第4話 美味しい食事
その後は二人で交代しながら充電を行い、なんとか30%付近にまで溜めたのだが、そのころには既に日が傾きつつあった。
紅く染まった壁でそろそろ夕食の時間が迫って来ている事に気づき、2人して一階へと降りる。
するとちょうどタイミングのいいことに、母さんが食卓に着いて
「あ、ちょうどいいところに。今日は何味がいい?」
何味とは言っても、配給で配られる瓶に詰められた豆の味は、醤油、トマト、塩の三種類しかない。
それを鍋に開けて色々と調理をするのだが、基礎の味付けがしっかりしているせいで、かなり代わり映えのしない味にしかならないのだ。
しかも手持ちの調味料もたかが知れている為、ほとんどの組み合わせは食べつくしてしまっていた。
「…………お塩?」
縦に細長いひと瓶で3食1日分が入っているのだが、それが一週間に1回配給される。
したがって7つもらえるのだが、そのうち3~5本が塩ゆでなのだ。
史は好きなものを後に取っておく性分なので、塩を選択したのだろう。
俺はどの味も飽き飽きしていたので、食べられればどうでも良かった。
「……粉ミルク使ってシチュー……かな」
「え?」
「ホントに!?」
さすがにホワイトシチューは久しぶりの味なので話が違う。
出来合いのルゥを入れるのと比べれば、だいぶ味が薄くなってしまうのだがそれでも滅多に食べられないものなのだ。
「や、でもなんで急に?」
何かお祝いの日なのかと思考を巡らせてみるが、何も該当するものはない。
「だって暦に不幸な事があったんだから、なにか良いことで埋め合わせしたげたいじゃない」
「不幸な事?」
首をかしげる史に、まずいと悟った俺は、慌てて母さんへバシバシとアイコンタクトを送る。
しかしそんなもので俺のしたことを気づいてくれるはずもなく……。
「暦、アンタ目にゴミでも入ったの?」
なんて言われてしまった。
「…………」
隣に立つ史からは、なんとも不穏な気配が漂ってくる。
完全に、俺が誤魔化そうとしたことがバレてしまったようだった。
「お兄ちゃん。良くない、良くないなぁ~」
「な、何がでしょう」
思わず敬語になってしまったのも仕方ないと言わざるを得ない。
俺は、妹様には逆らえないのだから。
「だめだよー、嘘つこうとしちゃ」
「い、いやー……嘘『は』ついてないかなぁ~なんて……」
黙ってただけですごめんなさい。
「騙そうとしたんだからなんでも同じなのっ、も~」
ジト目で俺のことを見上げて唇を尖らせる史にそれ以上嘘を貫き通せるはずもなく、俺は謝罪の言葉を口にしつつ素直に頭を下げたのだった。
「それで、どんなこと隠そうとしてたの?」
「ああ、そういえば私も盗られたとしか聞いてなかったわね。前みたいにひったくり?」
確かに一番多い盗られ方はひったくりだ。
店の出口付近で待ち構え、荷物を奪って逃走し、近くの民家や路地裏に逃げ込まれてしまえば、追跡は諦めざるをえない。
反撃の危険性や、物資を取り返すために抱き着いたり殴り合ったりなどの濃厚接触を行って要らぬ病気を貰ってしまう可能性だってあるからだ。
「ええっと……」
ここで頷いてしまえばいいのだろうが、先ほど史から嘘はダメだと言われたばかりであったため、どうもそういう気になれなかった。
だから俺は正直に起こったことや自分の取った行動を話していくと……。
俺が頭を殴られた辺りから母さんの頬が引きつり始め、追いかけた辺りで史の顔が真っ青になり、労働者たちと言い争いをした辺りで二人の表情は、やっぱり嘘をついときゃ良かったと後悔したくなるようなものへと変わってしまった。
「……って感じ、デス」
俺が話し終わった瞬間、母さんは立ち上がって俺の頭を強引に下げる。
「殴られたって言ったわね。どこ? 痛む? 腫れては無いみたいだけど……」
「ちょっ母さん!」
「いいから答えなさい」
母さんはこうなる前は看護師をしていた。
だからこそ具体的な可能性を心配してくれているのだろう。
特に救急車を呼ぶ方法も、病院に運ぶ方法もない現在では倒れることがそのまま死に繋がってしまう事も考えられる。
俺はそのまま大人しく母さんの診断を受けたのだった。
「……多分、大丈夫だとは思うけど、今日一日は大人しくしときなさい」
「ああ、うん。大丈夫だと思うけど」
殴られた感覚からして、あいつらは手加減をしていた。
もし俺が死んでしまえば、警備が主な任務の自衛隊といえど見過ごせなくなる。
そうなればあの場所で稼ぐことは出来なくなるだろうし、何より本気で捜査をされて見つかれば……多分、射殺だろう。
強盗を檻に入れて養えるほど、この世界は満たされてはいない。
そして犯罪者を射殺して文句を言う人も、居ない。
「甘くみないのっ。頭は何が起こるか分からないのよっ」
「はいはい」
母さんの用事は終わった。
次は――。
「おっと」
史の番。
史は無言のまま俺に抱き着いてくると、胸元に顔を埋める。
その体は恐怖でなのか、小刻みに震えていた。
今更ながらに俺がやったことは些か軽はずみが過ぎていたと思い知る。
もし彼らが俺のことを殺そうと考えていたら、俺は史と話をすることだってできなくなっていたのだ。
「いや、な? 大丈夫だったからさ」
「うー……」
違うとでも言うように、ぐりぐりと頭を押し付けられる。
ここまで感情的になるほど、史は俺を失うことを恐れていた。
それもこれも、史は友達全員をパンデミックで失っているからなのだ。
史が知っている人間は……俺、母さん、父さん、お隣に住む俺の幼馴染である浦木千里とその両親くらい。
親交という意味では、さらに減ってたったの4人。
それが史の世界。
しかも、いつ失われるか分からない薄氷のように危ういもの。
「ごめん」
俺は謝ると、史の背中に両腕を回す。
先に行くにつれて少しだけウェーブのかかった長い黒髪が指にふわりと絡まる。
心配されてるんだなって思ったら、少し……いや、だいぶ嬉しかった。
「今度からしないから」
「ごめ……んっねっ。わたっしのっせいでっ」
嗚咽混じりの声は聞き取り辛かったが、きちんと最後まで聞いてから否定する。
「違うって。殴られたから腹が立ったんだよ」
「うそっ」
「ホントホント」
その感情が無かったわけではないから、嘘にはならないはずだ。
というか、史のせいだとは思いたくない。
ひとが騙したり奪ったりするような関係にある中で、無条件に信用してくれる家族のせいにはしたくなかった。
「そうねぇ。暦にはそういうところ、あるものねぇ」
「でしょ?」
母親の援護をもらった俺は、またも史の脇の下に両手を通し、高い高いをする要領で引きはがす。
ついでとばかりに史の体を左右に揺らしてから床に立たせた。
「もち……かたー」
しゃっくりをしながらもいつものように抗議をしてくる史に、心からの笑顔を送る。
こうして心配してくれる家族が生きている俺は、幸せなのだ。
だから笑顔は簡単に出来た。
「うっし、それじゃあシチュー作るの手伝おうな。実は久しぶりだから楽しみで楽しみで」
「ホワイトソースは私が作るから、アンタたちは野菜の皮をむいて刻んでおいて。なるべく小さくね」
「おっけー」
「……ん」
それから俺たちは協力して夕食を作ったのだった。
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