第5話 疑問

 月を出て4日目、また突然通信回路が開いた。


 Iはいなかった。


 Mが半ば怒ったように俺に話しかけてきた。

「A、何か変だと思わない?これでもう3人目よ。一体どうなっているのよ!」


 俺が応えに詰まっていると、Gが助けてくれた。

「Aを責めても、何の意味もありませんよ。それより、コナトゥスに仔細を聞いてみましょう」

「そんなこと分かってるわよ!」


 とばっちりを受けたGだったが、Mを無視した。

「コナトゥス、あの後Iに一体何があったんですか?」

「鎮静剤を注入して落ち着きを取り戻しました。その後は何の変化も見られません」

「つまり、いつものように脳内映画を見て過ごしていたのですね?」

「そうです」

「その後は?」

「眠りに着きましたが、05時13分に突然覚醒して、殺して欲しいとの要請を受けました。指示通り筋弛緩剤を注入後、生体反応が消えたので、05時20分船外に放出しました」

「ということは、Iは自殺を選んだということですね?」

「そうです」


 俺とMは目を合わせた。Gはそのまま考え込んでいた。


 しばらくすると、Gは俺とMを交互に見ながら話し始めた。

「A、M、どうもこれは偶然ではなさそうですね」

「3日連続で自殺だもの、偶然じゃないでしょう。でも、原因が分からないわ」

「俺も同感だ。Gはどう考えているんだ?」

「自殺した3人に共通することがあります。それはいずれも睡眠時に死にたくなるようなことが起こっているということです」

「寝ているときに死にたくなること⁈」

「そんなことがあるのか⁈」


 少し間を置いてGは言った。

「恐らく、3人は死にたくなるような悪夢を見たのではないでしょうか。実際、Iは眠りから覚めてすぐに殺してくれと頼んでいます」


 俺はコナトゥスにも確かめることにした。

「コナトゥス、SとTは眠りから覚めてすぐに殺してくれと頼んだのか?」

「いいえ、Sは睡眠中に自殺を依頼しました。Tは睡眠中に自ら舌を噛みました」

「夢の中の頼みでもお前は聞くのか⁈」

「人間の意志を優先させるようにプログラミングされています」


 俺は思わず「ハァ〜ッ」と溜息をついた。『人間の意志を優先させる』というのは、俺がクババに出した指示だった。まさかこんなことで裏目に出るとは思ってもみなかった。


 俺が深い後悔の底なし沼にはまっていると、Gが気になることを言い始めた。

「それにしても3日連続というのは、いかにも不自然ですねぇ。まるで誰かにコントロールされているようにさえ感じます。それにもう一つ引っかかることがあります。コナトゥス、私達6人の名前をモニターに出してください」


 すると6人の名前が映し出された。


 A6c05o21M

 I3d05y18M

 S1z09p13F

 G4i14c15M

 M5a09h11F

 T2o11s09M


 俺とMはしげしげとこれを眺めたが、二人とも何のことかさっぱり分からなかった。

「これがどうしたのよ?」

 Mは苛立たしげにGに問うた。


 Gはそれを無視してコナトゥスに聞いた。

「コナトゥス、これはどういった順番で並んでいるのですか?」

「有人探査の申し込み順です」

「なるほど」


 自分の問いかけを無視して落ち着き払っているGに、Mは更にいらいらを募らせた。

「何が『なるほど』よ!説明をしてよ、説明を!」

「これは失礼。では、まず分かりやすいところから説明しましょう。各人の名前の一番後ろの“M”と“F”は、maleとfemale、つまり男と女を表していると考えられます」


 今度は俺が「なるほど」と言った。Mも納得したようだった。


 Gは話を続けた。

「では、今度は名前の頭文字の次にある数字に着目してみてください。コナトゥス、この数字の順に並べ変えてください」


 S1z09p13F

 T2o11s09M

 I3d05y18M

 G4i14c15M

 M5a09h11F

 A6c05o21M


「どういう順番だか、分かりますか?」


 Gにそう言われて、俺はハッと気が付いた。

「こ、これは自殺した順番⁈」

「…っていうことは、G、あんたが次に自殺する番よ!」

「そういうことになりますねぇ」


 Gは落ち着き払って続けた。

「まだ、いくつか気になることがあります。頭文字を続けて読むと『STIGMA』となりますねぇ。『STIGMA』というのはもともとキリストの処刑時に出来た傷跡のことですが、ばれると都合の悪いこと、という意味もあります。

 次に、小文字のアルファベットを続けて読むと、『zodiac』と『psycho』という文字が浮かび上がってきます」


 俺は小文字を目で追った。そして、次の瞬間目を見開いた。


「本当だ!」


 Mの眉間に薄く皺が寄った。

「『zodiac』⁇G、これはどういう意味なのよ?」

「『zodiac』とは黄道のことです。黄道というのは、地球から見た太陽の通り道です。また、『ゾディアック事件』という未解決の連続殺人事件が、かつて地球の北アメリカ地方であったようです」

「じゃあ『psycho』っていうのはサイコパスみたいな精神異常者のことかしら?」


 Gは首を横に振った。

「『psycho』の語源は魂や心といった意味です。それにサイコパスは精神が異常だから殺人をするのではありません。むしろ精神が正常なのに人を騙したり殺したりしても何とも思わないのがサイコパスです。

 しかし、サイコパスだからといって必ず犯罪をするわけではありません。人類史に出てくる英雄や政治家、企業家などにも、かなりの割合でサイコパスが含まれていると考えられます。ある意味、サイコパスは特別な才能を持って生まれたギフテッドなのかもしれません」

「ふぅ〜ん」とMは、曖昧な返事をした。


 しばらくモニターを見ていると、俺の中で新たな疑問が生じた。

「俺達の名前はアルファベットと数字で出来ていて、並べてみると意味を持っている。ということは『09』や『13』のような二桁の数字にも何か意味があるんだろうか?」

「なかなか鋭い指摘ですねぇ。私も昨夜ずっと考えていたんですが、どうもはっきりとしません。仮に『01』を『A』、『02』を『B』というふうに数字をアルファベットに置き換えると、それぞれ『IKENIE』『MIROKU』となります。ローマ字読みをすると『生贄』、『ミロク』は恐らく『弥勒菩薩』つまり救世主のことでしょう」


 Mは「それでいいんじゃないの?」と言った。俺もそう思った。


 しかし、Gの追究は留まることを知らなかった。

「では、何故これだけが日本語なのでしょうか?」


 俺とMは黙るしかなかった。


 Gは俺達を無視してそのまま続けた。

「とにかく、一旦整理しましょう。今までにキーワードが五つ出てきました。

『STIGMA』

『zodiac』

『psycho』

『IKENIE』

 そして『MIROKU』。

 この五つに通底する何かがあるんじゃないでしょうか?」


 Mは考えることを諦めていたが、俺は唸りながら考えた。

「『STIGMA』はキリストの傷跡と、ばれると都合の悪いこと……

『zodiac』は黄道とゾディアック事件……

『psycho』は魂とサイコパス……

『IKENIE』は生贄……

『MIROKU』は救世主……


 ………何だか前の三つには二通りの意味があるけど、後の二つには一つの意味しかないね。


 う〜ん、サイコパスはシリアルキラー、ゾディアック事件は連続殺人事件、そして連続殺人事件はばれると犯人にとってはまずい、サイコパスは自分がサイコパスだとばれることも都合が悪い、犠牲者はサイコパスの生贄………そうすると、救世主が余る」

「サイコパスは殺すことによって犠牲者を救済したって考えるのなら、ある意味救世主になるんじゃない?それに、サイコパスは時代を変える英雄って考えたら、それも救世主かもしれないわよ」

 今までほとんど何も考えなかったMが、珍しく意見を述べた。

「なるほど、全部つながったぞ!M、君はサイコパスなんじゃないのか?」

「バカ言ってんじゃないわよ!呪い殺すわよ!」

「やっぱりサイコパスだ」

「毒殺に決めたわ」

「……ごめん」


 Gは表情を変えることなく続けた。

「面白い推測ですねぇ。しかし別の推測も出来ます。キリストの傷跡、つまり聖痕を持った者が生贄となり、太陽の通り道を通って魂を救済する、というのはどうでしょう」


 俺とMは両手足を確かめた。

「俺には聖痕なんてないよ」

「私もよ。そもそもその推測と連続自殺とどういった関係があるのよ」

「それは、私にもまだ分かりません。しかし、どうしても引っかかるのが二つの日本語『生贄』と『弥勒菩薩』です」

「じゃあ、日本人に関係があるんじゃないか?」

 俺が何気なくそう言うと、Gは目を見開いて俺をじっと見た。

「そうです、日本人です!この中に日本人の遺伝子を持つ人はいますか?」


 Mは即座に指示を出した。

「コナトゥス、私達の民族的遺伝子の割合を出して」

 モニターにそれぞれの円グラフが表示された。

「私はケルト人が67%、ラテン人が33%よ」

「私はアングル人が48%、ペルシャ人が36%、アーリア人が13%、ユダヤ人が3%ですねぇ」

「…俺は、チベット族が18%、漢人が25%、日本人が57%だ」


 念のため、SとTとIの遺伝子も調べたが、日本人の遺伝子を持つ者はいなかった。


 Gは声のトーンを少し落として俺に語りかけた。

「A、どうやらあなたに関係がありそうですねぇ。そもそもこの冒険の立案者はあなたです」

「ちょ、ちょっと待ってくれ。俺を疑っているのか?みんなを殺して、一体俺に何の得があるんだよ!」

「それは、あんたが一番分かってんじゃないの?死ぬ順番から言っても、Aが一番最後だし」と、Mの容赦ない言葉が続いた。

「ご、誤解だよ。たまたま日本語が混じってたからって、何で俺が疑われなきゃならないんだ。それに俺にはこんな複雑な暗号みたいなものを作れないよ」

 俺は慌てふためくばかりだった。


 今度は、GはMを見た。

「M、あなたにはケルト人の遺伝子が入ってますねぇ」

「それがどうしたのよ」

「ゾディアック事件の犯人が用いていたマークが、ケルト十字と呼ばれる紋様です」

「何よ、今度は私を疑うわけ⁈私がこんなパズルみたいなもの考えつくと思ってんの?ここまで謎を解いたってことは、あんたが暗号を作るのも訳ないわよね、G?」

「一応聞いてみただけです。私の推測が正しければ、今度死ぬのは私の番ですよ?」


 俺とMは同時に下を向いた。


 Gは俺とMを励ますように言った。

「今まで私が述べてきたものは、あくまでも推測に基づいた仮説です。今夜私が死ねば、私の推測はほぼ間違いはないでしょう。そうなったら即刻、月へ引き返してください」

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