうは広大な平野。

 彼方かなたに、あの大都市が見える気がした。

 人間のこよみでは2020年とカタリナは言った。

 始祖ロムレス王が建てた国が、よく続くものだと彼は感心した。だが、それがそのまま自分の年齢だから、教えてもらうと助かる。


 アカネは、洞窟の暗がりに目を向けた。


「エッラの救出に専念しよう」


 カタリナの家で二度ほど会った、としは10くらいの無口な少女。その子のために今日、命をなくしたとしても仕方がない。


 アカネは思う。エルフでそして火に属する自分にとって、土の気が満ちる奥は死地のようなものだ。


     ◇


 ノーラは岩屋に結界を張ると入り口の方を向いた。洞穴の向こう、外の光が丸く輝いている。

 周りには、彼女の研究員である地の霊ノームがいる。文明を失い衰退する種族。

 その魔力は使えたが、ぼろ布姿を見てノーラはうんざりした。これからは、村の死者を身綺麗みぎれいにして使おう。

 彼女は再び入り口に向き直った。


 逆光の中、細い影が近づく。朝日を背にして、その髪は燃える赤と黄金の火色ひいろに輝く。


火だインギス!」

炎だインギス!」


 よごれた小人たちは口々に叫ぶと、音もなく岩屋の奥に逃げる。

「火を恐れるなんてどういう事?」とノーラはいぶかった。


 だが、まぶしい侵入者へ手のひらを向け、詠唱をはじめる。

 刹那せつな、疾風のように詰めた彼は、彼女の腕をとり背後に投げ飛ばす。

 瞬時に呪文を変えて、ノーラはふわりと着地し、ふり返った。


 結界の中に、赤毛の狩人が立っている。

 ノーラは慎重に、短い呪文を積み重ねた。


 アカネは、無駄だと思いながらたずねる。

 

「少女をどこへやった?」


 ノーラは、ささやきを止め答える。


「それは私の、予備の体の事?」


 瞬時、アカネは怒りにかられた。が、足に土がからみ地面から離せない。

 すぐさまノーラは詠唱して「即なる死」と指を向ける。

 アカネの目の前で、暗黒の球体が一瞬で閉じた。

 のけぞった上体を起こし、彼は真っ青な顔でふうと息を吐いた。


 ノーラは驚愕きょうがくして目を開く。

 今ので寿命を300年はけずったはずだ。なのに見た目の変化すらない。

 彼女は相手を知ろうと作戦を変えた。


「私たち、元は同じかしら?」


 アカネが息も絶えだえ答える。


「なぜ今さら死体降霊や魂転移なんだ?

 あと200年は健康だろ?」


「その先の、安心がほしいの。

 知ってるかしら? これは神の善意から生まれた人間の研究。笑えるじゃない?

 無益な命を、私が有効に使うのよ」


 その時、アカネの両手で鬼火が舞い、消えた。

「詠唱が無い?」とノーラはあやしみ、ひそかに『こだま』を唱えけに出る事にした。自ら真名まなを名乗り、相手のも知る。その先を何手も何手も想像する。


「我は、エルモラノーラ・テネブリセルフ!

 答えよ!」


暗黒エルフテネブリセルフ……同じ古代の者か。

 おれは、エルヒノア・アカネ・ロムレス・インギセルフ」


 ノーラは愕然がくぜんとした。


エルフの火インギセルフ? まさか、お前自身が––––」


「最高位精霊の一柱ひとはしら


 両手が輝き、アカネの身体も髪も、真紅から黄、そして白へと光り出す。足元の土がどろりと溶ける。

 ノーラはじかに目を刺すまぶしさと熱で、瞳を閉じた。

 やがて、恐るおそる開くと、暗闇の中に一人だけだ。


 ふとノーラの首筋に、銀光の刃が触れる。恐怖に満ちた顔のとなりに、アカネの赤髪が浮かぶ。


あだなす者。その命、いま焼き尽くせ」


 背後から抱かれたノーラと、アカネの影が白く輝く。

 岩屋に、黒魔術師の絶叫がこだました。


     ◇


 夜の森。

 肩に毛布をかける少女が、焚き火を見つめる。黄色寄りの黄緑の髪。堅焼かたやき菓子を歯で割って食べる。


 となりでアカネが剣の手入れをしていた。

 かつて異邦の剣士がそれを返してくれた。思い出して、彼の口もとがゆるむ。

 ふと、エッラが剣を見つめていた。

 アカネが「ほら」とオオカミかたどった柄を差し出すと、目を輝かせた。


「変な奴だ。持つと将来、彼氏できないぞ」


 アカネがおどかすと、エッラは首をふりふりあわてて剣を戻した。


     ◇


 毛布にくるまるエッラの寝顔を見ながら、アカネは魔法使いも思い出した。

「失恋する剣」とホラを吹いた男。

 確か奴は、孤児となって魔法学院に入ったのではなかったか。


 アカネは決めた。

 エッラを王都へ連れて行こう。自分はこの子の人生全てに付き合えるが、彼女自身が道を切りひらける方が良いだろう。


 その後は、自分の妹に会いに行こう、と。



 森のアカネは、無理をしない。

 わずらわしければ森にこもり、人恋しくなれば会いに行く。

 考えすぎて自らの心をこわしたりしない。

 生きる情熱の火が消えることはない。

 彼はそんな、長命の種族。

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エルフの火 仇なす者を焼きつくさんと 王立魔法学院書記官 @royal_academy_secretary

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