Operation 10 パリ会談
デーニッツは度重なるソ連軍の圧迫攻撃に悩まされ続けていた。が、どうにか戦線を維持できている。しかし、ソ連の戦車大量投入が始まればどうなるかわからない。いつまでもジェット戦闘機、爆撃機を量産しつづけるだけ資源がもつのかも怪しい。デーニッツは英米に対してはパリで会談を開き、対英米戦の終結とソ連軍の孤立を図る作戦を考えた。もはや英国は敵ではないが、米国との対決状態だけはどうしても解決せねばならない。
十一月初旬。独日の呼びかけに最初に応じたのは英国であった。資源のない英本土への海上輸送が事実上不可能となっており、ついに音を上げたのである。国民は僅かな食料配給、暖炉で質の悪い湿った泥炭を燃やして寒さをしのぐ生活に耐えかねていた。
英国の誇る海軍は存在してはいるが、主力艦の多くを失ったうえ、ドイツ潜水艦と空軍がうろつく大西洋に出ることもできずに無力と化している。大規模港湾も残されたのはごくわずかである。なにより艦隊を動かす燃料がない。戦争継続能力はないといってよい状態だ。
独日の呼びかけに米国も応じることになった。ルーズベルト亡き後の反共主義台頭により、政治的な理由でソ連との協力関係を解消せざるを得ない状態である。トルーマン大統領は戦争に勝つだけでなく、共産主義封じ込めの必要に迫られていた。
こうして英米独日の全権代表がパリに集結した。この膠着状態について解決策を会談するためである。このままでは、米国はともかく他各国は疲弊してしまう。会談はすぐには終わらず一週間を要した。各国の思惑と、計二発の使うこともできない原爆を持つ米国との折衷案、妥協案調整に困っていたわけだ。
米国は最後まで日独をたたく、と最初は言っていた。だが、この状況で無理に戦線を進めればただならぬ犠牲者が生じる。ソ連とも手を切るとするなら戦う意味がない。すでに日本上陸案、ダウンフォール作戦での戦死者数も予測されており、数十万人の犠牲者は免れない。しかも、空軍支援もままならぬ状況で強行すれば犠牲者数は最大でその十倍に達すると予測された。米国の世論はそれを許さないだろうし、それほどまでの犠牲を払ったとして対価もなくソ連を利するだけだ。日独英はそれぞれ、疲弊しきっており、日本は防衛以外に何もできない状況であった。南方からの細い資源輸送回廊を守り切るのにかなりの国力を要していた。
日本の守屋全権は、デーニッツから派遣されたエルマー全権と二日目の夜にパリのバーで密会した。パリの薄汚いバーでは、エルマーが早々と飲んでいた。彼はカウンターに座り険しい表情で書類に目をやっていた。店に入った守屋は席につくなり、唐突に言った。
「エルマーさん。どうするかね。ここで落としどころを見つけられなかったら、泥沼の戦いがはじまることになる」
エルマーは、ボルドーのカヴェルネ・ソーヴィニヨンのワイングラスを空けてから言った。飲みつけない赤ワインが妙に渋く感じた。
「そうだな。”ヤツら”に多少の妥協はしてもいい。だが、
守屋も額にしわを寄せていた。国内には、たしかにそういう勢力がある。しかし、主流ではないし今後もソ連と協力はできそうにない。守屋はジン・ベースのカクテルを頼み、葉巻に火をつけた。エルマーには信用してもらうしかあるまい。紫煙が漂い、時間が過ぎた。葉巻は半分ほど灰となった。エルマーはさらに杯を空けた。そして、守屋は言った。
「もう日本の首脳たちは気づいたよ、愚かだったなと。ソ連は敵だ。そして、ドイツは味方だ。でなかったら、ウラジオストクを攻撃なんかするか?そうだ、奴らは容赦がない非情者たちだ。だが、英米なら妥協の余地はあるだろう?」
エルマーはこくり、とうなずいて答えた。
「米国はもう、この戦いでソ連に協力するつもりなんかないんだ。原爆すら開発した超富裕国だよ。米国との妥協はやむをえない、この戦いの真の勝者は米国だ。結局はそうなると思っている」
「だとしたら…」
「そういうことだ。ソ連だけを切り離せばそれでことはすむ」
守屋は立ち上がった。エルマーも同じく。二人はバーを出て目も合わさずに別々の方向に歩いて行った。そして、それぞれのホテルに戻った。
カール・デーニッツにとって幸運だったのは、米国に次いで国力を維持できていることであった。米国は大戦後の世界覇権を狙ってソ連のことを考えている。もはや、デーニッツの考え一つで方向性が決まる。ドイツ全権は提案した。
「どうだろう、ソ連を残して他国は講和で手を打たないか。領土、賠償などの問題はこの際、後回しでもいいのではないか」
英国代表は黙っていた。英国は物資がひっ迫しもはや継戦能力はないが大英帝国の残照が妥協を躊躇させた。まだ余裕が十分ある米国代表はもの言いたげではあった。しかしこれ以上、共産主義国であるソ連と協力するわけにはいかない。それに、ソ連は中国内戦に介入して中国赤化を急ぎたくて仕方がないのだ。それを許したら米国内での反発は必至である。ソ連だけには戦争を継続する十分な理由と、国益がある。
かくして細かなところはともかく、落としどころは決定した。すなわち、停戦および停戦監視軍の設定である。停戦監視軍は、英米独日の精鋭部隊、日本は潜水艦隊、ドイツは空軍、英国は残存海軍、米国は海兵隊、陸軍、空母機動艦隊で構成され、違反国に対して攻撃を可能とすることにした。八方ふさがりの状態にしておけば、とりあえずの平和は保たれる。
ドイツにとってはいい条件であると思えた。もはや、ドイツ東部戦線に押し寄せる、ソ連の巨大戦車を押しとどめる手段は数少ない。ヒトラーがいなくて心底良かった、とデーニッツは思った。まったくあの男はろくなことをしやしない。もとはといえば彼のモロトフ・リッペントロップ条約破棄、ソ連攻撃という行動がこのような事態を招いたのだ。パリ会談の間においてもドイツとソ連の泥沼の戦いは続いた。
会談の結果、条約は十一月中旬に調印され、十二月一日発効された。日本とドイツによる通商破壊作戦は停止され、また米国によるマリアナ諸島からの爆撃も完全に停止した。ドイツは西部戦線での活動をレジスタンスのゲリラ掃討以外ほぼ停止し、東部戦線に資源を集中させた。日本、英国は米国からの石油輸入、食料品輸入が可能になったことから国民生活も安定に向かい始めた。あとはソ連の活動さえ、何とかすれば世界は平和を取り戻す。しかし、ソ連のスターリンがそれを認めるかどうかはあやしいところではあった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます