第300話「ラヴストーリー」


 翔と桜花は屋上に辿り着くと、一気に溜め込んでいた空気を吐き出した。


 桜花としては翔が急に手を引っ張ってエレベーターに乗り込んだので何がなんだかわからない、というのが正直な感想だろうが、翔としては公開処刑場から早く逃げ出したい一心であった。


「急に……走られると……困りますよ」

「ごめん。あの場には居づらくて……」

「分からなくもないですけど……。私の服装はあまり走るのに適していないので」


 じとっとした視線を向けられて、翔は「ごめん」と小さく謝った。

 その翔の謝罪に桜花はふっと微笑むと空を見上げて「わぁ」と感嘆の声を上げた。


 満天の星空だった。


 真っ暗、と言うよりは蒼色がある。都会ではあまり見られないようなはっきりとした星々が見える。

 翔は星座に関しては「ド」がつくほどの素人なので何がどの星座なのかはさっぱり皆目見当もつかないが、桜花はその限りではなく、ほぼ全ての星座がわかるのでことある事に翔に教えてくれる。


「これがオリオン座です。私の指を指しているところの先にある星です。線で繋げてみると堤のような形になります」

「ほー。あれがオリオン座か」


 桜花がくすくすと可笑しそうに笑うので翔もつられて笑った。

 きっと翔の腑抜けた声が面白かったのだろう。翔はそのことにようやく思い至り、こほんとひとつ、咳払いをした。


 そして桜花も翔も話さなくなり、自然と静寂が訪れる。

 翔は桜花と共に居て発生するこの静寂が苦手ではない。好きだ、とまでは言わないが、無言でいても平気なぐらいには心を許し合えていると考えられるからだ。

 しかし、今日はどうしてもその静寂が好きになれない。何かをどうしても話したい。


 それは翔が残す、最後のサプライズプレゼントがあるからかもしれない。

 花束とは比べ物にならないぐらいの特別なプレゼント。桜花が喜んでくれるのかどうか、反応はどうか、などそれらばかりに気を取られて翔は自分の手が汗まみれになっていることに今更ながらに気づいた。


「翔くん、緊張してますね?」

「……気にしないで」

「無理ですよ。今日の翔くんは油断なりません」


 サプライズを警戒しているのだろう。この時点でほとんど図星を突かれてはいたのだが、今更引き返す訳にもいかない。このまま直行するしかない。


「綺麗だな」

「そうですね。ディナーやサプライズまで色々として貰ったのに最後に満天の星空まで見られるとは思いませんでした」

「天候がいいのは神様も桜花の誕生を祝福してくれてるからだよ」

「もう、また調子のいいことをいって……」

「それに、まだサプライズは終わってない」


 翔は一旦、桜花と繋いでいた手を離し、ずっと懐に忍ばせていた小さな箱を取り出した。そして花束を渡した時のように片膝をつき、その箱を桜花の前に突き出した。


 この光景を見れば中身に何が入っているのかは大体想像ができるのではないだろうか。桜花もサプライズは予期していたものの、まさかこのようなものが最後の最後にサプライズとして残されていたなどとは露にも思っていなかったようで、目を白黒させていた。


「あの……」

「僕の気持ちが薔薇の花束だけで終わるとでも?いや、そんなことはありえない。僕の気持ちは空よりも高く、海よりも低い」

「……それを言うなら海よりも深い、です」

「おっと失敬……」


 翔は大事なところで言い間違いをしてしまった。桜花に指摘されて大事な雰囲気が霧散していく。

 だが、その方が翔らしい。


 翔はそう思い直したのか、急に片膝をつくのをやめ、立ち上がった。

 そして、その小さな箱を開く。


「結婚はまだ年齢のせいで無理だけど、結婚の約束として……」

「……はい」

「受け取ってくれないかな?」

「……はい……はい……。もう……どうして翔くんは……」


 桜花は一筋の涙を流し始めた。その言葉は最後まで聞き取ることができなかったものの、左手を差し出されたので、これはつけてくれ、と言われているのだ、と解釈した翔は婚約指輪を桜花の薬指にはめた。


「これで本当に僕のサプライズは終わりだよ。……改めて、誕生日おめでとう。桜花」

「うぅ……ひっく……翔くんのばかぁ……」


 桜花はそう言いながら翔に抱きついた。翔はまさか泣かれるなどとは考えてもいなかったので、少しおろおろとしていたものの、桜花が抱きついてきたので優しく抱き返してやる。


 赤色のドレスで更に強調された華奢な身体を翔の身体が包み込む。背中をさすってやると段々と落ち着いたのか、桜花のしゃっくりも止まった。


「翔くんはどこまで私を好きにさせたら気が済むのですか」

「そりゃあ……海よりも深いところまでかな」

「もう翔くんなしでは生きていけそうにありません」

「そんなにか?」

「だから、この指輪に誓ってどこにも行かないでください」

「あぁ。誓うよ」


 桜花はそう言うと翔の肩口にあった顔を翔の顔面目前まで持っていった。身体は密着したままで上半身だけ無理に離しているので、桜花が背中を逸らしている状態であった。

 少ししんどそうに見えた翔が桜花の腰に回した手の力を緩めようとすると、桜花の手がその翔の手に重なり「ダメです」と訴えかけてくる。


「……泣いた後ですからあまり見ないでくださいよ」

「見ないで、といわれても……。桜花が目の前にまで来たし。ちょっと理不尽」

「女の子は理不尽なものなのです。……というわけで、翔くんにはお仕置きです」


 そういって桜花は翔の唇に自分の唇を重ねた。

 もう何が何だかよく分からない翔はされるがままであった。

 泣き顔の桜花もすごく可愛いな、などと頭の片隅で思っていたらいつの間にか唇を奪われていたのだ。これを驚かずにいられようか。


 ぽんぽんと降伏のように桜花の肩を軽く叩くと桜花は素直に一度離れてくれた。


「急!あまりにも急すぎて……」

「嫌、でしたか?」

「……その言い方はずるい」

「女の子は好きな男の人にわがままを言いたいものなのですよ」

「あとは理不尽なこともか?」

「そうです」


 そういって、どうせされるのなら、と今度は翔から桜花の唇を奪った。


 満天の星空の下で愛を確かめ合う翔と桜花。そしてその桜花の左手の薬指には愛を象徴するような夜空に輝く宝石が確かに存在していた。



                 終わり










 あとがき


 えっと、私の勘違いによりこのスペースにあとがきを置かせていただきます。

 はい!というわけで、本編、完結致しました!!


 日々の毎日更新はつらいこともありましたが、何とか完結までは続けることが出来ました。これも皆様の応援のおかげであります。後は自分の筆の速さのおかげ(てへっ)


 今日までお付き合いしてくれた沢山の方々には本当に感謝しかありません。日々の話に対しての感想をくださった方々や、ハートマークで応援してくださった方々、蒼星をつけてくださった方々。

 本当にありがとうございました。

 本編は終了いたしましたが、厚かましいことにアフターストーリーを作成中です。公開はしばらく先にはなると思いますが、それもお付き合いしてくださると幸いです。

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他人行儀になった幼馴染美少女と何故か一緒に住むことになった件 孔明丞相 @senkoku

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