Operation 5 日独連携作戦

 ドイツでは依然としてヴァルター機関を利用した新型Uボートの開発が沈滞していた。この動力機関は極めて不安定な過酸化水素という酸化剤を使う。これを触媒でメタノールと反応させる。少しの衝撃が与えられただけでも爆発的な反応を起こし厄介なことこのうえない。実験室で扱うのすら化学者は嫌がる。試作は成功したが、事故が多発し量産の見込みが立たない。実現すれば長時間潜水することが可能で、英米が偵察機を飛ばしたところで、監視は不可能になる。しかし、量産できないなら放棄すべきだ、そうデーニッツは考えた。


 デーニッツはかねてより実施していた航空隊による対英通商破壊に全面的に切り替えた。やがて、上空からの高速ミサイルに無防備な輸送艦隊は壊滅状態に至った。果たして英国は弱り始め、日常の燃料さえ事かくまでになった。オクタン価の高い中東から運ばれる石油も停止し、それに頼るP51等の戦闘機も性能が落ち始めた。敵護衛機、護衛艦が減少するにつれ、従来型Uボートによる群狼作戦も効果を発揮し始めた。一方でドイツの国内インフラはほぼ回復し、英軍との戦いの準備もできた。だが全面攻撃はどうか、デーニッツはまだ悩んでいた。


 ここで、さらにデーニッツを悩ます事態が起きた。フランスが勝手に対英戦争布告をしたのだ。歴史的に仲の悪い者同士、恨みつらみがあるのだ。欧州とはそういうものだ。フランスはドイツに兵器を要求した。デーニッツは困った。フランスに暴走されては困る。だが、友好関係を保つには少々の妥協が必要だ。仕方なく、旧式のFw190、Bf109戦闘機、戦車は不要と判断した四号戦車、ヤークト・ティーガーなどを供給した。デーニッツはこれで勝てるとは思わなかったが航空機は防空戦力くらいにはなるだろう。


 フランスの国内世論は対英戦争に大いに期待している。デーニッツは、困ったものだと思った。フランスはおとなしくしていてほしい。フランス国内では、旧レジスタンス勢力への嫌がらせまで始まる始末だ。フランスはとてもではないが頼りにならない。協力はするが、彼らは戦いに強いわけではない。戦い強いのは日本だ。かつてロシアを負けさせたことがソ連のコンプレックスになっている。


 日本の航空機技術は手詰まりであり、長距離攻撃で栄華を誇ったゼロ戦は今や防空戦闘機である。ドイツのジェット戦闘機は救いに船であった。だが、海軍は強い。マリアナ沖海戦で空母機動部隊を失い、崩壊状態ではあるが。


 今の日本に空母など建造する余裕はない。だが潜水艦なら驚異的な技術と建造速度を持っている。デーニッツは考えた。日本には潜水艦で協力してもらえないだろうか。日本の潜水艦と乗組員たちはヴァルター機関など使わなくても長時間の潜水にこらえることができる。


 パナマ運河の扇動に向かった航空機搭載型潜水艦があったように思う。あくまでも扇動であって、米軍に脅威を与える効果しかない。どうしたら、日本の潜水艦の実力をつかえるだろうか。


 デーニッツは日本の生産力分析を戦力調査隊にやらせた。もはや、この国の都市圏は空襲で灰燼となっている。しかしながら、航空力生産拠点はまだ少しあり、造船所は残存しているようだ。大型船は無理だが潜水艦建造だけならば可能な民間設備がある。


 日本人のプライドを傷つけるかもしれないが、潜水艦に特化してもらおう、とデーニッツは考えた。当面、Me262Zの生産を続ければ米軍爆撃機部隊は日本に近づけない。なぜか、日本製のMe262Zの方が総じて性能が高く、しかし製造ばらつきが大きいために、規格を下回る機体もある。


 ドイツの日本戦力調査隊は、工作機械の性能が悪いところを職人の加工で乗り切っているためだと論じた。だが、だ。潜水艦は手作業での加工が多く、職人技が生かせるかもしれない。現に日本の職人の手によるMe262Zは、日本人に操縦しやすいようにコックピットや操舵装置が小型化され、弾丸積載量と航続距離も大幅に拡大されている。


 デーニッツは作戦の骨子を考え始めた。日本にはパナマを総攻撃してもらおう。潜水艦の隠密性からみて、制海権はそれほど気にしなくてもいいかもしれない。パナマ運河を攻撃すれば、太平洋側に大規模展開されている米機動部隊は大西洋に進出できず、ドイツにとって好ましい。悩ましい船団軍と護衛艦も動員数が減ると期待できる。


 日本へのかえりみとして、長距離戦略爆撃機でのシベリア鉄道破壊で支援しよう。英国の拠点基地はV0ミサイルでハラスメント攻撃にとどめ、効果を確認してから爆撃を考えよう。英国の高速戦闘攻撃機、デ・ハビランド・モスキートは問題になるまい、もはやジェット爆撃機の迎撃は新型の米P51にさえ不可能だ。


 だが、問題もある。潜水艦の増産には二カ月、しかも足が遅いのでパナマ運河までの航続時間もある。トラック諸島での生産はできないだろうか、トラックは日本に残された最後の海洋基地だ。整備力がもともと高く、多少の艦船組立を部品輸送でなんとかできるかもしれない。設備が破壊されてはいるが、軍港は今でも使える。部品さえ輸送できれば機能するかもしれない。


 枢軸国が不利なのは今でも同じであり、連合国の進撃を抑制しているのみの状態だ。戦争は一年以内に膠着させ、講和に持ち込むことが最もよい。ソ連陸軍が重戦車やカチューシャ・ロケット砲を大量生産しはじめたら、ドイツは東部戦線を維持不可能になる。一方で、米軍にある計三発の原爆は、制空権が枢軸国上空に取り戻されており、使用できないだろう。


 そのころ、米国では試験ジェット戦闘機XP80,XP86の開発をすすめていた。いずれも実用化には程遠い。六月に発注されたXP86には問題がありMe262ではじめて開発された後退翼に関する知識はまだなかった。米国はもっぱらレシプロ機のF8F量産に注力をはじめていた。英軍はジェット機ミーティアの改良に完全に失敗していた。


 英軍幹部はミーティアのレシプロ機にも及ばない性能に辟易した。ドイツでみいだされた後退翼は亜音速で有利になるはずではあるが、知識はドイツにあり米国にはない。すぐに速度的な問題に遭遇するであろうことは明白であり、またエンジンにも問題があった。


 Me262Zはあらゆる点でXP86を上回る状態であり、何よりXという型番は試作にすぎないことを意味する。とはいっても、米国の国力を以てすれば、いずれそれらをものにする可能性があった。ドイツにも情報はもたらされており、米国がMe262Zに追いつくのは二年後と予測した。絶対に墜落機を連合国に渡してはならない。ヘルマン・ゲーリングは乗員離脱の際には自爆をするよう、小規模な改良を進言した。これはただちに採用され、ほぼ全機に自爆装置が適用された。日本も同様である。


 潜水艦建造作戦、英国基地攻略、パナマ封鎖を半年以内に実行する必要があるとデーニッツは結論した。日本の首脳部も作戦を了承した。このようにしてドイツと日本の方針は定まった。作戦の成功をもって一九四六年六月には停戦協定を結ぶ、これが必要だ。悩ましいのはソ連軍だ。彼らを米英と分離、離反させなければならない。

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