第3話 Mittag
「使い方は概ね分かるな?」
そう言って「先生」から配られたのは拳銃だった。本物か偽物かすら自信が無いのにどうして概ね使用方法がわかっていると思うのか。
「先生」が言うには、存在が一人になれるまで学校からは出られないらしい。外も同様にパニックだろうから、七英學園だけでも「正常な世界」を確立していくと。
実感はないがめちゃくちゃだ。
自分で自分を殺す?僕が生き残るために?
不安が、恐怖が、苛立ちへと変わっていく。
とにかくここを出て、悠愛ちゃんと合流しよう。悠愛ちゃんを守らなくちゃ。
偽善とか、正義感とか、そういうものでは無く。ただ、悠愛ちゃんに人殺しをさせたくない。それだけだ。
悠愛ちゃんは悠愛ちゃんしかいない。
なんて言ったって、彼女は“アイドル”だから。
「銃は、全員へ行き渡ったな。」
「では…健闘を祈る。死ぬなよ。」
恐らく僕らの先生はもう居ないけれど。そういう彼はまさに「先生」だった。
教室を出ようと先陣を切った生徒が扉に手をかけた時。
鼓膜を裂くような、聞き慣れない乾いた音が響き渡った。それと同時に全員の背丈が机より下までさがる教室内。しばらくは耳やら頭やらに反響して立ち上がれなかった。
何分くらい経ったのかは分からない。
先程の反響に若干の酔いを残しつつ体を起こすと、さっきまで扉に手をかけていた彼はおらず。代わりに、割れたガラス片と真っ赤な水溜まりがあった。
一瞬の間を置いて悲鳴をあげるクラスメイトたち。動揺して泣き叫ぶ者、黙って座り込む者もいる。
僕は静かに「先生」へ視線をそらした。
僕と目が合うと、ふっ、と口元を緩めてから丁寧に唇を動かす。
そ、う、だ、よ、
寒気と同時に不安と焦燥感が入り混ざる。気付けば「先生」が先程落とした先生も既に消えていた。
他の人たちが慰めたり、戦略を考えたり、思い思いにざわつく中、僕は教室を出た。
ここに居たって僕の居場所はないし、状況が好転するわけでもない。
それなら僕は、守りたい人の近くにいようと。そう思ったんだ。
廊下に出るとそこは既に惨状が広がっていた。割れたガラス片といくつもの血の跡。
不自然なのはやはり倒れている人が誰一人居ないということ。
“同じ世界に同じ人物が同時に二人以上存在することは出来ない”
殺されれば最後、存在すら消えてしまうのか。
なんでこんなことが急に…。
とにかく今は考えても仕方がない。悠愛ちゃんの教室はこの廊下の先の角を曲がったところだ。
そこらじゅうに飛び散る鮮血に足を取られないよう慎重に走る。
上履きを通して染みてくる生暖かいものが気持ち悪い。精神的にも物理的にも、足が重くなる。
何も考えないように、ただ足を進める。真剣に考えていたら気が狂いそうだ。
「うわっ」
「きゃっ」
なにも視界に入れないよう、角まで歩いた時、唐突に誰かとぶつかった。
ぶつかった勢いを足元の血溜まりに取られて勢いよく尻もちをつく。
いてて…とメガネを直そうとして息が止まる。
鉄のような鼻をつく匂いと、メガネを直そうとした真っ赤な手。自分の感覚とは別の生暖かさ。
考えないようにしたって現実を突き付けられる。
これは血液で。僕は僕を殺さなくてはいけなくて。「悠愛ちゃん」も僕が殺さなくてはいけない。今転んだ反射で跳ねたものも全て、さっきまでいた誰かの血液で。でももうここに居なくて。僕は……。
「渉くん?」
聞き慣れた声に、引っ張られるように顔を上げる。きっとこの時の僕は本当に情けない顔をしていたと思う。
「悠愛、ちゃん…」
絞り出した自分の声の弱々しさに思わず耳を疑った。と同時にもう一人、視界に入り背筋が凍りつく。
「悠愛ちゃん」だ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます