Operation 4 日本の反抗

 五月。ドイツ=フランスの和睦が実現した。英国に逃げたドゴールは完全に権威を失ったのだ。フランスは中立国となり、飛行場を貸与することまで約束してくれた。もとより、フランスにはレジスタンスもいるが、ドイツに肩入れする者もおり、必ずしもこの大戦を望んでいたわけではない。


 ユダヤ人は相変わらず、信用する者もいれば憎悪する者もいる。仕方ないものだ。それだけの仕打ちをしてしまったのだから。デーニッツは賠償も考え始めた。それには世論戦略が国内的に必要だ。すでに欧州での大勝には報道にブレーキをかけている。まだまだ苦戦中であると。


 ベネルクス三国は申し訳ないが戦略的要衝であり、放すわけにはいかない。特にオランダからの突き上げはかなりのものだが、我慢してもらうしかない。しかも、オランダは日本と交戦中だ。これを放せば東南アジアの残留日本軍は大打撃だろう。


 だが北欧からは完全撤退することを約束し、中立条約を締結した。東部戦線の強力なソ連軍を抑えるにはそれしかないのだ。フィンランドは協力的ではないが、枢軸国として残留した。彼らはヨシフ・スターリンがいかに残虐であるか知っている。どちらがましかを選んだまでだ。デーニッツは論理的に判断することのできる男で信頼に足る。その点、感情的なヒトラーとは全く異なる。すでにフィンランドはソ連を相手に奇跡的な勝利を重ねており、さらにMe262Zの供与によって脅威であったソ連軍のイリューシン・シュトルモビーク襲撃機部隊を壊滅に追い込んでいた。


 さて、英国はどうしたらいいだろうか。軍事要衝と工場を攻略しても米軍の支援がある。ロンドン市内を空爆すべきだろうか、だが戦略上それは得策ではないかもしれない。すでに、V2ロケットによるロンドン市街爆撃も中止されている。


 ドイツが持つ爆撃機の数は限られており、対象は軍事拠点とすべきだ。軍事拠点攻撃ならV2も威嚇程度には使えるだろう。継戦能力は軍事拠点により支えられている。しかも、ロンドン市街を爆撃して米国を怒らせたらどうにもならない。対英戦は徹底的な軍事拠点つぶしと兵糧攻めで崩壊を待つほうがいい。


 ここは助けが欲しいところで日本に頼りたいが、もはや日本は硫黄島すら失っている。日本海軍の象徴であった空母機動部隊もマリアナ沖海戦で壊滅した。思案の末、すでにおくった日独技術交換潜水艦にさらにMe262Zの情報を送ってはどうか、と考えもした。しかし、潜水艦が奪われたらドイツのジェット機の秘密も暴露されてしまう。先に送ったUボートもすでに米艦隊に攻撃を受けており、積載された精密設計図も失われた。日本人たちは試作ジェットとロケット戦闘機をほぼ見よう見まねで作ってはいるが、到底使い物になりそうにない。


 デーニッツの苦悩は続いた。どうしたらいいのだろうか。落としどころを考えないとこの戦局は長引くばかりだ。毛沢東、蒋介石との和睦はどうだろう、しばらく思案した。両者は仲が悪いが中国独立の目的とあれば、協力するかもしれない。しかし、日本の態度はどうだろう。この島国の住人たちは完全に政府のプロパガンダのもとにある。中国から完全撤退させれば、ソ連の脅威にさらされることにもなる。


 デーニッツは数日なやみつづけた。しかし、ソ連の西進を止めるには日本の力が必要だ。米国も日本を攻略したらドイツに強力な部隊を送るであろう。ソ連は連日の攻撃を続けており、食い止めるだけでもかなりの努力が必要な状態だ。ソ連の進撃が激しくなれば、とても英国攻撃など望めない。しかも同盟国日本は制空権を失い、いつ原爆を落とされてもおかしくない状態だ。


 デーニッツはメッサーシュミット博士に相談した。長距離爆撃機は早期につくれないだろうか、と。博士は無理な相談だ、と言った。もともと、メッサーシュミット社は長距離爆撃用のMe264を開発済みであったが、採用に至らず、頑固なメッサーシュミット博士は根に持っている。そんなに欲しければ技術をやるとばかりに、設計図の複製とMe264試作機を送り付けてきた。デーニッツは仕方なくアラド社にも話をもちかけた。


 アラド社は爆撃機をジェット化した会社である。そのうえ、フォッケウルフ、ハインケル社とも協力関係にある。アラドに狙いを定め、デーニッツ自ら交渉に乗り込んだ。アラドは、いとも簡単にできるといってのけた。貧弱なジェットエンジンで爆撃機を作った会社だ。信用に足るものがあった。


 いま、ユモ・エンジンは比較にならないほどの進歩を遂げている。すでに大型爆撃機の機体はハインケルが製造したグライフ四発爆撃機が実用化されており、Me264試作機と設計図もある。また、ユモ社においても長距離爆撃機を試作していた。それゆえ、アラドにとって設計は容易であった。アラドはすぐに基礎検討をはじめ、六発の新型ユモ・エンジンであれば実現可能との結論を出した。航続距離は一万キロ超である。これは、Me264の当初設計航続距離とほぼ変わらない。メッサーシュミット博士はさぞ悔しがっているに違いない。


 アラドは翌日になって詳細設計まで出してきた。一万二千キロの航続距離、二十トン程度の最大積載量、増槽あればさらに積載量を増やせるという。試作なら集中してやれば一週間でやれるとまでいう。Me262Zをそのまま持ち出せることになる。


 日本人のことだ、完全コピーなど簡単にやってのけるだろう。不完全ながら、ジェット戦闘機まで開発しているのだ。米国の原爆の状況は、スパイの情報から察するに完成には至っていないとのことだ。今しかあるまい。だが、肝心なのはパイロットの資質だ。格闘戦を得意とするゼロ戦の日本、一撃離脱を実行できるだろうか。


 この話を聞きつけたハンナ・ライチュが、私がのる、と言い出した。挙句の果てにはデーニッツの執務室までやってきた。衛兵とやり取りする怒鳴り声が聞こえたかと思うと、彼女は執務室のドアをあけ放った。そして怒鳴りつけた。


「あたしの力がなきゃ、だれがやるって言うの!海軍のあんたが威張ってられるのもあたしたちのおかげじゃない!」


「いや、ライチュさん、だめだ。あなたは優秀なテストパイロットだ。ドイツにいてもらわなくては困る。現場のパイロット教官として残ってもらいたい」


「そう?わかったわ。じゃあ、いいのね?あなたがどうやってヒトラーを処分したか、詳細に報告してやるわ。そう、ジェットに乗ってロンドンから世界中にね。あたしを撃墜しようったって無理、わかってるわよね」


 まったく、この頑固女は説き伏せても言うことなど聞かない。ライチュの血相変えた訴えを、三十分も聞いたらもう心がおれた。


 アラドからは早々に第一号機完成の知らせがとどいた。アラドはヒトラーからジェット爆撃機を開発するよう、しつこい要請を受けていたので、「ブリッツ」爆撃機を完成させた。だが、当時のユモ・エンジンでは大型機は無理だと考えたため小型爆撃機ブリッツを生産したのであった。


 ブリッツの生産経験もあったため、機体は当初の基礎設計通りユモの爆撃機向け新エンジン六発で飛行でき、与圧システムも完備していた。高度一万メートルでの飛行を当初から考えていたのだ。デーニッツの要請にすぐに回答できたのはこのためであった。ミサイルV0の発射ランチャーも二つ装備した。その代わり、軽量化のために対戦闘機用の機銃は最小限にした。


 高高度で亜音速飛行すれば、まずソ連圏の高射砲や迎撃機に標的にされることもない。デーニッツは平文で、日本向けに打電した。暗号装置であるエニグマを日本は持っていないからだ。それに、米国に知れたところでこの高性能爆撃機を撃墜することは困難に思えた。


 エニグマ暗号は既に一部が解読されており、完全な隠密性は保証できない。しかし、アルデンヌの戦いでドイツ軍の進撃を予測できなかったこと、オランダでのマーケット・ガーデン作戦における完璧な敗北といった事実から、解読が完全ではないことが分かっていた。しかし、いずれは全解読されてしまうであろう。そこで新たに開発された改良型エニグマも搭載されることになった。


 デーニッツはアラドの開発速度に驚嘆したが、アラドにすれば当たり前のことではあった。アラドには改良型エニグマとMe262ZおよびV0の実物と設計図が積載された。あと、あの仕方ない根性女、ハンナ・ライチュも。得意げな顔でハンナは搭乗していった。失敗を知らない女、そうデーニッツはおもった。五月十五日に出発は決まった。轟音を立ててアラドの戦略爆撃機、Ar1Aは飛び去った。


 日本ではアラドの到着を待ち受けるべく、霞ヶ浦飛行場を厳重に警戒態勢に置いた。日本の貧弱な高射砲、紫電改部隊、ゼロ戦52型も動員された。最先鋭の飛行士をかき集めてその到着を待った。当日は悪天候ではあったが、無事アラドAr1Aは着陸した。B29の攻撃はその日はなかった。幸運というしかあるまい。


 設計図は三菱と中島に提供され、実物も両社によって綿密に調査された。ライチュは得意気に自分の経歴を述べたし、戦略も教えた。どんなに鼻付く自慢話にも日本人は良く聞いた。ライチュが天才であることは誰が見ても明らかだったからだ。


 Me262Zの初飛行は翌日に実施され、ライチュ操縦による驚異的な高速性も日本人を圧倒した。ドイツの改良エニグマで、通信できたので、ライチュはその成功を得意げに打電した。三菱、中島両社はさっそく量産に移り、余力のある九州飛行機も生産に動員された。九州飛行機は局地戦闘機「震電」を開発中であったが、課題山積で、いまだ性能が出ていない。このため、生産力をMe262Zに集中させた。各社は軍部からの命令もあり、一カ月以内に五百機を生産するよう体制を整えた。一対二十というドイツでの圧倒的戦歴から、五百機で十分だと判断されたのだ。その間、ライチュは教授として飛行隊を教育した。


 若い日本人飛行士はすぐに操縦法を理解した。問題は歴戦のツワモノたちで、彼らはどうしても格闘戦を好んだからだ。しかしMe262Zに乗るうちにその特性を理解するようになった。もはやこの戦闘機は一撃離脱で勝負するしかないのだ。


 V0と30ミリ機関砲は大変に苦労して開発を実施した。また、ドイツで実績のあったR4Mロケット弾も搭載可能とした。しかし、日本が開発した無線誘導弾よりはるかに精密なV0はついに国産化されなかった。だが、B29を相手に新開発の30ミリ機関砲とロケット弾は十分な武装であった。V0はごく少数だけが戦略爆撃機によって日本に輸出されることになった。


 最初のB29との会戦は、駿河湾上空で起きた。B29は富士山を目印に東京方面に飛行するためだ。B29の百三十機編隊は高射砲など意にせず、堂々と中高度を維持しながら、突入してきた。待ち構えた高空のMe262Z二十機編隊は、数少ないV0を装備した特別編成部隊である。B29の機銃が届かない遠方からV0を一発だけ発射した。稠密な編隊の中央付近で炸裂したV0は、周囲のB29数機をまきぞえにしながら、湾内に墜落していった。


 編隊の指揮を執っていた先頭機機長は何事が起きたのかと、無線で友軍に連絡した。


「なんだ、今のは!ジャップの新型ロケット機か?ありえん、被害を報告せよ!」


 しかし、連絡をとっているうちにも計十九発のV0が命中した。さらに、超高速で上空から降下するプロペラのない戦闘機からR4Mロケットと機銃が発射された。ロケット、機銃はB29の本体、主翼を貫いた。その戦闘機には確かに日の丸が描かれていた。新型の日本機であることは疑いようもなかった。火を噴きながらB29は駿河湾に墜落していく。


 さらに、爆発炎上した味方機の破片を尾翼にくらったB29も巻き添えとなり、不安定な軌道を描きながら白煙を引いて海へと降下していった。そして、いくつかの白い落下傘が見えた。混乱し、錯綜する情報の中で隊長機が事態を把握したのはすでに五十機以上が撃墜された後であった。ものの、数分の出来事であった。隊長機から無線が発信された。


「全機、高空に退避、旋回して帰投せよ。機銃弾をばらまけ!くそ、ジャップめ!」


 B29編隊は高度を上げながら、退避していった。B29が発する弾幕の下に降下したMe262Zはライチュの指導にしたがって、後追いすることもなく、帰還した。


 戦闘を繰り返すうちに日本航空隊も気づきはじめた。余裕のない日本と異なり、米軍は損耗率を非常に気にする。だから、十パーセントも戦闘不応にすればさっさと撤退する。飛行士たちは撃墜より、相手を戦闘不応に陥れるところに力を注ぐようになった。


 次第にMe262Zの生産量も増え、制空権は半ば日本に取り戻された。マッカーサーは激怒しているに違いない。ドイツのデーニッツは一安心した。これで、日本は原爆攻撃を免れることができる。後は日本に中国戦をやめるように進言するだけだ。


 さらにデーニッツは日本に対ソ宣戦布告を望んだ。だが、米軍の対処で手一杯の日本、どのようなものか。ハンナ・ライチュに打電した。ライチュは答えた。日本は対米では防衛だけでよい、満州に日本陸軍を退去させ、対ソ宣戦させてはどうかと。日本では東条が失脚し、敗戦工作まで始めている。この上、対ソ戦などできるのだろうか。だが、もし日本がソ宣に宣戦布告すればソ連はその軍を二分するしかなくなる。形だけでもいい。このさい、日本軍を満州に引き上げてもらおう。デーニッツは打電を繰り返した。


 日本の首脳部は混乱状態にある。しかし、制空権を得ているだけでも幸運だ。中国戦を切り上げよう、という声が高まっていた。果たして毛沢東、蒋介石との交渉が始まった。蒋介石は応じ、毛沢東は保留状態だ。だが、日本軍は満州に撤退を始めた。それを見て毛沢東も停戦に応じた。日中戦争は賠償交渉だけを残して集結しそうだ。6月初め、ついに日本は中国連合軍と和睦した。満州のみに軍隊を引き揚げた。やがて毛沢東と蒋介石の内戦が始まり出した。これは好都合だ。


 日本軍は満州内にとどまり、和解した蒋介石への隠密裏な補給支援は続けたが、中国内戦には一切の手出しはしなかった。対ソ宣戦してもよい状態ではある。実際の戦闘になれば、日本軍、特に陸軍は非常に不利だがドイツとの戦いもあるので多くの戦力を割くことはできないはずだ。


 日本はついに対ソ宣戦を布告した。布告したところで、多くの手出しもせず、ちょろちょろと満州付近で小規模なゲリラ戦闘を繰り返している。Me262Zを持つ日本は、航空隊で対ソ戦線をなんとかしのぐ方向だ。本格的にソ連が主力陸軍を向けたら負けるに決まっているからだ。


 日本の貧弱な戦車ではソ連のT34、IS2戦車には勝てない。デーニッツは戦略爆撃機でシベリア鉄道を破壊し、日本への支援をすることにした。果たしてシベリア鉄道の破断だけでいいのか分からないが、随所でシベリア鉄道は寸断された。だが予想の通り、ソ連はシベリア鉄道経由での輸送が滞り、あちこちで軍事物資輸送が停滞した。日本は大規模な戦闘もせずにおとなしくしている。やっとチャンスがやってきた。デーニッツは、日本へのV0大量輸出を決断した。これで、硫黄島を奪還すれば、B29もおとなしくなるはずだ。


 日本は独自にドイツの戦略爆撃機をコピーして、硫黄島を攻撃し始めた。滑走路、高射砲は破壊され、B29、P51の来襲も極端に少なくなった。V0供給をドイツに頼ってはいるものの機能しているのだ。日本は自分で米国に勝つことはできないが、米軍を近寄らせることも不可能にした。それで十分だ。米国に勝つことなど不可能に近い。それはドイツとて同じだが、戦局は有利になる。

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