終、三日月は闇に溶けて


 いつの間にか雪はまばらになっていて、雲の切れた闇空にあの弓月が輝いてた。ひどい眠気に意識を奪われそうになりながら、わたしは夜空を見あげる。


 切り殺されてしまいそうな冷たい夜気のせいか、銀月が氷の刃のよう。

 寂しそうで、痛そうで、涙がにじんで両眼が熱い。

 このまま誰にも見つけてもらえず凍った空の下で命を終えるのも、わたしらしくて似合ってる。そう思った。


 トロトロと遠のきかける意識に、カラン、とドアチャイムの音が響いて、わたしはぼぅっと目をあげる。開いた店の扉から出てきた人と、視線がかち合った。

 明るい店内から漏れた光を背負い、長く伸びた影。その主はすごく背の高い男のひとだった。怪訝けげんそうに細められた双眸には、たぶん今、わたしが映ってる。


「なにをしてるの?」


 独り言じみた単調な抑揚よくように迷いながらも、この場にいるのは彼とわたしの二人きりだったから、わたしは彼を見あげ答えを返した。


「ひとを、待ってたの」


「……へぇ。誰を?」


 皮肉げに口角を上げた笑顔で彼は聞き返してはくれたけど、目がぜんぜん笑ってない。関わり合いになりたくない、……そんな拒絶が雰囲気に表れている。


 震えの止まらない身体と、うずく胸。

 もう、うまく言葉を話せない。

 彼がわたしを通り過ぎてしまったら、ここで死んでもいい、って思った。


 言葉を交わすのも、顔を合わせるのさえも、初めてのひとだけど。もしもあなたの目にわたしが、今にも消えかけの哀れな命と映ったのなら。

 どうかお願い。


「あなたを、待ってたの」


 震える息で吐きだした最後の言葉は、確かに届いて、彼が困惑したように眉を寄せるのを見た。――それだけは憶えてる。

 遠のく意識にくらりとした浮遊感。夢かうつつかわからないまま、凍りきった身体にじわりとしみこむ穏やかな熱。

 このまま死ぬのか、どこかに連れていかれるのか。

 彼が誰でどんな人間ひとかもわからないけど、なぜか怖くはなかった。



 視界をふさぐ重いまぶたの裏に、凍った弓月。

 あと幾つかの夜を越えたら闇に食われて消えちゃうなんて、わたしとおんなじじゃない。


 細くて強い腕の中、そんなことを考えながら。

 わたしの意識は、闇に溶けていった。





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家出娘と死にたがり 羽鳥(眞城白歌) @Hatori

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