さよならの夕焼けに、言葉が浮かばないや。

 さよならの、夕焼け。

 砂浜に、瓦解した水中ホテルを望む、そんな場所で。

 私、かばんは涙しながら、サーバルちゃんたちを見送った。

 ……あれだけの時間を過ごしたというのに、サーバルちゃんたら、忘れたの?

 一瞬だけそんなことなかったかのようにしていたのに。

 でも、私なんかより、キュルルちゃんを選んじゃうんだ。

 ……悔しい?

 ……悲しい?

 ……分からない。ううん、寂しい。寂しさに、私は涙を流した。

 涙しながらも、私の頭には沢山の思い出が巡っていて。

 そのどれも、輝いて、綺麗で。

 楽しくて。その側には、いつも私と、サーバルちゃんがいた。

 でも、離れていく。

 私よりも、キュルルちゃんを選んで、離れていく。そうして、新しい旅路に。

 「……っ!……っ!!!」

 嗚咽して、涙しながら見送るだけだったというのに、膝までついて。

 ザラりとする砂が痛く、熱くても。

 心を抉られたというのが、痛くて。

 「……かばん、よいのですか?本当によいのですか?」

 「!!……。」

 離れる間際、コノハ博士が言ったのに、また同じことを繰り返されて。

 繰り返されても、また、〝大丈夫〟とか言えばいいのに。

 今この時は、その言葉が口から出ないでいる。 

 嗚咽に、言葉が浮かばない。

 「……博士。ここは……。」

 「……助手……。分かりました。」

 だからか。 

 横にいるミミちゃん助手は、コノハ博士の肩をそっと叩き、頷き、首を横に振る。

 以心伝心に、伝わるか、コノハ博士は同じように頷いて、理解を示した。 

 「……かばん、ここは気持ちを変えて、美味しい物でも食べるんですよ。」

 「もう、帰りましょう。そして、美味しい物を食べて、元気になるんですよ。」 

 「!!……。」

 二人は、通じ合った後に言うことは、私をここから連れ出そうとすることで。

 また、二人らしいかな。

 美味しい物を食べてとか、それらしく元気付けるように。

 けど、相変わらず、無機質な感じがしてならないけど、いいかな。

 私はでも、同意したくても、言葉を発せず、静かに頷くだけで。

 その度に、涙は零れ落ちた。

 「行きましょう。」

 「……。」

 後ろから、コノハ博士が言ってくれるものの。

 だけども私は立ち上がることができず。

 「……仕方ありませんね。手のかかるものです。」 

 「……!」

 動けないと悟るなら、ミミちゃん助手は私の身体に手を添えて。

 肩に腕を通すなら、私を持ち上げていく。

 「……助手、私にもやらせるですよ。」

 「……!コノハ博士、ミミちゃん助手……。っ!っ!!」

 空いた、もう片方に、今度はコノハ博士が腕を通して。私を持ち上げてくれて。

 その際に、ふとした温もりが伝わって。

 温かい物が、私の心の中に入っていくのを確かに感じ。

 上げられた際、またも涙が頬を伝い、砂浜を濡らした。

 

 そうして私は、二人に介抱されて。

 乗ってきたトラクターに乗って、帰って行く。

 あ、運転はラッキーさんがしてくれたよ。そこは、バスと同じだったね。

 「……。」

 でもそれが、かえって私を辛くさせる。

 あの日の思い出が蘇るから、なおのこと。辛くなって、涙を流して。

 思いっきり泣きたくもあっても、私は押し殺して、涙し続けた。

 「……。」

 「……。」

 私を介抱する二人は、二人向き合って、どうしようもないと思い、首を横に振る。

 その、速くない帰路に。

 ようやく研究所に戻って来る頃とは。

 とりあえず多少立ち直らせることはできたみたいで。

 三人して、降りた時。

 「……ありがとう。」 

 私は、二人を見て、そう言い、少しだけ、笑顔を向ける。

 「……。」

 「……。」

 二人は沈黙していて、返事がなく。 

 二人して向き合っては、首を傾げていた。

 「……?どうしたの?私、変?」 

 気になって、聞くと。

 二人はまた、私を見つめて。

 「……かばん、本当に大丈夫なのですね?」

 「……辛かったら、言ってくれますよね?困難は、群れで分け合え、ですよ?」 

 「!……。」

 聞いてくれる。

 それも、らしいセリフで。

 私は。

 「……分かんないや。でも、いつまでも泣いていられないよ。」

 「……。」

 「……。」

 何とか、笑みを作って、言った。

 その、サーバルちゃんみたいに、屈託なくできたかなんて。

 分かりっこないけど、それでも、精一杯、やってみた。

 それを見て、二人は互いに向き合って、頷く。 

 こちらにも、頷きを見せて。

 「分かりました。では、早速料理をするですよ。」

 「……好きな物を食べて、元気になるですよ。」

 「!……あはは。二人らしいね。」

 それぞれ、同じように言うなら、それこそ、ご飯の催促だ。

 私は、それは二人による、元気付けだねとして。

 悲しさを隠すように笑みを浮かべ。

 言われるまま、研究所の台所に行き、料理を始める。 

 ……この時、気付いたけど、何かしていたら、紛れるのかもしれないね。

 料理をしていたなら、そのことを忘れられたもの。


 「……。」

 でも、やっぱり元気を完全に取り戻すには、まだ足りない。

 食事を採っている間であっても、美味しく感じられず。 

 さらに悪いことには、あの、さよならの夕焼けが、眠りの際に、嫌に蘇るの。

 サーバルちゃんが別れて、キュルルちゃんの所に行って。

 私は、手を伸ばしても、届かない。

 ―!!行かないで!

 そう叫びながら、目が覚めるの。

 「……っ!……っ!」

 その度に、涙が溢れて。

 零して、嗚咽して。

 満たされず、心は朝には空っぽになる。

 「……!」 

 頭を振って、嫌な夢、嫌な記憶振り払って、ベッドから身体を出す。

 カーテンを開いて見れば。

 朝空の光が入ってきて、部屋の闇を払ってくれる。

 けれども、私の心は曇天で。外の光と同じくなれない。 

 「……はぁ。」 

 小さく溜息をついて、項垂れた。

 起きたならと、私はいつもの服装をして。

 だけども、時間は早くあり。

 まだ、二人を起こすのも悪く思えて、私は一人、研究室を目指した。

 研究室の戸を開けば。

 物言わぬ機械たちがひしめいていて。けれども、生きているかのように蠢いて。

 そっと、機械に手を当てて、稼働させつつ。

 さらには、大きなコンピューターのボタンを押した。

 「!……。」

 そんな折、巨大な円柱状の水槽に目が行って、感傷に項垂れる。

 その水槽には、漆黒な液体が入っていて、時に生きているかのように蠢きもする。

 それは、〝セルリウム〟。

 セルリアンの元となる液体。

 思い入れのある物体が触れたなら、その形をモチーフにしたセルリアンとなる。

 ずっと前から、私が気になって研究していて。

 セルリアンとなる理由とか、対処法とか、探していたのだけども。

 それは未だに解決していないし。

 また、未だに巨大化したセルリアンが、海の中にいて。

 問題となっている。 

 「……。」 

 見て、項垂れたけれどもと。

 「!」

 思うことはあって。

 それは、この研究を続けること。そうすれば、あのショックも忘れられるとして。

 顔を上げては、意を決したようにその黒い液体を見つめた。

 そうした上で、コンピューターのキーボードを叩いて行った。

 

 忘れようと。

 時間なんて気にすることなく。ひたすらに。

 「……はぁぁ。」

 だけども、見付からず、発想も、知恵も。遂には大きなため息をつく。

 「!!……うっ!」

 そうして、手を止めたなら、嫌なことに、私の心に嫌な記憶が蘇るの。

 胸の奥が、ううん、心が痛んで、つい呻いた。

 「……。」

 あまりの苦痛。

 あまりの悲痛。

 私は恨めしく思えて、答えを探しては、そのセルリウムを覗き込んだ。

 じっと、その黒を見つめているなら、ふと、自分の顔が映り込んで。

 それは、嫌な思考を私に与えてきた。

 ……いっそのこと、キュルルちゃんの殺してしまおうとさえ。

 ……そうすれば、サーバルちゃんも私の元に戻ってこれるのに。

 ……そうしたら、あの夕焼けの記憶も、なくなるでしょう。

 それを、セルリウムを使えば、例えば、強烈なセルリアンを作って。

 けしかけてとか……。

 ……悪い思考は、次々と私にそう、囁いてくる。

 やがて、その闇の中の闇を見据えた時。

 「!!!」

 私ははっと我に返って、頭を振り払う。

 そんな、嫌なこと考えたくないと。今のは、なかったとして。

 「……はぁぁ。」

 それにその思考は、きっと疲れすぎたからだとして。

 私は思いっきり溜息をついて、頭を押さえて、思考するのを休ませる。

 「……かばん。……ええと。」

 「……かばん。」

 「!」

 と、そんな時に、私を呼ぶ声がした。

 はっとして、顔をまた上げて、見渡すけど、姿はなく。

 「……。」

 幻聴?そう思ったけれども、違う。

 コノハ博士と、ミミちゃん助手だね。

 そこで気付くなら、結構時間が経っていて、もう朝もいい時間だったみたいだ。

 だとすると、朝ごはんの催促かもしれないと、私は席を立ち、研究室を抜け出す。

 

 居間に上がる。

 およそ、華やかさはないけれど、最低限度の家具だけある。

 多少疲労を取れればいい、それぐらいで簡素。

 そんな場所に上がったけど。

 「!……あれ?」 

 コノハ博士たちはいなくて。何でだろうと首を傾げた。

 「かばん。」

 「!……わ、わぁ!!……ご、ごめん気付かなかった。」

 探すため、居間を見渡していたなら、不意に私の背中から声が掛かり。

 思わず、飛び退いてしまった。

 その際見れば、二人であって。

 少しホッとしては、謝る。

 「驚くこともないですよ。我々の羽音は静かですから。」 

 「驚くこともないですよ。」

 「……だったね。」 

 その様子に、臆することなく二人は、自慢げに。

 だけど、顔は無表情のまま、胸を張り言ってくる。

 そうだったねと、知っていたのに可笑しく思え、笑みが浮かんだ。

 「それとこれ。」

 「元気が出るですよ。」 

 「……!」

 なお、それだけじゃないとして、二人は何かを持ち出すよう。

 そっと、背中に手をやるなら、私に手渡してきて。

 それは、誰かの手帳と、分厚い本。

 目にして、嬉しさよりもまず、私はキョトンとしてしまう。

 「……これって?」 

 「夜、図書館で見付けてきた物ですよ。」

 「セルリアン退治のヒントになるですよ。」 

 「!」

 何であるかというならば、二人それぞれ口にすることには。

 図書館で見つけてきた、セルリアンに関しての、ヒントになる物らしい。  

 聞くなら、私は嬉しく感じて。

 キョトンとした表情から一転、また顔が明るくなる。 

 「……ん?」

 と思ったら、すぐに疑問が。

 「……いつの間に?でも、夜って?」

 夜ということで、いつの間にか。

 そもそも、暗い中出歩くのもまずいんじゃない?

 言葉では紡げなくとも、私の頭ではそう響き渡る。

 「……へーきへーき。我々は夜行性なので。」

 「……大丈夫大丈夫。我々は夜目が利くので。」 

 「!!コノハ博士……。ミミちゃん助手……。っ!……えへへ。」 

 そうであっても、私が言おうとしていることを汲み取り。 

 らしく。

 また、私を元気付けるように、サーバルちゃんのようなセリフを言ってくれて。

 つい、嬉しくなり、何だか瞳が潤んでしまった。 

 そうであっても、精一杯笑みを浮かべて。

 「ありがとう。……でも、結構あぶなかったんじゃない?」

 お礼を言って。

 でも、野暮かもしれないけれど、私は危ないんじゃないとも思い。

 「そこは大丈夫です。我々は長なので。」

 「セルリアンが出てきても、パッカーンします。」

 「!!……だね。」

 そこは気にしなくていいと、二人は胸を張っていて。

 強いのだとも。その自信のあり様に、これ以上言うことはなく。

 そうだったねと、私は頷いた。

 「それよりもかばん。」

 「ご飯を用意するですよ。」

 「!……あ。……そうだね。」

 そんな話はそこまでにしてと。

 二人はそれぞれ言うなら、食事をとせがんでも来て。

 そんな時間だったねと、思い出したら、らしいやと思いつつ。

 微笑ましさに私は笑みを浮かべて。

 それならと、私はパタパタと忙しく走り、台所へ。

 傍ら、二人は、リビングテーブルに腰掛けるなら、子どものようにせがみ、待つ。

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