Operation 9 戦線の膠着

 日本がウラジオストク襲撃作戦を実行した十月以前、九月は太平洋も大西洋も荒れて戦いどころではなかった。特に西太平洋は台風が多発して米軍も活動が鈍りがちであった。一方、大西洋は天候もよい日があったので、ドイツ軍はそのような日に、英国の拠点爆撃と通商破壊を継続実施していた。


 九月が明けて十月、カール・デーニッツは、日本のパナマ攻略とウラジオストク襲撃が成功裏に終わったのを見て、バトル・オブ・ブリテンの終結宣言を発表した。さらに、十月十日、日本と共同で英国に対する半ば強引とも思える降伏勧告を通知した。つまり、これ以上戦闘を続けるのなら、都市部への戦略爆撃と上陸作戦を実施すると。


 デーニッツはとても英国が降伏を受け入れるとは考えていなかった。しかし、タイミング的にはウラジオストク襲撃で精神的打撃を受けているソ連に圧力をかける絶好のチャンスだった。ソ連は東西に軍を割かなければならなくなっている。


 しかし、一方でソ連軍は重戦車IS2の本格的量産に成功し、かつ新型のIS3開発に成功したという情報が伝わっており、これが東部戦線に大挙押し寄せたらおしまいだ。物資も人命も無視した攻撃圧力の前になすすべはないだろう。その前になんとかせねば。ここは駆け引きだ、とデーニッツはおもった。今頃、スターリンは焦っているに違いない。


 ソ連のIS2は強力な装甲を誇り、ドイツ陸軍の88ミリ対空兼対戦車砲による攻撃一発ではとてもではないが破壊できない。圧倒的な数に対し、強力なはずのドイツ陸軍も押されがちだ。IS2は傾斜装甲を装備し、重戦車にしてはそれなりの機動力もある。火力も強力だ。対してドイツ軍のティーガー、パンターはトランスミッションに問題があり、多数のキャタピラで掻き回されたソ連西部における泥濘の大地で、きわめて機動性が悪い。スターリンは東部戦線で鹵獲した機動性に劣るティーガーを使わないよう布告を出しているほどだ。


 ソ連のIS2を相手にドイツが進撃を無理に進めれば、122mm砲で木っ端みじんにされる恐れさえある。唯一、歩兵用対戦車ロケットのパンツァー・ファウストが有効だ。ドイツが開発した、この単純きわまりない、かつ市民があつかうことさえできる対戦車ロケットは特殊な弾頭一発で厚い装甲をぶち破る。しかし、一方で歩兵を戦車に近接させる危険が生じる。防衛線である後方歩兵部隊が崩壊すれば、せっかくはるか遠方に押し返した戦線をまたもとに戻されてしまう。今ドイツ軍はベルリン防衛線にいるわけではない。歩兵は重要な戦力なのだ。


 英国では日独共同の無線通報を聞き、チャーチルは渋い顔で葉巻をふかしていた。「英国がこんな脅しに屈服するとでもおもっているのか、この馬鹿者ども」と悪態をつきながらも、通商破壊作戦、軍艦損傷によりほぼ制海権、制空権がなくなっている現状を直視した。物資不足で生産も低調だ。いずれは何らかの決断をしなければならない。一層、いらいらとして葉巻は灰となっていった。葉巻入れ《ヒュミドール》の葉巻も残り数少ない。


 日本はウラジオストク攻撃後、防空と防海に特化し、中国大陸南部との資源輸送シーレーン防衛、さらに南洋の石油地帯との細い資源輸送回廊をかろうじて維持している。ドイツから供与された最新鋭レーダー、ソナーをもってしても、圧倒的な数の米艦艇による攻撃は避けようがない。マリアナ沖海戦で海軍の主力機動部隊が無力化された日本は、潜水艦隊を増強して輸送船団を防衛し、Me262Zにより近海制空権を維持している。大和や信濃があろうと、米艦隊相手では無力にひとしい。危うい防衛ではあるが、日本は航空機と潜水艦の強力な性能だけでなんとかしようとしている。


 一方、米軍はフィリピン、マリアナから北上することはできず足止めを食らっていた。偶発的、散発的に起こる空中戦では一方的にP51が撃墜された。おまけに硫黄島が使えないために護衛戦闘機であるP51の有効活用が難しく、B29の救出にも事欠いている。最新鋭艦載機のF8Fをのせた空母が次々と西太平洋に押し寄せたが、Me262Zに対抗するにはあまりに無力である。上陸戦は損なだけとみた日本が、硫黄島に上陸することはなかったが、周囲の制空、制海権は日本に握られ、数少ない防衛部隊のみが硫黄島に残留している。その防衛部隊も、残留日本兵のゲリラ作戦に悩まされている。


 また、米国本土で作戦が練られつつある日本本土上陸作戦、ダウンフォール作戦では米国の国力をもってしても大規模な被害が予想されている。日本は南北に広がる長大な島国であり、周囲を潜水艦、駆逐艦と迎撃機で防衛された要塞のようになっている。また少ない平野を除けば険しい高峰と山林が広がり、天候の変化も激しい。攻略の難しさはノルマンディーの比ではないのだ。すでにダウンフォール作戦の動員兵力は数百万と算出され人類史上かつてない殺し合いになることが目に見えていた。就任間もないトルーマン大統領はまだ知らされていないであろうが、すでに南洋の島嶼では日本軍との攻防で、ノルマンディー上陸作戦をはるかに上回る犠牲者を出している。知れば激怒するに違いない。


 以上のように日独、英米戦争は目論見どおり膠着状態に持ち込むことができている。問題はソ連軍だ。さてと、とデーニッツは考える。英米を焚きつけてソ連軍との分離を図ることはできまいか。ソ連軍は決してベルリンに進軍するまでは、戦闘をやめるはずがない。犠牲者一千万の重みがかかっている。たとえ、その数にスターリンの粛清による犠牲者が含まれようと。


 スターリンのことだ、これからも追加犠牲者を出しても構わないと思っているに違いない。東部戦線は非常に苦しい状態が続いており、日本軍が東側から襲うかもしれない、という驚異だけがソ連の物量を二分させているから維持できているようなものだ。


 ソ連に対しては日独協力で戦線を張るしかないだろう。そのためにはジェット戦闘機、戦略爆撃機を更に量産しなければならない。デーニッツと首脳部は連日の議論の中で、どのようにしてソ連に戦争をあきらめてもらうかを考えていた。


 戦闘は膠着していた。その間、ドイツ空軍は英国上空で宣伝ビラをばらまいて、大衆扇動活動に励んだ。「ドイツはすでに新型爆弾を開発し、いつでも主要都市を壊滅させることができる」「爆撃機による都市殲滅作戦を決行する予定である」などといった内容であった。ドイツは原爆をもっておらず、また都市殲滅作戦などする気もなかったのではあるが、英国市民に動揺が広がった。チャーチルはこれを抑えるのに何度も演説を繰り返すことになった。


 一方、日本は中国の国民、共産どちらの政府にも肩入れせず、満州からソ連軍に向かって散発的かつ嫌がらせ的なゲリラ攻撃を繰り返した。攻撃よりは防御という日本の姿勢はますます強まり、いまや専守防衛的な立場を貫いていた。むろん、日本近海の米艦船に対しては潜水艦による集中攻撃によって、近接を抑止した。B29はほとんど来襲しなくなった。


 デーニッツは次なる作戦を十月中旬に実行することにした。つまり、ジェット戦略爆撃機によってソ連の工場群とシベリア鉄道を徹底破壊し、日本まで飛行する。日本で給油したのちにまたドイツに向かって爆撃をしながら帰る。直接東部戦線でソ連と戦うのは不利だと考えた彼は後方輸送路と生産拠点を壊滅させようとたくらんだ。さらに陸軍将校と協力し、ゲーリングは西進するソ連戦車に対して上空からV0で精密攻撃して撃破する作戦を立案した。


 この作戦の結果、ソ連軍の強力な攻撃圧力はいったん抑制された。しかし、人的、物質的資源に勝るソ連は無理やりの物量戦に出て、重戦車を動員しつづけた。このため、ドイツ陸軍が打って出ることもできない状態が続いた。

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