五、魔族少年と風の精霊


 強い眠気のせいで夢とうつつの境目をさまよいながら、心の中でうわごとみたいな言い訳を繰り返すわたしの、耳に。風に混じった笑い声が聴こえてきた。

 重いまぶたを持ちあげ、そちらを見る。


 かすんだ視界に真っ先に見えたのは、鮮やかなピンク髪の男のコ。先のとがった耳は魔族ジェマの証で、ひょろりと背が高く肌が浅黒い。両手を頭の後ろに組んで、懐っこい笑顔で隣の少女に話しかけてる。

 一緒に歩いている小柄な女のコは、ロングストレートの白髪はくはつに灰色の獣耳、背中に大きな白い翼。着てるのは白い薄地のワンピースでしかも裸足、なのに全然寒そうじゃない。もしかしたら精霊さんなのかも。


 一生懸命しゃべってるのは男のコの方で、精霊の彼女はほんのり笑いながら聴いてるだけ。それでも仲良さそうで楽しそうで、羨ましいな、と思った。

 と急に、離れたわたしにもわかるくらい彼女の獣耳がピンと張った。一瞬振り返り、男のコの腕を取って走りだす。魔族ジェマくんも振り返り、目をみはって駆けだした。


 賑やかな足音を引き連れて、誰かが追いかけてくる。わたしの目の前を通り抜けざま店の明かりで見えたのは、制服姿の警備兵たち。

 人気ひとけの少ない往来に彼らの蹴立てた雪が白く舞いあがり、風に吹かれて散ってった。

 わたしはただ茫然ぼうぜんとそれを見送って、それから雪の勢いがずいぶん弱まったのに気がつく。油断すると襲ってくる睡魔のせいで、時間の感覚が曖昧あいまいになっていた。




 犯罪者なのか、もっと複雑なワケアリかはわからないけど。振り返って走りだした二人のたのしげな表情がなんだか忘れられなかった。

 きっと彼らは自由に生きて、自分たちの意志で逃げてるに違いなくて。


 わたしは、どうしたいんだろう。


 足元にぱっくり口を開いて待ちうける逃れようのない終焉しゅうえんにあらがっても、苦痛が増すだけなのはわかってる。なにひとつ夢を叶えられないこんな生はあきらめて、来世を望むほうがきっと、楽だろうって。

 だけどこの記憶が……わたしという存在が、ここで確かに生きてたという事実が、誰の中にも残らないなんて悲しすぎる。


 逃げきれなくても、いい。

 閉じた世界で終わりに怯えながら命をながらえるより、わたしは。


 死ぬまで、逃げてみたかったの。

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