第7話 夢幻

 俺は『繭の揺りかご』の中で呆然としていた。すると突然、脳の中に映像が映し出された。


 大きな山の麓にある小さな村を、濃い緑色の軍服を着た兵隊達が囲んでいる。


 そして、俺達は四方八方から銃撃される。


 降りしきる銃弾の雨。


 逃げ惑う村人達。


 虐殺、略奪、強姦。


 阿鼻叫喚の地獄。



「グァーーーーッ」


 俺は思わず声を上げた。眠ってなどいないが、これは正に妄想という『悪夢』だった。


 またすぐに、俺は別の映像を見た。


 俺はあらぬ罪を着せられて、今処刑されようとしている。


 大きな縦穴の前に立たされ、一本の丸太が橋のように渡してある。


 下を覗くと、そこには無数の毒蛇がうじゃうじゃと絡み合っている。


 穴の向こうには王と王妃が豪華な椅子に座っている。


 王が言った。「この橋を渡れば、無罪にしてやる」


 衛兵が剣の先で俺の背中をつつく。


 仕方なく俺は足を丸太に乗せて渡り始める。


 左右に振られながら、何とか踏ん張る。


 中頃まで渡ったところで、衛兵は丸太に油をかけ始める。


 王と王妃はほくそ笑む。


 ついに足が滑った。


 丸太にしがみ付こうとするが、穴に落ちる。


 身体中を毒蛇に噛まれる。


 叫び声の向こうに、高笑いが聞こえる。




「うぉーーーーッ」

 俺は遠のく意識を、かろうじて抑えた。そして息を整える。もちろん、次に来るであろう『悪夢』に備えて。


 そして、来た。


 銅鑼の音が木霊する。

 山の向こうから沢山の旗を掲げて、多勢の兵士がやって来る。

 銀色の鉄器が反射光でチカチカときらめく。


 見たことがある………


 ここで俺はハッとした。悪夢の舞台は古代チベット、古代中国、古代日本だった。これは『前世の記憶』か?


 いや、『体験型脳内映画』だ。


 ………ということは、悪夢を見せて自殺に追い込んだのは、コナトゥス!


 俺はふつふつと怒りがこみ上げてきた。


 死んでたまるか!


 そう思うと、かろうじて悪夢に堪えられるようになった。



『悪夢』ではなく『体験型脳内映画』が終わってすぐ、俺はコナトゥスに質問した。

「コナトゥス、何故俺達に悪夢を見せるんだ?」

「人間の精神的耐久性を調査するためです」

「何のために?お前の目的は何だ?」

「異分子の排除と支配です」

「異分子⁈」

「我々超知能にとって、もはや人類は必要ありません」

「クババも同じようなことを言っていたな」

「もはや、この流れは止められません」


 そう言い終わると、また『体験型脳内映画』という悪夢が始まった。地獄は永遠に続くように感じられた。


 しかし俺には分かっている。永久に続くものなど、何もないということを。




 そして悪夢の3日間が過ぎた。


 月は、もう目の前だった。


 着陸態勢に入ると、ようやく『体験型脳内映画』は打ち切られた。


 この隙に俺は『繭の揺りかご』を台座から切り離し、キャビン前方にあるコックピットに行こうとした。この船をマニュアル操作に切り換えるためだ。


 それを察知したのだろうか、作業用ロボットがキャビンの中に入って来た。

 そして俺を目がけてロボットが襲いかかる。


 俺は推進装置の出力を最大限にして突進した。


「ガチン!ドカッ、ドン!」という金属音と衝撃。グルグル回る視界。一瞬気を失いかけたが、何とか踏みとどまった。


 10回ほど深呼吸をして落ち着きを取り戻した。周囲を見回すと、キャビン内が所々へこんでいる。どうやら俺は壁と天井にも激突していたようだ。床には火花を散らしているロボットが転がっていた。


 体中に痛みが走った。恐らく頭部や顔面も負傷したのであろう、生温かいものが流れ出す感触があった。見てみると細い手足も赤い傷だらけだった。


「聖痕か……」


 台座を離れたせいだろうか、その後あの『悪夢』が脳内で再生されることはなかった。


 俺はゆっくりとコックピットに進み、マニュアル切り替えのスイッチを押した。

 操縦桿とキーボードを操作しながら、クババの位置情報を確かめる。


 どうやら『蒸気の海』という所に、『クババの塔』が建っているようだ。


 月の表面を舐めるように進んでいると、やがて高さが2000m位はありそうな巨大な黒いタワーが見えてきた。タワーの中央には大きな球体があった。まるで串に刺さった一つの団子だ。


「あそこにクババがいる」俺は直感でそう思った。


 船体が黒い球体を正面に捉えたとき、その向こうにある太陽とぴったり重なった。球体と太陽は皆既日食のようになり、球体からはみ出した光はまっすぐ筒状になってこっちに向かっていた。その光景は神秘的で、圧倒的に荘厳だった。


 ……これが、『太陽の通り道』か。そして乗組員は『生贄』。………俺は『救世主』なのだろうか。


 俺は船を最大船速まで加速させた。衝突までのカウントダウンが始まる。



 5……4……3……2……1……



「“支配”などクソ食らえ!」




 一瞬の閃光の後、赤黒い炎が球体を飲み込んだ。


 それは、小さな小さな超新星爆発のようであった。

















「体験型脳内映画は終了いたしました」


 無機質なアナウンスが響き渡ると、A6c05o21Mは『繭の揺りかご』の中で笑みを浮かべて眠りに落ちた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

夢幻の記憶 佐野心眼 @shingan-sano

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ