第299話「翔にもサプライズ」
銃声のような何かが鳴り響く。そして、示し合わせたかのように照明が復帰する。
そして、翔と桜花の視界に飛び込んできたのは今の今までエキストラだと思っていたその人達が実は見覚えのある人しかおらず、数人がクラッカーを持っていた光景だった。
銃声のような何かはクラッカーを発射させた音なのだろう。
「「「お誕生日おめでとう!!」」」
一斉に声を揃えて桜花へ向けての言葉を放つ。
そこには修斗、梓、充、佳奈の両親を始め、カルマや蛍。須藤とその取り巻き達。
顔を合わせたことのあるほとんどの人がエキストラとして紛れ込んでいた。
「こ、これも翔くんのサプライズ……ですか?」
「……いや、これは僕も全くの予想外」
「びっくりしました。……泣いてしまいそうですよ」
桜花は翔にぼそりと弱音を吐いたかと思うと、次の瞬間にはいつもの強い桜花へと戻っていた。
「みなさん、私の誕生日を祝ってくださってありがとうございます。今日という日は私の人生の中で一番サプライズをされた日でかけがえのない大切な日となりました」
桜花がぺこりと頭を下げると、修斗からだろうか、ぱちぱちと拍手が起こったかと思うとすぐに梓が続き、たちまち桜花以外の全員が拍手喝采となった。
翔もまた桜花と同じ程に驚いていた。
一瞬だけカルマと視線を交錯させる。その表情からは「黙っててごめんなっ!」と言われているような気がした。
カルマ達はこのサプライズを前々から計画していたはずだ。でなければ、ここまで声を合わせたり、照明とクラッカーのタイミングが合うはずがない。
ということは翔が作っていたグループと同じようなグループを作っていたということになる。
その主導者は修斗か、カルマか、それとも蛍か。そこを割り出すことはもはや不可能であるし意味の無いことではあるのだが、翔も驚かされたのでしてやられた感があったのは否めない。
しかし、これは案外チャンスなのではないだろうか、と思う。
翔はそっと目配せをする。すると、こちらは翔の予定通りに桜花には見えないように死角を通りながら翔に花束を渡してくれる。
そこで、翔は意を決して、片膝をついた。
「あの……?翔くん」
「僕からの気持ちを受け取って欲しい」
翔が差し出したのはバラの花束。
バラの花言葉は言わずもがな「貴方を愛しています」だ。
カルマ辺りがひゅーっ!と茶化すが、翔はこの場合は無視だ。あとでごすっと音がしたので、蛍が締めておいてくれたのだろう。
「僕は桜花といられて幸せだった。でも、たった一年じゃとてもじゃないけど耐えられない。もし、桜花が僕のわがままを叶えてくれるのなら、僕と一緒にこれからも過ごして欲しい。そしてその証として、この花束を受け取って欲しい」
「……ずるいです。そんな言い方されて受け取らない女の子はいませんよ」
桜花は一筋の涙を流しながら、その薔薇の花束を受け取った。
翔は立ち上がり、桜花の涙を指で拭ってやる。そして、ふっと微笑むと桜花も「ばか」といいながらも微笑み返してくれた。
そこで、妙に生暖かい視線を向けられていることに気づいた。
(し、しまった……。つい、家にいるような感覚で居たけど、これって公開処刑では?)
特にカルマなんかは微笑みをとうの昔に通り越してにやにや、いやにまにましてしまっている。ストッパー役のはずの蛍でさえも、翔達の熱に当てられたのか、瞬きもせずにこちらをじっと凝視している。
修斗と梓は嬉しそうに微笑みあっている。恐らくは「大きくなったわね」「そうだね。自慢の息子だよ」などと言い合っているのだろう。
翔は充の方はあえて見ないようにした。あの人は翔が桜花の彼氏だとわかった上で自身の前でそういうことを見せられるのを嫌うのだ。
「翔くん、お父さんが翔くんを凝視していますよ」
「多分そんなところだろうと思ったよ……。僕は何も知らない」
「ところで、修斗さんはどうやって日本に来たのでしょう?」
「……母さんがいるからセーフなのかな。あの二人のルールはいまいちよく分からないから、考えるだけ無駄だよ」
修斗は勝手に日本へと帰国したせいでこっぴどく梓に叱られ、しばらくの間は帰国禁止になったはずだったのだが、そこは梓クオリティ。
自分同伴ならば問題なし、とでも言ったのだろう。
翔はどうしてもいたたまれなくなって、桜花の手に自分の手を重ねた。
不思議そうに顔を傾げる桜花に翔は耳打ちで「ちょっと離れようか」というと、桜花はくすぐったそうに身を捩らせた後にすっと立ち上がった。
「翔!家でもそんな風なのか?」
「今だっ!逃げろ!」
翔は桜花の手を引いてエレベーターに向かって一直線に走り出した。
「ノーコメントだッ!」
カルマは追いかけてこなかった。恐らくは全員に羽交い締めにまでされて止められたのだろう。
翔達が向かうのは。
屋上だ。
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