第4話 異変

 次の日、突然通信回路が開かれた。モニターに映っているのは、Sを除く五人だけだった。本来映っているはずのSの姿が消えていて、『繭の揺りかご』の中は空っぽだったのだ。


「あれ、Sはどうした?」


 俺が咄嗟にそう言うと、Gはためらいながら答えた。


「…Sは、どうやらいなくなったようです」


 真白になった頭が回復するまで、5秒ほどかかった。その後は「どういうことだ⁈」という疑問だけが頭の中で何度も繰り返されるばかりだった。IとTも同じような反応だった。


 気の強いMだけが、Gに食ってかかった。

「何でなのよ!何でSがいなくなるのよ!機械的なトラブルでもあったの?」


 Gは、なだめるようにMに言った。

「M、まず落ち着いてください。我々を管理しているのはコナトゥスです。コナトゥスに聞いてみるのが一番早いでしょう。コナトゥス、Sはどうしたんですか?」


 するとコナトゥスの無機質な声が『繭の揺りかご』の中に響いた。


「S1z09p13Fは死んだので、廃棄しました」


 Mは思わず叫んでいた。

「どういうことなのよ⁈コナトゥス、ちゃんと説明しなさいよ!」


「04時32分、S1z09p13Fから殺して欲しいと要請があったので、筋弛緩剤を注入しました。04時35分に生体反応が無くなったので、船外に放出しました」


 コナトゥスの説明はあまりにも淡々としていた。そして、同じように淡々とGが続けた。

「いわば、自殺ということになりますねぇ。しかし動機が見当たりません。昨日Sは『星の王子様に会いたい』と言っていましたからねぇ。しかも積極的な態度でこの冒険にも参加していた。どうもSが自殺というのは、腑に落ちませんねぇ」


 何か手がかりが必要だと思い、俺もコナトゥスに質問してみた。

「Sがいつも見ていた体験型脳内映画は、一体どんな内容だったんだ?」


「美しい容貌のS1z09p13Fが容姿端麗な好青年と出会い、恋愛を成就させるというストーリーを、様々な設定で体験していました」


 俺が半ば呆れていると、Mはそれをはっきりと口に出した。

「あの娘いつもそんなのばっか見ていたの⁈だとしたら自殺なんてますますおかしいじゃない」

「まったくだ。だが、この事実は変わらない。残念だが、俺達にはSの冥福を祈ることしかできない」

「A、あんたってドライ過ぎない?Sが可哀そうとか思わないわけ?」


 俺が応えに窮していると、Iが割り込んできた。

「あ、あのぉ、ぼ、僕一人になりたいんで、通信切ってもいいですか?」


 返答をする前に、Iの姿はモニターから消えていた。

 これ以上続けても不毛だと思い、俺は散会することをみんなに提案した。GとTは積極的に、Mは渋々了承してくれた。




 次の日、また突然通信回路が開かれた。


 Tの姿が見当たらない。


「今度はTがいなくなったか」

 俺は落胆気味に言葉を漏らした。そして、少しいらいらしながらコナトゥスに聞いた。

「コナトゥス、一体何があったんだ?」

「03時11分、T2o11s09Mは舌を噛んで死亡しました。遺体は船外に放出してあります」


 俺はうーんと唸ったまま、次の言葉が出てこなかった。代わりに冷静なGが話し始めた。

「コナトゥス、Tはいつもどんな脳内映画を見ていたのですか?」

「T2o11s09Mは10歳の子供になって、優しくて美しい母親に大事に世話をされていました。何をするのでも全て母親がお膳立てをして、T2o11s09Mはそれを享受することに満足していました」

「ふうむ、それでは昨日もTはその脳内映画を見ていたということですか?」

「そうです」

「それなのに舌を噛んだ、妙ですねぇ。舌を噛むというのは自殺行為ですが、Tには自殺の理由が見当たりません…」


 皆が考え込んでいると、Iが奇妙なことを言い始めた。

「こ、こ、この船は、呪われているんだ」


 強い口調でMが言った。

「誰から呪われてるっていうのよ!あんた、何か心当たりでもあんの?」

「ぼ、僕をいじめた奴らを、僕が呪って、酷い目にあわせて殺したから、きっと奴らが僕に復讐を始めたんだ。あぁ…」


 俺もMも、Iの言っていることが分からずきょとんとしていた。


「それはもしかして、脳内映画のことではありませんか?」

 GがIにそう語りかけると、Iは泣き出してしまった。

 嗚咽混じりでIは「本当なんだ、本当にあったんだぁ」と言うばかりだった。


 困り果てている俺とMをよそに、GがIに語りかける。

「あなたが産まれたのは、何年ですか?」

「う、宇宙暦645年」

「なるほど、『繭の揺りかご』が出来る前ですね。それまで、人間はまだ自由に行動することが出来ました。そこで、よほど酷い目にあわされたのでしょう」


 Iは軽くうなずいた。


 Mは呆れたようにIを見た。

「645年って、もう7千年以上も前のことじゃない。もういい加減忘れてもいいんじゃないの?」


「だ、だから、いじめられた記憶のある月を離れようと思ったんだ、あぁ…、うっうっ、ひっ、ひっ、うぐっ…」


 突然、Iの様子がおかしくなった。


「どうした、I、しっかりしろ!」

「I、大丈夫?」

 慌てる俺とMとは対照的に、Gが的確な指示を出す。

「パニック発作ですね。コナトゥス、すぐにIに鎮静剤を」

「了解しました」


 程なく、Iの通信回路が切られた。


 まだ旅の始まりだというのに、色々なことが起こり過ぎる。搭乗員2名の死亡と精神が不安定な者1名、先が思いやられる。俺はどっと疲れを感じて散会を提案した。MとGも同じ気持ちだったようだ。提案は難なく受け入れられた。

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