第6話 絶望

 俺の考えはすでに決まっていた。

「いや、今から引き返そう。このまま旅を続けるのはどうも危険な感じがする。Mはどう思う?」

「私も賛成するわ。何だか、嫌な予感がするのよ。冷たくて黒い、悪意とでもいうのかしら。まるで私達の心をもてあそんで、恐怖を与えて喜んでいるような……」

「まさに、サイコパスですねぇ。なかなか正体がつかめません。ここは、とにかく引き返すとしましょう」


 MとGの言葉を受けて、俺はコナトゥスに命じて船を反転させた。


 ほっと一安心していると、Gがそれをひっくり返すようなことを言い始めた。

「みなさん、引き返すのは構わないのですが、ここで一つ問題があります」

「何だい?」

「どうしたのよ?」

「SとTとIは眠っている時に悪夢を見て自殺をしました。ということは、今後我々が月に着くまでの間、眠ってはいけないということです。あと4日間、眠らずにいられるものでしょうか?そもそもこの3日間、私は調べものをしていてほとんど眠っていません」


 俺は「謎を解くために?」と、Gに聞いてみた。

「そうです。しかし、まだ謎は明かになっていません」

 それを聞いて、俺は半ば感心しつつも、半ば呆れた。


「このままモニターを開いておいた方がよさそうね」

 Mが不安そうに言った。

「ああ、お互いに何かあったら、対処しやすいからな」


 そうこうしているうちに、会話が尽きてみんな黙っていた。どの位時間が経過しただろうか、気が付くとGの目が閉じていた。


 俺は慌ててGに声をかけた。

「おい、G、眠るな!起きろ!」

 それに気付いて、Mも声を上げた。

「ちょっと、G、しっかりしなさいよ!」


 俺とMが必死になって起こそうとしたが、Gは眠りから覚めることはなかった。


 やがてGは寝言を言うようになった。

「……前…世……前世…………ホロ…コースト………人…人の姿をした……あ、悪魔………こ、ころ…………」


「A、Gが夢を見ているわ。しかも悪夢なんじゃない?」

 Mは怯えながら言った。


 俺はGの中で何が起きているのか分からず、頭に疑問符しか出てこなかった。


 やがて一台の作業用ロボットがキャビンに入って来た。Gの『繭の揺りかご』の前に止まると、キャノピーを開いてGの肉体を持ち去ろうとしていた。


 俺は慌ててコナトゥスに命じた。

「おい、やめろ!Gをどこに連れて行くつもりだ!」

 しかし、コナトゥスの声は淡々と事実を告げた。


「G4i14c15Mの生体反応が消えました。遺体を処分します」


「し、死んだ」

 俺は、そう言うのが精一杯だった。

 Mは「うぅ…」と言ったきり、黙り込んでしまった。


 少し経って、Mは涙声で訴えてきた。

「や、やっぱり、Gの推理は正しかったんだわ。……次は……次は私よ」

 最後の方は聞き取れなかった。

 俺はMに何と言えばいいのか分からなかった。そして、その次は俺なのだ。


 絶望の縁に立たされて、俺の思考は停止していた。そんな状況が数時間続いたときだった。突然笑い声に似ているが、明かにそれとは違う不気味な音声が聞こえてきた。

「あぁぁぁぁぁ…、うぅぅぅぅぅぅ…、あはははははは…、前世、前世よ」


 モニターを見ると、Mの目は虚空を漂っていた。俺には何が起きているのか理解出来ない。


「魔女狩り、魔女狩りが始まったわ。……や、やめて、お願い。私は違うわ、違うのよ!信じて……ギャァーーーー!」

 Mは意識を失った。


「M………」


 俺にはMの精神が崩壊したように見えた。しかし、奇妙なことにGもMも『前世』と口走っていたのは確かだった。偶然の一致とは思えない。『前世』と『悪夢』は関係があるのだろうか。


 するとまた突然Mの声が聞こえた。

「……わ、私は……魔女です。う、う、う……み、認めます。……………………………あぁ、熱い!熱い!やめてぇーーーー!」

 悲痛な叫びは途絶えた。


「M5a09h11Fの生体反応が消えました。遺体を処分します」


 Mの遺体が運ばれて行くのを、俺はただ呆然と見送った。俺には、もうどうすることも出来なかった。絶望と疲労と無力感が幾重にもまとわりつき、俺の心は今にも押し潰されてしまいそうだった。



 次は、俺の番だ。

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