第1話 Morgen

いつも通りの朝。

カーテンを開けて太陽の光を浴びる。

今日は調理実習がある日だっけ、そんな事を考えながら全身の筋肉を起こすように、ゆっくりと体を伸ばした。天気も良くて気持ちがいい。



「いただきます」


用意してくれたトーストとホットミルクを口に含む。


やけに蜂蜜が甘いが、今日はトーストが炭にならずに程よくきつね色なので幾分かマシだ。

トースターの使い方分からないなら、自分で用意するのに。なんて、祖母の好意を裏切るようで口が裂けても言えないけれど。


指についたパン屑を皿に落とし、片付けをする。

時計を見ると既に7:10を回っていた。

まずい、ゆっくりしすぎた。いつものバスに遅れてしまう。

慌てて手を洗い、髪を整え、鞄を取る。


「おばあちゃん、行ってきます!」


いつもの、あの子に会えるバスに乗るんだ。

とても眩しい、僕の唯一のアイドル。

なんだかすごく、くすぐったい気持ちになったがこれはきっと、甘すぎた蜂蜜のせいだ。


渉は今日という日が始まることに鼓動を早めた。



足早にバス停へ向かう。


僕の日課であり、ルーティンであり、特権…ではないけれど。朝から悠愛ちゃんと挨拶できるのはやはり安心する。

あの子の笑顔はまさに“アイドル”で、悠愛ちゃんの為にある言葉なんじゃないかと錯覚するくらいには似合っている。

けれど彼女はとても謙遜するから、律儀にちゃんとみんなに挨拶する。あんなにもアイドルなのに。

でも僕はそこも含めてやっぱり尊敬してしまうのだけど。



バスを降りて学校へと向かうけやき並木。

青々とした葉の存在感が大きいけれど、あの後ろ姿を見つけられない日はない。


「悠愛ちゃん、おはよう」


「渉くん、おはよう!」


初めこそ、驚いているのか怖がっているのか分からない反応だったけど、今は声をかけると笑顔で振り向いてくれる。

今日も笑顔が眩しい。理事長や会長達が一目置く理由が本当によく分かる。この笑顔に朝から会えるのだから、やっぱり僕の特権だ。



「今日の調理実習は合同授業なんだっけ?」


「うん、そうだよ。ペアもクラス自由で作っていいみたい。」



ただの通学路でも、並んで歩くとどこか特別な道に感じる。

ちなみに悠愛ちゃんのクラスとの合同授業だ。



「そっかあ…渉くん、もう誰か決まってるの?」


「ううん、まだだよ。悠愛ちゃんは?」


「わたしもまだ…。見つかる自信ないよぉ…」



そういうと彼女は頭を抱える。

ユニットを組む時のトラウマがあるのかもしれないが、今こそかなり人気者だ。隠れファンクラブだっていくつもある。nana学科の看板ユニットの1つになれたと思ってもいいと僕は思ってる。

それでも彼女は声をかけられないと思っている。きっともうそんなことは無いのに。



「それなら、授業が始まるまでに、もし誰もいなかったら僕とペアを組まない?僕も見つかる自信が無いんだ。」


これは本当の話。


飛び級してきた年下が対等に声をかけられる訳が無い。別にそれ自体は構わないのだけど、僕がそう伝えると、さっきよりも嬉しそうに悠愛ちゃんは返事をしてくれた。

そんな笑顔を見せられたら万が一に誘われても断るしかないじゃないか。

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